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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・第一話① サリア峠

 翌日の朝、二人はカイオディウムの首都・ディフェーレスの進路を南に逸れ、ルディラントが存在したとされる海岸線を目指すこととなった。


 レブレーベント女王の心遣いで派遣された馬車とは、メルズベルム到着の時点で既に別れている。路銀の余裕がないわけではなかったが、二人は歩いて目的地を目指した。


 というのも、ルディラントがあった海岸線――――今や近づく者もめっきり少なくなり、多くの民から忘れ去られつつあるその領域に辿り着くまでに、ひとつの特別な場所を乗り越える必要があったからだ。リシアが見つけた本にもその名が記されていた。


 その名を「サリア峠」。柔らかな虹の輝きを放つ不思議な鉱石で形作られた、ヒトが通るには少々足場の悪い峠があるのだ。馬で走るのも難しく、ここを突破しようと思うのならば、踏破する以外にないのである。


 サリア峠は、遠方からでもその姿を捉えさえすれば、一目で特別な場所なのだとわかる異彩を放つ。


 メルズベルムを出立して数時間で、遠目にその姿を捉えた総司も、まだまだ距離があるにも関わらず圧倒されたほどだ。


 虹の輝きを放つとはいえ、その色味と輝きは非常に柔らかく優しいものだ。遠目には、温かみを感じる白銀の光の中に、わずかに虹が煌めく程度にしか見えない。


 近づくほど、その輝きは極彩色を帯びる。刺々しい山に見える中にも、全体的に神秘的で、どこか常に歓迎されているような、理由のわからない安心感を覚える。


 背の低い木々が支配する森の端に入り、サリア峠の領域に差し掛かると、足元にもにわかに虹の鉱石が顔を出し始める。陽光を優しく反射する虹の鉱石の数が徐々に増えていき、やがて足元は白と虹色のコントラストに支配される。リスティリアに来て最初に見たファンタジックな風景である、霊峰イステリオスを目の当たりにしたときと似た感動を覚え、総司は身震いした。


 柔らかみのある土の足元が固く変わり、サリア峠に入る。急勾配と平坦を繰り返すその峠には、一体どこに蓄えられて流れてきているのか、わずかに青みがかった冷たい水がとめどなく流れていて、虹の鉱石で出来た崖の肌を伝い、あるところでは滝を形成した。その飛沫がまた、不可思議な虹の光を反射して、歩く場所全てが、総司にとって異世界であるリスティリアの中でも殊更「違う」場所に思えてくる。


「凄いな……」


 巨大な滝が作られた空間に差し掛かって、総司は思わず足を止めた。


 とにかく大きな空間だ。虹の鉱石で囲まれたその場所に、どこからか押し寄せた水が落ちてくる。


 滝つぼの端に降りた二人は、その水に触れ、そっと口に入れて、しばしの休息を取った。


 驚くほど冷たく、そして美味しい水だ。


「イステリオスを見た時も衝撃的だったけど、ここも格別だ」

「私も、峠に踏み入ったのは初めてのことだが、確かに……」


 水に触れ、その冷たさに心地よさを覚えながら、リシアが微笑む。


「この場所は神秘的だな」

「何か特別な場所なのか?」

「知識があるだけだが、例えば……この鉱石」


 峠全体を埋め尽くす虹の鉱石を指して、リシアが言う。


「多くの呼び名があるが、どれが正式な名前かわからず、単に虹の石と呼ばれる。これらは魔力を貯蔵する性質があるらしいが、利便性以上に強度が高くてな。まともに加工をするのも一苦労で、他にも似たような性質の鉱物があるから、虹の石は工業の場面では使用されにくい。ここでしか採掘出来ないというのも難点のひとつだ」

