誇り高きルディラント・序章③ 目指すはルディラント
マキナとの会合が終わったからと言って、すぐにリズディウムを去ることは出来なかった。むしろ二人にとってはここからが本番とも言える。リズディウムのてっぺんから一目散に駆け下りた二人は、そのままルディラントに関する記述のある書物を大量に集め、一心不乱に情報を漁っていた。
当初の目的としては、隣国カイオディウムを目指す道中で立ち寄っただけの場所だ。しかし、マキナの言葉を受けた今、このまま隣国へ入るという選択肢はなくなった。
「海辺の街であることには間違いないし、レブレーベントとカイオディウムの近くにあったことも間違いないが……なかなか辿り着けんな……正確な位置の記述に……」
「くっそ、場所ぐらい言っておけよアイツ……お、何だコレ」
古めかしい布張りの本を見つけ、総司がおもむろに手に取った。背表紙にはリスティリアの文字で注意書きが小さく書かれている。
「“閲覧注意”……? それは逆に興味ある――――うおう!」
一冊の本を開いた瞬間、音もなく凄まじい光が溢れ出し、総司が椅子から転げ落ちた。
「何をしているんだ!」
「いやおかしいだろぉ!? 何で“読む”ための本にこんな仕掛けがあるんだよ! あー目が、目がヤバい!」
「背表紙に書いていなかったか? 閲覧注意と」
「そう言う意味なの!?」
まだ凄まじい光の余韻が残る目を何とか回復させ、続きを読み進める。
二人でさばける量ではないかと諦めかけていたが、遂にリシアが見つけた。
「これはなかなか……」
ルディラントの位置を示す地図がついた歴史本。本の内容の大半は、ルディラントのかつての在り様を考察するものだが、おまけのように付いている資料集の中に地図がある。
リシアはぱらぱらと内容を流し読んで、小さく頷いた。
「物証を踏まえてよく練られている。夢見がちな研究者の願望本ではない。200年も前のものだが、他に比べても相当熱心な研究だ」
「……そう遠くない」
「メルズベルムから南へ半日といったところか。“サリア峠”を越えた海岸線……だが」
リシアは眉根をひそめ、難しい顔をして、
「それでも相当広い……海岸にほど近い場所にあったとして、探すのも一苦労だ」
「というか、だ。そもそも海岸から見える位置にあって、今まで誰も見たことがないなんてあり得るか?」
リシアから地図を取り、総司が素朴な疑問を口にした。
「これだけ熱心な研究者もいるってのに、千年もだぜ。マキナが言ったとはいえ、アイツの言葉を額面通りに受け取っていいもんかどうか……」
そこまで言って、総司は苦笑した。
「ま、必要な情報は得たことだし。ここでグダグダ言ってもな。行ってみるか」
「そうだな。明日の朝一番でサリア峠を目指す。それまで出来る限り読んでおこう。情報が多いに越したことはない」
日が暮れるまで魔法図書館に籠り、めぼしい本をいくつか読んで、メルズベルムの騎士駐屯所に戻る。
夕食を摂り、リシアと別れて空き部屋で寝転がった総司は、まどろみの中でまだ見ぬ伝説の国へ想いを馳せた。
思い起こされるのはマキナの言葉だ。総司の興味を惹いたのは、ルディラントがまだ存在している可能性の示唆だけではない。
マキナは言った。総司が求める答え――――いや、「求めるべき」答えがそこにあると。マキナは総司のことを、本人以上に見抜いて理解している。未だ総司本人ですら、何を得るべきなのかもわかっていない答えがそこにあると、そう言ったのだ。
空の器と称された理由は明白だ。眩いばかりの覚悟を背負うアレインとの戦いで、総司は自分自身の役目を理解した。女神の騎士とは、リスティリアを存続させるための装置である。総司の理解を捉えた表現であり、総司の本質を言葉にしたものだ。
もとより女神の騎士の役目を安請け合いしてしまったのは、総司が死を望んでいたから。理不尽で回避不可能な死を、苛酷な任務の中に求めたからだ。リスティリアにやってくる少し前から、一ノ瀬総司という人間はまさしく空っぽだった。
たとえ世界を跨いでも、総司は総司のままだ。能力が様変わりしたところで、人格と記憶には何の変化もないのだから、そう簡単には変わらない。
その在り様を変えてくれるほどの何かが、ルディラントにはあるのだろうか。
まだ見ぬ伝説へと想いを馳せ、物思いにふけったままで、総司は浅い眠りへと落ちていった。