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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき


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別れ惜しむハルヴァンベント 第五話③ 最後の和解・最後の慟哭

「待った」


 レヴァンチェスカが話し始めようとしたところでストップがかかった。


 見れば、ミュンヘン中央駅の大量のホームに唯一停車する列車の扉から、ゼルレインが顔を覗かせていた。


「え!? お前いたの!?」

「いつまで経っても来やしない。邪魔をしないようにと思ったがいい加減待ちくたびれた」


 スヴェンの驚愕の声を聞き、心底面倒そうにしながら、ゼルレインが列車を降りて三人の元へ歩み寄ってきた。その最中も、スヴェンはびっくりした表情が顔に貼り付いたままだった。


「千年待ったぞ。そろそろ限界だ。何か言うことは」


 スヴェンは硬直したまま、しかし何故か手だけは動いて、葉巻を口元に運ぼうとした。ゼルレインがきっと目を細めてスヴェンの頭を殴った。平手ではなく拳で殴った。


「がっ!」

「何か言え。ほら」

「っつー……」


 殴られた箇所を手でさすりながら、ゼルレインから目を背け、スヴェンがぼそっと言った。


「悪かった」

「聞こえない」

「だーもう! 悪かったよ、俺が!」

「よし」


 ゼルレインは納得したように頷くと、スヴェンの背中をガンと蹴り飛ばして線路へ叩き落した。


「何でぇ!? よしっつったじゃん!」

「あぁ、言い忘れていた」


 ホームによじ登りながら不満をぶちまけるスヴェンに、ゼルレインが思い出したように言った。


「私も悪かったよ。お前を呼びつけて、結果として悲惨な状況に陥らせてしまったこと、申し訳なく思う」

「どォこが申し訳なく思ってんだテメェ! よく言えたな、この状況でよく言えたな!」

「千年前どうしても言えなかった言葉なんだ、もっと神妙に受け取ってくれ」

「だったらもっと神妙に言ってくれませんかね!」


 二人にとってはとても重要な会話だった気がするが、二人ともとんでもなくあっさりしていた。いや、あっさりしているのはゼルレインだけで、スヴェンにしてみれば到底納得できる形ではなかっただろうが。


 それでも、二人のやり取りは「邪魔してはいけないもの」に思えて、総司もリシアもゼルレインに水を向けられるまで一言も口を挟まなかった。


「恨んでいるか、リシア」

「……ええ、当然です」


 リシアが険しい顔でゼルレインを睨む。リシアを一度殺し、総司が“第六の魔法”を使う決断に至った原因である。


「ですが――――負けた私が悪いと言えば、それまでです」


 ゼルレインは「スヴェンを止めるため」、最も確実な手段として、リシアを“女神の騎士”とする選択をした。


 総司とリシアも、救世を為すため障害となり得るものを打倒してここにいる。


 客観的な“正しさ”を抜きにすれば、カトレアをはじめとして意見の違えた者を打ち倒し、旅路の果てに辿り着いたのだ。


 ゼルレインもまた、もとより敵対すると予想していた相手であり、互いに己の望みを叶えるべく戦った。ゼルレインも己の望みのため力を振るった。結果、ゼルレインが勝ったのだ。複雑な想いは当然あるし、恨みも憎しみも抱えている。容易く割り切れるものでもないが――――“力”だけで言えば死者蘇生を叶えられるレヴァンチェスカとは違う。今更ゼルレインを糾弾したところで、何かが変わるわけではない。


