誇り高きルディラント・第一話⑤ 伝説の国の王
リシアとエルマが時計塔を目指している頃、総司はと言えば。
時計塔を一直線に目指すこともなく、高低差がつけられた入り組んだ街並みを縦横無人に駆け回っていた。
起伏の激しい大きな島に、街を強引に造り上げたような構造になっていることが、素人目にもわかった。全体的に石造りの坂が多く、家を超えるようにして陸橋が掛けられているところも非常に多い。
総司の記憶にあるところで言えば、王都シルヴェンスほど整然とした印象は受けず、シエルダほどリゾートらしい見た目でもない。ルベルもまた王都には違いないが、生活感のある田舎町という印象だ。
大きく幅の取られた階段が緩やかに続く裏路地じみた場所へ入った。通行人は、大きな剣を背負う総司を見ても特に違和感はなさそうだ。少なくともシルヴェンスやメルズベルムといったレブレーベントの街では、武器を持った人間の往来も珍しいものではなかった。活性化した魔獣の存在が人々に警戒心を与えていた。この王都ルベルでも、問題なく受け入れられるようだ。
隔絶された場所と思われるこの離れ島に魔獣が出現するとも思えなかったが、総司はまだルディラントのことを全く知らない。ルディラントにはルディラントの事情があるのだろう。
「おぉ? 旅のヒトか。珍しいな」
甘い香りが漂う、パン屋のようなカフェのような店の軒先で、表のテラスでテーブルについた男性が、総司の姿を捉えて声を掛けた。
三人でテーブルについている、壮年の男のグループだ。総司に声を掛けたのは、初老の大柄な男だった。口髭と顎髭をたくわえ、見た目の年齢の割にがっちりとした体躯をしている、いぶし銀という言葉がぴったり似合う外見をしているナイスミドル。男らしい顔つきと鋭い目が印象的だが、どうやら昼間からいい具合に酔っているらしく、どこか陽気で親しみやすい雰囲気を纏っていた。
「どうも、こんにちは。お招きいただいたみたいでして」
失礼にならないように、しかし相手のフランクな雰囲気にあてられるように、総司も気さくに応じた。男はあぁ、と頷いて、
「なるほどね。おう、君ら、今日はわしの勝ちで良いな」
「はいはい。負け越しだねこれで」
「強すぎるんだよなぁ、この人は」
何やらボードゲームに興じていたらしい。背が低く恰幅の良い、丸々とした男性と、線の細い男性とが、お手上げのポーズを取っている。
総司に声を掛けた大柄な男が、二人から小銭をパシッと受け取って立ち上がった。
酔っているようだが、完全に出来上がっているわけではないらしい。足取りはしっかりとしていて――――立ち姿を見て、総司は少しだけ息を呑んだ。
気圧された。例えばレブレーベント王女アレインの、叩き付けてくるような気迫を向けられたわけでもないのに、その立ち姿に何故かぐっと、体の前面を押されるような正体不明の感覚を覚えた。
「おーいマレットさんよ。会計だ」
「はいはい。全く、昼間から飲み過ぎだよ。少しは控えな」
「良いじゃないか、たまの休みなんだから」
マレットと呼ばれた店主と思しき女性が、大柄な男から金を受け取って、ふと総司に目を留めた。
「あら、お客さん? なんだい、教えてくれよ」
「え? あ、いえ、自分は――――」
「あー、この子は多分王宮のお客さんだろう。外からの旅のヒトらしいんでな」
「外から? 珍しいじゃないの。他国の使者の方? 騎士様かしらね」
「はい、そんなところで」
「へーえ。それで、そんな若い人捕まえて、あなたはどうしようってのよ」
「折角だから王宮まで案内しようと思ってな」
レブレーベントの国民と変わらない、少しくたびれた庶民的な服の上から、趣味の良い深い青色の外套を羽織って、男は陽気に言った。
「そうだったんですか?」
総司は目を丸くして、
「しかしそれは申し訳ないですよ。時計塔の方を目指せと聞いていますし、何も案内なんて……」
「なーに、外のヤツにも優しくってのがルディラントのモットーなもんでね。それに丁度良かった。かくいうわしも目的地が同じでな」
男は風格ある顔に、幼くも見える無邪気な笑顔をにかっと見せた。店を去ろうとする男へ、店主マレットが慌てて声を掛ける。
「ちょっとちょっと、おつりを忘れてるよ、ランセムさん!」
「おっと、こりゃいかん!」
「――――えっ」
情けない顔でおつりを受け取る男を見つめ、総司が目を見張った。
「……まさか」
「あぁ、そうだった、名乗っておらんかったな」
古めかしい灰色の小銭入れにおつりを流し込みながら、先ほどと同じ少年のような無邪気な笑みで、男は告げる。
「ランセム・ルディラントだ。お前さんを招いた張本人だな。以後よろしく頼むよ、救世主」