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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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誇り高きルディラント・序章① 伝説の国の今

 “カイオディウム事変を紐解く”と表紙に刻まれた本の中に記されている、千年前の大事件に関する記述の多くは、名だたる研究者たちの推測によるものだ。とある王女はその推論を捕まえて「参考程度のもの」と軽く評した。


 価値があるのはその推論ではなく、本の前段で語られている「周知の事実」、その事件について多くの国々で見解の一致している概要の部分である。


 曰く、世界を巻き込む大事件は、たった一人の男を発端とした。


 リスティリア全土に広がる元凶の悪意に対し、各地で英雄が立ち上がる。


 シルヴェリアの王女、ローグタリアの皇帝、ティタニエラの大老、エメリフィムの大賢者。大国の名だたる指導者たちが世界の危機を前に立ち上がり、カイオディウムから広がる災厄を迎え撃った。


 その最中で脱落した国家があった。


 六大国の一つ、ルディラント。千年前、大事件の戦火に最初に巻き込まれ、災厄の渦に呑まれて消えた悲劇の国。


 ルディラントの守護者は、シルヴェリアの王女に迫る絶大な力を持っていたとされている。しかし、周到に準備をしていた「元凶」は、当時のカイオディウムの戦力を惜しみなく投入し、ルディラントを攻め滅ぼした。


 残る四つの国と英雄たちが連携したのは、ルディラントの壊滅を受けてのことだ。大きな犠牲があったという知らせを受け、他国はカイオディウムが本気であることを悟り、包囲網を敷いた。


 妖精の住まう森、隔絶された異種族の国とされ、長らく他国との干渉を拒んでいたティタニエラが他国と連携するのは、リスティリアの歴史を紐解いてみても、恐らくカイオディウム事変の時が最初で最後だった。


 戦いは熾烈を極めたが、最終的には四つの国の連合軍が制した。最終決戦を生き残り、戦いの全編において多大な功績を挙げたゼルレイン・シルヴェリアは、その勝利と同時に失踪し、世界の再建に携わることはなかった。志を同じくしていたはずの彼女の失踪は、折角連携していたはずの国々を再びバラバラにしてしまった。今なお当時の「同盟」が残されているのは、シルヴェリアから名を変えたレブレーベントとローグタリアのみとなった――――






 パタン、と本を閉じ、一ノ瀬総司は窓の外を見る。穏やかな夜空が広がっており、煌めく星々が見て取れる。


 レブレーベント最西端、メルズベルム。交易の要衝として栄えるこの街で、総司とリシアは足を止めていた。


 女神レヴァンチェスカを救う旅路。


 自らが「世界を救う」冒険譚の舞台装置でしかないことを悟った総司は、女神を手放しで信じ切ることをやめ、死に場所を見つけるために生きることを休止した。覚悟と決意を新たに、困難極まる旅路への第一歩を踏み出したところで、相棒であるリシア・アリンティアスにとんでもない形でブレーキを踏まれてしまったのだ。


 この旅路の目的は、第一に“オリジン”、女神が下界にもたらした恵みの象徴を集めることだ。それが達成されて初めて、総司は神域であるハルヴァンベントに至り、最終目標である女神救済に取り掛かることが出来る――――と、レブレーベント王女アレインが保証した。


 肝心のオリジンは、この世界に存在する六つの大国に一つずつ与えられたものである。であるならば――――既にその、「女神の恵みを受けた国」が滅んでいるとすれば。


 ルディラントにあったはずの”オリジン”は、現代においてはいったいどうなっているのだろうか。


 カイオディウムと国境を接するレブレーベントの最後の街、メルズベルムは、総司にとっての始まりの街シエルダとはまた趣の違った程よい田舎だった。


 アレインから渡された本には、リスティリアにおける「同盟国」はレブレーベントとローグタリアのみで、それも昔から、千年前からの伝統のようなもの。基本的には、この世界における「国」とは、それぞれで独立して、あまり他国には干渉せずに過ごしているようだ。


 総司の元いた世界とは違い、各国がまるで一つずつ自分たちの世界を形作っているようなもので、千年前の大事件を除けば侵略戦争のようなものもほとんど起こっていない。


 それはひとえに、女神レヴァンチェスカという、リスティリアに生きる全ての生命にとっての象徴が君臨しており、全ての生命の共通認識として彼女への畏敬があるからに他ならない。無論、ヒトやヒトならざる知性は千差万別の価値観を持っているから、それに当てはまらない者もいるというのは、女神自身が口にしていたことでもあるが。


 リスティリアと総司がいた世界とは似ているところも多いが、それ以上に違いがある。レブレーベントとローグタリアの同盟も形骸化しており、ただ名を残すばかり。不干渉を基本とした各国が独自に創り上げるそれぞれの世界は、総司にとっては、一つの国で学んだことが次の国では通じない可能性を示唆しており、先行きを不安にさせる。


 ルディラントの滅びの経緯を詳細に示す何らかの記録も、他の国にはないかもしれない。それは非常に困る事態だ。歴史の編纂は、その過程においてどうあっても捻じ曲がる。文字での記録は、書き手と読み手の解釈に相違が出ることもある。更に言えば、歴史とは勝者の歴史に他ならない。物言わぬ屍では後世の記録に異を唱えることが出来ない。敗者であるルディラントのことを正確に記す何らかの記録が残っているとは考えにくい。


 しかし希望もある。あくまでも総司の常識の中では、ルディラントの記録は残りにくいというだけで、リスティリアには総司の常識の外にある力、魔法が存在する。総司には考え付かない方法で記録を残している可能性も捨てきれないはずなのだ。


 朝食の席で、総司はリシアに自分の考えを話してみた。リシアもリシアで、ルディラントのことをどう進めるかについては思案していたらしく、不意にこんなことを言った。


「では、傀儡の賢者を訪ねてみるか? お前の求める答えが得られる保証はないが」

「傀儡の賢者? 傀儡って……要は、人形だろ? 人形使いってことか?」

「いや……まあ、行ってみるのが早いか。もともと、あそこへは行く予定だったしな」


 メルズベルムには、王都シルヴェンスに鎮座するレブレーベント城の地下、城の大書庫を上回る数の文献を収めた図書館がある。


 図書館と言っても、その様相は総司の知るそれとは全く違う。一歩その中に踏み入ってみて、総司は思わず息をのんだ。


 一言で表すのならば、そこは星空の中心だ。プラネタリウムの中に放り出されたような風景の只中にいる。建物としての輪郭は明確に存在し、方向感を失うことはないが、柱のない階段と無数の本棚が入り組みながら構成しているその空間は、ただそれだけであまりにも幻想的だった。


 リシアがカイオディウムへ直行せず、メルズベルムで足を止めたのは、この図書館に立ち寄るためだった。ルディラントの情報に限らず、これからの旅に役立ちそうな知識を得るためにここへ来たのだ。


 名を“リズディウム”。創立者の名を冠する、リスティリアでも有数の記録の要塞だ。


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