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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩きレブレーベント・第八話② 反逆の終わり

 ゾルゾディアが腕を振るった。総司もすぐさま応戦した。


 蒼銀の光と共に切り刻まれる、巨大な化け物の腕。だが、すぐに再生する。全身が雷と魔力で構築されたゾルゾディアにはそもそも、物理攻撃の意味がなかった。


 ドン、と上からたたき伏せられ、総司の体が地面にめり込む。普通なら戦いにならない、巨大で強すぎる化け物との一戦。だが――――


「ッ……よくも私に、馬鹿力なんて言えたものね……!」


 化け物の腕を、めり込んだ地面からぐぐぐぐっと押し返し、持ち上げようとする。総司の力がゾルゾディアの腕を通してアレインに伝わり、アレインは歯を食いしばった。


「あなたの方がよっぽど馬鹿げてるじゃないの……!」

「ぬ、お、お、お、おおおおおあああああ!!」


 遂に、不動のゾルゾディアを揺るがせる。腕を掴んで押し上げた後、思いっきり引き倒そうと体を回した。ゾルゾディアの体がぐらつきながらざーっと大地を滑り、雷が飛散し、それだけで木々が焼けこげ、そこかしこで火の手が上がる。


 倒れ込むまでは至らなかったゾルゾディアが、総司をブン、と放り投げて引き剥がした。


 総司の体が木々をなぎ倒しながら森の中へ消える。


 アレインの目が捉えて離さなかった。剣を構え、引き絞っている。あれは――――


 蒼銀の魔力が刃となり、ゾルゾディアへ突撃した。無数の雷で迎撃するが、消えない。先ほどは全て相殺できたはずだったが、今度の一撃はかき消すことが出来ない。


「チィ――――!」


 ゾルゾディアの腕で、刃を防ぐ。腕が無残に切り裂かれたが、即座に再生する。


「威力が上がってる……? でも、無駄よ!」


 総司の力は、彼の魂の叫びに、思いの強さに呼応するように、際限なく高まるように思えた。先ほど、生身でやり合っていた時もそうだ。割り切った後の彼は、それまで圧倒していたアレインを上回った。


 だが、いくら力が上がろうと、総司に決定打はない。ゾルゾディアを打倒する手段がない限り、アレインに勝つことはできない。


「生きて帰すことは難しいかもね――――けれど、必要ならしょうがない」


 魔力が高まる。もはやこの世のものとは思えない。ゾルゾディアが増幅させるアレインの力は、大地を震わせ、天空にまでその余波が届いた。暗雲がゾルゾディアの力に呼応して、雷の雨を大地に降らせる。


 まさに神、強大な力。女神の騎士をして、その力には及ばないかもしれない。


「今度は逃がさない――――消し炭にしてあげる。せめて苦しまなくていいように」


 木々の間を駆け巡る総司を、ゾルゾディアが操る雷の蛇が捕らえた。


 総司の神速も、捕えられてしまっては意味がない。そのまま空中に放り出され、ゾルゾディアの射程に入れられる。


「ぐっ……!」

「終わりよ……“ゾル・レヴァジーア・――――”」


 本気の一撃が総司へ向けられる。魔力が高まり、星を砕くほどの力が収束する。跡形もなく吹き飛ばすための、無慈悲な砲撃が、まさに総司に放たれようとしたその時だった。


「撃てぇぇぇ!!」


 男の勇ましい号令が響く。


 その途端、ゾルゾディアの頭部に、体に、無数の砲弾が直撃し、爆発に次ぐ爆発を巻き起こした。


 無論のこと、ダメージなどない。魔法の力が込められた弾丸は、レブレーベント魔法騎士団が所有する戦争の道具だが、ゾルゾディアに通じるほどのものではない。


 しかし、攻撃は止めざるを得なかった。


「手を止めるなお前らぁ!! ただしアレイン様には当てんじゃねえぞぉ!!」

「ものすごく無茶を仰いますね。そんなに精巧に狙えるものでもないんですけど」

「うるせえ優男、テメェも運べホラ!」

「あぁ、スイッチ入るとそうなっちゃうんでしたね、バルド殿は……はいはい、わかりましたよ」


 レブレーベント魔法騎士団の参戦だった。

 城を守るために配備された砲台を引き連れ、遠方からゾルゾディアに向けてとめどなく撃ち続けている。先頭に立っているのは、カイオディウムから帰還したバルド団長だ。


「近づいたら一瞬でお陀仏です。それに常に警戒すること。あの距離からでもこちらを薙ぎ払える手段を持っているようですから」


 その傍で騎士たちに指示を出すのは、カルザスだ。魔法で無数の砲弾を砲台へ運び、騎士の弾詰を援護しながら、騎士たちへ指示を飛ばす。


「ソウシくんの攪乱を信じて撃ち続けましょう! 体を再生するにも魔力が必要なはず、決して無限ではありませんから!」

「だといいがな」

「どうして水を差すようなことを言うんですか! さっきの威勢はどうしたんです!」


 その光景を見て――――アレインは歯を食いしばり、額に青筋を浮かべて、しかし何も出来なかった。


 バルドやカルザス、それに騎士たちは知らないことだ。


 アレインを反逆の徒と見なし、しかし何とか生け捕りにしようと奮戦する彼らは知らないのだ。


 アレインには、彼らを「撃てない」ということを。


 砲弾の一撃は決して脅威ではない。しかし肝心なところで砲弾の邪魔を受けては総司の迎撃が遅れる可能性がある、という点が何よりも厄介だ。手持ちの砲弾を撃ち尽くしたところで、魔力切れを起こすほどの損傷には追い込めないだろうが、この爆発はアレインの集中を乱す。


