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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第七話④ スヴェンとサリア

緑色の外套を着た、片方が割れたサングラスをかけた青年が、普通の家よりは高い廊下の天井に腕を突っ張って張り付いていた。


 意味不明な光景である。忍者のような隠遁をしているのはスヴェン。必死の形相で天井に張り付き、ふーっと息を吐いて気合を入れなおしていた。


「……あの」


 時計塔の中にある王宮ではなく、ここは王都ルベルの集会所、住民たちの寄り合いの場である。


「何をしているんです……?」

「しーっ! バカヤロ、サリア、さっさとどっか行け!」

「無礼な物言いですね。あなたに話があるのですが」

「良いから!」


 身軽な戦装束を纏う少女、サリアがむっとして眉を顰め、スヴェンにさっさと降りてこいと手招きするが、スヴェンは何とかしてサリアをその場から去らせたいようで、どこかへ行けと繰り返し言うばかりだ。


「ッ――――来た!」

「来た? 何が――――」

「サリアちゃんだ!」


 どたどたと廊下に駆け込んできたのは、ルベルに住む子供たち。女の子一人と男の子二人の組み合わせで、サリアもよく知っている街一番の元気な子供たちのグループだ。


「あら、マーナ。それにグインとルシェドも。こんにちは」

「こんにちは! ねえねえ、スヴェン見なかった!?」

「スヴェン?」

「かくれんぼしてるんだけど全然見つからないの! この建物の中限定ねって言ったのに、きっと外に出てるんだよ!」


 サリアはようやく合点がいったのか、あー、と声を漏らした。


「どれぐらい見つかっていないの?」

「朝早くからここへきてるのに、もう半日は見つかっていないんだ。いい加減疲れたよ」


 聡明そうな顔つきのルシェドが、呆れた様子で言った。その言葉を聞いてサリアは首を振り、すっと指を上に向ける。


「いますよ、ほら」

「あっ、テメェ!」

「あー! いたー!」

「そんなところに……」

「大人げねえぞスヴェン!」


 いかにもガキ大将という風体のグインが文句を言い、ルシェドはやれやれと肩をすくめる。スヴェンは廊下の天井からぱっと飛び降りて、得意げに笑った。


「はっはっは。こういうのは本気でやらねえとな」

「本当に大人げないです。恥を知りなさい恥を」

「そうだよ。さっきまで泣きそうだったんだよ、マーナは」

「言わないでよぉ!」

「ったく、スヴェンと遊ぶと俺らの方が疲れるんだよなぁ」


 ルディラントは今日も平和、と言ったところだろうか。子供たちをじゃれ合うのも程々に、サリアがごほん、と咳払いしてスヴェンを引っ張り、その場を後にする。


「あなたはあくまでも他国の民です! 勝手な行動は慎んでください!」

「今更そんなつれないこと言うなよ。もう何か月いると思ってんだ」

「今夜は久々にあなたのご主人様がいらっしゃいます。あなたがいなければ示しがつきません」

「ご主人様っていう言い方やめろっつの。それにアイツは、俺の姿が見えなかったところで何も思わねえよ。アイツのところにいる時も何回脱走したと思ってんだ」

「自慢げに言うことではありませんっ」


 王都ルベルの昼下がり、人々でにぎわう大通りを抜け、総司も見慣れた時計塔のある大きな広場に二人が辿り着いた。


 総司は、その大広場の端に立って、サリアとスヴェンが歩いてくるのを遠目に見ていた。


 総司はおぼろげな意識の中で、自分の状況を何となく理解した。


 これは記録、記憶。総司とリシアがルディラントにやってくる前の、スヴェンが行方不明になる前の光景だ。総司はその場に干渉することも出来ず、この光景の登場人物に認識されることもないのだろう。


 見慣れた広場だが、違和感があった。総司の知る限り、この広場は、あの祭りの夜以外では人気がなかった。しかし、サリアとスヴェンが歩く広場には、子供連れの家族も多く、活気があった。


