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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・終話③ 変わる二人

 茂みの中に、やはりあの亡骸は佇んでいた。


 力を失い、崩れ落ちた王の亡骸。他者の侵入を拒む強固な護りは既に消え失せていた。そっと踏み出した総司の足をとどめるものはなく、亡骸のすぐ近くまで進むことが出来た。


 千年、王はずっとここにいた。オリジンの力と共にこの場所にとどまり続け、幻想のルディラントを創り上げ続けた。


 総司はその場に膝をつくと、ぐっと頭を下げた。その頭を上げることが出来なかった。


 総司には及びもつかぬ強さである。千年もの間、途方もない愛の力で、自分が愛した国と民を再現し、いつか来る終わりの日まで運命に抗い続けた。それは間違いなく呪いではあったが、しかし、決して悪しき所業とは言えない。


「……どれほどの覚悟があれば、こんなことが出来たんだろうな」


 頭を上げられないまま、総司が呟く。


「俺のちっぽけな覚悟なんて、笑われて当然だ。覚悟決めるってのは、こういうことを言うんだろうな……」


 リシアが亡骸に歩み寄り、その遺骨を傷つけないよう慎重に手を伸ばす。


 亡骸に立てかけられた長い杖を手に取り、亡骸を離れて総司の元へ歩み寄る。


 初めてそれを見た時、総司は“オリジン”のようで、そうではないような、奇妙な違和感を覚えていた。だが今はハッキリとわかる。


 長い杖の先に飾り付けられた美しい宝石のような深い青の結晶。莫大な力を――――自分自身が持つものと同じ類の力を感じる。


 総司は無言で頷いた。リシアが深い青色の結晶に触れると、結晶はカチンと音を立てて杖から外れ、リシアの手に収まった。


 二つ目のオリジン、“レヴァンシェザリア”。女神が下界に齎した恵みの一つ、ルディラントを彩る海風の結晶。リシアの手に収まったそれは、中心に尖った大きな結晶を構え、その周囲に小さな結晶の欠片を四つ浮かせた。不思議な力で落ちることも離れることもない小さな欠片が煌めき、その名前を二人の脳裏に直接伝える。そして欠片は中央の尖った大きな結晶の元へ再び集い、輝きを失った。今は日の光を反射するのみだ。


「……リシア」

「何だ?」


 レヴァンシェザリアを大事そうに布に包んでいたリシアが、総司の問いかけに返事をした。


「……どうした?」

「次にアイツと会えたら、俺は多分アイツを殴る」

「……罰当たりな」


 子供のように言う総司に、リシアは苦笑する。


「次にお会いする時がいつになるかは知らんが、果たしてそう簡単にいくかな?」

「いいや決めた。スヴェンとも約束した。俺はやる」

「好きにしろ」


 女神に対して決して敬意を忘れなかったリシアがこともなげに言った。総司がぱっと顔を上げて、意外そうに、隣に屈むリシアの横顔を見た。


 リシアは笑っていた。穏やかな顔で、楽しそうに。


「止めないんだな」

「……私にとって女神さまは、尊敬と敬愛の対象であることには変わりない。私に限らず全てのリスティリアの民にとってそうだ。……そのはずだった」


 リシアにとっては、総司を除いて初めての例外を、つい先ほど目の当たりにした。女神が与える運命に抗った、誇り高き国の証を胸に宿す彼女の心境は、初めてここに来た日とは全く変わっていた。


「お前には謝らなければならない。今まですまなかった」

「何だ突然。リシアが俺に? マジでなんの心当たりもねえぞ」

「お前が女神救済の旅路を歩んで当然だと、勝手に押し付けていたことをだ」

「その話は、アレインと戦った後にしたはずだ。アレインの挑戦をはねのけた以上は俺に責任があるし、その責任を全うしようとする限り俺は間違ってない。そう言ってくれたじゃないか」


「だがやはり、それも“そうしなければならない”と押し付けただけで……リスティリアのために、そう言っただけで。お前自身のことを何も考えていなかった」

「俺が自分で納得したんだ」

「それも同じだ。納得するしかなかったんだ。右も左もわからぬ異界の地で、そうする以外の選択肢がお前にはないなんて、誰より私が知っていたはずなんだ。なんといっても、この世界で一番付き合いが長いのが私なんだからな」

