眩きレブレーベント・第一話③ 惨劇の後で
「誰かぁーーーー!! 誰かいないのかーーーー!?」
総司はその日、一日中、日が暮れるまで、シエルダの街を駆けまわった。もしかしたら生存者がいるかもしれない――――静まり返った、ひとの気配のない街で、そんな淡い期待を抱きながら、叫び続けた。
喉が潰れそうになるほど叫んで、足が棒になるほど走り回っても――――
生きた住人を見つけることは、出来なかった。途中何度も何度も泣きそうになりながら走ったが、報われることはなかった。いくつも死体を見過ぎて、心も限界に達していた。
住民の家から少しずつ、少しずつ集めた遺品を、血の付いた麻袋にいれ、教会まで引きずる。小さなものをわずかずつ集めたはずだったが、結構な量になっていた。街一つ分だから当然か。数度、住宅街と教会を往復したが、果たして全ての家から遺品を集めることが出来たかわからない。
それでも、何もせずにここを去るという選択肢はなかった。義理も恩もなく、この行いを誰も見ていない。だが、ただ総司はやりたかった。街の最後に居合わせた人間として、この街の住民に少しでも報いた気になりたかった。
魔力を込めた拳の一撃で、教会の庭にそこそこ大きな穴を開けられた。総司はそこに、集めてきた遺品をガラガラと投げ入れていった。朝にやってきたはずの街はもう、夜の帳に包まれようとしていた。
もしかして、あと数分、あと数時間、総司が早ければ――――
全員とまではいかなくても、助けられる命があったんじゃないか。
総司がこの場所に落とされることまで、レヴァンチェスカは計算づくだったのか。だとしたらどうして、この悲劇が起こる前に総司を送り込もうとしなかった?
考えても仕方のない疑念が頭の中に浮かんでは消え、思考がまとまらないまま、総司は穴を埋めた。
教会の中から、不敬ではあるが十字架をかっぱらって、埋めた穴の上に突き立てる。
簡易な墓標として、創り上げたつもりだ。
十字架の前に屈み、手を合わせる。キリスト教徒風の十字を切る作法は知らないから、日本の作法だ。
「……不恰好で申し訳ない」
誰に聞かれるはずのない謝罪を口にする。ぽつりと口をついて出た言葉だった。
「謝ることはない。お前は、この街の住民皆の仇を討ってくれた」
ただの独り言に、返事があった。
総司が慌てて振り返ると、そこには――――
漆黒の長髪を靡かせた、簡易な鎧を纏う美女が立っていて、総司をまっすぐに見つめていた。
「レブレーベント第三魔法騎士団団長、リシア・アリンティアス。お前は?」
聞き慣れない単語を並べたてながら、彼女は確かに名乗った。この世界の言葉は、総司には「日本語」としては聞き取れないものの、総司になじみ深い言語として理解が出来た。初めて聞く、リスティリアの民の声。
「……ソウシ・イチノセ。異世界から来た者だ」
総司は馬鹿正直にそう名乗った。
「まあ、こうなるわな……」
誰もいなくなったシエルダの街にも、犯罪者を一時的に拘留するための牢屋があった。領主の屋敷の地下にあるその場所に放り込まれ、総司は深くため息をついた。
抵抗しても仕方がない、と観念して、リシアと名乗った女性の部下らしき屈強な男たちが飛びかかって来てもされるがままにした。
恐らく本気を出せば簡単に突破できただろうが、そもそも突破しても意味がないとわかっていた。シエルダの民は恐らく死に絶え、総司には何の足掛かりもなく、あの場で逃げ出したところでどこへ行けるというわけでもなかったからだ。
しかし総司は悲観していなかった。
総司が「異世界から来た」などと、精神疾患者みたいな妄言を放ち、危険と判断した「王国騎士団員」らしき男たちが一斉に捕えにかかってきたとき、黒髪の美女リシアは動揺しながらも止めようとしていた。それでも男たちの勢いは止まらず――――リシアが本気で止める間もなく、無抵抗な総司は運ばれてしまったのだ。
恐らく、あの女性は話せばわかってくれる側の人種だ。きっとそうに違いない――――極力ポジティブな考えを消さないようにしながら、総司は冷たい石の上にあぐらをかいて、誰かがやってくるのを待った。
牢屋は強力な結界でがちがちに護られていた。総司には感覚でそれがわかった。
女神が与えた加護は確かに機能し、魔法の気配にも相当鋭くなっている。牢屋中にびっしりといろんな魔法の痕跡が残されているのがわかる。投獄されたら、並大抵の力では逃げ出せないだろう。
「……どうするかなぁ」
事態が好転することを心から祈っているものの、そううまくはいかないかもしれない。その時は目的地がなかろうと逃げ出すしかあるまい。このまま大人しく「シエルダ住民皆殺しの罪」なんてもので斬首でもされたらたまったものではない。この後のことをいろいろと考えていると――――不意に、声が聞こえてきた。牢屋に近づいてくる気配が二つ……この足取りを、覚えている。
「彼がこの惨劇を引き起こしたのではない。それは明白です」
「だからって不審者じゃねえとは限らねえだろうが」
「それは……まあ、確かに頭のおかしいことを口走ってはいましたが……」
「良いから、尋問は俺に任せてお前はもう休めよ。こういうのには相性があるんだ、相性が」
「あなたの大雑把さが尋問に向くとはとても……」
「何だとテメェ」
やってきたのは予想通りリシアその人――――と、もう一人。
体格の良い、いかつい男だった。