誇り高きルディラント・第五話① 神殿の最奥
別のルートから上方へ向かい、その後も何度か罠にかかりながら――――これは決してスヴェンだけが悪いわけではなく、三人ともがそれぞれいろいろとミスを重ねた結果だが――――辿り着いたのは、スヴェンの言う本殿、この広大な神殿領域の、最奥ともいえる場所だった。
崩れ落ち、リシアの言う通り外部からの力によって破壊しつくされた神殿は、朽ちてなお神秘的なオーラを放ち、三人の旅人を静寂に迎え入れた。更に奥には小高い丘が見え、そこへ至る通路も見て取れる。その先には、ガーミシュ村の端から見えた、あの塔と思しき建造物が見える。
総司の記憶にある神殿と言えば、かの有名なパルテノン神殿が挙げられる。巨大な石柱で囲われた、神をまつる場所。この神殿も似た構造に見えるが、記憶にあるものとは少し違って、神殿と教会がハイブリッドされたような構造になっている。
かつて人が住んでいたのかもしれないと思わせる回廊やいくつもの尖塔が、その予想を確信めいたものに変える。ここにはかつて生命の営みがあったようだ。
木々に囲われ、穏やかな日の光が照らす神秘的な空間にはしかし、何か特別な力を感じるというような違和感はない。
それに何より、総司はまだ『その場所』まで辿り着いていないという確信を持っていた。
女神レヴァンチェスカの存在だ。総司が次なる“オリジン”に辿り着いたなら、恐らく女神は姿を現す。しかしそれがないからには、この場所はまだ、総司が辿り着くべき場所ではないということだ。
「ふぅ……ふっ……!」
リシアが突然膝をつき、苦しそうに荒い息を吐いた。
「リシア!?」
それまでそんな様子は少しも見せていなかった。総司は大慌てでリシアのそばに駆け寄り、その肩を支える。
「どうした、何か罠が……」
「あー、大丈夫だ。じきに慣れる」
「何言ってんだ! スヴェン、水くれ! リシアにも……」
「い、いや、大丈夫だ、スヴェンの言うことは正しい」
リシアが苦しそうな顔に、わずかな笑みを浮かべる。
本当に緊急を要するような苦しみではないらしい。スヴェンは頷いて、
「魔力が濃すぎるんだよ、ここは」
「超高濃度の魔力……それも、他の場所にはない特殊な波長……」
「そう。島全体が破格の魔力を保っているのはこれまで歩いてきたとおりだが、ここは格別だ。並の生物なら気絶するぐらいのもんだが、大したもんだな」
総司は何も感じていなかった。確かに高い魔力は肌で感じ取れるものの、苦痛はなかった。
だが、総司は特殊で、リシアは抜きんでた才能を持っているとはいえ、その力は女神の騎士に及ぶほどではない。息苦しさに似た苦痛を覚えて、リシアはたまらず膝をついてしまった。
「済まない……足を引っ張ってしまって……」
「何をバカなこと言ってんだ。おいスヴェン、本当にすぐ慣れるんだろうな。今すぐここから連れ出した方が良いってことはないよな?」
「それじゃいつまで経っても先へは進めねえぞ。それにさっき言ったとおりだ。最悪気絶する程度、慣れてきたら普通に動ける。お嬢さんは最初から、意識を保って耐えきれるだけの強さがあるみたいだし、重症にはならねえよ」
「……信じるぞ」
リシアに膝を貸し、しばらく安静にさせる。水を飲ませて休ませると、確かに少しずつ顔色がよくなっていった。
「もう大丈夫だ……手間を掛けたな」
「だから気にするなって。動けるか? もう少し休んでも……」
「いや、問題ない。十分に休んだし、もう違和感も消えた」
「へえ」
スヴェンが心底感心したように声を漏らす。
「思っていたより倍は早いな……名の知れた魔法の使い手か?」
「レブレーベントの騎士だ。情けない姿を晒したが」
「レブレーベント……あぁ、なるほど」
スヴェンは何か一人で納得して、すっと立ち上がった。
「問題ないなら進むか。目的地はすぐそこだ。けど、さっき言った通り、別にそれらしいもんはないと思うけどな」
神殿の内部に入ると、ひんやりと、気温が二度ほど下がったように感じた。
さらに高まる魔力の濃度を感じ取ったが、リシアももう問題はなさそうだ。
相変わらず生物の気配はなく、ただ静寂に、時が止まったかのように、神殿の聖所が三人を迎え入れた。薄暗い建造物の中で、スヴェンが楽しげに笑いながら両手を広げる。