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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第五話⑤ 一度目の巡礼では試練を

 リシアがわざと建造物の屋根に躍り出て、二人と逆方向へ走る。龍の目がぎらりとリシアの姿を捉えて、すぐさま深紅の砲撃を開始した。総司とスヴェンもまた走り続け、龍に気づかれないようできるだけ近く、攻撃に打って出やすい場所を探す。


「良い女だな! 付き合ってどれくらいになる!?」

「だからそんなんじゃねえっての!」

「オイオイ、ひねくれたガキじゃあるめえし! モタモタしてっとあんな良い女、誰もかれもお前みたいにほっとかねえぞ!」


 走りながら、スヴェンは彼の言葉通り、彼にできうる限りの高速でジノヴィーを作り上げてくれているようだ。ふざけた言葉とは裏腹に、状況の切迫さは理解している。


「あとどれくらいで出来る!?」

「一日寝かせる時間ある?」

「オイてめぇマジでぶっ飛ばすぞ!」


 理解していると信じたいところだが、緊張感はないらしい。


「冗談だ冗談! そうピリピリすんな、走りながらこれ作んのは俺も初めてなんだ!」

「さっきから爆発音がやまねえ……! リシアがいつまでも逃げ続けられるわけじゃねえんだ……!」

「任せたもののとんでもねえ度胸だな、リシアは。あの年齢の騎士なんて、実戦経験もほとんどなさそうなもんだが」

「アイツは凄い。それは知ってる。けど、それでどうにかなる相手じゃねえだろうからな」


 リシアは龍の注意を引きつつ、適度に距離を取って深紅の砲撃を回避し続けていた。


 機械仕掛けに見えるあの龍は、知性に加えて高度な思考能力がある。リシアとの距離を詰めないのは、三人いたはずの侵入者が一人しか見えないからだろう。


 誘いには簡単に乗らない。総司とスヴェンの探索に注意が向けば、すぐに見つかってしまうかもしれない。


 魔力による身体強化は、繊細なコントロールを必要とする高等技術だ。リシアもかなりのレベルで自在に使いこなせるが、疲労が蓄積すれば途切れてしまう可能性はある。


 リシアにとって、総司は命を預けるに足る存在だった。レブレーベントでの共闘を経て、彼への信頼は揺るがぬものとなっている。


 だが、問題はスヴェンだ。まったく信頼していないわけでもないし、先ほど総司を守ったあの見事な動きを見れば、敵対的という可能性もほとんど捨てている。しかし実力の程はまだ図れないし、あの便利な魔法の性質も何もわかっていない。


「くっ……!」


 砲撃の間隔が短くなった。爆裂の範囲は相変わらず広く、建造物のことごとくを破壊している。その道の研究者が見たら卒倒しそうな破壊の限りを尽くしながら、龍は容赦なくリシアを追い詰める。


 リシアはしばらく、巡礼者の道沿いに跳ね回っていたが、再度跳躍しようと踏みしめた屋根の一部が、衝撃でがらっと崩れた。


「しまっ――――!」


 その姿を龍が見逃すはずもなかった。深紅の砲撃が機会を逃さず、リシアの体を完璧に捉えた。


 リシアはレヴァンクロスを抜き放ち、無駄と思いつつも深紅の砲撃に向けてぶつける。


 ズン、と体に衝撃が伝わる。だが――――


「ぐ、ぐ、くっ……」


 リシア自身も予想外のことだっが、何と、リシアは深紅の攻撃を受け止めていた。レヴァンクロスが輝きを増し、龍の砲撃に真っ向から対抗している。


 レヴァンクロスは、龍の砲撃と同じ深紅の輝きを放ち始めていた。併せて、砲撃の重みが少しずつ軽くなっていく。リシアの肌に伝わる感覚が、何が起こっているのかを直感的に理解させた。


