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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第九話③ 王が伝えたいこと

「言ってやらんのか、リシア」


 ランセムが声を掛ける。


「気にせずすべてを粉砕せよと。それで終わるはずだ、お前さん達の望み通りにな」

「……私には、男の意地とやらはよくわかりませんが」


 ランセムを見つめ返し、リシアが言う。


「サリアの意地はよくわかる。逆の立場であれば私もそうした。今この時が必要な時間なのです」

「……下手をすればサリアが勝つぞ」

「いいえ」


 リシアはすぐさま否定した。


「ソウシは負けません。これまでも、今も、そしてこの先も」

「大したもんだ」


 ランセムの雰囲気が和らいだが、それも一瞬だ。すぐさま気迫あふれる王の風格を纏って、リシアへと問いかける。


「今のままのヤツで、最後の敵にも勝つことが出来ると、本当にそう思っておるのか、リシア!」


 叩きつけられる圧倒的なプレッシャー。知れず後ずさりしそうなほど、正面から押される気迫。


「まだ時間はあります!」


 リシアが叫び返した。


「これから我らはリスティリアの全ての国を回り、鍵を集めることになる――――その過程で、ソウシも私も今のままではない!」

「苦難を乗り越えて成長し、やがて最後の敵を上回ると? 同じことよ! それでは何も変わりはせんわ!」


 ギィン、と重い金属のぶつかり合う音が響く。総司とサリアが互いに弾かれ、わずかに距離を取った。


「口先だけの青二才よ、お前さんたち二人ともな! 見せかけの覚悟で気持ちだけ大きくここへきて、結果何も犠牲に出来ん! 答えを得ても、目に見えるものに囚われ躊躇い、為すべきことの一つも為せやしない!」


 サリアの槍が総司の首を捉えた。総司はリバース・オーダーの防御は間に合わないとみて、ギリギリでその槍をかわし、柄の部分をつかみ取る。


 そのまま投げ飛ばそうとして、自分の甘さを知る。


 逆だ。サリアは総司の体を浮かせ、槍を思いきり振り抜いた。


「どうするリシア――――仮にの話だ。最後の敵がお前の主、レブレーベントの王女であったとしたらどうする!」

「ッ……」

「同じように迷うか! 殺さなくて済む理由を探し、本気を出さなくて済む理由を探し、世界と王女を天秤にかけて! 世界よりも王女を取るか!」

「それはッ……!」

「“覚悟を決めた”という言葉一つ唱えるぐらいなら、年端のゆかぬ子供でもできるわ! このルディラントで、“貴様ら”一体何を学んでおった!?」


 総司の一閃がサリアの体を撃った。


 魔力によって強化されたサリアの体は、総司の斬撃を受けても簡単には傷つかなかったが――――ランセムが、驚愕に目を見張った。


 サリアは止まらない。吹き飛ばされた勢いそのまま、円を描くように広場の端を疾走し、分身しているのかと見まがうほどの速度を実現し、再び総司へ突撃する。


 総司の奇異な目が、ギュンと動いた。


 振り抜かれるリバース・オーダー。切り裂かれたサリアの体が水と化し、総司を捕らえんとうねったが、総司がかっと目を見開いた。


 蒼銀の魔力が総司の足元から爆裂し、迫りくる水を吹き飛ばし、そして水に紛れて突っ込んだサリアの槍の柄を再び捕まえる。


 今度は、総司が吹き飛ばされることはなかった。


「ぬ、ぐっ……!」

「“ランズ・ヴィネ・アウラティス”!」


 サリアが魔法を発動し、激流の槍が総司を振り払うはずだった。しかし総司は、渦巻く水に手を飲まれながらも、槍から手を離さない。


「なっ――――」


 サリアがとっさに槍を手放し、ばっと身を翻した。

 総司が振り下ろした剣は空を斬り、広場の地面を砕く。


「どおっ――――」


 総司が槍を構えて、ぐっと上体を逸らした。サリアはばっと両手を前に突き出して、魔法を発動する。


「“エルシルド・ゼノ・アウラティス”!」


 集積する水が円形に広がり、サリアの両手を中心として防壁を構築する。


「っせええあ!」


 総司が勢いよく投げ飛ばした槍は、射出される砲撃のように一直線にサリアへと向かった。


 蒼銀の魔力を纏う槍は、サリアの防御に阻まれたが、その衝撃はすさまじかった。勢いを殺すことには成功したが、威力の全てを殺しきれたわけではない。サリアは槍をパシッと手に取って確保したが、両腕のしびれが今の総司の力を物語っており、わずかに冷や汗を流す。


「……単なる投擲でこの威力……」

「――――なるほど? あれがヤツの力か」


 ランセムがくだらなさそうに言う。


「ならばなおのこと最後の敵にはかなうまい。感情の上振れに任せて賭けに出るか?」

「……ソウシにその使命をお与えになったのは、他ならぬ女神さまです。ソウシは、自分の世界ではないこのリスティリアのために、それでも命を賭して戦ってくれているのです。その決意を否定するのですか!」

