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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩きレブレーベント・序章④ どうかリスティリアを

 レヴァンチェスカに与えられた新たな衣装は、総司の元いた世界では「コスプレ」と呼ばれるもののそれに近く、当初は気恥ずかしさもあった。


 タイトな白のバトル・スーツに、黒のちょっとだぶついた機能的なパンツ。アニメか漫画の世界の「主人公」にでもなった気分だった。


 もちろん、そんなことを恥ずかしがったり楽しんだりする余裕はすぐになくなった。


 レヴァンチェスカの特訓はまさに鬼のよう。女神の慈悲などありはしない。巨大な岩のゴーレムなんてものは所詮序の口だった。


 怪物の住まう湖を数十キロも泳いで渡り、水中で怪物を打ち倒した。


 垂直どころか反り立っている崖を登りながら、何十何百と襲い掛かる悪魔のような怪物を追い払い、前人未到の頂へと達したかと思えば、すぐに反対側へ蹴り落とされた。空中ではもう一度、追い払ったはずの化け物どもと大立ち回りをするはめにもなった。


 力があるのは、最初の戦いで既に十二分にわかっていたが、レヴァンチェスカ曰く「それでは足りない」とのことで、総司は苛酷な試練をいくつもいくつも乗り越えることとなった。


 驚くほど長い時間を、レヴァンチェスカと過ごした。七つの海を越え六つの空を渡り、世界をまたにかけるような大冒険だったのだが、それもまた、レヴァンチェスカの言う英雄譚の序章に過ぎなかった。あまりにも長いその冒険をここで語り尽すのは難しい。何故なら、彼の物語はまだ始まってすらいないのだから。


 そう――――本当の英雄譚、本当の試練は、まだ始まってすらいないのだと、総司はすぐに思い知ることになる。


 どれほどの時間が経っただろうかと、総司は改めて想いを巡らせる。総司もとうに時間感覚など狂ってしまってハッキリとしたところはわからないが、体感では何か月と、なんだかよくわからない冒険に付き合わされた気がする。


 その間、総司は満足に眠ることもままならないほど、次から次へと艱難辛苦に襲われた。前述のちょっとした冒険譚ですら生ぬるいものだ。だが、総司は弱音を吐かなかった。その理由をレヴァンチェスカは知っている。


 彼はこの試練の最中にですらも、もしかしたら、どこかで、死ぬことが出来るのではないかと、無意識のうちに期待したのだ。レヴァンチェスカがそれを許すはずがないとわかっているはずだが、不慮の事故とはなんにでも付きまとうものだから。


「自分が壊れていると言う自覚はある?」


 満天の星空の下、総司は湖の上で船を漕いでいた。総司にかじ取りの一切を任せ、船の先で優雅に座り、物思いにふけっていたレヴァンチェスカが、憂いに満ちた顔で総司を見つめていた。


「ん? なんだよ、突然」


 総司も長い冒険の中で、レヴァンチェスカに対して随分と砕けた調子になっていた。最初は本気でぶん殴ってやろうかと思っていたが、長い時を二人きりで過ごしてきた中で、そんな感情もどこかへ行ってしまった。


「感情が希薄になったわけではないわ。あなたはきっと、感性が乏しくなっていたのよ。より具体的に言えば、『心動かされる』ことが少なくなった」

「……そう、かもしれないな」

「どう? 少しは戻ってきた?」

「そりゃあ、あんだけ酷い目に遭わされればな。嫌でも人間味ってのが戻ってくるさ」


 総司が苦笑しながら言う。


「けどまあ、感謝してる」


 レヴァンチェスカがわずかに目を見開いた。彼女にとって、総司の今の言葉は意外なものだったようだ。


「感謝? なにに?」

「確かにお前の言う通りだ。こんなに必死になったのは久しぶりだった。こんなに自分の心に素直に動いたのも。少し前までは当たり前だったのにな。しばらく忘れていたよ」

「……そう。えぇ、良いわ。あなたのその顔、惚れたかいがあった」


 レヴァンチェスカはいつも通り、妖艶に微笑んだ。これほど長く一緒にいても見慣れることのない、美しく儚い笑み。


「私の目に狂いはなかったわ。あなたこそまさに、救世主に相応しい」

「よせよ、急に真面目になっちゃって。それに、自分ではとてもそうは思えないけどな」

「私は間違わないのよ。ほとんど絶対にね。たまーに大ポカをやらかすけれど、そこは愛嬌ってことで」

「……なあ、レヴァンチェスカ」

「なぁに?」

「そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないのか? お前は『英雄譚』とだけ言うけど」


 船はゆっくりと、湖の岸にたどり着いた。立ち上がりながら、総司は真剣な顔で問いかける。


「結局のところ、お前は一体何者で、俺に何をさせようとしているのか。随分と待ったぞ。それこそ本が数冊は書けるような大冒険の間、俺はちゃんと待った。もうそろそろ良いだろ。話してくれよ」