「ッ……ああああああ!」


 ついに、レヴァンクロスが振り抜かれ、深紅の魔力が爆裂し、霧散した。リシアは息を切らしながらも、無事にその場所に立っていた。


「はっ、はっ……!」


 荒く乱れる呼吸を整え、リシアは驚愕の眼差しで剣を見る。


 レブレーベントのオリジン、女神の剣レヴァンクロス。秘めた力があるのは不思議ではなかったが、今、ハッキリした。


「魔力を……吸収する剣……?」


 龍の魔力を吸い取り、その力を剣のものとして、攻撃力を増す剣。強大な敵と真正面からぶつかって初めて、リシアはこの剣の特性を理解した。


 だが、腕に伝わった衝撃と痛みは、龍の攻撃のすさまじさを十分に物語っている。この剣の力に頼って何度も受けきれるだけの力がリシアにはない。


 理想は回避だ。どうしても必要な時には受けきる。逃げの一手があるだけ、救いはある。


 リシアの足場が再び崩れた。今度は態勢を立て直しきれず、階段状になった巡礼者の道を転がり落ちる。


 転がり落ちた先で受け身を取り、すぐに立ち上がって―――――


「……ここは……?」


 十メートルはあろうかという、巨大な石像が立ち並ぶ、不思議な正方形の広間に出た。


 人の形をした石像ではなかった。ヒトに近い形を持つものはあったが、これらは恐らく魔獣をかたどる石像だ。部屋の角それぞれに一つずつ、合計で四つ。


 その姿に見覚えがあるものが、二つ。一つは――――


「ビオステリオス……!?」


 レブレーベント山脈の最高峰、霊峰イステリオスの主にして、水と風の化身ビオステリオス。リスティリアに古来から住まう、ドラゴンと馬を足して二で割ったような姿をした神獣だ。総司が悲劇の街シエルダから王都シルヴェンスへ移動する際に行き会い、誓いを交わした相手。石像であってもなお、気圧されるような神々しさを感じる。


 そしてもう一つは、今まさにリシアを仕留めようとしているあの巨大な龍だった。大きく蛇が鎌首をもたげるような格好で石像とされたその姿は、神々しさよりも禍々しさを感じる。


 あとの二つは、リシアには見覚えがなかった。翼を広げるまさに「ドラゴン」然とした、天空の覇者たる石像と、唯一ヒトに近い形をした、筋骨隆々のゴーレムのような体躯を持ち、六枚の細い翼を持つ化け物の石像。確かに見覚えがあると断じれるのは二つだけだが、リシアはこのドラゴン然とした姿もどこかで見たことがあるように思えた。確かに、昔読んだ書物の挿絵にあったのだ。名前は――――


「神獣の石像……? それに……」


 足元には、巨大な絵が彫られていた。四つの石像の中心地に、山がそのまま獣になったかのような魔獣の姿が描かれている。


 絵そのものも巨大だが、付随して描かれる「足元の山々」が、その獣の巨大さを表現している。四つの石像と、一つの絵。それが意味するところが、リシアにはわからない。本当に足元の絵にあるような巨大な魔獣が存在していたら、いくら国々が過度に独立したリスティリア世界であっても一大事件として大騒ぎになるはずだ。


 あくまでも伝説、言い伝えに登場するような化け物の類だろうが――――

 リシアがばっと振り向いた。


 すでに吹き飛ばされた天井から見える遥か空の彼方から、あの龍がリシアを見つけ、のぞき込んでいる。


 なぜか、この場所を壊されるのはまずいと直感した。リシアは慌てて石像のドームを飛び出して、一目散に駆ける。機械仕掛けに見える禍々しい龍が、再び深紅の砲撃を再開しようと口を大きく広げ――――


 その動きを止めて、何かを振り払うように体を捩らせた。


「まったく」


 その姿を見て、リシアはようやくほっと一息つく思いだった。


「ようやくか」


 水色の細長い糸が、しかし強固に、彼を龍の元へと手繰り寄せる。空にきらめく蒼銀の閃光。流星の如き女神の力が、一直線とはいかず龍の動きに合わせてうねりながらも、確実に龍の元へと迫った。


「“シルヴェリア・リスティリオス”!!」


 炸裂する光。襲い掛かる魔力の奔流。アレインが使役する精霊の力すら打ち破った、女神の騎士究極の一撃。確かに龍に直撃したその閃光は、爆裂を連鎖させて龍を次々と攻撃し、天空に舞う龍をついに地表へと打ち倒す。