「ハッ、何だそれは。否定するのかだと? その通りだ、否定してくれよう!」

「かつてリスティリアの一国の王であったあなたがですか!」

「そうとも!  千年もの間、女神が定めた運命に逆らい続けたこのわしが! なんの価値もない決意だと断じてやろう!!」


 リシアの顔にも怒りが浮かぶ。ランセムの表情にも憤怒の表情が刻まれているが、今度こそリシアは気圧されなかった。


「この世界に来てからわずかな期間で、耐えがたい悲劇を乗り越え、苛烈な挑戦をはねのけて彼はここにいるのです! 女神を救うという眩い決意があればこそ、彼は今も挑んでいる。それを無価値だとは言わせません!」


「ならば証明して見せろ! その決意がハリボテでないことをな!」


 ランセムが腕を上げようとした。


 何かが来る。サリアの力に驚いてばかりだったが、ランセムもまた、オリジンの力を借りているとはいえ、国一つを再現する魔法を千年も行使し続けた魔法の使い手である。リシアが思わずレヴァンクロスを構えかけて、ふと止まった。


 エルマが、ランセムの手を押さえていた。いつものにこやかな表情の消えた、真剣な顔で。


「いけません」

「止めるな」

「王ランセム、もう十分です」


 エルマが懇願するように言った。


 ランセムはもしかしたら、王妃エルマのために、幻想のルディラントという永遠の牢獄を創り上げたのではないか。泣きそうなエルマの顔を見て、リシアはそんなことを思った。


「何が十分なものか」


 ランセムは静かに言って、エルマの手を払った。


「これで最後だ。邪魔をするな」

「……あなた……」

「サリアァ!」


 サリアが槍を横なぎに振り抜いて、総司を吹き飛ばし、距離を取った。


 王がその手を掲げるのと同じ動きで、槍を天に向かって構える。


 莫大な魔力の奔流を感じ取り、総司がリシアを見た。リシアはレヴァンクロスを構えなおして、既に臨戦態勢を取っていた。総司が跳躍し、ざっとリシアの前に立つ。


「私に構うな!」

「言ってる場合じゃねえぞ」


 総司の声は静かだった。


「ソウシ……?」

「これが本気か……思っていたより、数段ヤバいな」


 晴れ渡っていたはずの空が、暗雲に包まれる。ひび割れた空に集う雨雲が容赦なく、地表へと激しい雨を叩きつけ――――はねた水がふわりと浮かび、サリアの真上へと集まる。


 ほのかに香る海の香り。海風がルベルの街を吹き抜けて、この広場へとやってくる。その風が頬を撫でた時、リシアは不思議な音色を聞いた。この世のものとは思えない歌声にも聞こえた。


 水が混じる風がサリアの周囲を渦巻いて、徐々に嵐へと変貌していく。嵐はしかし荒れ狂うことなく、サリアという指揮者の元に集い、その指示を今か今かと待ちわびる。


「耐え難い悲劇を乗り越え、苛烈な挑戦を退けた。お前さんが歩んできた道がどれほどのものかは知らんが、なるほどお前さんは救世主として、逃れ得ぬ運命に立ち向かってきたわけだ」


 ランセムの体からも光が発散され、サリアの魔法を手助けしていることが窺い知れる。


「それを眩い決意と呼ぶか。お前さんは異界の民であり、“そうするしかなかった”だけのことだろう」

「ではなおのこと、あなたがそこまで否定する意味がわかりません!」


 リシアが憤慨して言った。


「我らが背負うべき役目を異世界の民に背負わせて、苛酷な旅に送り込むしかない我らが、せめて出来ることをすべきではないのですか!」

「だーから、それが間違いだと言っとるんだ!」


 ランセムもまた激昂する。


「それで“優しい”つもりかリシア! お前さんの狭苦しい視界には、本当にそうとしか映らんか! その男がつまらん理由しか口にできなくなったのは何故か、お前さんには見えんのか!」


 リシアは口をつぐんだ。


 ランセムに気圧されたからではない。ランセムの言っている言葉の意味が理解できなかったからだ。そしてその真意の一端を悟る。


 今この場で試されているのは、総司の力ではない――――リシアの方だったのだと。


「お前さんの考えが――――レブレーベントの連中の考えが、それだけなのであれば、最早語ることはない」


 ランセムが静かに言った。


「話の“前提”が違う者といくら言葉を交わしたところで、互いに理解し合えるはずがないのだからな」


 サリアの目が見開かれ、ついにその時が来た。


 ヒトの身で操ることなど到底かなわぬ荒ぶる嵐を、手足のように統べる者。アウラティスの継承者は、海の化身となって、侵略者を討つ。


「ここで潰える希望に、せめて安らかな眠りを」


 サリアが言った。奇妙に反響する不思議な声だった。




「“レヴィアトール・アウラティス”」



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