 集中を乱しても簡単に迎え撃てるほど、今の総司の力は甘くない。


「アレイン様を説得できないんですか、カルザス様!」

「そうだ、女王陛下も今ならお許しくださる!」


 騎士たちが口々に言うが、カルザスは渋い顔をしていた。


「簡単に言ってくれますね……できればそうしたいんですけどね、こちらとしても。アレイン様、どうか城に戻って、陛下に弁明を――――」


 脅すように――――“ゾル・ジゼリア・クロノクス”の一撃が、騎士団のすぐ近くに着弾した。爆裂と共に周囲を巻き込む雷の奔流。だが、騎士団に当たってはいない。


「うおおおお!!」

「危ないっ!!」


 バチッと拡散する雷から身を翻し、カルザスが号令をかけた。


「油断しないで、いつでも狙えるはずです! ソウシくんは――――」


 煌めく蒼銀の光が見えた。


 雷の蛇を振り払い、再びゾルゾディアに突進を仕掛ける女神の騎士。空中へ何度目か躍り出た彼の目が、アレインの姿を捉える。


「聞こえたか知らねえけど。戻って来いってよ」

「お断り。わかってるくせに」


 ゾルゾディアが発散する魔力が、襲い来る砲弾を消し飛ばす。ついでとばかり、迫ってくる総司も何度目か、弾き飛ばす。


 一個人が扱える魔力には、どうあがいても限界がある。ゾルゾディアが力を振るうほど、アレインも消耗する。漆黒の結晶が齎した凄まじい魔力を回しても、無尽蔵に近しい感覚を覚えていても、限界がないわけではない。