「別れ際に言った通りだ」


 ゼルレインは伏し目がちに言った。


「ふざけた女と蔑んでくれて構わんよ」


 リシアがギリッと歯を食いしばり、拳を握り固めたが、総司がその手を優しく捕まえた。


「お前が怒ってくれるのはいつだって俺のためだな」

「……さて、どうだかな」


 無意味と理解しつつ、それでもゼルレインに対し怒りをあらわにしようとしたリシアだったが、総司の言葉にいくらか毒気を抜かれた。


「お前のためか、それともお前のせいか」

「半々ってところで。レヴァンチェスカの話を聞くついでだ。ゼルレインの想いも聞きたいね」

「今更聞いたところで、面白みのある話ではない」


 ゼルレインが首を振りながら言って、レヴァンチェスカを見た。


「レヴァンチェスカが語るうちにわかるだろうよ。しばし待て」

「……あなたも久しぶりね、ゼルレイン」


 レヴァンチェスカが悲しそうに微笑んだ。


「私はスヴェンのこともあなたのことも読み違えた。あなたなら止めるだろうと思っていたわ」


 ゼルレインは下らなさそうに眉をひそめた。


「下界の意思ある生命と貴様のズレは理解していたつもりだったが、皮肉なものだ。容易く愛を口にする割に、貴様にはそれへの理解が欠如している。私を理解できないのがその証左だ」

「……ん。んん?」


 ゼルレインの言葉に何か違和感を覚えて引っ掛かったのか、スヴェンが間抜けな顔でゼルレインを見た。総司とリシアがハッとした。


 二人は、ゼルレインがスヴェンに対し並々ならぬ想いを抱えていたと知っている。だが千年前のスヴェンとサリアの関係性を思えば――――そしてスヴェンとゼルレインの関係性、両者の性格を思えば、ゼルレインが自らの想いを秘匿していたことは想像に難くない。


 スヴェンにとっては、ゼルレインがまるで「スヴェンへの愛」故に彼を止めなかった、と示す先ほどの言葉が、すんなりとは飲み込めない驚愕の台詞だったのだ。


「あれ? お前、今なんかおかしなこと言わなかっ――――」


 ゼルレインの拳があまりにも鮮やかに、スヴェンの腹に入った。スヴェンがその場に力なくどさりと崩れ落ちた。総司が思わず感嘆の声を上げた。


「おぉ……完璧……」

「時間は無限ではあるまい」


 うめき声すら上げずホームに突っ伏したままのスヴェンを無視して、ゼルレインが何事もなかったかのように淡々と言った。


「語ると決めたなら聞かせろ。私も興味がある。せめて理解する努力はしよう」

「ええ。さっきも言ったけれど、言語による伝達は恐らく完全には不可能だから……話半分で聞いてくれるとありがたいわ」






 総司とスヴェンが元いた世界、科学の発展した世界において、彼らが観測し得る限りの世界の幅は「宇宙」として定義づけられているが、それはある一つの「世界」から見た、無限の世界を観測する一つの方法論に過ぎず、そしてそれは必ずしも正答ではない。


 異なる次元、異なる平面、異なる時間。ヒトが知覚し得る範囲の外にも、可能性は無限に存在する。


 無数の世界とはすなわち無限の可能性であり、互いが互いのあり得たかもしれない可能性の果てであるが故に、それらが互いに関わることはない。互いの世界を観測することなど不可能な「場所」、ヒトの言葉で言うところのねじれた場所にあり、関わり合いにある意味もない。


 それら無限の可能性の果て、成立しては消えていく世界――――その世界の内側の意思は、自らの属する世界だけを観測できる――――そんな世界たちの隙間に漂うのが「運命」である。


 「運命」とは何かを定義づけるとすれば――――もちろん正確性を欠くものの、ヒトが理解し得る言葉の中で最も近しいものは「情報」である。意思ある生命が知覚できるか否かに関わらず、あらゆる情報の未来であり過去であり現在。


 例えばある世界が滅亡する時、意思ある生命が抱える悲愴や嘆き、それらが零れ落ちたもの。


 空想にふける能力を持った生命が、下らない妄想と切り捨てた何でもない夢物語すらも。


 “他の誰も知覚できないような”情報も、全てが世界の狭間を漂う「運命」の集合体に集積される。集積されたそれらはまた、同じ世界へ、或いは異なる世界へ「情報」として零れ落ちることもある。


