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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・序章② ヒトの織り成す悪の最たるものは

「すげえな……! っていうか、皆よく平気で歩けるな! 普通に怖いぞこの階段!」

「おい、あまり騒ぐな。図書館だぞ。お前の常識にもあるんだろう」

「って言ってもよ……シルヴェリア神殿の時みたいな気分だ」

「ちゃんと床があるんだ、心配するな。……しかし、やはりないな」

「ない? 何が」

「ハルヴァンベントに関する何かがあるのではないかと期待したんだ」


 王家と、それに近しい立場有る者にのみその存在が開示される神域、女神の領域ハルヴァンベント。レブレーベントの宰相、ビスティークが明かしたその名をヒントに、少しでも情報を得られればとリシアは考えた。しかし、そう簡単には事は進まないようだ。


「一生かかっても全部見るなんて出来ないだろ、ここは。どうしてそんなにすぐわかる?」

「呼びかけるつもりで念じれば、その本がある場所が頭に直接送り込まれてくる。やってみろ」

「……へえ?」


 試しにレブレーベントの記述がある本、と限定してみた。


 それだけでも、無数に近い数の光が脳裏に浮かぶ。とても脳が処理し切れる数ではないと思ったが、不思議と混乱はなかった。


 光の示すまま、階段に沿うように並ぶ本棚に手を伸ばし、一冊手に取ってみる。確かにそこには、「レブレーベントとローグタリア――――唯一の同盟国」という本があった。


「……これはこれで興味あるな」

「こら、やめておけ。読み始めたらそれこそ日が暮れるぞ、冗談抜きでな」


 リシアに倣って、ハルヴァンベントという単語を思い浮かべてみる。だが、彼女の言う通り、先ほどと違って全く反応がない。


 最高機密として扱われているだけのことはある。厳重に秘匿された女神の領域の情報は、そう簡単には手に入らないらしい。


 リシアに導かれるまま歩いて行くと、いつしか複雑に入り組んだ階段が創り出すエントランスを抜けており、どこまでも上へ上へと続く塔のような空間に出た。壁を沿い少しずつ上階を目指す螺旋状の階段には、二人以外には誰もいない。


 階段の途中にある扉の先へ行ってみたい衝動には駆られるものの、リシアが見向きもしないので、総司も足を止められなかった。いつか、全ての使命を終えてリスティリアが平和を取り戻したら、このリズディウムを余すことなく探検して回りたいものだと楽しみに留めて、ただ歩を進めていく。


「ここだ」

「ここって」


 リシアがぴたっと足を止めた場所は、螺旋の階段の頂上。


 丸い天蓋を見上げても何もない、広々とした円形の大広間だ。明るい青に輝く床が、ステンドグラスのような紋様を揺らめかせている。


「……リシアさん?」

「じっとしていろ」


 リシアは愉快そうに微笑みながら、何もないことに動揺を隠せない総司に言った。


「既に我々はお眼鏡にかなっているようだ。でなければ延々と階段が続いていたはず。すぐに――――」

「可憐な騎士。会うのは二度目」


 不思議な声が聞こえた。常にわずかな反響を起こしている、少し高い声。機械音声のような抑揚のない口調だ。


 天井から音もなく現れたのは、可愛らしさと不気味さが同居する、奇妙な見た目の「人形」だった。黒くて丸い、小さな体躯に、黄色く光る電球のような目。


 深紅の座布団に乗ったまま、浮いた状態で現れた「傀儡の賢者」に対し、リシアがすっと頭を下げた。


「覚えておいでですか、私のことを。お久しぶりです」


 人形はカタカタと音を立てて、頷くようなそぶりを見せた。それから黄色い瞳を総司に向け、また無機質な声で語り掛ける。


「女神の騎士。異界の少年。会うのは初めて」

「ど、どうも」


 衝撃的な姿をしている傀儡の賢者に対し、まだ動揺を押さえ切れていない総司が、ぎこちなく挨拶した。


 当たり前のように総司のことを知っている。総司自身の感覚では、リスティリアにてここまで出会ってきた人々と大きな違いはないと思っているのだが、わかる者にはすぐわかるようだ。


 リシアは会うのが二度目ということで、特に動じた様子もない。


「傀儡の賢者マキナ様。お聞きしたいことがあります」


 またカタカタと音を立てる。リシアはそれを了承と受け取ったか、質問をぶつけた。


「あなたの御見込み通り、この者、ソウシは女神さまの騎士であり、窮地に立たされた女神さまを救うためにリスティリアを旅しております。しかしながら我々がこれまで得られた情報では、リスティリアに存在する国々の秘宝を手にしなければならないと仮説を立てており……失われたルディラントに思い当り、途方に暮れているところです」

