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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第四話② 帰らずの島

 それだけ告げて立ち去ろうとするシュライヴの背中へ――――


「……そんなに」


 総司はリシアの手を振り払って起き上がり、静かに言った。


「行かせたくねえか、あの島に」


 シュライヴの足がぴたりと止まった。サリアが気づかわしげに、総司とシュライヴを交互に見やる。


「何があったんだ」

「……若造が……下らねえ勘だけは一人前か、おん? 生き辛かろう、その若さでよ」

「俺たちはどうしてもあの島に行く必要がある。どうしてもだ」


 総司が頭を下げた。


「止めないでくれ。頼む」

「……あの島がいつからあるのかは知らん。気づいたときにはそこにあった」


 シュライヴはくるりと振り返り、どかっとその場に座り込んだ。座っても、立ち上がっているリシアやサリアより大きい。だが、なぜか今のシュライヴは、初めて出会ったつい数時間前の彼よりもずっと小さく見えた。


「だが、これだけは確かだ。あの島に行って帰ってきた者は一人もいない。この前も、わしの言いつけを聞かず、村の若いのが二人、度胸試しだと言ってあの島まで泳いで渡った。二人とも、数日経つが未だに帰っておらん」

「待ってくれ」


 総司がサリアを見た。


「あの島には、入ること自体が出来ないはずではなかったっけ?」

「そのはずです。私や王は少なくとも、海岸から先へ進むことが出来なかった」

「わしもだ。だが何故か若い連中は行けた。行くことが出来てしまった。結果……なんの音沙汰もない」

「条件があるのか……しかしサリアがダメなら、年齢というわけでもない……」

「そんなもの、どうでもいい」


 シュライヴはリシアの考察を切って捨てて、総司を見つめた。


「言ったはずじゃ。若いのが死にに行くのを黙ってみておるほど落ちぶれてはおらんと。わしは年長者で、一つの村の長。小なりとはいえ意地がある。お主ら、多少腕に覚えはあるようあがな。それだけで何とかなる場所とはとても思えん」

「だから足止めしようとしてくれたわけだ」

「フン。この程度の仕事でへばっとるようでは、何が待ち受けていたところで生き延びられるものか。若造、悪いことは言わん。あの場所へは近づくな。踏み入らねば特に何もない、そういう場所だ。ランセムのバカタレがお主をどうそそのかしたのかは知らんがな、財宝も何もあるものか。あの場所にあるのは危険だけ。あのバカタレの妄言にいちいち従うな」

「……村長」


 総司はもう一度頭を下げた。


「お気遣い痛み入りますが、俺達にも引けない理由がある」

「命より重い理由などあるか!」


 シュライヴが吠えた。しかし総司の言う通り、ここで引いてしまうわけにはいかない。


「お主にどんな理由があろうが、それが命より重いわけがない! まったくあの小童は、お主にどんな夢物語を吹き込んだ!? 一生遊んで暮らせるだけの金銀が眠っているとでもほざいたか! 仕方ないのう、わしが行ってぶんなぐってやるわい!」

「王は、俺に道を示してくれたんだ」

「道じゃとぉ!? 若いのが効率よく死ねる道をか! しょーもないのぉ、お主、あやつを信用しすぎじゃ! 聞くところによればお主ら、異国の民だろう! こうは思わんか? ルディラントに他国の者が踏み入れたら、必ずその中で、他の誰にも悟られることなく殺される! だから外界に我らの存在が知られていないのだとは思わんか!」

「そうしたいなら、その機会は今日までいくらでもあった。けど、俺達は十分、住民の皆と交流してきたよ。それはない」

「あの島が処刑地だとしたらどうじゃ! お主らを信用させ、油断させ、最後にあの島で人知れず殺す、その最後の段階だったとしたらどうする! 世の中にはなぁ、お主が想像も出来んほど悪趣味なバカタレが山ほどおるぞ! その絶望を見て楽しむような外道が、山ほどな!」

「それもない」

「なぜそう言い切れる! なんじゃあ、多少は賢いと思ったが、あの小童にそこまで誑かされるようではまだまだーーーー」

「もし本当にそうだったとしたら、最も近い村の長であるあなたが、今日まで許しているはずがない」


 シュライヴの勢いが削がれた。


「王ランセムが本当にそこまでの外道で、そういう行いをして今日まで楽しんできていたのなら、それこそあなたがぶんなぐっているはずだ。数時間前に会っただけの赤の他人を、わが身のように心配してくれるあなたがそうしていないのだから、それはない」


 村の若い者たちが姿をくらましてしまったことで、シュライヴの使命感はことさらに燃え上がっていた。そこへきて、また若い者が自分の命を顧みず、謎めいた島へ挑もうとしている。村長としての責任を感じるシュライヴにとって、それがどんなに許しがたいことかは、総司にも少しはわかろうというもの。シュライヴの必死さは、真に若者を慮る、年長者の誇りの表れだ。たった数時間の付き合いでも、シュライヴが情に厚い男だというのは痛いほどわかる。


 その説得に応じることが出来ないのもまた明白。総司にも使命があり、その責任を自覚したばかりだ。


「村長、どうか」


 それまで黙っていたサリアが、総司と共に頭を下げた。リシアもまた二人に倣い、シュライヴに告げる。


「我らはどうしてもあの島へ行かなければなりません。必ず生きて帰ってきます。どんな手を使ってでも。ですから、どうか……」

「……フン。根拠のない誓いじゃあ。わしはお主らほどお人よしではないわい。出会ったばかりのお主らの誓いを、おいそれと信じることは出来ん」

「その俺達を心配してるあんたがそれを言うかよ」

「黙っとれ。わしとお主じゃ立場が違うわい」


 シュライヴはよっこらせと立ち上がり、首を鳴らして、言った。


「一時間ほど休んどれ。そのあと、連れて行ってやる」

「ありがとうございます!」

「礼なんぞ言うな! 間違っても礼を言われるようなことをしようとしとるわけではないんじゃい!」


 シュライヴが再び吠え、諦めたように首を振る。


「バカは身をもって知らねば治らん。思い知ってくるが良いわ、己の愚かさをな。泣いて戻ってきたらまた叱りつけて教育してやる。覚悟せぇ」


 頭を下げる三人を無視して、荒い足取りでシュライヴは去っていく。総司はふと、柔和な笑顔のまま黙って話を聞いていたレミウ夫人に言った。


「怒らせてしまいましたか」

「あらあら、そう見えたかね?」


 レミウは楽しそうに言った。


「あたしには、そう見えんかったけどねぇ」


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