誇り高きルディラント・第七話① 二度目の探索はサリアと共に
「まーた性懲りもなくきおったんか、若造め! あんな目に遭っておいて酔狂なもんだ!」
シュライヴが不機嫌そうに言う。
祭りの夜が明け、総司とリシア、それにサリアは、再度ガーミシュの村を訪れた。
シュライヴは不機嫌なものの、もう止めることはあきらめている。
「どうしても行かなきゃならなくてね。申し訳ないがまた頼むわ、村長」
「フン。今度こそ死ぬぞ。せいぜい気を付けろ」
相変わらずのぶっきらぼうな軽口も程々に、一行はもう一度あの海岸へとたどり着く。
しかし――――目の前に広がっていた光景は、以前とは違っていた。
「……なんじゃ、これは……」
シュライヴも、総司とリシアを迎えて以来、この場所には来ていなかった。目の前の光景を初めて見て、驚きに目を見開いている。
黒い風はもう取り払われ、ウェルステリオスの姿もない。
「小島」というにはあまりにも巨大な島が、目の前にでんと鎮座し、総司とリシアが見たあの神殿の領域が広がっているのがハッキリと見て取れる。
だが、それ以上に危険な気配が伝わってきていた。
以前の探索では少しも感じ取れなかった、危険な何かの存在――――それも、無数に感じ取れる殺気。島そのものが敵対的であるかのように、みなぎる殺意が迸る。
「本当に行くつもりか……? あんなにも危険に満ちた島にか……?」
「行くしかねえんだ。それに、この前よりもわかりやすくていい」
対岸にいる今から、リバース・オーダーの柄に手をかけて、総司は笑う。
「敵がいるってハッキリしてる方が、俺には向いてるからな」
「……そうか」
たぎる戦意を目の当たりにして、シュライヴはふーっとため息をついた。
「なら止めはせん。行ってこい」
「おうよ! サリア、悪いがもう一度頼むぜ!」
「……思ったのですが」
サリアは考えながら言った。
「もしかして、あの状態の島なら私も行けますかね?」
「……でも、黒い風は関係なかったんだよな……?」
「……試してみましょう。“レヴァジーア・アウラティス”」
海の道をもう一度開き、サリアが軽く跳んだ。
不可思議な力に弾かれることもなく、サリアは海が開けた道へと降り立った。
「ほら!」
「マジで!?」
「これは……心強い。サリアも共に行けるのなら、これほどありがたいことはない」
シュライヴはほう、と感心したように、
「サリアも共に行くか。ならば、ちったぁマシな探検になるな」
「ええ。ありがとうシュライヴ。ここで待つのは不要です。私が責任を持って、このお二方を連れて帰りますから」
「フン。元からそのつもりじゃ。気ぃ付けていけよ、若いの!」
「ああ、ありがとう!」
心強い味方、サリアと共に、総司とリシアは再び“真実の聖域”へと踏み入った。
島についた途端、待っていたのは手荒い歓迎だった。
飛び出してきたのは、総司が最初に苦戦した甲虫の人形だ。触れれば爆発し無数の刃をまき散らす厄介なトラップ。だが、サリアがいる今、それは脅威にはなり得なかった。
「“エルシルド・アウラティス”!」
渦巻く水が障壁となり、すべての虫人形を防ぎ、爆発させ、その刃すら受け止める。何もないところでも水を発生させ、自在に操るサリアの伝承魔法。
「“シンテミス・アウラティス”!」
八又に分かれる水の奔流。茂みの中に襲撃したそれらは、隠れ潜んでいた虫人形すら捕らえて残らず無力化していく。
続いて階段に差し掛かったところで襲い掛かってきたのは、石でできた巨大なゴーレムだ。足場の悪い中で、何故足場が崩れないのか疑問なほど巨大なゴーレムが突如出現し、硬い拳を振り上げていた。