「秘宝。オリジン」

「全部知ってんな……」

「神域に至る鍵。真実は彼方」

「……それはどういう意味でしょう?」

「想いは此方。答えはある」

「答えはある……まだ失われていないってこと?」


 総司が聞くと、またカタカタと音が鳴る。首が小刻みに縦に動いている。


 総司とリシアは顔を見合わせて、わずかに表情を緩めた。どうやら何でも知っているらしい傀儡の賢者の肯定は、途方に暮れかけていた二人にとっては僥倖だ。


「可憐な騎士。未だ己を得ず。いずれ悔いる」


 綻んだ顔が一瞬で引き締まった。リシアがばっとマキナを見やる。マキナにはもちろん「表情」などなく、その真意を見た目で図ることは出来ない。


「前と同じ。変わっていない」

「……はい。申し訳ありません」

「詫びは不要。悔いるのはキミ。わたしは覚えるだけ」


 マキナはカタカタと音を鳴らしながら、容赦なくリシアに言葉を叩きつけた。総司には何のことだかさっぱりわからない会話だったが、リシアには心当たりがあるらしい。


 以前訪れた時、彼女は何かを相談したのだろう。答えを得ようとマキナに問いかけ、マキナは独特の返し方をした。だがその助言を、リシアは活かせずにいる――――


「女神の騎士。強靭なる生命。空の器」


 今度は総司が叩き付けられる番だった。電球のような黄色い眼光がまっすぐに総司を射抜く。


「憐れキミも己を得ず。得ようともせず。空のまま」


 言葉の意味を完全に理解することは難しいが、マキナの言いたいことが何となくはわかった。それ故に総司は目を細め、感情のない言葉の数々を受け止めることしか出来なかった。


「虚栄で満ちる女神の傀儡。願望なき正義。己を騙す正義」


 マキナは抑揚のない口調のままで締めくくる。


「空の正義は、果てなき悪に敗れ去る」


 シン、と静まり返る。二人と一体以外には何も存在しない空間で、誰も身じろぎ一つしないのだから、音は鳴らない。マキナもぜんまいが切れたように動かないから、あのカタカタと言う音もしない。その様にも感情はないものの、総司の目には、マキナが深く絶望しているように見えた。


 女神の騎士をその目で見て、リスティリアを脅かす悪に勝てないのではないかと、最悪の未来を予測して。


「……空でなくなれば勝てるっていう意味で受け取って良いのか?」

「浅慮」

「手厳しい」

「でも」


 再び音が鳴る。静寂を破る傀儡の音が。


「その前向きさは悪くない」

「……ヒントをくれないか。俺はどうすればいいか」

「己を得る。生命は皆己を得ることで意味を持つ。キミにはない」

「……どこぞのお姫様と同じようなことを言う」

「アレイン。苛烈にして善。並び立たぬはずの在り様。強靭過ぎる鋼の器」


 アレインのことも良く知るらしいマキナが奏でた今度のカタカタという音は、どこか愉快そうで、からかっているように聞こえた。


「キミには無理」

「何だとこのおもちゃやろう!」

「賢者に向かってなんてこと言うんだ!」

「絶対ツッコミ待ちだったわコイツ! 楽しんでやがる! 今のはお前もわかったろ!」

「た、確かにちょっといつもと違った気もするが……!」

「模倣は不要。憧れも不要。キミには唯一無二。キミの器がある」

「……俺の器」

「器は悪くない。空なだけ」


 マキナは少しだけ間を置いて、


「何で満ちるかはキミ次第」


 と、相変わらず抑揚のない声で言った。


「誇り高きルディラント。キミは行く。答えはある」

「お待ちください」


 リシアが慌てて口を挟んだ。


「オリジンが失われていないことはわかりました。が、今仰ったのは……まるでルディラントも“まだ在る”かのような――――」

「正しくまだ在る。かつての場所に、かつてのままで」


 想定外の返事だった。総司が途端に目を輝かせ、リシアが雷に打たれたように顔をこわばらせる。マキナは言葉を続けた。


「ヒトは願うもの。キミにないもの。そこにある」

「ルディラントは滅んでいます。千年も前に」

「自分で確かめる」


 これ以上、ルディラントについて話すつもりもないようで、マキナはばっさりと切り捨てて押し黙った。


 リシアはどうすればいいか少し悩んだ末に、総司に視線を送った。だが、総司はリシアを見ていない。マキナを見つめ、何事か考え込んでいる。


「……マキナ、ではもう一つだけ」


 カタカタと音が鳴る。


「俺達の敵は一体なんだ? 女神を脅かしているのは?」


 マキナの電球の瞳が、一瞬だけぎらりと輝いたように見えた。リシアがハッとして、総司とマキナを交互に見る。


 総司の旅路の核心に迫る問いだ。何でも知っているらしいマキナにそれを聞くことで答えが得られるなら御の字というところだが――――


「女神を脅かす。世界を脅かす。似て非なる」

「……では、俺達の敵はどっちだ?」

「執着。妄執。時果てぬ無垢。故にこそ悪。問おう。ヒトが織り成す悪の最たるものを」

「最たる……俺は、ヒトを殺すことだと思う」

「否」

「同族や家族を殺すこと」

「否。殺戮とは結果。最たるは在り方」

「……わからん」

「我欲」


 マキナは即座にそう言った。


「欲とは原動力。欲とは願い。しかし」


 マキナの体がふわりと浮き上がる。二人が止める間もなく、マキナは自分の住処へと引き上げていった。


 意味深でどこか不気味な言葉を残して。


「忘れるな。欲して齎される結果が望まれないのなら。それは即ち悪である」


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