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02:強制GOCE入隊


「なあなあ、ネイル、こいつどうすんの?」

「さあ。ゲンブさんがなんかするんじゃねえの」


 目を覚まして、最初に耳にしたのがそんな会話だった。この声はたしか、金髪の美男とガスマスクの人だ。


「なんであんなところにいたんだろうな。もしかして、ゾンビバグとか?」

「いや、スキャナーには反応がなかったから、まだライトプログラムだろう」


 奇妙な用語が飛び交っている。薄目をあけてみれば、テーブルに肘をついてこちらを見ていた美男と目が合った。まずいと思って、慌てて目を瞑ったけれど遅かった。


「お、ネイル! 起きたぞ」

「思った以上に早かったな」


 狸寝入りがばれてしまった。諦めてぱっちり目を開けると、美男がすぐ目の前にいた。彼は真ん丸な大きい、金色の綺麗な瞳の持ち主だった。


「おはよう。首、大丈夫?」


 さらりと肩口に長い金髪を流し、首を傾げる姿がお美しいことで。

 体を起こそうとしたら、心配されたとおり首のうしろがずきずきと痛んだ。首を抑えて唸ると、「あのじじい、容赦ないからな」と同情された。


「あの、ここは……?」


 痛みを堪えつつ、ぐるりとあたりを見回す。どうやら気絶させられて、洞窟からどこかの屋敷に運ばれたらしい。それほど広くないが豪奢な内装の部屋には、細かな装飾がほどこされた高そうな調度品が並んでいた。

 なんだか居心地が悪い。私は身を縮めながらソファーに座りなおした。


「それを教えてほしけりゃ、まずはてめえの正体を教えろ。お前は何者で、どうしてあの場所にいたんだ?」


 厳しい口調にそちらを向けば、ベリーショートヘアに眼鏡をかけた燃えるような赤目の男がいた。この綺麗なアルトボイスはきっとガスマスクの人だろう。

 明らかに敵意のある鋭い視線を向けられ怯んでしまう。が、男の言うことももっともだ。私はなんとか自分のことを必死に思い出そうとした。

 だが――、


 どうして私はあんなところにいたんだろう。

 いや、そもそも、私は――、


「私はだれ?」


 しばしの沈黙。のちに、耳元で盛大に叫ばれた。


「ええぇぇえっ! まさかの記憶喪失⁉ うわー、記憶喪失のやつってはじめて見た。つか、すげぇべたなセリフ」


 そんなに驚かれてしまうと、私が驚けなくなってしまう。記憶喪失という重大な問題だけど、他人事のように思えてきた。

 なんて呑気なことを考えていたが、ガタンッと何かが倒れる音がして空気が一変した。振り向くと、赤目の男が銃を手にしていた。


「ろっく、離れろ。やっぱり、こいつは怪しい」


 男は恐ろしい形相でこちらに近づいてきた。

 額に銃口が突きつけられる。


「お、おい、今自分でバグじゃないっつったばっかだろ……!」

「俺は、〝まだ、ライトプログラム〟だって言っただけだ。このままバグる可能性のほうが高い。やるなら今のうちだ」


 引き金に指がかかった。

 この男は本気だ。

 助けを求めるようにろっくと呼ばれた美男の方を見たが、彼の目にも不審の色が浮かんでいた。


 殺されてしまう……!


 絶望したそのときだった。


「おーい、ゲンブさんつれてきたぞー」


 Bbさんの声!

 私は反射的に赤目の男を突き飛ばすと、Bbさんのもとへ走り逃げ、彼の胸に飛び込んだ。


「え、ぅえ? なにごと⁉ つか、なんで物騒なもんかまえてんの!」


 Bbさんは動揺しつつも、素早く私を背に庇ってくれた。優しいその行動に、私は思わずBbさんを抱きしめるようにお腹に腕を回した。

 危機的な状況なのに、その広い背中の温かさにすごく安心する。


「いや、ネイルがその子、バグんなるかもしれないって……」


 ろっくさんは罰の悪そうな声音で言った。けれど、赤目の男は淡々としていた。


「身元不明のはぐれプログラムがどうなるか、てめぇらもそれぐらい知ってるだろ。始末するなら早いに越したことはねえぞ」

「だとしても、俺らの仕事はなんでもかんでもデリートすることじゃないだろ! 俺らの使命はなんだッ⁉」


 Bbさんの言葉に赤目の男は舌打ちをして答えた。


「CSOGの平穏を守ること――ライトプログラムの保護、およびゾンビバグの捕獲、修復不可である場合に限りデリート……」

「そう、せいかーい」


 すぐ背後からとてつもなく低い声が降り注いだ。


「きゃあぁぁあ!」

「ぐえぇ! お腹、苦しい」


 驚きすぎて、Bbさんのお腹を締め付けてしまった。慌てて手を離して後退ると、背にとんと何かがぶつかった。


「お加減いかが、お嬢さん」


 再びつむじに低い声が囁かれる。

 悲鳴を呑み込み見上げれば、ぼさぼさの頭に黒縁眼鏡、無精ひげを生やした男がそこにいた。どことなく胡散臭さを感じるは、他の人がトレーニングウェアのようなカジュアルな服装に対して着流し姿だからだろう。けれど、怪しい風貌なのに不思議な安心感があった。

 その人は柔和な笑みを私に向けた。


「ゲンブさん!」


 ろっくさんが叫ぶ。そうか、この人が会話にでてきたゲンブさんか。


「ネイルー、仕事熱心なのはいいけんど、女の子には優しくしないとぉ」


 それは、どこか癖のあるイントネーションだった。

 怪しい男あらため、ゲンブさんは私の両肩に手を置いてニコニコと笑った。けれど、低い声には有無を言わさない迫力があり、赤目の男――ネイルさんは険しい表情をしつつも、素直に銃をしまった。


