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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩きレブレーベント・第一話④ 騎士団長の御赦し

「よォ異世界人。初めましてだな」

「……どうも。ソウシ・イチノセです」

「結構、礼儀は弁えてるらしい。バルド・オーレン。レブレーベント第一魔法騎士団の団長をやってる」


 総司の独房の前に椅子を持ってきて、どかっと腰を落ち着けた男は、楽しげな口調とは裏腹ににこりともしていなかった。


 あの女神は大事なことを何も教えていない、と、総司は頭を抱えたくなった。単語を理解するのに必死なのである。レブレーベントという言葉が国家を意味するのかどうかさえ、総司には自信がなかったのだ。


 バルドと名乗った男は、騎士とは思えない軽装だった。無精ひげの良く似合ういかつい剣士――――騎士というよりは、闘技場の剣闘士と言われた方がしっくりくる。無論そんなものは、総司も物語の世界でしか見たことがないのだが。


「……ふぅん。どれだけトチ狂ったヤローがいるのかと思えば。意外にシャンとしてるじゃねえか」

「トチ狂った……俺がこの街の人たちを皆殺しにしたと、そう言いたいわけですか」


 努めて冷静に、総司は静かにそう聞いた。

 思われても仕方がない、最も怪しいのは間違いなく総司だった。とは言え――――納得できる嫌疑ではなかった。


「いいや」


 しかし、総司の予想は外れていた。バルドはすぐに首を振り、どこからか酒が入っているであろう小瓶を取り出して、蓋を豪快に開け、ぐいっと一口あおった。


「グライヴの死体を見たし、お前の持つ武器じゃあ住民の死体はあんな風にはならねえ。そんなことはわかってんだよ、こっちはな」


 また知らない単語が出たが、すぐに、あの醜悪な獣のことを言っているのだと思い当る。


「俺が知りたいのはそっちじゃねえ。お前が異世界人かどうかってところよ」

「錯乱していたのです、あまりにも多くの死を見過ぎたのでしょう。尋問も日を改めるべきかと」


 リシアがたまりかねた様子で口を挟んだ。


「ソウシと言ったな。お前もきっと混乱しているのだろう。硬いベッドで申し訳ないが、今夜は休め。明日、もう一度話を――――」

「俺は異世界から来ました。女神レヴァンチェスカに呼ばれ、彼女に託されました。でも、彼女がどういう状況にあるのか、この世界がどんな危機に瀕しているのか、何も知らないんです。教えてくれませんか、俺に、この世界のことを」


 リシアが総司を気遣って、口を挟んでくれたことには感謝したかった。


 だが、この機会を逃すわけにはいかない。そもそも自分の生い立ちやシエルダにいた理由を偽ろうとしたって、総司には嘘をつけるだけの知識がないのだ。簡単に綻ぶような嘘なら、つかない方がマシだと思った。


 しかし、どうやら選択肢を間違えたらしい。


 女神の名を口にした途端、リシアの目が鋭く、先ほどまでの温かみがどこか消え、冷徹に輝いたように見えた。


「……冗談にしては不敬が過ぎるな」


 声色も、少しばかりトーンが下がっていた。


「お前の妄言に、事もあろうにかの女神の名を使うなど――――無知だとすればあまりに愚かしいぞ」

「……俺は、ここに来てから一度も、嘘をついてない」


 怖い目つきだ。総司がまっすぐに見つめ返すが、リシアは目を逸らさない。


「……そもそも、あのグライヴは間違いなく『活性化』していた」

「活性化……?」

「知らねえのか。人を食う魔獣ってのはその通りだが、普通のグライヴに街一つ滅ぼすほどの力はないんだよ。この街にだってレブレーベントの騎士が常駐してる。はぐれた子供がさらわれて食われちまう、なんて事件はごくごくたまーに起こっちまうが……まともにやり合ってウチの騎士たちが負けるような相手じゃあないんだ」


 バルドは言葉を選びながら――――総司の反応を探るように、続ける。


「住民だって戦えない連中ばっかりでもなかっただろうさ。命の危機に瀕すればそりゃあ必死で抵抗もする。それを意に介さず、残らず食い尽くしたあの獣を、お前はどうやら傷一つなく殺し切ってみせた」