 龍は苦痛の叫びを上げて、砂埃を巻き上げながら島の地表を滑った。その目の輝きは失われていないが、絶大なダメージを負ったことは確かだった。


 リシアが一直線に、蒼銀の流星が着地した地点を目指す。すると、龍を地面に伏せさせて、逆方向へ全力で跳躍している総司とちょうど合流することが出来た。


「よくやった!」

「けど倒せちゃいねえ! とんでもねえ硬さだ! 一時しのぎにしかならねえ!」

「十分だ! このまま桟橋まで行くぞ!」

「いやでも、スヴェンが――――!」

「問題ねえよ!」


 通路を駆け降りるスヴェンが、建造物の上を飛び跳ねて移動する二人を見上げて声を掛けた。


「俺の心配はいらねえから走れ!」


 その姿にホッとして、総司とリシアは一目散に桟橋を目指す。その途中で、龍のうめき声が聞こえた。


「意識も飛んでねえらしい……! 起き上がるまで、そう時間は掛からんぞあれは……!」

「何という生命力……いや……神獣であればそれも当然か……」


 石像のドームの光景を思い出しながら、リシアがつぶやく。あの龍はビオステリオスと同格の、リスティリアの神獣だ。女神の遣い、下界にてその意思を代行する者とも言われる、神秘の獣。総司の力を以てしても満足に倒すことすら出来ない、強靭な生命。


 サリアが予定通り頑張っていてくれれば、そこまでいけば帰り道があるはずだ。


 そして二人の期待通り、桟橋にたどり着いてみれば、そこには変わらず海が分かれた道があった。だが、スヴェンが来ていない。途中ではぐれた彼は、崩れた通路を駆け降りてきていたはずだ。まだ辿り着いていないようだ。


「スヴェーーーン! 急げーーーー!」


 総司が叫ぶが、海岸に彼の姿は現れない。


「……まずい」


 大地が震える感覚を感じ取り、リシアが呟いた。


「どうやら……起き上がったらしいな……!」


 島の向こうから、ゆっくりと龍の姿が空へ舞う。わずかな足止めにしかならなかったようだ。


「ッ……行くぞ、ソウシ!」

「何言ってんだ、スヴェンを――――」


 怒鳴ろうとする総司の腕を強く掴んで、リシアが先に怒鳴った。


「私にとっての最優先はお前なんだ、ソウシ! 世界にとってもだ! 今お前を失うわけにはいかない、私にはその責任がある!」


 リシアも、スヴェンの身を案じていないわけではない。当初の疑念はあったものの、スヴェンは十分に二人に協力し、命懸けで戦ってくれた。


 だからこそ、ここで彼の大きな協力を無駄にするわけにはいかないのだ。非情な選択だというのは承知の上で、それを選び取れない総司の代わりに、リシアが泥をかぶろうとしているのだ。


「くっ……」


 総司はやはり、すぐには決断できなかった。だが、リシアもその腕を放そうとしない。


「……わかった……!」


 リシアの気持ちもわかるからこそ、総司も苦渋の決断を下す。二人はサリアが作り出す海の道に入り、走った。


「スヴェン……生き残ってくれ……!」


 深紅の砲撃が、ギリギリまで二人を追いすがる。そのさなかで振り向き、総司が祈るようにつぶやくと――――


『大丈夫だ』


 普段、普通に話すのとは違う、不自然に反響する声が聞こえた。


「この声は……」


 リシアにも聞こえたようだ。思わず足が止まりそうになるが、何とか走り続ける二人の脳内に、再びスヴェンの声が響いた。


『久々に楽しかったぜ。でもまだ何も終わっちゃいない。ここからだ』

「どういう意味だ!?」


 虚しい問いかけに答えないまま、スヴェンの声が少しずつ遠ざかる。


『“真実の聖域”は、一度巡礼した者に試練を、二度巡礼した者にさらなる試練と、そしてわずかな施しを。そんでもって、最後の巡礼でようやく女神の祝福を与える。あと二回だ、次がキツイぜ。ま、頑張ってみろ』


「おい、スヴェン―――――スヴェーン!」


 叫ぶと同時に、二人のすぐ近くに深紅の砲撃が着弾した。吹き飛ばされた二人は勢いそのままに黒い風を抜けて、ガーミシュの村の海岸へと飛び出した。


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