 レヴァンチェスカは座ったまま動かない。


 そこには葛藤があるように見えるが――――もう、総司もわかっている。


 レヴァンチェスカがとっくにその「覚悟」を決めていることぐらいは。


「……歩きましょうか」


 そこは始まりの場所だった。


 満天の星空だったはずの空は、急激に時の流れを早くして、朝日を迎える準備をしていた。


 この謎めいた異世界の夜明けはいつだって幻想的だった。しかし、やはりこの大聖堂とその周りは物寂しい。これまで幾度となく総司の前に立ちはだかった化け物たちですら近寄らない、生き物の気配が微塵もない空間。


「懐かしいわね、今となっては」


 大聖堂の扉を開き、ステンドグラスから差し込む朝の陽ざしの中に佇む女神。


 その体は、半透明に透けていた。透き通るような美しさという比喩ではない。本当に、彼女の体が消えかけていた。


「ッ……は!? おい、レヴァンチェスカ!?」

「私の世界に迫る“危機的状況”の話をしなければならないわね」


 動揺し、駆け寄ろうとする総司を、レヴァンチェスカは「来るな」と手で合図して押し留めた。


「私の世界にはね、総司。あなたの元いたところとは違って名前が着いているの。リスティリアという素敵な名前がね」


 自分の体が朝焼けの中に消え失せようとしていることなど、気にも留めていない様子だった。レヴァンチェスカはいとおしむように、自分の世界に想いを馳せる。


「私は私の世界を心から愛している。その世界に住まう全てを、心から――――けれど、私の愛が届かない存在があるのも事実。あなたの英雄譚はね、そんな事実を平和ボケして見逃した、私の大ポカのせいで始まるの」


 レヴァンチェスカの笑みがこれほど悲しげに見えたのは初めてだった。


 消えゆくレヴァンチェスカを前に、総司は一歩も動けなかった。


「おい、待て――――なんだ、これはァ……!」

「私はとある存在によって、力を奪われ囚われの身となってしまった。ここにいる私は最初から幻、わかりやすくいえば、思念体? というやつかしらね」


 必死で目に見えない拘束を振りほどこうとする総司を見つめ、レヴァンチェスカは話を続ける。


「“かの者”にバレないようにあなたを招くのは大変だったわ。けれど、ひとまず『一つ目の賭け』には勝った。英雄をこの世界に招き、最低限の力を与えるという目的は達した。達したけれど、これまでね。もう時間がない」


 淡い光に溶けるレヴァンチェスカの姿は、時を追うごとに見えなくなっていく。


「私の力が奪われ、私が万全でなくなったことで、我がリスティリアはこれから滅びの危機に直面することになってしまう。最初はわずかな綻びから――――少しずつ、少しずつ、世界の歯車が狂い始めて、そう遠くない内に全てが消える。そうなる前にあなたと出会えて良かったわ。『二つ目の賭け』の結果は、我が愛すべき世界の住人達に委ねるとしましょう」


 それは心からの安堵にも聞こえた。


 総司にはまだその自覚がなかったが、レヴァンチェスカは総司と共に過ごし、彼女なりの確信を得ていた。


 総司ならばきっと、成し遂げてくれると。


「我らが救世主よ、この願いを聞き届けてほしい」


 不確かな体で、レヴァンチェスカはそっと腕を広げ、総司に祈りを捧げるように――――


「世界の存亡をかけた戦いを制し、どうか――――どうかリスティリアを、救い給え」

「レヴァンチェスカ!!」


 最後の最後で、拘束が解けた。


 尋常ならざる力を手にした総司が、渾身の力で彼女の元へ飛び出したが、もう遅かった。


 世界は暗転し、総司はレヴァンチェスカに触れることも出来ずに――――そこではないどこかへ、遠いどこかへ、抵抗も出来ないまま飛ばされていった。


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