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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第三話② 王のおつかい

「ぜぇぇい!!」

「あらまあ……また凄いお手伝いさんを連れてきたもんだね……」


 坂道のカフェの店主、マレットは、大人が数人がかりでも担ぎ上げられない大荷物を一人で背負う総司を見て感嘆の声を漏らした。


 ルディラントで生産し、国内で消費する”シルナ麦”は、良質なパンを作る最高の原料だ。味が良いうえに保存性も高く、栄養価も非常に高いというすさまじい原料。サリアからその性質を聞いたリシアが本格的にレブレーベントに持ち帰りたがった特産品であり、リスティリア世界には出回っていない希少な種である。


 しかし、唯一にして最大の欠点がある。シルナ麦は魔力を通さないのである。しかも麦にしては質量があり、同じ大きさの入れ物に入れても、他の種に比べるとずっしりと重くなってしまう。入れ物を浮遊させることが出来ても、シルナ麦の重量が軽くならないので、並大抵の魔法使いでは浮遊魔法の維持が出来ないのだ。この性質のせいで魔法によって運ぶことが出来ないため、少量を家族で消費する家庭用ならばともかく、商業利用するとなると、機械文明がさほど発達していないルディラントでは結構な重労働を強いられることになる。


 ランセムに頼まれたお使いとは、シルナ麦の荷運び。基本的な身体能力が高い総司であれば、ルディラントの民が運ぶよりもずっと大量に、簡単に運ぶことが出来る。


「あんた、魔法も使わず大したもんだねぇ」

「いえいえ。お任せください」


 騎士として鍛えているリシアも、普通の男が担げない荷物をぐいっと担ぎ上げて総司の後に続く。その姿もマレットを感嘆させるには十分だ。


「あらあらあんた、女の子まで……」

「御心配には及びません。お気遣いなく」


 魔法を用いない魔力による身体強化は、決して永続的ではないし、きわめて繊細な魔力のコントロールが要求される。戦う時の総司はコントロールを必要としないほどの莫大な魔力で以て自らの能力を何倍にも押し上げているが、それをしてしまうと周囲を驚かせてしまうだろう。必要な分だけ魔力を流し、狙った強化を繊細に、確実に行うというのは、見た目にはわかりづらいが技術が必要だ。超高速の戦闘のさなかで、総司ほどの魔力を持たないにも関わらず、完璧な強化のコントロールで総司と渡り合ったアレインがそもそも異常なのである。普通の民にはもちろんそんな繊細なコントロールはできない。


「王の気まぐれに付き合っていただきまして、本当にすみません」


 総司とリシアの剣を抱えながらついてきたサリアが謝る。サリアも手伝おうとしたのだが、これは総司とリシアが頼まれた仕事だからと断っていた。


「タダで情報全部渡すのは、俺たちの教育によくないって思ったんだろ、多分。子供の使いで済むなら安いもんだ。つっても重いけどなマジで! 俺が重いって相当だけど!」

「ええ。ランセム王の立場であれば、どれだけでも無理難題を吹っ掛けられるのにそうしないのは、お人柄の良さでしょう。それとソウシ、お前は一度に持ちすぎなんだ。往復するぞどのみち」

「いやぁ……お二人は王をちょっと買いかぶり過ぎかもしれません……たぶん今のソウシの姿を見て笑っていますよあの人は……」

「終わったらちゃんと、美味しいカフェオレとパンを出すからね。がんばっとくれ」

「めっちゃやる気出てきた。昨日食べたかったんですよ実は」


 ガラガラと荷車を引くマレットと、そのあとに続く総司、リシア。サリアは二人に預けられた剣を大事そうに抱えながら最後尾をついていく。


 朝の陽ざしに包まれたルディラントは、昨日と変わらず美しく、そして平穏だ。道行く人々に次々に声を掛けられ、そのたびにマレットが軽く状況を説明してくれる。そうすると誰もかれもが総司とリシアの二人に好意的になり、時にはサリアに差し入れを渡して、二人にどうぞと言ってくれる。


 マレットの人柄か、王の人柄か、サリアの人柄か。暖かい民同士の繋がりが広がっているのを肌で感じる。ここにあるのは本物の、街の何でもない日常の光景だ。


 何度か店と仕入先を往復して、往来に店を構える人々ともいい具合に顔見知りとなったころ合いで、ようやく荷運びが完了した。だが、ランセムに与えられたお使いはマレットの手伝いだけではない。


「次は”ナギーシェ”がおいしいお店、店主はニーナさん。……ナギーシェとは?」


 リシアがサリアに聞いたが、マレットが間に割って入った。


「まあまあ、話は食べてからでもいいじゃないか。ほら、朝食だよ」

「すみません、ありがとうございます」


 マレットが出してくれたカフェオレとパンを受け取る。ほおばってみればその美味しさに衝撃を受ける。重労働を強いられてでも、シルナ麦を使ってパンを作りたいだけのことはある。弾力ももちろんだが何より味が濃厚だ。食べるだけで疲労感が取り払われていくようだ。


 マレットの店の洒落た屋外のテーブル席で、三人はありがたく朝食をいただいていた。味もよく景観も最高で、この店がランセムお気に入りだというのも当然と思える。


「ルディラントの外にはありませんか? ナギーシェ。肉を使った軽食でして」

「すぐそこでやってるよ。ほら、あれさ」


 マレットが示す方向を見ると、少し離れた斜め向かいの店で、店主ニーナが準備を始めていた。それを見て総司はカフェオレを吹き出しそうになる。


「ケバブだ!」

「ケバ……?」


 本来の意味としては、肉や魚をローストして調理したものの総称である。串焼きにされていることが多いのだが、純日本人たる総司の感覚で言うケバブと言えば、店先で垂直の串に肉を刺して重ね、それをそぎ落としたものを野菜と一緒にパンにはさむ、テイクアウトが基本のドネルケバブを指している。名称は似ても似つかないが、店主ニーナが今準備しているのはまさにドネルケバブである。


