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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第三話① オリジンの行方

 時計塔の外部からは、その内部が全く見えなかったはずである。荘厳な白亜の時計塔の外観は、例えば世界史の資料集にでも出てきそうな威容を誇っていた。


 しかしやはり総司の部屋と同じく、ランセムに案内されたフロアと回廊からは、ガラス張りの高層ビルから街を見下ろすかのように外が見える。


 外界から隔絶されたルディラントの中心。千年、独立した営みを見守り続けてきた場所。


 ランセムはそんな場所にわざわざテーブルセットを運ばせて、夕食を摂るつもりでいるようだ。ふわふわと料理を浮かせて運ぶサリアの姿がどこか微笑ましい。


 ルディラントにせよ、レブレーベントにせよ、総司の元いた世界とは食材や食文化が多少違うが、大部分は似通っている。異なる文明の発展を遂げた異世界、しかもリスティリアは国ごとにあらゆる意味で文化が違うが、同じく「ヒト」か、それに準じる者が多く住まう世界だ。受け入れられないほどの食文化の違いにはまだ出会っていない。


 驚くことに、ルディラントにはなんと、魚を生で食べる刺身の文化すらあった。さすがに形は日本人たる総司からすれば驚きの、かなり大きめの切り口ではあったが、まぎれもなく刺身と呼んでいいそれだ。王都ルベルを眼下に、まさかリスティリアで刺身に舌鼓を打てるとは。鯛に近い味わいの白身魚を一口食べて、総司は思わず感動に目を潤ませた。箸ではなくフォークを使ってのことだが、故郷の味に近かった。


「うまい……!」

「おぉ。お前さんさてはイケる口だな? こいつは上々、高ぶってきたぞ!」


 匂いからして相当度数の高そうな酒を、大きなグラスに並々注いだところで、ランセムの手がエルマに軽くパシッと叩かれた。


 給仕の使用人の姿はない。高級感はあるが贅沢を思わせないテーブルの周囲に、酒も料理も必要なものを取り揃えて、王が手ずから振る舞っている。総司はもう慣れた様子だが、リシアはさすがに恐縮しきりだ。


 ランセムは、総司が女神の騎士であり、女神を救うため旅をしていることを知っている。それをエルマにも伝え、海岸まで迎えに行かせた。しかしサリアにはそこまで言っていなかったようで、ランセムはこの食事の席で改めて、サリアにも総司とリシアの事情を説明した。


 当然、リシアもそれを聞き逃すはずがなく、リシアの目がすうっと細く、鋭くなったのは言うまでもないことだ。


 なぜ王はそれを知っているのか、どこで知ったのか。部屋でも共有していた疑念をぶつけるタイミングは今しかなかった。


「陛下はなぜ、我々のことをそこまでご存じなのでしょう?」

「聡明なお前さんなら、答えは大方出ているだろうよ、騎士殿。リシアといったかな。答え合わせだ、言ってみろ、ん?」


 楽しむようなランセムの口調とは裏腹に、リシアの声は少し硬かった。


「外界との連絡を完全に絶っているわけではないということと、ルディラントの領域ならば、あなたはその目で見たかのようにわかる、そういう魔法があるのかと」

「後半は正解だ。前半はまあ……お前さんの思っている連絡の形と同じかどうかはともかくとして、当たらずとも遠からずってところか。種明かしはせんぞぉ、一応客だが、一応国外の他人でもあるしな」


 いい具合に酒が回っているのか、ランセムは上機嫌にそんなことを言う。これ以上の追及は難しそうだし、隣にはエルマも控えている。ランセムが望まない質問をするのは難しそうだと、リシアもひとまずはあきらめて、食事を楽しむことにした。


 食事がひと段落して、総司もリシアも、ランセムが手ずから注ぐ酒を受け取る。一口飲んで総司はほっとした。ランセムが飲んでいるような強烈な酒だったらどうしようかと思ったが、幸いそこは気遣いがあったらしい。リシアは失礼のないようにグラスを受け取りはしたものの、口をつけることはなかった。


「さーて、本題だ」


 ランセムがいきなり切り込んだ。


「オリジンについてだが、くれてやってもいい」


 総司もリシアも目を丸くした。エルマは相変わらずにこにこと笑顔のままだが、サリアは眉をひそめてため息をついている。ランセムの発言が気に入らないのかとも思ったが、総司の見立てでは「この人はまたそんな……」とどこか呆れているような、複雑な表情だった。


