誇り高きルディラント・終話① 誇りを受け継ぐ者
「……おーおー。大人びているように見えて、所詮ガキだなぁ、お前さんも」
エルマがたっと駆け出して、座り込むリシアの傍に屈み、その体を優しく胸元へ抱きしめた。
「やはり口先だけではないか。覚悟を決めてきたなどと、その体たらくでよく言えたもんだ」
言葉とは裏腹に、その声は優しい。ランセムはぱっと総司の方へ目をやって、呆れたように言った。
「なんだなんだお前さんまで。王の門出を泣いて見送るつもりか」
総司は答えない。涙を流しながら、じっとランセムを見つめるのみだ。
一千年の時を超えて、言葉を交わす救世主とルディラント王。女神レヴァンチェスカを以てして予期し得なかった奇跡の実現。
「フン……まあ、ここに来た時よりはマシな男になった。まだまだ足りんがな!」
「足りねえ足りねえって言うばかりで、最後ぐらいハッキリ言ってくれたっていいだろ!」
また敬語が抜け、総司が叫ぶ。ランセムはフン、と鼻を鳴らした。
「おぉ良いだろう、言ってやる! わしはなぁ、お前さんの理由が今でも全く気に入らん!」
ランセムは再び王の気迫を纏って、怒号を飛ばすかのように強く叫ぶ。
「右も左もわからぬ分際で、己の欲も望みも持たず、与えられただけの使命に踊らされおって! それ以外に理由がないだぁ? わしらの前で良くもそんなことが言えたもんだ!」
王は本気で怒っていた。
リシアが辿り着いた王の真意は――――
「使命がなければ生きる意味はないのか!? その役割をこなすことにしかお前さんの存在価値はないのか!? 全ての生命は、意味を持たねばただ生きることすら許されんのか!」
「でも、俺はそうしなきゃならない! 俺はそのためにリスティリアに呼ばれて――――」
「勝手に呼びつけられて勝手に押し付けられて、はいわかりましたと素直に受け入れて! とんだお人よしだ、笑えもせんわ!!」
「王ランセム、私が――――」
「お前さんは黙っとれ!」
泣いて言葉を紡ぐのもやっとのリシアが何とか声を絞り出すが、ランセムは一喝して黙らせた。
「女神にやれと言われたからには、お前さんはそれしかしてはならんのか! 何も望んではならんのか! 与えられた役割をこなすことだけが命の存在価値だと! では我が臣民たちの、わしの命はどうなる! かつてこの地でただ日々を懸命に生き、最後には路傍の石ころのように蹴散らされるだけだったわしらの命には――――何も成し得なかったルディラントの民の命には、何の意味もなかったと! お前さんはそう言うのか!」
「いいえ――――いいえ、決して!!」
「おうとも!!」
ランセムが頷いて続ける。
「誰にもそんなことを言わせはせん! ルディラントの民はかつてこの世界で懸命に生きた! 生きて、己の望みを持ち、それを叶えるため命の限りを尽くし! 結果がどうであれ自分の子へ、孫へ、親しい者たちへ、生きた証をこの世界に刻み続けてきた! それこそが生命の価値、生命の意味だ! そして今ここに!」
ランセムがブン、と腕を振った。
レブレーベントで女王より賜った白銀のジャケットには、レブレーベントの国章がその背中に刺繍されている。
そして今、総司のジャケットの胸元に、時計の文字盤を模したルディラントの紋章が浮かび上がり、刻み込まれた。
リシアの軽やかな、わずかな面積の鎧にも、ルディラントの紋章が焼き付けられた。リシアはその証を手で覆い、泣き崩れる。
「我らルディラントが確かにこの世界にあった証を受け継ぐ者が二人もいる! ルディラントの誇りと魂を受け継ぐ者が、ここにいる! この二人が望みと誇りを失わぬ限り、我らルディラントもまた失われることはない! 千年の仮初に、確かに意味はあったのだ!」
胸元に刻まれた紋章に手を当て、しわが寄るほど強く握りしめる。
ランセムが伝えたかった全てが詰まっている。
リスティリアという世界を滞りなく回すための舞台装置。それが自分の役割だとレブレーベントで悟った。傍にいるリシアも、それが総司の役目だと当然のように受け入れていた。
王ランセムは何よりそれが許せなかったのだ。本人も含めて、本来文句の一つも言っていいような苛酷な使命が、異世界の民に押し付けられていることをよしとして、誰もが当然と断じている目の前の現実。ランセムは、誰よりも総司のために怒り狂っていたのだ。