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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第一話③ 千年の時を超えて

「……やっぱり一回潜ってみるのが良いと思うんだ」

「やめておけと言うのに。ただでさえ不測の事態が起こった後なんだ、少しは警戒しろ」


 本当に海に飛び込みかねない総司を押さえて、リシアが厳しく諌める。


「それに見ての通り、この海岸は相当な距離続いているだろう。手がかりがあったとしてもどのあたりにあるのか見当もつかんし、ひとまずは砂浜を歩いて――――」


 ゾクッと、背筋に言いようのない悪寒を覚える。


 リシアが言葉を切った時には既に、総司の横顔には警戒が刻み込まれていた。


 頬にジリッと焼き付いてくるような、強烈な魔力の気配だ。この海岸に辿り着くまではほんの少しも感じなかった莫大な魔力が、今ははっきりと全身で感じ取れる。


 総司もリシアも無警戒だったわけではない。今肌で感じる魔力の強さは、サリア峠からでも察知できそうなほどのものだ。見落としていたとは思いたくなかったが、現実としてすぐそこに「いる」。


 背の低い木々が並ぶ森へ、もう一度入る。だが、森の深くまで戻る必要はなかった。


 砂浜から見えそうなほど海に近い距離に「それ」はいた。


「……遺体だ」


 白骨化したヒトの亡骸だった。


 正確には、ヒトであるのかどうかはわからない。総司やリシアと同じく通常ヒトと呼べる種族なのか、ヒトと近しい形をしている異種族なのかは不明だが、人間体の亡骸だ。


 あぐらをかき、深い青を湛える宝石のような結晶をその先端に飾り付けた長い杖を持ち、崩れ落ちることなくその場に鎮座する亡骸が、強烈な魔力を放っていた。白骨化するほど長い時をこの場で過ごしただろうに、何故か座ったままの姿勢を維持している。


 十分に警戒しながら近づいたが、総司はとっさに腕でガードを作った。


 バチン、と目に見えない力に弾かれ、総司が吹き飛ばされる。態勢を崩すこともなかったが、近づけなかった。


 弾かれた総司に痛みはない。物理的な衝撃と言うよりは、魔法による効果、明確な拒絶の力だ。


「オリジンだろうか……?」

「だと思ったんだが……でも、何だろう」


 じっと白骨を見つめ、総司が呟いた。オリジンであれば、レヴァンクロスを前にしたときのようにはっきりと、感覚的な部分でわかるはずだが、その気配を感じるようで感じない、奇妙な違和感がある。むしろ感じ取れるのは、莫大な魔力を用いた魔法の気配だ。


「何となく、まだ“魔法を使っている最中”に見えるような――――」

「それは我らの守りの要。誇り高き先王の加護を、リスティリアに繋ぎ止める楔です」


 またしても、二人そろって虚を衝かれた。そうならないように警戒していても、サリア峠を越えてから不測の事態ばかりが起きる。


 背後から声を掛けられ、振り向いた先には、和らいだ表情で二人を見つめる美しい女性がいた。


 年の頃は二十代後半か、せいぜい三十と言ったところ。総司のいた世界で言うチャイナドレスをもう少し露出を抑えた形に改造したような、鮮やかな濃紺のドレスに身を包むその女性は、絶句する二人ににこりと微笑みかける。耳につけた小さなイヤリングは、不思議な形をしていた。アンティークの時計の文字盤を模したものに見える。


「久方ぶりのお客様ですので、丁重にお迎えするよう我らの王より言付かりました。差し支えなければ、お二人を我らの街へお招きしたいのですが」

「自己紹介が先です。こちらはソウシ・イチノセとリシア・アリンティアス」


 不意を衝かれて警戒しつつも、気品溢れるその女性に対して礼儀を欠かないよう、総司が言った。女性は驚いたように目を見張ると、すぐに頭を下げた。


「大変失礼致しました。私はエルマ・ルディラント。僭越ながら、リスティリアきっての小国の王妃でございます」


 名を聞いて、衝撃を受ける。今度は二人が目を見張り驚愕する番だった。


 もしかしたら、と思わなかったわけではない。滅んだ国があった場所、今やだれも立ち入らない場所で出会うその女性を、ルディラントの関係者なのではないかとわずかでも思わなかったわけではない、が。


 本当にその予感が的中する可能性は、限りなく低いと踏んでいたのに、女性は確かに名乗ったのだ。滅んだはずのルディラント、その王族に連なる名を。


「その……エルマ様、とお呼びしなければならないのかもしれないが、とても受け入れられないことだ。信じられない。あなたがルディラントの王妃なのかどうか、私達は確信を得られない」

「そうでしょうとも。あなた方にとって、ルディラントは既に存在しない国でしょうから」


 リシアの驚愕に、エルマ王妃は同意を以て答える。


「しかし、私は証拠を提示することが出来ます。その目で見ればあなた方も、私のことを信じてくださるでしょう」


 少なくとも、エルマには微塵も敵意や害意がない。だが、もうすでに何度も虚を衝かれた後である。総司とリシアの警戒は解けなかった。


 エルマはそんな二人を手招きする。距離を保ってエルマに付いていくと、再び海岸へと戻った。見渡す限りの蒼い海を背に、エルマは笑う。


「千年もの間、誰に知られることなく隠れ潜んでいたにしては、随分と簡単に姿を現すものだと訝しんでおられる。リシアさん、あなたはとても聡明で、優秀な人ですね」


 心の内を見透かされ、リシアが眉根を寄せた。


「……ええ、まさにそう考えていました。旅人を前に軽々に姿をさらすようでは、すぐに知れ渡っていてもおかしくはないと」

「あら、これはこれは。ご安心ください、決して軽い気持ちで現れたわけではありません。我らは知っているからです。あなた方は、女神レヴァンチェスカを救うために旅をしているのだと」


 エルマの柔和な笑みには確かに敵意がない。


 ないのだが、同時に、その心の内も全く察することが出来ない。眼前に広がるほとんど波のない海のように、彼女の心も表情も静寂に包まれていて、真意を読み取ることが出来ない。


「お見せしましょう、我がルディラントの現在の姿を」


 静かに諸手を広げ、歓迎するように。


 エルマは微笑みながら宣言した。


 空にゆっくりと、輪郭が浮かび上がる。透明なままで、二人の視界を覆い尽くさんばかりの何かが、何もなかったはずのところから現れる。


 それは巨大な島の輪郭を、まだ見ぬ伝説の輪郭を成す。エルマの体からも穏やかな光があふれ始め、海岸線は魔法の気配で満たされていく。


「ようこそルディラントへ。歓迎いたします、御二方」


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