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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第三話③ 笑いながらヒトを殺せるような馬鹿は

 午後の仕事に向かうためには、結構な距離を移動しなければならなかった。


 ルディラントは、王都ルベルと、四つの小さな村で成り立っている小さな海上国家である。島国と言い切ってしまいたいところだが、島がない場所にも足場を築き上げ、街を創り上げている部分が多々ある。


 午後に向かったパルーテンの村は、人工的に築き上げられた足場の上に人々の住居を構え、自然の島となっている部分を牧草地として利用している、ルディラントの畜産の大部分を担う村だ。人口はさほどではないが、牧草地は広大で、総司も見覚えのある牛や馬がそこかしこでのんびりとしている様を見ることが出来る。


「だぁぁ逃げんな! おい待て! おおおう!」


 午後、総司たちに与えられた仕事は”パルーテン羊の毛刈り”。パルーテン羊の特筆すべき特徴は、高い魔力を持ち、毛にもその魔力がほとばしっていることだ。そして一定の長さまで毛が伸びるのが異様に早く、しかも親しくなった他の動物には非常に優しく、献身的。また自分の毛が他の生物にとっても価値あるものになり得ると理解しており、懐いた相手が自分の毛を必要としているとわかると自ら魔力で毛を焼き切り、与えるという。ヒトにとっても、冬場に暖を取りたい他の生物にとっても大変ありがたい生き物なのだが、一つだけ難点がある。


 親しくなれば、それこそなんでもしてくれるような羊ではあるのだが、生来警戒心が強く、ほかの動物と比べてもなかなか懐いてくれないのである。今日来たばかりの若造になど、もちろんそう簡単に心を開くはずもなく。


「くっそ、こうなりゃとっ捕まえて押さえつけてでも―――いや速い! とんでもなく速いこいつら!」


 高い警戒心を強くサポートするかのように、総司の知る羊とは比べ物にならないほど素早いのも特徴だ。総司の瞬発力と加速力、最高速は人類としては最高峰のそれだが、羊は四つ足であるが故の機動力もあり、しかも本能的な逃げの直感が優れている。いずれ追いつくにしても相当な労力だ。


「うぅぅむ……」


 リシアもリシアで、総司のように過激に追い立てても毛刈りが出来そうにないのはわかっているため、何とか静かに近寄る作戦を決行中だが、リシアがにじり寄る分と同じだけ、羊もじわじわと距離を取る。にこやかに笑いかけても効果なしだ。


 対照的にサリアはやはりルディラントの住民と言うべきか、もともと羊たちとは顔見知りだったのか、次々に毛刈りを行いながら、走り回る総司を見て笑っている。


「捕まえたぁぁぁ!」


 羊が悲鳴を上げ、じたばたと暴れるのを力で押さえつけて、総司も何とか毛を刈ろうとするのだが、そうは問屋が卸さない。羊は何とも言えない、あまりにも可愛らしく、そしてかわいそうな目で総司を見つめた。総司がその目を見て思わず力を緩めた隙を見逃さず、羊はまたしても逃走に打って出る。


