誇り高きルディラント・第六話① 三度の巡礼を
「何事じゃあああ!」
シュライヴ村長の叫び声が聞こえる。続いてサリアの短い悲鳴が聞こえた。
深紅の波動の衝撃が全身に残り、うまく体が動かない。そんな状態の総司を見事にキャッチして、シュライヴが心配そうに叫んだ。
「おう、無事か!? 何が起きたんじゃ、お主ら!」
リシアの体はサリアが受け止めた。総司とリシアをその場に寝かせ、サリアが言う。
「意識はありますか!? 一体何が――――っつ!」
リシアの体に触れたサリアの手に、バチン、と黒と深紅の稲妻が走り、サリアが苦痛に顔をしかめた。
「こ、れは……」
その魔力の気配に覚えがあるのか、サリアの目が驚愕に染まる。
「問題ない……!」
リシアがぐぐっと体を起こし、大きく息を吐いた。総司も、シュライヴ村長の手を借りて立ち上がり、何とか呼吸を整える。
「あの島に……ウェルステリオスが……? そんな馬鹿な……」
「ウェルス、テリオス……?」
「……ルディラントの守り神、真実を司る神獣……しかし、その様子では、ウェルステリオスは攻撃を仕掛けてきたのですね? 何故お二人に攻撃を……」
「考えるのは後にせい、サリア! まずはこの二人を運ばにゃならん!」
「大丈夫だ、村長、自分で――――」
「馬鹿者!」
シュライヴはごちん、と総司の頭に拳骨を落とし、片腕でぐいっと抱え上げた。続いてリシアの体も軽々と持ち上げる。
「無理はするなと言うたろうに! 最近の若いのは年寄りの言うことなんぞ聞きやせん! だーからそんな目に遭うんじゃい!」
「すんません……」
「えぇい、大人しいお主など気持ち悪くてたまらんわ! サリア、荷物を持てい!」
「はい!」
どしどしと荒い足取りで、シュライヴは二人を抱えたままガーミシュ村へと向かった。二人の剣を拾って、サリアもそのあとに続いた。
最初のダメージこそ大きかったものの、時間が経ってあの龍――――ウェルステリオスなる神獣の魔力が拭い去られたら、二人はすぐに回復した。だがシュライヴは動き出すことを許さず、安静にしていろとたびたび釘を刺した。
「言う通りにしとくか……」
「王への報告と、それから相談を急ぎたいところだが……世話になっている身だ。従おう」
時刻は夕方。二人の体感ではもっと長い時間あの島にいた気がしていたが、サリアの話ではほんの数時間だったという。サリアはシュライヴの言いつけを守り、濡れタオルを交換したり食事を運んだりと、二人の看病にあたっていた。
シュライヴ村長の家は、村長の体格に合わせて何もかも大きかった。一般的なヒトの体格であるレミウに合わせて炊事場の周りは普通のサイズだったが、家の作りそのものが大きい。村長は何でもない一軒家と称したが、サイズだけで豪邸と見まがうほどだ。
「夫人、申し訳ないが、紙とペンをお借りできないでしょうか……?」
「ま、それぐらいならあの人も怒らんでしょう」
レミウに紙と羽ペンを借りて、リシアはベッドに座ったまま、島で見たすべてを書き起こした。
「……スヴェンはたぶん、大丈夫、なんだろうな……あの感じだと……」
「……あの男は……」
リシアは深く考えながら、総司の言葉に答える。
「正体不明だが、恐らく、単なる遭難者ではない。最初からきっと、我々を手助けするつもりであそこにいたんだ。その目的と意図までは、現段階ではとても推し量れないが……」
「敵じゃあなかった」
「それはそうだ。我々に害を為そうとするならその機会はいくらでもあったし、ウェルステリオスとの戦闘で命を賭ける必要もなかった。自分だけ逃げることだってできたはずだからな」
例えば、道案内と言って間違った道を教え、自分はついてこないという選択もあった。最初は総司もリシアも彼に疑念を抱いていたのだから、道を示すだけで付いてこない選択をしても、二人は受け入れていただろう。得体の知れない男と行動を共にするよりは、情報だけ得られた方がまだしも安全だと判断していたかもしれない。
神殿の最奥に辿り着いた直後、リシアが高濃度の魔力にあてられて動けなかった時もそうだ。すでに油断しきっていた二人の寝首を掻くのも難しくはなかったはず。そもそもスヴェンは相当な実力者だったし、その気になれば真正面からでも総司と渡り合えるかもしれない力を秘めていた。
飄々としていたからあまりわからなかったが、冷静に事実を振り返ってみれば、ウェルステリオスの一撃を見事に粉砕したあの魔法を見ても、その実力はアレインにわずかに劣る程度の、非常に高水準なものと推測される。隙をつけば二人を殺せるタイミングは何度もあった。
そうしなかった彼は、きっと敵対的な存在ではないのだろうが、しかし謎めいた人物のままだ。まるで二人を、あの聖域の真実へと導こうとするかのような――――
「危険な探索だったが、収穫は多い」
リシアが前向きなことを言う。
「何よりも――――」
「ロアダーク。千年前の反逆者の名前がわかったのは、でかいな」
「ああ。ウェルステリオスが再度の侵入者を感じ取って怒り狂うのも納得だ。千年前、もしかしたらウェルステリオスも攻撃されたのかもな」
「外敵は排除するって思考になっててもおかしくはないか……」
「スヴェンが言うには、ロアダークの名はルディラントにおいては一般教養的な部類なのだろうし、王もご存じだろう。それについても、知っていることを教えてもらわねば」
「それに、スヴェンの言葉もだ」
一度目は試練を、二度目に更なる試練とわずかな施しを、そして三度目に女神の祝福を。
女神の祝福という言葉を、総司もリシアも“オリジン”と推測していた。予想通りだとすれば少なくともあと二回、二人はあの聖域へ足を踏み入れなければならない。
ウェルステリオスが覚醒し、島全体が龍の狩場と化しているあの聖域へ、、あと二回もだ。
ぎらつく赤い目、凄まじい威力の攻撃。生命力みなぎる神獣から逃れながら探索する術があるのだろうか。
「おい、ちったぁマシになったのか」
シュライヴが部屋に入り、二人の様子を伺う。
「万全ッス」
「フン、ならいいわい。飯の時間じゃぁ、出てこい」