「……素直に、ありがとうございますと受け入れたいところではありますが」


 総司よりも頭の回転が速いリシアが、言葉を選びながらランセムに言った。


「陛下御自身が仰ったように、我々は国外から来た異邦の者です。オリジンと言えば、伝説にもある国宝でございましょう。二つ返事で受け入れて、すぐいただけるようなものではないのではないかと」

「もちろんだ。取りに行ってもらわなければならんのでな」


 ランセムがそう言うと、サリアがたまりかねて口を挟んだ。


「王よ、軽々にそのような約束をするものではありません」

「なんだなんだ」

「手元にないどころか、今もなおそこにあるのかどうかすらわからないというのに……大変な旅に挑むこの方々をからかうような真似はおやめください」

「そこにあるかすらわからないってのは?」


 総司が聞くと、サリアは険しい表情のまま言った。


「ルディラントの離れ小島に、外界からの侵入を寄せ付けない聖域があります」

「少なくともルディラントの国民では誰も入ることが出来なかった。わしもサリアも、普通に暮らす民もな。そもそもわしらではそこに島があることしか認識できん」


 意味深な表現だった。わかっていない顔の二人を見て、サリアが情報を補足した。


「島の輪郭と、その中心に大きな……塔のような建造物があるのは見て取れます。しかし、何と言ってよいか……まるで砂嵐にでもおおわれているかのように、私達では詳細まで見えないのです」

「しかも島の領域に上陸するどころか、間にある海にすら入れん。弾かれるわけでもなく、その先へ進めないんだ。不思議なこともあるもんでなぁ」

「王の見立てでは、あの離れ小島にオリジンが存在し、その力で強固な防御を張っているのではないかと……しかし確証はないのです。今を生きるルディラントの民は誰も、あの島に踏み入ったことがないのですから」

「確証はないにせよ、不可思議な力が働いているのであれば、その魔法を発動している何か―――或いは”誰か”がいるということでしょうね」


 リシアが言うと、ランセムは頷いた。


「あの領域にはわしの目も満足に働かん。何が起きているのか、これから起きるのか、皆目見当がつかんということだ。まー今のところなんの害もないんだがな。そもそも用事がない。わしらは別にオリジンがあろうとなかろうとどうでもいいからな」


 ランセムがあっけらかんと言うと、エルマが「こらこら」と笑いながらたしなめた。


「国宝ですよ、陛下」

「なーにを言っとる。隠れ潜む身でどこに売れるわけでもなし。ルディラントの領域には賊も入り込めんし、あるだけものだ。だからくれてやるのは構わんが、自分で取って来いよと。そういうことだ」

「……入れるかどうかもわからないけど、ってことか」


 総司が言うと、ランセムはにやりと笑って、


「お前さんがこれからぶち当たるであろう障害に比べれば何でもなかろうよ、なぁ? 言っておくが、カイオディウムとティタニエラよ。この二か国、今から脅しとくがな、そうそうすんなりはいかんぞぉ。なーんせ、恐らく王族や国の権力者の協力なんてもの、どうあがいても取り付けられんだろうからな」

「……カイオディウムは、話せばわかるやもしれませんが」


 サリアも真剣な顔で言葉をつづけ、エルマが後を引き取った。


「ティタニエラはそうですねぇ。大変でしょうね……」


 千年前の事件のカギを握る国と、他の国よりもさらに強固に隔絶された謎多き国。総司の旅路はまだ始まったばかりで、障害をあげつらえばキリがない。


 ランセムの言う通り、ここでつまずいている場合ではない。待ち構えているものが何かはわからないが、道はひとまず示されているのだ。


「先のことはその時に考えるとして、だ。勝手に持って行って良いっていうならそうさせてもらう」


 総司が強い目で言うと、ランセムの瞳の中にきらきらと、楽しげな光が宿った。


「健闘を祈るとしようか。まあでもその前にだ」


 ランセムはふと思い出したように言った。


「明日はちょいとお使いを頼まれてくれ。それが完了したら、離れ小島まで案内してやろう」


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