誇り高きルディラント・第五話③ 真実の獣
神殿を抜け、裏の小道に出る。苛烈な侵略の爪痕が残るこれまでの道のりの中でも、ことさらにすさまじい攻撃にさらされた形跡がある。
まるで、ロアダークの目的はこの先にあったと示唆するかのように。
「……そういう目で見ると、酷いな」
無残に破壊しつくされた塔を見て、総司が眉をひそめてつぶやいた。
かつては背の高い塔だったのだろう。だが、破壊されて崩れ落ち、朽ち果てた今、少し見上げれば頂が見える程度の高さしかない。ちょっとしたこじんまりとした物見の塔という程度の高さだ。
崩れた階段を少し上がり、開けた穴から外を見ると、島の海岸が見えた。総司たちがこの島に踏み入ってきた桟橋も見える。
「ま、景色は良いな」
これまで歩んできた石造りの巡礼の道が、外から見える分は一望できる。スヴェンが崩れそうな天井を指さした。
「ほれ」
二人が見上げると、割れてよくわからないが、何か絵が描かれているのがわかった。
わずかに見て取れる痕跡が、ルディラントの時計塔を描いているのではないかと思わせる。
「恐らくルベルだ。大昔はこの場所から見えていたんじゃねえのかな。今はどういう仕掛けか、海の向こうには何もないけどな」
内側からは見ることのできない黒い風が、この島の周囲を隠しているのだろう。どこまでも果てしなく続く海しか見えない。
部屋の中には、割れたティーカップの破片と、壊れたテーブルセットの残骸が転がっていた。石造りの建造物はともかく、陶器類はもっと劣化していそうなものだが、無残に破壊されてはいるものの、かつてティーカップであったことがわかる程度には破片が形をとどめている。
「俺が調べた限り、さっきの文字ほどお前らが興味持ちそうなもんはないと思うが」
その辺の壁をぱっぱっと払って、刻まれた文字に目を走らせながら、スヴェンが言う。
「……この破壊の跡を見ると、私には、ロアダークはこの場所をこそ、何とかして破壊したかったのだと思える……だが、どうにも、そこまで価値ある場所には見えない……」
「そりゃ千年前の建物だからな。何か価値ある場所だったとして、その価値の根源がここにはもうねえのかもな」
リシアが声をひそめ、総司に言った。
「それがもしオリジンだったならば……千年も前に、ロアダークの手で……」
「壊されているか、持ち去られているか、ってことになる……でも、まだそうと決まったわけじゃねえよ」
「お前らの望みが何かはわからねえが、それは見りゃわかるぐらい貴重なものか?」
スヴェンが聞くと、総司もリシアも顔を見合わせた。
「……形も大きさも定かではないが、少なくとも特別な魔力を秘めたものだ。特にソウシが近づけば、それとすぐにわかるだろう」
「へーえ、そいつはまた……ま、詳しくは聞かねえけど。けどなあ、俺も結構この島を歩き回ったが、それらしいもんは見てねえぞ。見ての通り、結構広いし、隠し部屋も盛りだくさんだ。んなもん一つ一つ探し回ってちゃあ、数日どころじゃ済まねえかもよ」
「……そうだな」
総司は頷いて、
「思っていたより危険はなかったし、この課題、俺達だけで考えるよりも、知恵を借りた方が良さそうだ。一度戻るか、リシア」
「ああ。それに、予想外の収穫もあった。決して無駄足ではない」
「よぉし決まりだ! ってことで、帰るとしようぜ! 俺も一緒にな!」
「……そういう約束だったけどさ」
声が弾みだしたスヴェンを見て、総司は呆れたように言った。
「帰る前に寄りたいところがあってよ。そこだけ付き合ってくれ。なに、損はさせねえよ、多分な」
「寄りたいところ……?」
スヴェンの案内に従い、神殿の隣の空地へ移動する。
違和感を覚える場所だった。ここに至るまで自然と調和する通路も多かったが、基本的には石造りの床や壁がずっと続いていたのに、むき出しの地面が広がっている空地だ。
静寂に包まれた、あまりにも物寂しい空間。生命の営みを少しも感じさせない土の広場だ。
島全体が神殿の領域と化しており、かつては居住区だったであろう場所も数多くあった。だからこの場所があまりにも異質で、総司はなぜか得体の知れない寒気を覚えた。
「お前らに見せてやろうと思ってな。面白いぜ。言い伝えが事実なら、ロアダークの破壊を免れた場所だ」
「……破壊を免れた、というか」
「破壊するような場所がないように思うが……」
「あーいや、ここじゃなくてな。下だ。見てろ……」
スヴェンが空地の中心地に手を当てて、魔力を流した。
「恐らく避難場所、有事の際の隠れ家みたいなものだったんだろうな。しばらくするとこの辺一帯が光って――――」
スヴェンの言葉通り、彼が手を当てた場所から幾何学模様のような光が走り、空地を隅々まで覆い始めた。
「……光って……」
最初は淡い青色の光だったそれが、不吉な漆黒の稲妻が走ると同時に、深紅を湛え始めた。この仕掛けを始めてみる総司とリシアは何も違和感を覚えていなかったが、スヴェンの言葉が不自然に途切れた。
「何だ……?」
「どうした?」
「いや、こんな色じゃなかったような……」
円形の空地が、「口」へと変わる。轟音と共にがばっと開いた巨大な何かの大口が、地面の中から飛び出してきて、三人を一口で包み込もうとしていた。
「なにぃぃぃぃ!」
「くっ――――!」
リシアの反応が最も早かった。一瞬だけ総司と視線を交わしたのち、彼女は振り返ることもせず、一目散に口の外へと飛び出す。それは彼への信頼の表れだ。
続いて総司が凄まじい速さで、虚を突かれたスヴェンを抱えて飛び出した。ガキン、と金属がぶつかり合うような嫌な音がする。地面から飛び出してきた何かが、口を閉じた音だろう。
神殿の方向まで転がり出た三人は、目の前の光景にただ圧倒された。
獣ではない。中国に伝わる「龍」のような長い体。広々とした空地全てを一飲みにするほどの巨大な口に見合った、天にも届くほどの巨大な姿。しかし、顔の形は「龍」そのものではあっても、全容は似ても似つかない。
まるで人造にも見える金属の体躯。節が細かく分かれた長い胴体は、それぞれの塊が互い違いの方向にゆっくりと回転している。深い紫色の体躯が、不気味さをより際立たせていた。
ムカデのように無数の足のような刃が体から飛び出ているが、細かく分かれた胴体が回転しているために、その刃もばらばらの方向へ突き出ている。
機械仕掛けの龍の化け物。電球のように光る深紅の瞳が見開かれ、正体不明の魔獣は雄たけびを上げた。
その咆哮の威力たるや、とても形容できたものではなかった。大地が震え、空が震え、島全体が恐れおののくかのように震え上がる。
空中でうねうねととぐろを巻くように旋回し、侵入者を睨みつけるその姿は、神の使いのようにも、悪魔の手先のようにも見えた。