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17:電子鉄道の昼下がり


 ネイルさん達についていくこと数分、食堂よりもずっと広い場所に出た。それまで歩いてきた通路と違い、急に人通りが多くなった。

 私ははぐれないように慌てて近くにいたろっくさんの袖を掴んだ。


「ここは?」

「セキュリティーフォースのチューブステーション。ほら、あっちにチューブがあるだろ? あれで今からシティーに行くんだよ」


 ろっくさんが指さす方向を見ると、正面の壁一面に丸い穴が並んでいた。人々がその中に吸い込まれたり、排出されたりしていて、その様子は確かに駅そのものだった。


「シティーっていうことは、街があるんですか?」

「街っつっても、ここみたいな建物に店が詰め込まれてるだけだけどな」


 ネイルさんが会話に入ってきた。


「お前が想像してるような、家が建ってて、店が並んでて、道路が通ってて、っていうような場所じゃないぞ」


 私の想像が簡単に見透かされてしまった。ネイルさんはやはり呆れたような表情をした。


「ネイル、よく水星の考えてることが分かるな」


 ろっくさんが感心する。


「アホみたいな番号付きが近くにいるからな」

「ああ、言われてみれば」


 二人の視線が一点を見つめる。そちらを向くと、少しの間姿を消していたBbさんが丁度戻ってきていた。


「どったの? そんな顔して二人とも」


 きょとんとBbさんは訊くが、ネイルさんとろっくさんは二人して顔を見合わせてからBbさんを無視するように歩き出した。

 私はろっくさんから手を離して、Bbさんの隣に並んだ。


「なんか俺のことでも話してた?」

「いえ……。それより、Bbさんはどこに行ってたんですか?」

「ああ、水星ちゃんのキーカードをもらってきてたの」


 カードを渡される。表裏真っ白の何の変哲もないカードだ。


「ハンドID使ってみ」

「はい、……あ」


 言われた通り、カードを持っている手のIDを出すと、白いカードから模様が浮かび上がった。


「すごい……!」


 魔法みたいだ。なんだか、ハンドIDを使うのが楽しくなってきた。

 カードを見て感動していると、隣のBbさんがくすくす笑い出した。


「なんか、水星ちゃんの反応見てると、昔の俺を思い出すねぇ」

「Bbさんも驚いたんですか?」

「もちろん! うわーすっげぇ! ってめっちゃはしゃいでたわ」


 と、大げさに身振り手振りをしてBbさんは笑う。


 その時のBbさんを見てみたいな。


 なんて思っていると、チューブと呼ばれる丸い穴の近くまで来た。前を歩いていたネイルさんとろっくさんがチューブの前にあった機械に手をかざす。私もBbさんに教えてもらいながら機械にカードを入れて、問題なくチューブに入ることができた。


 チューブの内部は半円状になっていた。両端にソファーがあり、ガラスで覆われた天井から外が見える。

 すでに先に乗っていたネイルさんとろっくさんは左右に分かれて座っていたので、少し迷ってからネイルさんの隣に座った。最後尾のBbさんが乗り込むと、チューブは低いモーター音のような唸りを上げて動き出した。

