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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第四話⑤ スヴェン・ディージング

「おー、そいつはちょっとまずいなお嬢さん。正解の道以外に進めば、どうせ行き止まりだ。ここで足を止めるのと結果は変わらねえ」


 総司でもリシアでもない、何となく陽気で、どこかからかうような男の声が響いた。


「えっ――――」

「まあ任せろ。あの虫けらだろ、追ってきてんのは」


 よれた深緑のコートが翻り、二人の後ろへと着地する人影があった。


 ぼさぼさの天然パーマに、少なくとも総司はこの世界で初めて見る、サングラスをかけた姿。格好よく見えるが、残念ながらサングラスの片方には見るも無残なひび割れが入ってしまっている。口元には葉巻をくわえ、大きな巾着を持った男だ。


「あんたは……」

「”ジノヴィオス”」


 男が魔法を唱えた。


 男が持つ巾着袋の中から、水色で半透明の、不可思議な不定形の塊が飛び出し、大きく薄く広がった。ぐにゃぐにゃした魔力の塊。飛来する虫人形を捕まえて、爆発する刃すら全て包み込み、その場にバラバラと捨てていく。


 まるで意思を持つかのように、水色の何かは再びぐねぐねと動いて一つの塊となり、男が持つ巾着袋の中に舞い戻っていった。


「よぉ。逢引きするにしちゃあ随分と物騒なところでやってんな。雰囲気は最高かもしれねえけどよ。女連れ込むのに最適な場所とはとても――――あいてっ」


 コツン、と、一匹、あの水色の防御をかわした虫人形が、男の頭に激突した。


「あっやべっ」

「何やってんだぁ!」


 虫人形が爆発するよりもわずかに早く、総司のタックルが男を直撃した。


「ぐへぁっ!」


 総司が地面に男を押し付けるのと同時に、無数の刃が拡散したが、何とか総司の腕をかすめる程度で済んだ。


「詰めが甘かった……」

「甘いなんてもんじゃねえだろ!」

「良いじゃねえか、全員無事なんだしよ」


 男は総司の手を借りて立ち上がると、こともなげに言った。


「まあ、そうだな……助かった、ありがとう」

「なぁに、良いってことよ。んで? お前らは一体なんなわけ? 本当にデートしに来たわけじゃねえんだろ?」


 それは明らかにこちらのセリフだ、と総司は男をにらむ。


 この男の正体は二つに一つ。


 シュライヴが言っていた、ガーミシュ村の若い連中の生き残りか、或いは。


 ランセムの言っていた、この島から感じられる生命。悪意があるのか、それとも別の目的があるのかはわからないが、王ランセムが把握しきれない動きをしている怪しい存在だ。


「……俺はソウシだ。こっちはリシア。俺たちは二人とも、王ランセムに許可を得て、この島にやってきた」

「スヴェン・ディージング、特に王の許可を得てはいないが、いろいろあってここへ来た。よろしくな」

「とてもよろしくできる内容じゃねえな。助けてもらったのは感謝してるが」


 リシアも同意見のようで、ㇾヴァンクロスを油断なく構えて、スヴェンと名乗る男を見つめている。スヴェンは両手を挙げて、争う意思はない、とばかり首を振った。


「おいおい止せって。そりゃ怪しむなってのは難しいにしてもだ、別に誰と戦う気もねえんだ」


 年の頃は、二十代半ばか、もう少し上だろうか。雰囲気そのものがどこか軽い。サングラスをかけていても顔立ちは整っているのがわかるが、何というか、総司の感性では格好いいように見えて、「絶妙にダサい」。さっきから少しも短くなっていない葉巻をぐーっと吸って、煙を吐き出し、スヴェンはからかうように笑った。


「友好の印に芸を見せます。魔法の強そうなヒト」

「いやいらねえ。そして別に強そうじゃねえ」


 先ほど使役した水色のスライムのような何かを自分の周りに引き伸ばして浮かせ、魔力がほとばしる演出を見せたスヴェンの悪ふざけを切り捨てる。


「続いて空中浮遊!」

「うるせえ!」


 ただ水色のスライムに支えられてあぐらを組むだけの芸に対して蹴りでツッコミを入れる。空中で姿勢を崩されたスヴェンがべしゃっと床に落ちた。


「いてえ!」

「だろうな!」

「……スヴェンとやら」


 リシアがじっとスヴェンを見た。


「あなたは恩人に違いない。しかし……すぐに信用できるわけでもない」

「そりゃあそうだろうが、じゃあお前らはどうするってんだ?」


 床に寝転がった姿勢で、肘をついて頭だけ上げながら、スヴェンが言った。


「俺はこの先の正しい道を知ってるぜ。仲良くやった方が、お前らにとっても得だと思うが、どうだいお嬢さん」

「その言葉も、真実とは限らん」

「じゃあ、自力でこの階段を突破するか? やめとけよ、何年かかるかわからねえぞ」

「……それは……」


 総司はしばらく二人の会話を見守っていたが、やがて言った。


「よし」

「ソウシ?」

「じゃあ改めてよろしくってことで、スヴェン」

「ソウシ!」


 リシアが厳しく言うが、総司は笑って、


「リシアの警戒は正しいが、スヴェンの言ってることも正しい。俺達じゃあ、この部屋から先へ進むのにも一苦労だ。正しい道を知ってるっていうなら、その情報は利用させてもらう。けどスヴェン、俺達からあんたに渡せるもんは何もないんだけど、あんたには何の得があるんだ?」

「そりゃもう、俺も連れて帰ってくれって、それだけさ。この先へ案内してやるから、帰りも一緒に行こうぜって話」

「……入れたのに、帰れないのか?」


 総司が聞くと、スヴェンは彼自身もわかっていないようで、肩をすくめて見せた。


「俺の身の上を話しておくとだ。俺は自分の船で海へ出て、全然別の場所を目指してたんだが、海で遭難しちまってな。辿り着いたのがこの島だったんだ」

「海へ……? 一人で?」

「別にそんな遠い場所を目指してたわけでもねえんだ。ルディラントの離島ってのはここだけじゃない。全然別の場所に、こことは比べ物にならねえぐらい小さなちょっとした遺跡があってよ。そこをちょっと調べようとして――――」


 一瞬、スヴェンが顔をしかめた。激しい頭痛に襲われたように、頭を手で押さえ、険しい顔つきになった。


「おい、大丈夫か……?」

「いや、気にすんな。まあそんな感じでこの島に来て、出られなくなっちまったってわけ。お前らも外から来たんだろ。だったら、その道をたどれば出られるかもしれねえ」


 スヴェンが言う「出られなくなった」とは、帰り道がわからないという意味ではないのだろう。この島へランセムやサリアが入れなかった時を同じように、不可思議な力にはねのけられているのだ。


 その呪縛まで解けるかはわからないが、スヴェンが付いてきたいというのなら、正しい道を知らない総司にとっては利用するよりほかに手はない。


「なら、俺たちは手を取り合えるわけか」

「そういうこったな。どうだいお嬢さん。まだ納得しねえか?」

「……納得という意味では、恐らくずっとしないのだろうが」


 リシアは剣を収め、仕方なさそうに頷いた。


「協力した方が事は進みやすい。それは理解した」

「上々だ。良い恋人だなオイ」

「そんなんじゃねえよ。で、正しい道はどれなんだ」

「焦るなよ。ちゃんと案内するさ。こっちだ」


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