「なにごとッスか……?」


 また別の声。

 緊張感が途切れるような、眠たげな声に驚いてそちらを見ると、茶色の癖毛にけだるそうな猫背が特徴的な男が部屋の中に入ってきた。


「いんや、ちょぉっとみんなではしゃいでただけだよ」

「そうですか……」


 ゲンブさんの言葉にその男は頷くと、目の前を横切って先ほどまで私が眠っていたソファーに寝転がった。

 なんともマイペースな人だ。


「さてと、みんな集まったし、このお嬢さんをどうするか決めないと、ね」

「はいはい。しっつもーん」

「はい、ろっく」

「ゲンブさんは、その子がどんなプログラムだと思いますか?」

「いい質問だねぇ」


 とりあえず、とゲンブさんの指示で私たちはそれぞれ席についた。私は身近にあった椅子に座らされ、両サイドにBbさんとゲンブさんが座った。そして、テーブルを挟んだ向かいには怖い顔をしたネイルさん。癖毛の男――仁さんは変わらず奥のソファーに寝転がっていて、ろっくさんはそのソファーの肘掛に座っていた。


「だいたいの状況はBbからきいたけど、竜浪民(リュロウノタミ)の世界で〝どこの世界に属しているかわからない女の子の形を成したはぐれプログラム〟がいたという前例はきいたことがないなぁ。もちろん、他の世界でもね」

「じゃあ、やっぱり……」


 ろっくさんから不審な視線が送られる。けれど、


「いや、それだけじゃ、バグとは限らないでしょ! もしかしたら、俺らが知らないだけで新しい世界から迷ってきたのかも……」


 Bbさんが必死に庇ってくれた。Bbさんを見れば、彼はゴーグルではなくラウンドフレームのサングラスをしていて、間から青く澄んだ瞳が見えた。それがあまりにも綺麗で、ドキッとしてしまう。


「おやぁ、Bbはこの子にホの字かい?」


 思いがけない言葉に今度はゲンブさんを見る。ゲンブさんはにやりといたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

 からかわれて顔が熱くなった。隣のBbさんを変に意識してしまい、恥ずかしさに視線を彷徨わせれば、目の前のネイルさんと目があい、すぐにそらされ舌打ちをされた。なんだか申し訳ない。


「ゲンブさん、ふざけるのはあとにしてくれ」


 ネイルさんの苛立ちに、ゲンブさんは仕切りなおすように咳払いをした。


「そうねぇ。Bbが熱心に庇ってくれたけんど、実は他の世界からの迷子でもなさそうなんだよなぁ。これが」

「え? 違うんですか?」

「うーん。しっかり検査をしないことには分からないけどね。もしかしたら、このお嬢さんはユーザープログラムかもしれないのよねぇ」

「ユーザープログラム⁉」


 仁さん以外の三人が綺麗にハモった。

 あまりにもな驚きように、それまで大人しくきいていた私はとうとう我慢できなくなって質問してしまった。


「あの、私はやっぱり殺されるんですか?」


 我ながら阿呆な質問だったと思う。けれど、ゲンブさんは目を丸くしたあと、くすくすと笑い出して首を振った。


「いんや、安心していいよぉ。君は今日からGOCE(ゴーチェ)の一員だ。」


 やはり仁さん以外の三人が、さきほどと比べ物にならないほど驚愕した。


「マジでッ!」

「勘弁してくれよ……」

「ちょ、ちょ、ちょい、ゲンブさん! どゆこと?」

「いやぁ、このご時世、ユーザープログラムは貴重だし、それなら、セキュリティとして働いてもらおうっつって」


 ゲンブさんは私にウィンクをした。見た目によらず、なかなかお茶目な方だ。そんなゲンブさんにネイルさんが食って掛かった。


「まだユーザープログラムと決まったわけじゃないでしょう。そんな危険因子を入れていいんですか?」

「まずいよねぇ。でも、どうせそれで問題になっても責任取らされるのは私だけだし。もちろん、この子が正式にユーザープログラムと決まるまでは、GOCEとしての活動は余裕を設けて、この子の訓練時間にするからだぁいじょうぶ。検査もせいぜい、二週間ぐらいでしょ」


 ゲンブさんはとても呑気に言った。

 この人に何を言っても無駄だとあきらめたのか、ネイルさんは深いため息をついた。


「だとしたら、ポジションはどうなるんですか?」


 その質問には、意外な人物が手を挙げた。


「Bbが中距離援護に戻ってくれると助かる」


 眠たそうな声。それまで眠っていると思っていた仁さんだった。仁さんは上半身を起こすと、気だるげな緑色の瞳でこちらを見た。


「そいつが入るなら、サポートを任せてBbが前のポジションに戻れば俺が動きやすい」


 仁さんの言葉にゲンブさんは興味深そうに頷いた。


「なるほど。1on1(ワンオンワン)コンビの復活ねぇ。そりゃあいいかもしらんなぁ。Bbはどうだい?」

「俺は、かまいませんけど……」


 戸惑ったような返事だった。Bbさんのほうを見れば、Bbさんは複雑そうな顔をしていた。けれど、ゲンブさんは了承と受け取ったのか、ろっくさんに訊いた。


「じゃあ、それでよろしいかい? 司令塔」

「んー、まあ、よくわからんけど、大丈夫っしょ。なあ、ネイル」

「今さらごちゃごちゃ言ったって、変わらないんだろ。なら、従うしかねえべ」

「よし、じゃあ、決まり。ね」


 みんなの視線が一斉にこちらに向く。プログラムだとかポジションだとか、疑問しかない会話の内容をまったく理解してないけれど、私には拒否権がないような気がして、「よろしく、お願いします」と深く頭を下げた。


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