 二人の姿が、時計塔の前でヒュン、と消える。併せて総司の視界も飛んだ。


 時計塔の内部、隠されたルディラントの王宮。見慣れたエントランスでは、エルマが笑顔で二人を出迎えた。


「おかえりなさい――――あら」

「どもども」

「あら、スヴェンも一緒ね。見つかってしまったの?」

「こいつが来なきゃあと二時間は逃げきれたんだがな」

「ダメじゃないサリア、子供たちの邪魔をしちゃ」

「え、ええ!? 私が悪いのですか!?」

「いつだってそうさ」

「あなたは黙っていなさい……!」

「悪ガキがようやく戻ったか。お前さん、ちったぁ遣いらしくしたらどうだ」


 ランセムがその場に現れて、階段の上から声を掛けた。スヴェンはその姿を見て、サングラスの奥の目をわずかに見開いた。


「あんたもいたのか……? カイオディウムとの協議はどうしたんだ。しばらくそっちに行くって話じゃなかったっけか。まだ二日も経ってねえぞ」

「……ついて来い」

「……うーっす」


 場面が切り替わる。


 小さな会議室のような場所で、ランセムが楕円形のテーブルの上座に座り、サリアはその隣りへ。スヴェンはランセムの反対側で、椅子に座ることなく立っていた。


「結論から言えば話にならん。というより、王族にも教皇にも会えなかった。首都の中にすら、入ること叶わず。報告としては、全くもって無しのつぶてというやつだな」

「おーおー、無礼極まりねえな。俺より数段無礼な連中だ。何考えてんだ、あちらさん」


 スヴェンが下らなさそうに吐き捨てて、すっと葉巻を取り出す。


「スヴェン」


 サリアがきっと目を細めてスヴェンをにらみ、厳しい声で言ったが、ランセムが手を挙げた。


「構わん。わしにも一本くれ」


 スヴェンがピン、と葉巻を一本、ランセムへと投げる。二人ともが火をつけ、ほとんど同時にふーっと煙を吐くのを、サリアは何か言いたげな顔で見ていたが、王の許可ありとなれば逆らうことも出来ず、ただ不機嫌そうに黙るばかりである。


「葉巻の一本もやらにゃ、やってられん」

「心中お察しいたします」

「やめろ気持ち悪い」


 スヴェンがおどけたように馬鹿丁寧なセリフを吐くと、ランセムがうるさそうに手を振って苦笑した。


「先ほどエルマから報告を受けた。サリアの伝手もあって、ティタニエラとは三日後に話し合いの場を設けることが出来たと聞いておる。よくやった。大手柄だ」

「過分なお言葉にございます、王よ」

「ディージング、お前さんの飼い主はどうだ、いろいろと苛烈だとは聞いておるが」

「だーからその言い方やめんかい!」

「力と餌の交換だと聞いとるぞ?」

「誰が言った。サリアか。オイクソガキこっち見ろ」


 サリアは不満たらたらのスヴェンを無視して、ランセムに言った。


「聡明な御方には間違いありません。状況を正しく理解していらっしゃいます。決して悪いようにはならぬかと」

「……ま、そうだな。俺をここに置いているのもアイツなりに心付けってやつだ。サリアだけじゃ頼りねえからな」

「ほう……?」


 サリアが眉を吊り上げてスヴェンを睨みつける。スヴェンはそんなことは気にも留めないで、葉巻をふかしながら言葉を続けた。


「アイツは何もかもきっつい女だが、それ以上に小賢しい駆け引きが大っ嫌いだ。白と黒を自分の感情でハッキリ決めなきゃ気が済まねえ性格だ。どっちつかずで最後に甘い汁吸おうなんて考えちゃいねえよ。ルディラントと敵対するつもりなら、今頃すぐそこまで突っ込んできてるだろうさ」

「カイオディウムの考えが少しでもわかればいいのですが、門前払いでは何もわかりませんね。それほど状況は切迫しているのでしょうか」

「さーてなぁ。何が起きようとしているのか、わしもわからんが……備えなければならない。世界中がな」


 何か良くないことが起ころうとしている。おぼろげな意識の中で三人の会話を聞く総司にも、何か不吉な雰囲気がひしひしと伝わってきている。


 かつてリシアが語った、「リスティリアの民が漠然と抱える不安」のことを話しているのだろうか。女神が囚われの身となり、世界中が徐々に破滅へと向かっている、リスティリアの緩やかな危機。