「……お前には、助けられてる。これまで何度も」


「そう、私はそうしたいと思ったから私なりに力を尽くしている。お前には押し付けておきながら、私は私のやりたいようにやっているんだ。自己中心的で卑劣極まりない行いだった」

「それは違う!」


 総司が言い返そうとしたが、リシアがぱっと手を上げた。


「私は、自分自身がそうしたいから、これからも共に行き、死力を尽くしてお前を助ける。だがそれがもし、お前の望みから外れるのならば――――お前自身が、女神救済の旅路をこれからも歩むことに、納得しないなら」


 リシアは本気で言っている。リスティリアもレブレーベントの女王や王女のことも度外視して、本気で総司に言っている。


「私はそれを否定しない。リスティリアの誰かがお前を責めるなら私が黙らせる。アレイン様が怒り狂ったなら私がその前に立って、何が何でも説き伏せて見せる。私はお前の――――お前の意思の味方だ。いついかなる時も」

「……バーカ」


 総司は苦笑した。


「今更俺が降りられると思うか?」

「できるできないは脇に置いておけ。世界の危機など知ったことか。そうだ、私はレブレーベントでお前にこう言わなければならなかったんだ。降りてもいいと思っている。言っておくが、私は本気だ」


 リシアの断固たる口調と強い眼差しは、総司に少しの遠慮も許さないと言わんばかりで、それが彼女の優しさだった。


「……リシア」


 総司はリシアの目をしっかりと見返して、言った。


「ありがとう。でも、大丈夫だ。俺自身も、“そうしたいから”この先へと進むんだ。お前がさっき言ってくれたように」

「……礼を言うのは私の方だ。いつもそうだな」

「骨は埋めない方が良いか」

「風化し消えてしまうのに、それほど時間は要らないだろうが……海が見える方が、王もお喜びになるだろう」


 リシアは薄く微笑んで、そして力強く言った。


「カイオディウムだ」

「ああ」


 総司もようやくいつもの元気を取り戻し始めた。


「千年前の事件の発端となった国だ。全てがわかるかは別として、今はまだ私たちに見えていない何かが、きっと見えるようになる」

「一応レブレーベントの隣国なんだっけ?」

「国境は接しているが、首都までは少し距離がある。ひとまずメルズベルムに戻って、今後の道筋を考えよう」


「首都? 王都じゃなくてか?」

「王族はいるが、実権を握っているのが王族ではないという国でな……まあ、その話は歩きながらでもできる」

「子供に教えるより易しくわかりやすく頼むぜ」

「任せておけ」


 二人が立ち上がり、王の亡骸を一瞥する。二人そろって、その亡骸に向かって深々と一礼した。物言わぬ亡骸が、「似合わない真似はやめんか」と鬱陶しそうに言ったような気がした。


 亡骸に踵を返し、サリア峠へと引き返す。かつて実在した、偉大なる守護者の名を冠する美しい峠へと、歩みを進める。


 海岸を照らす日の光が、決意を新たにした二人の門出を祝福しているかのようだった。


「そうだ、俺も吸ってみようかなぁ、葉巻。様になると思わねえか?」

「男性二人は喜びそうだが、女性二人はきっと、それはそれは怒るだろうな。サリアもそうだが、エルマ様の怒った顔なんて私は絶対に見たくない。恐らくあの方が一番怖いぞ」

「……そうだな……それは怖いな……」

「それに、葉巻を吸えば様になるのではないと思うぞ。順序が逆だ。似合う者がくわえるから様になるんだ。お前にはまだ早い」


「いつかなれるかね、似合う男に」

「別にそれだけが格好いい男の定義でもあるまい。お前にはお前の良さがあるし、これからもっと磨かれることだろう」

「……なんか、お前に褒められるとちょっとむず痒いな」

「そっ……そんなに厳しく接してきたつもりはないんだがな……」


「これからはもっと優しくしてくれよな」

「わかった」

「いーややめろやっぱり。気持ち悪い。王の気持ちがちょっとわかった」

「何なんだお前は、せっかくヒトが気を遣って――――!」


 女神救済の旅路を、これからも変わらず歩む二人はしかし、ルディラントを訪れる前と後で、確かに変わったところがある。


 その変化はきっと、リスティリアにとって大いなる希望となって降り注ぐことだろうが、その時が訪れるのは、今しばらく先の話だ。


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