誇り高きルディラント 第六話③ ルディラントの存在意義全て
翌日、王都ルベルに戻ってみると、時計塔が建つ広場の周りが随分と騒がしくなっていた。
エルマが作品を出展する予定の、大きな祭りの準備をしている最中のようだ。あちこちにガーミシュ村謹製の、灯りを維持する魔法道具が飾り付けられており、祭りの気配をにわかに高めている。
顔見知りに捕まるのを避けようとした三人だったが、騒がしく準備を進める人々の中になんと王ランセムを発見してしまい、足を止めざるを得なかった。
手伝っているよりは、茶々入れついでに出店の品のいくつかをつまみ食いしているだけのようだ。
「コラァおっさん!!」
「なにっ!」
「人が命懸けで探検してるときに何やっとんじゃぁい!」
「おおう、帰ってきたか! 思っていた三倍は早かったな!」
鬼の形相で詰め寄ってくる総司をどうどうと押さえて、ランセムが極めて陽気に言った。
「どうだ、首尾の方は。お前さんのほしい物は手に入ったか?」
「どうせ手に入ってねえことも全部知ってんだろ、あんたにはいろいろと聞きたいことがあるんだ、時間を作ってもらうぞ!」
「ん~?」
ナギーシェをもりもりと食べながら、ランセムは総司の顔を見て、続いてリシア、サリアの顔を順番に見た。
「ふむ」
口の中のものを水で流し込んで、ランセムは何か一人で納得したようにうなずいている。
「ま、良かろう。ついて来い」
時計塔の中の王宮ではなく、広場の隅に広げられたテーブルセット一式を借りて、三人を座らせたランセムは、手元から葉巻を取り出して火をつけた。総司が意外そうに言った。
「あれ、あなたも吸うんだ……」
「おう、たまにな。エルマが毛嫌いしておるから、あいつの前では吸えたもんじゃないが、疲れた時には酒とこれが効くのよ。……ん? わしも?」
ランセムが首を傾げた。総司は頷いて、
「聖域でちょっとな」
ランセムが興味深そうに身を乗り出して、本題を切り出した。
「そいつは面白そうな話だな。聞かせてくれ、聖域での話を。どうだ、おとぎ話みたいな大冒険は出来たか?」
「命懸けのな。それにあんたの言う通り、一人いたぜ、生きてる人間が」
「ほぉう?」
「スヴェン・ディージングだ。あの人も葉巻を吸ってた。サリアは聞き覚えがあったけど、あんたは?」
「無論。サリアの想い人だ」
サリアが立ち上がってわっと手を振った。
「違います!」
「今更なぁにを恥ずかしがっとるんだ……まあそんなことはいいとして。そうか、やはりディージングか」
「知ってたんだな」
「いいや」
ランセムは首を振り、
「そうではないかとは思っていたが、知っていたというわけではない。ヤツならばそれもあり得る、というだけのことよ。アイツはわしと違って、葉巻を手放さん男だったろ」
「……スヴェンの言葉では、私たちはあと二回、あの島に入らなければならないとのことでした」
リシアが慎重に言葉を紡ぐ。
「正しい」
「やっぱ知ってたんだなぁ……」
「言ったろう。こういうのはな、自分で確かめていかなければならんのだ」
ランセムの言葉を聞き、総司はぐっと押し黙る。
「お前さんは、自分が悪意に晒される可能性をあまり認識できておらん」
シュライヴと同じようなことを言う。
「誰かから伝え聞いただけのことを手放しで信じてしまえば、容易く寝首を掻かれるぞ。だからこそ教えておらんのだ。お前さんが、自分の目で確かめ、確信できたことだけを信じるように」
「……甘いのは自覚している」
「自覚しているなら、早めに正せ」
ランセムはぴしゃりとそう言って、リシアに続きを促した。
「それで?」
「三度目の探索を終えた時、私たちは“女神の祝福”を手にするとのことでしたが、これがオリジンを意味していると考えても良いのでしょうか?」
「リシア、お前さんも聞いていた通りだ。それは自分の目で確かめろ」
「ではもう一つ。あの島には広大な神殿の跡地が存在し、その最深部で私たちはある名前を知りました。反逆者ロアダークの名を」
「外界では見聞きしたことがなかったろう?」
ランセムが見透かしたように言う。リシアは気にせず頷いて、
「千年前、あの島ではロアダークによる苛烈な破壊が行われた。ウェルステリオスの抵抗もむなしく、あの島にあるすべてが破壊し尽くされた。今はただ、かつての痕跡を残すばかりです」
「正しい」
