誇り高きルディラント・第八話① 最後の夜
「おう、ご苦労さん。成果はあったか?」
「あったけど、全部終わったわけじゃない。知ってるはずだけど」
「まあな」
ランセムは笑いながら三人を出迎えた。最初の夜に夕食を摂った時と同じラウンジのような場所で、エルマの手料理がすでに準備されていた。
リシアは一瞬、エルマと目が合って、ぴたりと止まった。エルマはにこやかにリシアに笑いかけるだけで、何事も言わない。
「どうぞリシアさん。今宵はあなたも如何ですか?」
「パルマ・ルディラントというワインだ。上物だぞぉ、たまにはお前さんも付き合え」
「……そうですね」
これまでリシアは、王ランセムとの夕食の席でも、酒に口をつけたことはなかった。総司が意外そうにリシアを見て目を丸くした。
「いただいても?」
「おぉ! もちろんだ! なんだなんだ、今夜はノリがいいじゃないか!」
ランセムは嬉しそうに笑うと、全員に酒を注いだ。透き通るような赤色のワインは、ルディラントの名産品。一口飲んでみると、爽やかで甘く飲みやすい、素人にもわかるほど高級感のある味だった。
「パルーテンの村長からの差し入れだ。お前さんたちにやってくれとな。わしも飲むけど! はっはっは!」
「あくまでもお二人への贈り物ですので、調子に乗り過ぎませんよう」
「わかっとるわかっとる」
エルマの手料理は相変わらず大変な美味で、食べるだけで幸せな気分になる。上質なワインの効果もあって、ランセムも総司も上機嫌だ。
「何だお前さん、飲めないわけじゃないどころか相当強いじゃないか」
男二人とは対照的に顔色一つ変えないリシアを見て、ランセムが楽しそうに笑う。
総司もリシアの酒の強さには覚えがあった。レブレーベントの王女アレインも吐くほど酔いが回った宴の席でも、リシアは最後まで元気でしっかりとしていた。
「美味しいお酒です。酔って味がわからなくなるのはもったいない」
「酒は酔うためのもんだ。ほれ」
「ありがとうございます」
ランセムが注ぐ酒を断らず、今日は迷わず飲んでいる。リシアの心境の変化は一体何がきっかけなのか、総司にもわからないが――――
やはりリシアは何かを確信している。寂しげな表情を見るだけでも、彼女が何かを抱えているのがわかる。
「で、二度目の探索はどうだった? 今回はサリアも同行出来たという話だったが」
「ああ。助かったよ、サリアの強さにはびっくりだ」
「当然だ。この子はティタニエラの妖精たちの系譜を継ぐ者。そこらの魔女と一緒にしてもらっては侮辱というものだ」
「私はそのようなこと、思ってもいませんので。王よ、お気を付けください」
「ティタニエラの妖精……?」
「“エルフ”という種族との混血だ。遥か昔、サリアの先祖にエルフの血が混じった。代を重ねて薄れるかと思えば、世代が重なるごとに力が増しておる。その中でも格別ではあるがな、サリアは」
総司がファンタジーの中でしか見たことのない種族の名前だが、ドラゴンやユニコーンと同じく呼び名が同じだった。創作物の中においては、往々にして魔法に長けた未開の地の守り人として語られる、空想上の存在。だがランセムの口ぶりでは、リスティリアではティタニエラという国に当たり前のように存在している生命の一つのようだ。
「しかし、サリアの力が見れたということは、今回は荒事が主軸か」
「大した相手は出てこなかったけどな」
「ウェルステリオスは?」
「出てきたけど、別に敵対的じゃなかった」
「ほう……」
ウェルステリオスがあの場所にいるのは、ランセムにとっても予想外のこと。あの神獣の動きは王にも読めない。
「次こそ皆殺しにする気概で臨むものと思っておったが……まあ、神獣の考えを推し量るなど、我らには決して出来ぬことよ。サリアが縛ってでも連れて帰っておらんということは、ディージングには会えなかったわけだな」
「残念ながら。どこぞで寝ていたのかもしれませんけど」
サリアが首を振りながら言う。スヴェンの気持ちを汲み、総司はこの場でも、最後の邂逅を口に出すことはなかった。
スヴェンは総司だけと会話を交わしたものの、その話をリシアにすることも止めてはいない。彼が頑なに拒んでいたのは、サリアと会うことだけだった。
「何を考えておるのかはわからんが、ヤツなりに考えあってのことだ。そう拗ねるな」
「拗ねてなどおりません」
サリアがきっと王を睨んで言った。
「次が最後の探索か。さて、お前さんがそこで何を見るのか、わしも楽しみだ」
「ほとんど答えを知っていても?」
「言ったろう。真実の聖域で起こることの全てを把握できるわけではないし、ディージングのことも予想していただけでわかっていたわけではない。ウェルステリオスもそうだ。それに何より、事象というのは見る者の主観によってその意味と価値を変えるもの。お前さんが何を得るのかは、お前さんにしかわからないはずだ」
「……とりあえずは」
総司はぐいっとワインを飲み干して、言った。
「泣いても笑っても、次が最後だ」
「健闘を祈っておる。無事に全てが終わることもな」