「やられたぁぁぁ!」

「あはははは!」


 クスクス笑っていただけのサリアがたまらず声を上げて笑った。総司もリシアも初めて見る顔だった。


「ソウシ、あの、もう少し友好的にというか……少し経てばわかってくれますよ、敵意がないことは」

「この距離でか!?」


 豆粒程度にしか見えないところまで逃げきった羊を指さして総司が叫ぶ。その姿がツボに入ったか、サリアはまたひとしきり笑ってから、


「この子たちは本当に賢いですから。そして警戒心が強いだけ。仲良くなってからにしましょう」


 サリアの言う通り、総司とリシアがいったん落ち着いて、ゆっくりと話をしながら羊たちと仲良くなろうよ作戦を実行すると、徐々に羊たちも気を許し始めた。


 実際のところは、サリアが先に羊たちに近づいて、警戒心を解いてくれたおかげなのだが、二人はようやく羊と触れ合えるまでに仲良くなることが出来た。


「一苦労だぜマジで」


 牧場の主に渡された毛刈りバサミを慎重に動かし、丁寧に毛を刈り取りながら、総司が息をつく。


「しかし触り心地が良いなお前ら……なんだこのモフモフ感は……」

「パルーテン羊の毛は上質ですよ。触り心地も、魔力耐性も、防御力も。ルディラントになくてはならない存在です」


 広々とした牧場の一角で毛刈りをしていると、ほかの動物たちも少しずつ近寄ってきた。晴れ渡る青空の下、若い男女がひたすらに羊の毛を刈る姿----あまりにも平和な光景にめまいすら覚えそうだ。


 牧場の主が、新鮮なミルクを持って三人の元へやってきた。さすが、元気に走り回る動物たちを相手にするだけあって、屈強な体つきをしている大柄な壮年の男性だ。名をギウスと言う。なんと、ランセムとは幼馴染の関係で、同い年だそうだ。


「思ったより手際が良いじゃねえか。ダメかもしれねえなと思いながら見てたが」

「とんでもなく手こずりましたけどね。こんなキツイとは聞いてないッス」

「大したもんだよ。よくやってる」


 牧場からは、遠目に時計塔が見える。だが、オリジンが眠るかもしれないという離れ小島は見えない。どうやら場所が違うようだ。


「ランセムは元気か」

「元気はつらつって感じでしたよ」

「ならいいんだ。最近はこっちにもなかなか来ねえしなぁ」

「王には言っておきます」

「いやいや、そういうつもりじゃねえんだ、サリア。あいつも忙しいだろうからな」


 ランセムの慕われ方は、今日半日を過ごすだけでも十分に理解できていた。


 ランセムとエルマ、それにサリアの三人は、住民と非常に親しい状況にありながらも、やはり凄まじい尊敬の念を集めている。特にランセムのカリスマ性は絶大だ。誰もがまるで隣人のことを語るかのようにランセムの話を切り出すのに、必ずきちんと格上の相手としての一線を引いている。


 総司にもその感情は理解できる。普段は気さくで、およそ王族とは思えない庶民じみた雰囲気を纏っているのに、その奥にある覇気が透けて見える。完成された王の器を、例えば傀儡の賢者マキナが称するとすれば何と言うのだろう。


 空の器と称された総司は、あの王から何を学べるだろう。


「平穏無事なのが一番だが、その物騒な剣」


 ギウスは、背の低い木に立てかけられた二振りの剣に目をやり、すうっと細めた。


「荒事か、お前さんらの本業は」

「いやまあ、使わなくて済むならそれが一番なんで、本業ってほどでもないッスけど」

「だがきっと、そうはいかんのだろうな」

「……そう……ですね」

「詳しい話は聞かんが、こののどかな牧場主から助言するとすればだ」


 ギウスはにやりと笑いながら、総司をからかうように言った。


「羊に同情して逃がしちまうようじゃあ、ヒトなんかとても斬れたもんじゃねえだろうな。だからお前はきっといいやつなんだろうよ」


 痛いところをつかれて、総司はぐっと言葉に詰まる。


 傀儡の賢者マキナの言葉から推測している、最後の敵。この旅路でたとえヒトを斬らずに済んだとしても、もしもその予想が当たってしまえば最後には必ず、「ヒトを斬らなければならない」場面にぶつかるということになる。


 その時ためらわずにいられるか。相手はきっとためらうことなどないだろうに。


「おぅ、勘違いするなよ坊主」

「え?」

「それはお前の強みだ。弱みにはならねえよ」

「……そう思いますか?」

「笑いながらヒトを殺せるような馬鹿は、苦しみながらその選択肢を取るしかなかったヤツには絶対に勝てねえんだ。大昔からそうなのさ」


 三人が飲んだ後のコップを引き上げながら、大真面目にそんなことを言って、最後にギウスが締めくくった。


「ま、ランセムの受け売りだけどな?」


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