だが、総司とリシアが反応するよりもずっと早くサリアが飛び出し、槍を構えて突撃する。
「“ランズ・ヴィネ・アウラティス”!!」
渦巻く激流を纏う槍の突撃。ゴーレムが拳を振り下ろすよりも早く、総司の本気の突撃に迫る速度で、激流の槍がゴーレムの体を容易く貫き、えぐり抜いた。
敵対的な神殿は休憩を許さず、続いて石の壁が変形し、檻のような形をとって、三人を一瞬で捕らえ、更には足元が崩れ落ち、奈落への入口がぽっかりと口を開ける。しかしサリアの対応は、総司が悲鳴を上げる暇すらない。
「“シェルレード・アウラティス”!!」
鋭く切り裂く水の刃が円形に広がったかと思うと、檻を容易く両断する。解放された総司とリシアを水で捕らえて、崩れていない階段の先まで共に連れていき、サリアはぎらりと目を光らせた。
「立て続けに来ます。お気をつけて」
「いや強すぎる! なんもしてねえ!」
「さ、サリア、あなたが一人で戦わずとも、我らもそれなりにできるんだが……」
「お任せを」
「いやだから――――おおおお!?」
ストン、と総司の膝が抜けたように、態勢が崩れる。サリアが軽く総司の肩を押して、それだけで姿勢が崩されたのだ。合気道にも通じる絶妙な技巧である。
「ふっ!」
槍を振り抜き、総司を狙っていた機械仕掛けの蛇を弾き飛ばす。
「はっ!」
剣を振り上げた甲冑が襲ってくるのも何のその、槍で貫いて粉砕し、サリアはどんどん道を作っていった。
「……気合が違うな……」
「まあ、スヴェンに会いたいのだろうな、多分……」
話していた気配から、サリアがスヴェンに対して並々ならぬ想いを抱いているのは感じていた。しかし恋はここまでヒトを変えるのか。鬼神の如きサリアの迫力に、神殿の敵対的なトラップすら怖気づいているように思えてきた。
その実力は疑いようもなく、さすがはルディラントの守護者と称されるだけの力が確かにある。サリアの槍さばきは、素人目にも一級品。しかも魔法のレベルは「アレイン級」だ。ということは、世界最高峰のそれである。この島の魔力濃度が高いのも相変わらずで、サリアの魔法は更に強まっている。
「何をしているのです、お早く! すぐにまた次の仕掛けが動きますよ!」
「やべえ、行こう。怒らせるとまずい」
「なんだか覚悟が抜けてしまうな、あれほど強いと……」
スヴェンが道案内をしてくれた一回目は、彼がポカをしない限りは罠が作動していなかったが、今回は手探りだ。
しかも明らかに道が変わっている。朽ち果てた廃墟には違いないが、どう頑張ってもスヴェンが案内してくれたルートに辿り着けず、三人は襲い来る罠の数々を全て対処しながら進むしかなかった。
「このやろ!」
総司がゴーレムをどかっと蹴り飛ばす。ゴーレムはそのまま階段を転がり落ち、多くの甲冑騎士たちを巻き込んでいった。
「“ランズ・アウラティス”!」
先ほどよりは規模の小さい激流の槍。甲冑騎士を数体貫いて、渦巻く水と共にそのまま粉砕する。リシアもそろそろ罠の感覚に慣れてきたのか、機械仕掛けの蛇を軽々と切り裂いて、安全を確保していく。
リシアの持つ女神の剣レヴァンクロスは、触れたものの魔力を奪う性質がある。魔力で動く仕掛けに対しては特攻となるその剣は、この神殿の攻略には大変役立つ武装だ。
「突き進むぜ!」
「勢いは大事だが、あまり調子に乗っていると……」
総司の足元がスコン、と抜けた。
「うおっ!」
「言ったそばから!」
リシアが飛び出して総司の体を支え、何とか穴を超える。
「相変わらず足場が弱いな……!」
「もともと廃墟なんだ、当然だろう」