 直撃を受けても微動だにしないくせに、わざわざ「通じない」ことをアピールしたのは、騎士団に引かせるためだ。


 そもそも国を滅ぼせる力である。一ノ瀬総司というファクターがなければ、砲撃ごときで揺るぎようのない存在。


 これほどの化け物と対等に渡り合える英雄がいる以上は、わずかな援護でも馬鹿に出来ないのだが、そもそもこんな英雄がいることの方が稀なのだ。


「怯むな、撃てぇぇ!!」


 だが引かない。彼らに撤退の選択肢はない。アレインに、彼らを攻撃する意思がないことなど、彼らは知る由もない。


 もとより決死の覚悟で、それでも彼女を生け捕りにするためにここへ来た。通じないことがわかったところで、それ以外に出来ることもないのだ。


 ゾルゾディアの腕が、迫りくる総司を薙ぎ払った。総司が腕を切り刻む、何度目かの光景。やはりすぐさま再生する、千日手のような強者の戦い。


 終わりの見えない戦いの中で、限界が先に来るとすれば――――


「づっ!」


 無敵のように思えても、やはり生身でぶつかり合い、集中を途切れさせることのできない総司の方だ。


 肩を掠める雷が、彼にわずかな痛みを与える。


 蒼銀の魔力もまた、無尽蔵ではない。総司の防御はあくまでも、女神の加護、それを受けた特殊な魔力――――蒼と銀の神秘的な力によるものだ。


 ゾルゾディアの攻撃を受けるたび、総司の魔力も削られる。常時無敵ではいられない。


 リスティリアで初めての――――ブライディルガとの戦いですら感じなかった、本物の命の奪い合いの感覚。アレインは既に、総司に対して本気の殺意を向けている。


 アレインに危機を抱かせるとすれば、総司が彼女の位置まで迫った時だが、それをするたびに総司も大きな隙を晒すことになる。


「……まるでこの世の終わりだ」


 暗雲への咆哮。轟く雷鳴。降り注ぐ雷。それを全て神速でかわし切り、ゾルゾディアと向き合う総司。


 砲撃は続けているものの、ほとんど意にも介されていない。


 国を滅ぼし得る化け物の戦闘を遠目に、カルザスはぼそっと呟いた。


 総司の目が、ぎらりと、飛んでくる砲弾を見据える。


 雷をかわし、ゾルゾディアの腕をかわし、高速で飛来する砲弾に跳び、蹴り飛ばして進路を変えた。


 器用な発想だった。空中で自由に動けない総司が、鋭く進路を変えられる唯一の方法だ。


 その唯一の方法が、アレインの思考から外れているわけもなく。


 ゾルゾディアは的確に、総司を見ていた。


 思いついた決死の特攻は、冷静さを欠いた突撃だ。


 ブレスが総司の体を包む。蒼い魔力がわずかに途切れる。


 莫大な雷の海から音を立てて抜け出す総司だったが、地上に降りた瞬間、がくんと膝が落ちた。


 電撃が体を駆け巡る。腕も足も、思考すらも言うことを聞かない。


 まさしく会心の一撃。致命傷にならないのは流石といったところだが、完全に機動力を奪われた。回復するまで、アレインが見逃すはずもない。


 もとより勝ち目のない戦いだ。総司がアレインの命を切り捨てられない限り、ゾルゾディアを打ち倒す手段はなかった。それでも総司が粘ったのは――――


「今度こそ終幕ね」


 ゾルゾディアが再び口を開く。周囲にも金色の球体が出現し、必殺の一撃を構えた。


「見事な戦いぶりだったわ。あなたは強い。けれど届かないのよ、その程度では」

「ぐっ……!」


 電撃を何とか振り払い、自由を取り戻そうともがく。そして――――

 総司の目が、その姿を捉えた。


 足への集中を切る。今必要な力は、腕を本気で動かす力。リバース・オーダーを握り、総司は上半身に意識を集中して、剣を思いきり投げた。


 凄まじい膂力で放たれたリバース・オーダーが、ゾルゾディアの二の腕に突き刺さった。


 女神の騎士の剣は、ゾルゾディアの魔力を受けても弾かれることはなかった。


 しかし当然、ゾルゾディアに通じるはずはない。アレインは下らなさそうに剣を見下ろして――――


 その方向から地を蹴り、突き刺さった剣を踏み下ろし、駆け上ってくる姿を見た。


 一瞬の油断、いや、それすら過言と思えるほどの気のゆるみ。


 総司に集中し、騎士団の援軍に気を取られ、尚も強者として君臨し、今まさに女神の騎士を押さえ込んだが故の、意識の外。


 そうだ、最初は認識していた。ゾルゾディアと言う圧倒的な力に立ち向かう“二人の勇者”の存在を。


 いつから彼女の存在を見逃していたのか、アレインにも覚えがなかった。


 脅威足りえるのは女神の騎士だけ。ゾルゾディアの攻撃を悉く凌ぐ彼を見て確信してしまった。その思い込みが――――


「はああああ!!」


 リシア・アリンティアスの存在を、己の意識から消し去ってしまっていたと理解した時には既に、リシアが振り翳すレヴァンクロスが、アレインの背後にまで迫っていた。


 アレインとゾルゾディアを繋ぐ魔力のラインを、これでもかと叩き斬る。


 ブツン、と、アレインの内側で、全ての接続が切れる感覚が走った。魔力が体から抜け出していくのを感じる。全身の力が抜ける。


 敗北の予感が、確信に変わる。


「リシ……ア……」

「帰りましょう、アレイン様。あなたとゆっくり話がしたい」


 リシアがアレインの体をぎゅっと抱きかかえて、ゾルゾディアの体から引き剥がす。ゾルゾディアがうめき声をあげ、二人のことなど構いもせずに暴れ出した。


 リシアはアレインを離さない。思いきり跳躍し、総司を飛び越えて、騎士団が砲台を構える場所へ走った。


 総司も、電撃に奪われていた自由を取り戻した。暴れまわるゾルゾディアに向かって走り、二の腕に取りついて、リバース・オーダーを捕まえる。


 暴れるゾルゾディアに思いきり振り払われてしまったが、その勢いで剣も引き抜くことが出来た。勢いそのまま、リシアの後を追う。


 この世の終わり、そう形容された戦いは、ここに終わりを迎えたのだ。


「よぉしよくやったぞ、アリンティアス!」


 バルドが手を叩いて、リシアの帰還を大喜びで出迎えた。カルザスは緊張が解けたのか、どさっとその場にへたり込む。


「はぁ~……流石にダメかと思いましたよ。何にせよ、素晴らしい勝利です」


 騎士団の面々も、口々に勝鬨を上げながら、リシアを出迎えた。アレインに肩を貸すようにして騎士団の元へ戻ったリシアの顔も、どこか和らいでいる。


 だが、アレインの表情は硬かった。魔力を使い切り、疲れ切ってぐったりしているが、その表情には焦燥が見える。


 何かをしようとして、力が入っていない様子だった。リシアはアレインの異変に気づいて、心から気づかうようにその顔を覗き込んだ。


「アレイン様、お気を確かに。あなたの想いを私も十分に――――」

「リシア、バルド……! 全員連れて、すぐここから離れなさい……!」


 アレインが叫んだ。カルザスは呆れたように、


「アレイン様、まだそのようなことを――――」


 アレインがリシアをぶん、と騎士団の方へ投げるようにして引き剥がし、振り向いた。

 金色の閃光が、眼前にまで迫っていた。


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