地竜を狩る(5)
空を覆っていた厚い雨雲がいつのまにか消えて、荒涼とした大地に日が差し込む。
と同時に、まるで生命の息吹きのような爽やかな風が辺りに吹抜けた。
マルクルが人心地ついたように嘆息をひとつ。
「滅竜は成功ですね」
「あぁ・・・案外あっけなかったな」
マルクルの言葉を聞いて、グリントも煌びやかな宝飾がついた剣を納めて警戒を解く。
そんなグリントを一目見たマルクルは、彼が疲労していることを見抜いて無骨な手を肩に優しく添える。
「疲れましたか?」
「あぁ。でもそれ以上に、俺慌てるだけで何の役にも立てなかったなと・・・」
「いえいえ、そんな事はありません。グリントは地竜に一撃いれたじゃないですか。初めての竜狩りでこれは素晴らしい事ですよ」
「そうか?」
「えぇ。だいたい初陣は何もできずに大怪我するか死ぬかですから。すごいことですよ」
マルクルの言葉に頬を引くつかせるグリント。
確か、出発前は竜狩りで死ぬことは滅多にないと言っていたと思うが、聞き違いだったのだろうか。
だが、よくよく考えれば新人2人をいきなり危険な実戦に送り込むほど人手不足であるあたり、本当に死亡率が高いのだろう。
「ルーも良くやりましたね。初めてであれだけ動けるのは素晴らしいですよ」
「・・・」
「どうしました?」
少し離れた場所にいたルーは、ジッと地竜を押し潰した巨大な岩を見ていた。
「マルクルおかしい」
「何がですか?」
「竜の気配が消えてない」
「!」
「はぁ?お前なに言ってんだよ。地竜はマルクルの魔法で潰しただろ?それに、ほら」
グリントは空を見上げる。
晴れわたる青空が広がっていた。
「竜域も消えてんだろ」
竜域とは、竜の魔力が影響を及ぼす領域、およびその影響を指す言葉である。主な影響は、雷雲の発達、地割れや地震の発生、有毒物質の充満などがある。
「竜域が消えたと言っても竜がすぐ死ぬわけじゃない。グリント竜のこと知らなすぎる」
「はぁ!?俺の座学の成績はトップだぞ!ブービーのテメェと違って竜のことなら何だって知ってるつーの!」
「マルクル。帰るの待った方がいい。竜が死んでるか確認すべき」
「おまっ・・・無視すんな!」
ルーの忠告を聞いたマルクルは顎をしごきながら考え込む。
「確かに、私の滅竜魔法は地竜の属性と同じ・・・殺しきれていない可能性が・・・」
「いやマルクル。普通にもう死んでるって。だって見てみろ。完全に潰されてるじゃねーか」
独りごちるマルクルをグリントは必死で説得するがーーー、
「ルーの言う通り、もう一度調べてみた方が良さそうですね」
失敗に終わる。
と その瞬間、マルクルが出現させた巨大な岩に亀裂が走る。
「!」
「む!」
「はぁ!?なんだ!!?」
瞬く間に岩が粉々に砕かれて、割れ目から地竜が這い出してきた。
『グゴァァアアア!!オノレ人間ドモヨ!貴様ラノヨウナ虫ケラニ殺サレタトナレバ、我ガ竜族ノ恥!』
地竜はまさに瀕死の重症だ。
背を覆う亀の甲羅のような外骨格はひしゃげているし、ルーに斬り裂かれた前足はすでに無い。頭も半分潰れている始末だ。
だが、地竜はまだ生きていた。
『セメテ1人!貴様ラ人間ヲ道連レニシテクレヨウゾ!』
地竜のアギトが開く。
その刹那、地竜の周りの空気がアギトに圧縮されていくような不思議な感覚に陥る。それは得体の知れない不安定なエネルギーへと変換されていく。
マルクルには地竜の行動に心当たりがあった。
空気中に漂う魔力の圧縮と変換。
取り分け、強力な魔法を発動する際に起こる現象だ。
竜であれば、その魔法の当たりはだいたいつく。
「《咆哮》です!伏せて!」
咄嗟に、マルクルは近場にいたグリントを抱え込み岩の防護壁を出現させた。
滅竜魔法で出現させた防護壁だ。当然、竜の咆哮にも耐えられる。
だからだろう、地竜の咆哮は少し離れて無防備だったルーへと向かった。
地竜のアギトから鈍色に光る閃光が真っ直ぐルーに向かって飛来する。
あまりの速度に躱せないと判断したのだろう。咄嗟に両腕でガードするルー。
地竜の咆哮はルーを飲み込み、彼女がいた場所一帯を消滅させた。
遅れて爆音が荒涼とした大地に鳴り響く。
「くっ!ルー無事ですか!?」
マルクルがルーの無事を確認するが、白煙が辺りに充満しており姿が確認できない。
『グハッ!グハハハハハハハハハハ!!見タカ脆弱ナ人間ヨ!コレガ竜ノ・・・?』
辺りを包む白煙が晴れていく。
地竜の咆哮は荒涼とした大地を削り、遥か前方の岩山までも消滅させている。
だがーーー、
『ナゼダ・・・ナゼ生キテ・・・?』
ルーは生きていた。
身を包んでいた外套は消し飛んでいるが、体は無傷そのものだった。
だが、地竜が驚愕したのは別のことだ。
『貴様・・・ソノカラダ!?』
ルーの体は、人間と言うには異質なものだった。
外套の下に、肌がよく見える黒いノースリーブを着ていたルー。
そんな彼女の腕には、まるで飛び石のように、ところどころ未発達な鱗が形成されていた。
両頬にもあるその鱗は、確かに竜のそれだ。
さらには、腰あたりから生えた蝙蝠のような小さな翼に、背後で動く爬虫類のような尻尾。
『鱗ニ翼、尻尾・・・ソレハ竜ノ・・・!』
そこで地竜は、ハッと気がつく。
『マサカ・・・貴様ガソウカ?カツテ人間ニ組ミシ、同胞ヲ狩ッタトイウ人竜・・・!?』
「お返し」
ルーの周囲の空気が彼女の口元に圧縮されていく。
と同時に、彼女の胸が3倍ほどの大きさに膨れ上がった。
『・・・竜ヲ狩ル竜』
鈍色の閃光が地竜を飲み込む。
爆音と共に地竜と彼の背後にあった荒涼とした大地が消え去った。
絶対的強者である竜に立ち向かうなど、人には到底叶わぬ夢に思われた。
だが、車輪が物流を変えたように。鋼の生成が戦争のあり方を変えたように。
人が歴史を紡ぎ、文明を発達させていくにつれてーーー竜と人の関わりも、姿を変えてきた。
《滅竜部隊》ーーー圧倒的上位種である竜を狩るために組織された特殊戦闘部隊。その1人1人が竜に対抗するための特殊な魔法を習得している竜狩りの専門家である。
そしてこの話は、竜の身でありながら竜殺しの組織に属する少女の物語。
竜を狩る竜のーーー物語である。