「じゃあ逆を言えば」


 そっと虹の壁に触れて、総司が言う。


「だからこそここは、いたずらに荒らされることもなく在り続けられるってわけだ」

「そうだな。好んで入る者も少ないよ。レブレーベント領でもカイオディウム領でもなく、この先にあったルディラントを目指す者もいない今となっては」


 神秘の滝を越え、道ならぬ道を歩き、時にはよじ登りながら、わずかに残った「通り道」の痕跡を辿っていく。


 アレインにもらった本からも読みとれた通り、リスティリアは総司がいた世界とは違って、各国が明確に独立し、不干渉を基本としている。交流そのものがないわけではないが、ある種の不文律が厳然と存在するのだ。ルディラントが失われてから千年の月日が経過した今に至っても、かつてルディラントが存在した領域を巡って、領土の奪い合いが起こったりはしていない。カイオディウム事変という、謎めいた大事件があって以来、ルディラントの領域は誰の物になることもなく、リスティリアに残り続けている。


 女神の試練でも切り立った崖をよじ登ったことはあったが、あの時ほど切羽詰まった状況でもない。リシアも流石はレブレーベントの騎士といったところで、危なげなく障害を乗り越えている。


 峠を登り始めて数時間、恐らく峠の頂に辿り着いたらしい。そこから見える景色はまた格別だった。


 振り返れば一面の緑の大地、目指す方向を見れば手つかずの自然と、広大な海岸線。目の覚めるような白銀の砂浜が見える。


 総司がいた世界であれば、瞬く間に観光名所として担ぎ上げられたことだろう。総司は思わず両手を広げ、吹き抜ける風と共にその景色を堪能した。海の先に何があるのか、想いを馳せずにはいられない。


「はっはっは! 最高だなこいつは!」

「見事なものだな……」


 風になびき顔にかかる髪を押さえて、リシアも微笑みながらその景色を見た。


 どこまでも広がる大自然、広大な海。


 海岸線にはもう、ルディラントの面影はない。


「……あの海岸であってるんだよな?」

「ああ。この付録地図とも形が合う……恐らく」

「これだけ開けた視界でも、遺跡のひとつも見えねえんだな……俺がいた世界だと、千年どころかもっと前の建造物でもその残骸があったりしたもんだが……いやまあ、滅んでないとなれば、遺跡なんてないか」

「……そうだった、言っていなかったな。それにお前が読んだ本にも書いていなかったか」

「え?」

「ルディラントはな、“海の上にあった”そうだ」

「海の上!?」


 総司の脳裏の浮かぶのは、テレビで時々見たような、海の上に木造りの家を構えて生活する南国の様子だった。しかし、リシアが語るルディラントの在りし日の姿は、そんな次元を超えていたようだ。


「面積そのものは、かつて栄華を誇った六つの国の中でも最も小さい国だったと言う。だが、王都シルヴェンスよりは格段に広い都市そのものを海の上に造り上げた国は、外敵の侵入を強固に拒む……そんな国が、千年前どのようにしてカイオディウムに攻め滅ぼされたのか、知る者はいない。私の知る限りでは」

「……何にせよ、じゃあルディラントの遺跡は多分……」

「マキナ様のお言葉通りなら、そもそも滅んでいなければ遺跡も何もないのだろうが……あったとして、海の底だろうな。潜れば見られるかもしれんが、手つかずの海は危険だ。この本の著者もそこまでは調査していない。危険を知っているからだろう」


 サリア峠の海側の顔は、メルズベルムの方角から見たものとは全く違った。どこまでも広がる白い砂浜と水平線に呼応するかのように、驚くほどなだらかだった。


 途中、明らかに人工的な、急こう配な階段を発見した。階段を下っていくと、日陰の中で水が落ち、壁をらせん状に駆け下りていくのが見えた。


「……これは……」


 水が駆け下りた先で消えたかと思うと、今度は地面の中心から不可思議に湧き上がっていた。


 通常の湧き上がり方ではない。勢いはないのに、地面の下からぐーっとせり上がるように湧き上がって、地上三メートル程度のところまで盛り上がっているのだ。無尽蔵に溢れ出てくる水は柱を形作り、同じく中央の穴の中へとまた落ちていく。


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