 天井を見上げると、暗闇の中にいくつもの光の粒が見えた。それらはキラキラと四方に流れていく。


「流れ星ですか? きれいですね」


 つい、口から出たことだった。


「はあ?」


 ネイルさんの声のトーンで、また、馬鹿なことを言ったのだと分かった。


「流れ星って、ほしって……!」


 斜め向かいに座っていたろっくさんがふき出した。どうやら、そうとうツボだったようでお腹を抱えて笑い出す。


「てめぇ、マジで他でそんなこと言うなよ」


 ネイルさんは怖い顔をした。これは怒られても仕方ないのかもしれない。だが、向かいに座っていたBbさんが私を庇ってくれた。


「いやいや、俺は分かるよ。暗い中で光ってるもんつったら星か蛍だって思うもん」

「お前も何年プログラムやってるんだよ。いい加減、ユーザー世界単位で物事を考えんのはやめろ」

「そうだぞ、番号付きって自慢してるみてぇだかんな」

「いやいやいや、別にそれは自慢じゃないでしょ……」


 大変、私をフォローしようとしたBbさんの方が責められている。


「あ、あの、この光ってる正体は何なんですか?」


 無理やり会話をこちらに戻すと、ネイルさんはため息をついてから「チューブの光」と答えた。


「ここら一帯をチューブが通ってるんだよ。ほら、カプセルみたいなもんだ」


 なるほど。


「しっかし、水星の記憶喪失はそうとうだよな。こんな調子じゃあ、はぐれプログラムだってすぐバレそう」


 一通りBbさんをからかい終えたろっくさんが綺麗な顔をしかめて言った。けれど、それに関してはネイルさんは気にしてない様子で肩を竦めた。


「まあ、伝家の宝刀、〝ゲンブさんの親戚〟があるからな」

「ああ、そっか」


 納得するろっくさん。

 ゲンブさんって、皆からどんな風に思われているんだろう。というか、この様子だと、ゲンブさんも番号付きなんだろうか。

 それを訊く前にネイルさんが何かを思い出したように手を叩いた。


「こんなバカみたいな会話してる場合じゃねえべや。水星、簡単にハンドIDの通信だけ教えとくぞ」

「は、はい!」


 ネイルさんのスイッチが切り替わり、〝先生〟みたいになるから私も背筋を伸ばして返事をした。


「ハンドIDの通信は基本、同じ世界にいる時なら使えるが……、口で説明するよりやってみる方が早いか。Bb、水星に通信してみろ」

「え、僕ですか?」


 急に話を振られたBbさんが戸惑ったように自分を指さす。


「ちゃんと交換できてるか確認も兼ねてだよ。ずべこべ言わずにやれ」

「はい、ネイル先生」

 

 Bbさんはネイルさんの気迫にビシッと背筋を伸ばした。

 そう言えば、Bbさんは昨日もネイルさんのことを先生と呼んでいたけどどうしてだろう。なんて思い出していると、右手がかすかにビリビリと痺れだした。驚いて見れば、掌がIDを出した時のように光っていて、さらには『16cygniBb』という文字が浮き出していた。


「交換できてるみたいだな」


 私の手元を覗き込んできたネイルさんが頷く。


「これは……?」

「電話って言えば理解しやすいか? とりあえず、そのまま手を耳元に当ててみろ」


 言われた通りに右手を耳元に当てると、


――もしもーし


 すぐ耳元でBbさんの声がきこえた。慌ててBbさんを見ると、Bbさんも同じように手を耳に当てて、空いた方の手をこちらに振っていた。


――きこえてる?

「はい! しっかりと」

――よかった


 Bbさんの笑い声に耳を擽られる。これは非常に心臓に悪い。私は急いで耳から手を離した。


「ハンドIDを消す要領でやれば通信が切れる。間違って出る前に消したりするなよ」


 ネイルさんは釘を刺すように言った。そんな念を押されてしまうと、絶対にやってしまいそうだ。

 ハンドIDを消せば、右手にあった『16cygniBb』の文字も消えてしまった。


「次に、こっちからのかけ方だが、あー、感覚的なもんだから説明しづらいな……。まあ、とりあえずろっくにかけたいと思いながらハンドIDを出してみろ」


 指示の通りにろっくさんを見ながらハンドIDを出してみる。が、先ほどみたいに痺れるような感覚はなく、文字が現れることもなかった。


「どうだ、ろっく」

「なんもない」


 ネイルさんの問いに、ろっくさんはつまらなさそうに首を振った。


「一応、俺からかけてみるぞ」


 ろっくさんはそう言うと手を耳に当てた。すると、すぐに右手が痺れて、掌に『ろっく・セカンド』の文字が浮かび上がった。それを耳に当てれば、ろっくさんの声が問題なくきこえた。


「水星からの通信はまだ無理そうだな」


 ネイルさんが唸った。私はなんだか不甲斐なくなってきた。けれど、落ち込む私をBbさんとろっくさんが励ましてくれた。


「まあ、こればっかりは慣れだから仕方ない」

――そうそう、番号付きは通信が苦手って言うしな


 そうだ、くよくよしていても仕方ない。


「早く電話かけられるように頑張ります!」


 力一杯そう言えば、


――電話、でんわって……!

「いや、まあ、気持ちは分かるよ」


 励ましてくれたはずのお二人が笑い出した。ろっくさんなんてお腹を抱えて大爆笑だ。そして、隣のネイルさんは頭に手を当てていて、頭痛を覚えているようだった。


「これは、俺が悪いんだよな……」

「あ、あの、また、変なこと言いました?」

「電話、ってのは便宜上使っただけで、他ではハンド通信って言うんだよ。電話でも意味は通じるっちゃあ通じるけど……」

「使わないんですね……」


 この世界と自分のずれがだんだんと明確になってきて、私は今さらながらに不安になってきた。


「私、これから大丈夫でしょうか……」

「まあ、困ったときは、〝ゲンブさんの親戚〟って言っとけば大丈夫だろ」


 本当に、ゲンブさんとは一体……。

 頭が疑問と不安に覆われている間に、チューブはシティーへと到着したようだった。


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