 マレットの店でもてなしを受けた後、ニーナの元へ移動し、ナギーシェなるものについて聞いてみるも、返答は単純なものだった。


「これ? 昔からの伝統料理よ。食べてみる?」

「いただきます! いくらです?」

「あぁ、お代は良いわ。ご褒美の先払いね」


 マレットのパンを食べた後だが、食べ盛りの総司には関係のない話だ。渡されたナギーシェなる食べ物を一口ほおばり、総司は懐かしさで涙が出そうになった。修学旅行先で食べたものと酷似した味がしている。


「ケバブだぁ……」

「そんなに感動するほどですか。お口に合ってよかった」

「……なるほどな」


 故郷の伝統料理が気に入られたとみて喜ぶサリアとは対照的に、リシアは納得と、わずかな同情の表情を浮かべる。総司がかつての世界を思い出しているのだと察したからこその表情だ。


「伝統料理かぁ……どこの世も同じなのかもなぁ」


 ドラゴンやユニコーンといった呼び名が共通しているところもあるし、やはりリスティリアと総司の世界は、総司が思っているよりもずっと似ていて、近い場所にあるのかもしれない。そう思わずにはいられない、懐かしい味だ。


「さて、手早く済ませろ。仕事はこれからだ」


 与えられた仕事は、午前中の接客業だった。二十代半ばという年齢のニーナは、亡き父の跡を継いで店を切り盛りするしっかり者の店主だ。優しく穏やかな表情と声色をしているが、総司とリシア、ついでにサリアへの指示はてきぱきと素早く、三人とも注文に配膳に大忙しだった。ルディラントの王都ルベルは割とのんびりとした街なのか、住民の仕事の開始時間が遅く、しかもまばらだった。そのために客足が途切れることはなく、マレットやマレットの店の常連客にからかわれながら、目が回りそうになりながら仕事をこなしているうちに、午前の仕事はあっという間に終わってしまった。


「よく働いてくれたわね。助かったわ」

「いやいや……なんのこれしき……」


 午後の当番と仕事を変わって、またニーナの作るナギーシェをいただきひと段落である。総司としては荷運びよりも疲弊する仕事だった。来る客が全て温かい人々だったのが幸いといったところか。


 隔絶されたこのルディラントにとって、外界からの客人は珍しい。毎日通る道が同じ人々とは皆が顔見知りになっていて、それ故に総司とリシアは目立つ。多くの住民と触れ合いながら仕事を楽しんだものの、疲労感も大きかった。


「お客さんの相手は疲れたでしょう?」

「でもあんまり経験がないんで、新鮮でしたよ」


 総司が率直な感想を述べると、ニーナはにっこりと笑って、


「あなたもリシアちゃんも愛想が良いからね。みんな気に入っていたわ。明日もいるのかって何度聞かれたか」

「お兄さん方はリシアが目当てかもしれませんけどね」


 ナンパじみた絡み方もされていたようだが、リシアは腕力にものを言わせることもなく華麗にあしらっていた。


 総司の目にも、そして誰の目にも、リシアの容姿は相当優れている部類だ。そしてリシアも、普段は誇示することはないが自覚はあるのだろう。下心を秘めた声を掛けられても、そのかわし方は実に鮮やかだ。手慣れていると言っていい。


「あなたはお姉さんたちと、おじさんに人気ね」


 程ほどの礼儀正しさと、部活動経験が活きるフランクさで、総司も客の人気は高かった。だが、それはこの街に住む人々が驚くほど気さくだからだ。異邦人を疎んじるのではなく、物珍しいと思って実に気楽に声を掛けてくれる。ルディラントどころかリスティリアにとって異邦人であるところの総司としては、常に警戒されているよりはよほどありがたいことだった。


「それにサリアも。あの子のあんな顔を見るのも久しぶりね。なんだかいいものを見れた気分」

「サリアのことは、よく知っているんですか?」

「もちろん。この国の守護者、王家の護衛……もともと、そういう一族だったんだけどね。生き残りは、あの子だけ」


 思っていたよりも重い話で、総司は緩んだ表情を引き締めた。リシアと共に談笑するサリアを、ニーナが遠い目で見つめている。


「小さい頃からとんでもない魔法の使い手だったわ……あの子の家系は代々そうなの。ルディラントでは有名な話よ。あの子は、その家系図の中でも飛び切りの天才だそうだけど」

「……守護者の家系か……」

「ルディラントには軍や騎士団がないの。王宮にもあまり人がいなかったでしょう?」


 あまり、どころか、ランセムとエルマ、それにサリア以外の存在を見た覚えがない。総司がうなずくと、ニーナは悲しげに微笑んだ。


「外の世界から切り離されているから、護りは必要ないし……もしもの時はあの子一人で事足りる。ランセム様はそう判断して、騎士を募ることをしないのよ。……あの子のことも解放してあげればいいと思うんだけど、多分あの子の方が頑ななんでしょうね」


 ニーナはそこまで話して、ハッとしたように目を丸くして、照れ笑いをした。


「ごめんなさい、あなた話しやすいから。余計なことを言ったわ。しかもサリアのことを、勝手に。あの子には内緒にしてね」

「……だから楽しませてやってくれって、そういうことでしょう?」


 総司は微笑んで、


「今日一日はひとまず、引きずり回してやりますんでね。お任せください」

「……察しもいいのね。モテるでしょう」

「フラれたことしかないですよぉ。よし、それじゃあ次だ。行きますか! ご馳走様でした、ニーナさん」

「はいはい。気を付けてね」


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