 バルドは酒を飲んだ後、今度は煙草を取り出して火をつけた。やはりおよそ騎士とは思えない所作だ。


「アリンティアス、しばらく口を挟むなよ。異世界人……ソウシ、だったか。話して聞かせろ。お前の元いた世界の話と、女神さまの話をよ」






「つまりだな、お前の言うことが真実だとするとだ。その“クルマ”ってのは油を入れりゃあ馬の何倍って速度が出せるのか」

「ええ。車にもいろいろと種類があって、人をたくさん乗せることに主眼を置いたものもあれば、速度を追求したものもあります。俺は自分で運転したことはなかったけど」

「そいつはおかしいぜ。そんな便利なもんをよ」

「年齢が足りていないんです。18歳以上で、ちゃんと訓練と試験を受けて合格しないと車に乗る資格は得られないんです。車は速度もそうですけど、何より金属でできていてとても硬いから、技術のない人間が乗るのは危険なんです」

「ほぉ~。馬とは違って乗るのにお国かなんかの許可がいるわけだ。で、そういうのを総称して機械、と。その呼び方は同じだな。しかしこのリスティリアにも機械大国ってのはあるんだがよ――――」

「オーレン殿!」


 口を挟むな、と釘を刺されていたリシアが、たまりかねて叫んだ。


「さっきから何を和やかに談笑しているんですか! これが貴方の言う尋問ですか!? 大事なことが何も聞き出せていないではないか!」

「聞き出せてるよ。何を聞いてたんだお前は。こいつがいた世界には“いんたーねっと”ってのがあってだな、魔法を使わなくても離れた場所の――――」

「どこが! 大事な! ことですか!」

「チッ……悪いな、堅物でよぉ。ロマンってのがわかってねえんだわ」

「いえ、まあ、彼女の怒りも当然っちゃ当然ですけど」


 バルドはふーっと息をついて、


「しゃあねえ、本題だ」

「やはり余計な話だったのではないですか……!」

「お前と女神さまの関係性だ。あのお方と会い、何を話し、何を託されたか。話してもらうぜ」


 総司は頷いて、嘘偽りなく、レヴァンチェスカと過ごした長い時間と、彼女に託された使命を話した。


 バルドは、最初は総司のことを全く信じていなかったかのように振舞っていたものの――――真剣な顔つきで、総司の話に耳を傾け、ずっと総司を見つめていた。


 何かを探っているのはわかっていたが、総司はまだ駆け引きが出来るレベルにもいなかった。余計なことは考えず、ただ体験したことを全て、バルドに話して聞かせた。


「……ま、結論としては眉唾もんだ。わかってるだろうが」

「ぐっ……まあ、そりゃそうでしょうが……」

「お前がそうであるように、俺らにとっても『異世界』なんてのはおとぎ話の話なんだよ。そんなもんがあるなんて、誰も知らないし信じもしない。その上でだ」


 バルドはおもむろに立ち上がると――――牢屋の扉にかけられた魔法を破壊し、開けた。


「……え?」


 リシアが思わず声を上げる。一瞬、何が起こったのかわからなかったらしいが、すぐに我に返ったようだ。


「オーレン殿!?」


「異世界の話やら、女神さまとのお話し合いを信じたわけじゃねえが、お前の目は頭が御花畑になったアホのそれじゃない。それだけはわかった」


 バルドは初めて――――総司に向かって、笑みを向けた。


「とりあえず出ろや。続きはもうちょっとマシな場所で聞いてやるからよ」


 シエルダ領主の屋敷は、それほど広くはなかったが、格調高く纏まっていた。街並みに合わせた白の屋敷は主を失い、寂しげに総司を出迎える。

 夜も更け、惨劇の光景も暗闇に溶けて見えなくなった。総司は誰もいなくなった街に目を向け、わずかに首を振る。


 考えても仕方のないことを――――もしかしたら間に合ったかもしれないなどという、もうあり得ない想定を、振り払うことがどうしても出来ない。


 バルドは気さくな男だった。総司に酒を振る舞い、総司の世界の話を楽しそうに聞いていた。それが気に入らないらしいリシアは、二人の会話を聞いても表情一つ変えることなく、ただ総司を監視していた。


 夜が更に深くなり、遂に話を切り上げることとなる。総司は簡素な部屋に通され、とりあえずはベッドを与えられた。


 そこにどさっと腰を落ち着けて初めて――――総司は、自分が思ったよりもずっと疲れていたことを知る。


 当然のことだ――――レヴァンチェスカとの突然の別れ。落ちた場所では正体不明の騎士に襲われて完膚なきまでに敗北し、そこから更に叩き落された場所では、目を覆いたくなるような惨劇が待ち受けていた。獣と戦い、そこから休まずひとつの街を駆けまわった。


 今日一日で、いろんなことがあり過ぎた……果たしてたった一日の出来事だったのかどうかは自信がないが。


 横になろうとして、空腹を知る。しかし、食べ物の類は見当たらない。


 明日の朝になれば、バルドも朝食ぐらいは用意してくれるかもしれない――――それまで我慢するかと、総司が諦めかけたとき、部屋の扉がノックされた。


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