「ですが、一つ疑問があります。あの島では、先へ進めば進むほど破壊の痕跡が凶悪なものとなり、最後に辿り着いた神殿の奥の塔はことさら念入りに粉砕されていました」
「だろうな」
「……私は、かつてあの神殿には王族とそれに連なる人々が住んでいて、あの島こそが当時のルディラントの本拠地だったのではないかと考えています。だからオリジンもそこにかつてのまま存在している。この考えは如何でしょうか」
「ぬぬぬぬぬっ」
ランセムがおどけたように首を傾げ、総司の「ふざけてる場合じゃないんだけど」という言葉を無視して、じいっとリシアを見つめた。リシアも目を逸らさなかった。
「お前さんはこのバカタレより賢い。思考を止めない。常に考え、答えを見つけようと、先の見えない中をあきらめることなく懸命にもがいている。リシア、お前さんは気づいておらんかもしれんが、それは誰にでもできることではない」
「……恐れ入ります」
「この先もこのバカタレにそういう姿勢を見せ、教えていけ。お前さんは本当に良き相棒だ。お前さんだけは惑わされるな。そうすれば、この面白くない男の旅路も少しは笑えるものになる」
「……王、それはどのような……」
「お前さんの出したとりあえずの答えは間違っているが、お前さんは次の答えも用意している。そうだな?」
「……はい。あの島そのものが“かつてのルディラント”である、という考えです」
「それも違うが、そちらの方が近しい。あの島は、当時のルディラントの存在意義全てと言っても良いのだからな」
「当時のルディラントの、存在意義……?」
「喋り過ぎたわ」
ランセムがまたおどけてみせた。
「うまいことやるじゃないか」
「そんなつもりはありません」
「それより俺はずっと罵倒されてんのが気になるんだけど」
「考えてないバカは黙っとれい」
「失敬な! 俺だって考えてる!」
「ほう? いいぞ、聞かせろ。リシアのようにうまくやってみせれば、わしも口を滑らすかもな」
「ですからそんなつもりは……」
「俺は、あの場所は単にウェルステリオスを祀るだけの場所だったんじゃねえかと思うんだけど。祀るというか、封印? みたいな?」
「おう、話にならんな」
「何だよ何だよ! お前らもそんな目で俺を見るな!」
リシアとサリアの視線を受け、総司はすっかり拗ねてしまった。
「まあ、お前さんなりに精一杯考えた結果だ。少なくとも思考停止というわけではないようだし、一つ褒美をやるとすれば、わしにとっても今なおウェルステリオスがあの場所に居続けているのは予想外だったものの、千年前は間違いなくあの場所にいた。そしてリシア、お前さんの予想通りウェルステリオスはロアダークに負け、あの島を護れなかった。とうの昔にどこかへ行ってしまったものと思っておったわ」
全てが王の予想通りに動いているわけではないらしい。それがわかっただけでも収穫だ。
ランセムは頑なに、総司が「自分で答えを見つける」という姿勢を崩そうとしていない。ルディラントでのこの物語の核心は、絶対に口に出さないだろう。
「……スヴェンには、また会えると思うか?」
「恐らくな。ヤツの考えとることはわしにもわからん。だが、ちゃらんぽらんでいい加減で、どうにも食えない、気に食わない、その上だらしないどうしようもない男だが」
あんたが言うのか、という言葉をぐっと飲みこんで、総司は黙って王の話を聞いた。
「わきまえている男でもある。いろーんなことをな。そんな意味深な別れ方で終わるとは思えんよ。ヤツが考えていることが、お前さんたちにとって有益かどうかは定かではないが」
「……確かに」
サリアがふと口を開いた。
「スヴェンは意味のないことが大好きな男ですが、真面目なときはちゃんと真面目ですから。土壇場でふざける悪癖は治っていないようですが、お二方の前に姿を現した以上、何か目的があるのでしょう」
ガーミシュ村でリシアに話したときと同じように、サリアからはスヴェンへの信頼が感じられる。
「二度目が楽しみだな。ま、今夜は祭りだ。ゆっくり楽しんで、命を賭けるのはそのあとでも遅くはない」
「王よ、もう一つだけ」
「ん?」
「ロアダークは……“何のために”、ルディラントに攻め入り、あの島を滅ぼしたのでしょうか? あの場所に王族の住まいもないのだとしたら、どうしてあそこまで、苛烈に……?」
「いずれわかる、お前さんはすでに入口に立っている。あとはわずかな情報だけできちんと答えを得られるだろう。それを楽しみにしておけ」