 その気配を感じ取っているのは、リシアの言葉を信じるならば決してレブレーベントだけではない。ルディラントもまた、その危機を察知し、何か対策をしようとしている。だが、カイオディウムはルディラントの呼びかけに応じず、未だ閉ざされたまま――――


 いや、それでは矛盾する。総司はハッキリとしない意識の中で、ランセムに散々リシアと比較された足りていない思考力で、必死に考えた。


 ルディラントは千年もの間外界から隔絶された国のはずだ。そしてティタニエラも、総司が読んだ歴史書の中では、千年前の大事件以来、他国との親交を殊更強固に拒んでいたはず。それなのに、三日後にはティタニエラの使者がやってくるという。この会話がいつ頃行われたのかは不明だが、スヴェンが行方不明になる前というなら、すでにティタニエラとの会合は達成されていたと考えても良い。


 ランセム自身が言っていたのではないか。カイオディウムとティタニエラ、この二か国は苦労するぞと。世界滅亡の危機ともなれば、千年もの間、他国との干渉を拒絶し続けてきた国が手を取り合う可能性も十分に考えられるが、ここまで能動的に、率先して動く側に立つだろうか。


「ひとまずは今夜の会合と、三日後に備えねばなるまい。エルマが歓迎の準備を進めているはずだが……」

「私もお手伝いします。スヴェン、あなたも」

「ええ~? 俺がぁ?」

「……なぜ不満そうなのか解せませんが。一応あなた、この国では私の部下のはずですけど」

「でも別に小間使いやりにお前の下についてるわけじゃ――――はい、わかりました、槍を手に取るのはやめろ」

「せいぜい気張ってくれよ、客将殿」

「客将の扱いされたことなんか一度もないんだけど。どうなってんだ」


 また場面が切り替わった。


 時刻は夕方。時計塔の頂上、風も強まる天空の中に、スヴェンが佇んでいた。すぐ後ろにはサリアが控えており、二人で同じ方向を見つめている。


 望遠鏡を使えば見えるぐらいの距離、ルベルの外れの方に、ルディラントの民ではない見慣れない団体がやってきており、じわじわと時計塔に近づいてきている。スヴェンはそれをしばらく眺めていたが、やがて、げっと苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「バケモンかよ、この距離でここが見えてんのか」

「……さすがは音に伝え聞く当世最強の魔女……この王宮の護りすら超えて私たちを視認するとは……」


 二人も相当目が良いが、相手はそれ以上だったらしい。ルディラントの王宮は、内側と外側ではその見え方が違う。スヴェンとサリアの口ぶりから察するに、本来なら二人の姿は、どれほど目がよかったところで見えるはずがないらしいが、今ゆっくりと王宮への歩みを進めている、今夜の客人にはしっかりと見つかっているようだ。二人の横に立つ総司も目を凝らしてみたが、それらしい人影をはっきりとは認識できなかった。


「あなたのご主人様は噂通り、凄まじい戦士のようですね……」

「お前のことは気に入ってるみたいだし、お前がビビる必要もねえだろ」

「ええ、屈託のない顔で笑ってくださいますが……目の奥に宿る苛烈な光は忘れられない。一つ違う次元にいる存在です」

「ま、敵じゃねえんだ。そうビビることもねえや」

「あなたはそうかもしれませんけどね……」


 サリアは、再び葉巻に火をつけようとしたスヴェンの手元をバシッと叩いた。


「控えなさい。体に毒です」

「硬いんだからもう」

「そろそろ降りますよ」

「へいへい。ったく、本当に俺も同席しなきゃダメか? かたっくるしいのは嫌いなんだが」

「よく知っていますよ。しかしそれもあなたの役目です。そうでしょう、シルヴェリアの客将殿」


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