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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩きレブレーベント・第一話① 始まりの街シエルダ

 リスティリアの「魔法大国」、“レブレーベント”。


 溢れる大自然と、発展した人の営みが奇跡的なバランスを誇る、リスティリアきっての大国である。


 もちろん大国というからには、国の端から端まで多種多様な発展が遂げられており、城下町を始め人でにぎわう大きな都市もあれば、田舎で細々と生命の営みが行われているところもある。


 レブレーベント最南端、“シエルダ”は、間違いなく後者――――大都市の喧騒を離れた静かな田舎町であり、暑い季節には貴族たちの避暑地にもなる、美しいリゾートでもあった。

 白を基調とした石造りの建造物と道路で統一された街並みは、訪れる者の目を心を癒す。街を囲む豊かな緑の木々が、朝焼けに照らされて燦然と輝いていた。


 そんな静かな田舎町に、遥か天空から人間一人が叫び声を上げながら落っこちて来て、町はずれの馬小屋の屋根を突き破ったのだから、とんでもない騒ぎになっても何らおかしくはないのだが、不思議なことに、ド派手に落下した総司の元へ何事かとやってくる住民はいなかった。


 総司の体には傷一つなかった。が、心はなかなかの傷を負っていた。


 空中で意識を取り戻し、みっともなく悲鳴を上げ散らしていたわけだが、ようやく「異世界」リスティリアに来て早々に、まさかの転落死という結末を迎える事態は避けられたようだ。これも女神の加護の為せる業か――――それとも、そもそもここまでが、女神にとっての「予定通り」だったのか――――


 いずれにしても、辛い試練を乗り越えて辿り着いた「初陣」で、あそこまで完璧に敗北を喫してしまえば、落ち込みもする。息を切らしながらも思い起こすのは、紫電の雷光。まるで歯が立たなかったどころか――――相当手を抜かれて、それでも驚くほど手も足も出なかった。総司を例に言うなら、バスケでNBA選手に1on1を挑むような――――いや、1人でNBAのトップチーム一つを相手取って1ゲーム戦い切るような、そんな酷い負け戦、弱い者いじめだった。


「……クソッタレ」


 悪態をつきながら、ぐいっと体を起こす。馬の餌であろう草わらの上に落下したらしい。全身草まみれで匂いも強烈だが、命があるだけでも良しとしておくことにする。総司は草わらから飛び降り、軽く馬小屋を見回した。


 もしヒトがいたら、武器の一つでも向けられてしまうかもしれない――――リスティリアの文化をざっくり、多少は、レヴァンチェスカに教わったものの、そもそもあの女神は女神らしくとても大雑把なところがあって、細かいことは行って覚えろ、というきらいがあった。


 だが、総司の心配は杞憂に終わる。馬小屋には人気がない、どころか――――馬の姿すらもなかった。


 便宜的にこの場所を「馬小屋」といっているものの、馬がいなければその確証もない。何か家畜を飼う場所には間違いなさそうだが、何もいないのでは……


 ひとまず、草を払い、リバース・オーダーが手元にあることを確認して、これから相棒となる女神の剣を背中に背負った。女神の特注品である総司の服は、リバース・オーダーが触れたことを感じ取り、魔法の帯で固定する。鞘もなく危なっかしい見た目ではあるものの、リバース・オーダーは総司が使うと決めた時にしかその攻撃力を発揮しないと、レヴァンチェスカに教わった。ちょっとした魔法の片鱗を体感し、感動を覚えながら、そっと小屋を出た。


 空の模様を見るに、朝方――――早朝と思われる。人気がないのも仕方がないか、と一人納得して、総司はちょっとワクワクしながら住宅街に入っていった。


 何と言っても、異世界である!


 総司の青春といえばバスケットボールと「彼女」一色だったが、アニメや漫画と全く無縁だったわけではない。

 俗に言うファンタジーというものを好んで観てきたということもないのだが、誰もが知っているような有名どころなら知っている。


 総司が元いた世界の人々が、余暇の時間を捧げて憧れる、「異世界」。

 自分は今まさに、物語の中にいる。高揚感を覚えずにはいられなかった。


 無論、その感情は不謹慎でもあり、総司にもその自覚はあった。漠然とした不安もあった。何故なら、総司はレヴァンチェスカに「リスティリアを救いたまえ」と託されたものの、では何をすればよいかという当然の疑問に、答えどころかヒントすら持っていないからだ。そして総司の感覚ではついさっき、大敗を喫したところ。不安を覚えるなというほうが無理な話で、このワクワクは総司なりの空元気なのかもしれない。


 リスティリアを救う手、それを探し出さねばならないということも、理解している。だからこそ、少年の心がワクワクと弾むのに任せ過ぎず、ちゃんと答えを得るべく行動しなければならない。


 白銀の街シエルダの街並みは実に美しかった。看板に描かれた街の名は、リスティリア特有の文字に違いないが、総司にはほとんど母国語のように自然と読むことができた。


 石畳はごみ一つなく続いていて、建物は大きいものも小さいものも皆、街の雰囲気の演出に貢献している。若干道のアップダウンが激しく、例えば自転車で移動するとなると苦戦しそうだが、歩く分には楽しい造りだ。


 小さな水路を跨る小さな橋の上で立ち止まり、透き通る水をぼんやりと眺めてみた。


 これだけでも心が洗われるかのようだ。早く、この世界の現状を――――女神が一体どんな状況にあるのかを知りたいが、まだこの世界の住人には会えていない。それでも焦ったところでどうにもならないことも何となくわかっていた。とにかく、この世界を何も知らないのだ。今夜の宿すら怪しいこの状況で、救世主だなんだと使命感を全開にして行動しても、滑稽なだけだろう。


 そんな風に、欄干に腕をかけながら、焦ったり自分に言い聞かせたりを繰り返していたら、反対側からざぶん、と何かが水に落ちる音が聞こえた。


 ようやく誰かに出会える――――総司は嬉しい気持ちを隠そうともせず、ぱっと振り向いて反対側の欄干に駆け寄り――――


 美しかった水面が、赤黒く穢されていく、目を覆いたくなるような光景を見た。


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