誇り高きルディラント・第五話② スティーリアの解放者
「いつ来てもここは素晴らしいな……あー、癒される」
「……これは……」
奥へ進むと、台座の上で開かれた何かの本を発見した。
本と言っても、紙のものではない。石で作られた本を模した作り物であり、相変わらず読めない文字が刻まれている。
だが、違う。この文字は、これまで巡礼者の道の随所で見てきた文字とは違う。何故なら――――
「書き直されてる……?」
もともと刻まれていた文字を削り取って、新たに書き直した跡がある。しかも、書き直した文字を、総司は読むことが出来る。
「“女神の奇跡ここに潰える。解放者たる我が手が潰す。称えよ、我が名――――”」
「“スティーリアの解放者 ロアダークを”」
スヴェンが後を引き取る。リシアが慌てた様子で総司に歩み寄り、同じく刻まれた文字を見た。現代まで残る文字とほぼ同じ文体で、リシアもその意味を読み取れた。
「ロア……ダーク……?」
リシアが首を傾げている。総司ならばともかくリシアも知らないということは、少なくともレブレーベントの一般的な教養の中にはない名前だ。
「何だ。お前のとこの国じゃあ、ロアダークの名前も教わらねえのか」
静寂な神殿の内部が、もう一段階静まり返ったように思えた。
「……スヴェンは……知っているのか……? この名前を?」
明らかに女神に敵対的で、あまりにも物騒な文言を刻んだ正体不明な「解放者」の名前。心臓が早鐘を打つのがわかった。
「知ってるも何も。むしろ何で知らねえんだ。お前ら、何でルディラントが滅んだのか知らねえわけじゃねえだろうに」
また減らない葉巻に火をつけて、無礼にも神聖なる聖所で煙をくゆらせながら、スヴェンが心底意外そうに言った。
「カイオディウム事変の――――」
「――――の時に、ルディラントに攻め入った大バカヤローの名前だよ。 “反逆者ロアダーク”。女神が統べるこの世界の現状が気に入らねえってだけで世界中に破壊をまき散らした、歴史上最大の咎人だ」
驚愕に満ちた二人の顔を見て、スヴェンは何とも情けない顔をして、ぽりぽりと頬をかいた。
「なーるほど、外界じゃあもしかして、千年前のことは思ってた以上に禁忌扱いなのか。それならまあ、アレだな。お前らの望むものがあるかどうかはともかくとして、ここへ連れてきたのにも意味があったかもな」
「少なくとも、レブレーベントでは知り得ないことには違いない……」
リシアがぽつりと言った。その通りだ。もしもレブレーベントでも知り得る知識であれば、たとえ広く一般には知られないものであったとしても、女王か王女が総司に伝えていただろう。王女アレインも決して総司に協力的というわけではなかったが、少なくともカイオディウム事変については、総司と二人きりで話す機会があった。秘密主義ではあったが、それは彼女自身の野望に関してだけだった。総司に対して千年前のことを隠していた様子はなかったし、例えば千年前の王女ゼルレイン・シルヴェリアに関しては、聞けばすぐに教えてくれた。
ルディラントに来て、そしてこの聖域にまで辿り着いて、初めて知ることのできた知識。
反逆者ロアダーク。千年前女神に反逆し、世界中を混乱に陥れた罪人。
「じゃあ、この島もかつてはルディラントの一部だったってことで間違いないんだな。そしてロアダークはここへ攻め入り、滅ぼした」
「祭事を行う神聖な場所だったのだろう。王家へ連なる何か特別な場所かもしれん。しかしそうであるなら、ランセム王が知らないのもおかしな話だが」
「……王のことは、俺もよく知ってるが」
スヴェンが何気なしに言った。
「本当に“知らない”なんて言ってたか? あのおっさん」
「……あぁー」
総司ががっくりとうなだれた。
「言ってねえわ……“そこで起きていることがわからない”としか、言ってねえ。別に神殿があるともないとも言ってねえ……!」
「しかしそれは少し……遊び心が過ぎるような……」
「まだ知らねえんだろうが甘いね、お嬢さん。俺の知る限り、あのおっさんは遊び心の化身だぜ」
「確かに、そういう風にも見える、が」
思わぬ収穫だ。ランセムの言葉を借りれば、総司が歩む女神救済の旅路は、千年前の真実を辿る旅路でもあるという。もしその通りだとすれば、千年前の大事件の発端そのものの名を知ることが出来たのは、今はまだわからないものの、大きな意味を持つように思えてならなかった。
「スヴェンは、千年前のことを他にも知ってるのか?」
「ロアダークの名前以外にか? そりゃあ知ってると言えば知ってるが、別にそこの知識までお前らと被らないわけじゃないと思うけどな。例えば何が知りたい」
「理由だ。ロアダークが、世界を脅かした理由」
「あぁ。まあ、言い伝えの域で良いなら」
スヴェンはふーっと大きく煙を吐き出して言う。
「反逆者の名の通りだ。ようは女神とこの世界を切り離したかったって話だ。女神が支配するのではなく、自分が支配するためにな」
「……どうやって?」
「さあな、そこまでは」
スヴェンが顔をしかめ、あーっと息を漏らす。
「吸い過ぎた。くらっと来ちまったぜ」
「大丈夫かよ……」
「心配には及ばねえ。ま、結果は知っての通りかどうか知らねえが、失敗に終わったわけだ。時のシルヴェリア王女がロアダークを討ち取り、世界には平和が訪れた……ルディラントの犠牲だけで、世界は何とか救われたんだ」
「ロアダークはヒトだったのか?」
「らしいな。言い伝えじゃ男のはずだ」
「……ヒト……」
千年前の存在だ。しかも討ち取られ、死んでいるはずの存在だ。
しかし、どうにも可能性を感じずにはいられない。総司にとっての最後の敵、今もなお女神を脅かす世界の敵の正体は、もしかして―――――
――――わしの予想通りだとすれば、過去に起こった”反逆”とは明確に動機が違う――――
ランセムと出会ってから初めて交わした会話を思い出した。
ランセムの予想もまた、何も証拠はなく、確信が持てるだけの内容とは言えない。だがそれを言えば総司の今の思考もそうだ。
ロアダークこそが最後の敵かもしれないと断じるだけの材料は、今のところ乏しすぎる。あくまでも歴史上の人物、かつての罪人。ロアダークという名はただそれだけに過ぎない。
「事のついでだ、もうちょい先まで行ってみるか?」
スヴェンが言った。
「先?」
「神殿の奥に塔が見えただろ。そこまで言ってみるかって話だ。ここより面白みにかけるとは思うけど、お前らにとって何が価値あるものかわからねえってことがわかったことだしな」