誇り高きルディラント・第三話⑥ 空の器は未だ満ちることを知らず
「ほれ」
強烈な問いかけとは裏腹にランセムの口調は軽く、飄々としたいつもの手つきで総司に酒を注ぐ。総司はそのグラスを手に取り、しばらく見つめた。
自分が何をしたいのかなんて、考えたこともなかった。
別にこの世界に来てから、ではない。
最愛の女性が死んだあの日から、自分の望みなどはるか彼方に捨て去ってしまっていた。唯一残った願望は、自分もどうにか、逃れようのない運命の中で死ぬことが出来ないかという、ランセムが間違いなく嫌悪するようなものだけだ。
酒の表面に映る自分の目を見る。そういえば忘れていた。自分は何らかの魔法的な作用を受け、通常とは異なる左目になっていることを。
レブレーベントで王女アレインと激突し、その勝敗で以て、総司は改めて自らの使命に伴う責任を自覚し、何としてでもそれを達成しなければ彼女に顔向けできないと覚悟を決めた。
だが、その回答はランセムの問いに対して成立しない。総司には自分の願望がない。
それを考えることは不謹慎で、何かダメなことだと勝手に思っていた。女神を救済する旅路の中で、自分の望みなど考えてはならないと。
しかし、ランセムの言う通り、そうである限り総司には、最後の敵に及ぶような執念が生まれないのだろう。総司は常に、誰かを理由にしなければ覚悟を決めることが出来なかった。
酒をぐいっと一気に飲み干す。ランセムがわずかに目を見開いた。総司はグラスをダン、とテーブルに叩きつけ、しばらく目を閉じて呼吸を整えた後で、言った。
「わからねえことを、今考えたって、答えなんか出ねえ」
「ほう」
「あなたの言う通りかもしれねえが、今ぱぱっと考えてひねり出したところで、意味ある答えになるとも思わねえ」
「ふむ」
「だから後回しだ。少なくとも今は、俺には女神を救うという使命がある、それだけわかってりゃそれでいい。そのためになら何だってするんだ。少なくとも、そうしなきゃならない理由だけはハッキリわかってる。今まで世話になった人に報いたいからだ」
「……まあ」
ランセムは笑っているとも、呆れているともつかない、なんとも言えない顔をして、仕方なさそうに頷いた。
「相変わらず面白くはないが、それが精一杯ということにしとくか」
「足りないらしいな」
「無論だ。が、お前さんの年齢で全て”足りている”のも気味の悪い話。それにこういうことは、結局のところ身に染みて思い知らねば理解できん」
他人に理由があるままでは、我欲を叶えるための執念にあふれた相手を打倒することは出来ない。だが、だからと言って今ここで性急に答えを出そうとしたところで同じことだ。取り繕うだけで、総司の真の望みとはかけ離れる。
ランセムはそれでひとまず良しとした。王の納得に足る答えではないにしても、今のところは合格点と言ったところか。
「明日の話だ」
「聖域の話か」
「何が起こるか、わしにもわからん。あの場所はわしの目を逃れる。だが一つだけわかることがある」
「それは……?」
「あの場所に、一人だけいる」
真実の聖域というあだ名がついたその場所に、ランセムの監視すらも逃れて居座る者。一人という表現から、それがヒト型の何者かであることは類推できる。
「あの場所にいる生命がその者一人とも限らんが、少なくとも誰かがいるのは間違いない。わしの特権で以て観測できる唯一の生命だ」
「敵か味方かもわからねえんだな」
「そうだ。だが、わざわざあんな辺鄙なところに居座る変わり者よ。どうやって生きながらえているのかも定かではない……一癖も二癖もあるには違いないが……」
ランセムはにやりと笑って、
「少なくともわしらよりはあの場所に詳しい。味方につければ心強かろう。どうだ、”面白い”だろう」
「……確かに。冒険らしくなってきたな」
ランセムの笑みにあてられたか、総司の口元にも笑みが浮かぶ。ランセムはようやくまた上機嫌になって、総司に追加の酒を注いだ。
「少しはわかる男になってきたな! さあ、飲め! 今日は飲み明かそうじゃないか!」
「明日は早く発つってサリアが言ってたばかりじゃねえか……」