 女神レヴァンチェスカとは、そんな「運命」が堆積して出来上がった、言うなれば情報の集合体である。


「どう? 付いて来れてる?」

「完全にとは言えませんが、何となく感覚的には」

「抽象的、半ば宗教観に近いが、面白い」


 レヴァンチェスカがくすりと笑いながら問いかけて、女性二人が頷き、男二人が首を振った。


「スケールがデカすぎて、ふんわりしてて、訳わからん」

「俺もうすぼんやりって感じだな」


 総司が率直に感想を言い、スヴェンがみぞおちのあたりをさすりながら同調した。


 リスティリア出身の二人とそうではない二人の違いか、レヴァンチェスカが語る「世界」と「運命」の話に対する理解度には差があった。


「言葉で言うとそうとしか表現できないの。けれど本来、私は“それだけ”のはずだった」

「と言うと?」


 リシアが聞くと、レヴァンチェスカは肩を竦めた。


「“運命”が自我を持って成立するわけがない。ただそこに在るだけのはずだったの」

「だが成立した。なるほど、お前に倣って言えば……」


 誰よりも理解が深いらしいゼルレインが、自分の推測を口にする。


「お前は“世界の内側”にそもそもいるはずがない」

「正解。流石ね」


 レヴァンチェスカが微笑んだ。


「この世界が出来上がる瞬間に、何の因果か結びついてしまった。私は世界に取り込まれ、“世界そのもの”として自我を持つに至った。本来内包しないはずの“運命の堆積物”を核に宿す異端の世界――――それがこのリスティリア」


 リスティリアにおける世界の核であり、無数の運命――――即ち無数の可能性を束ねるレヴァンチェスカは、それ故にこの世界を――――否、“この世界に限り”意のままに構築し得る全能性を持っている。彼女の語った世界のルールに従えばあり得ないことだが、仮にひとたび「外」へ出てしまえば、彼女はそもそも女神レヴァンチェスカとしての自我を持たない単に「在る」だけのものであって、全能性を発揮しようがない。


「……関わることはなく、関わり合う意味もないのに、俺達の世界とこの世界に繋がりがあるのは何故だ?」


 スヴェンが問いかける。レヴァンチェスカは何とも言えない表情になった。


「……理由は単純よ。私を構成する“堆積物”の割合として、あなた達の世界から零れ落ちた“運命”がとても多かったから。距離的な話ではないのだけど……あなた達の世界とは、とても“近い”のよ」

「はた迷惑な話だぜ。なあ?」

「俺はそこまでは思ってない」


 スヴェンに話を振られて、総司が笑顔を見せた。


「キツイ時もあったが……終わってみれば結構楽しかったし、それなりに満足してる」


 リシアの表情が悲愴に沈んだ。険しい顔つきでぎゅっと目を閉じ、口から転がり出そうな言葉をぐっとこらえていた。


「そうかい。まあ興味深い話ではあったな。神とやらの成立過程の一つとしてそういうこともあるわけだ。どうやら例外っぽいが。結局『卵が先か鶏が先か』って話になると解決はしないわけだが、多分それは誰にもわからねえんだろうな」

「……そうね。“一番最初”は、誰も知らない。私も気づいたらこの世界にいたからね。意識としての私の誕生はこの世界と同時。あなた達で言うところの『知識』と同じように、自分がどういう存在であるのかは理解しているけれど……あなた達が“生まれる前どこにいたのか”なんてわからないのと同じように、世界の外側でどんな風に存在していたのかなんて、具体的には――――“己の体験”としては、わからない」


 レヴァンチェスカがパッと手を広げて、三人に向かって言った。


「言葉で伝えられるのはココが限界ってところね。どうかしら、ちょっとは楽しめた?」

「……女神さまの話を聞けば、あなたの想いもわかるのでは、という話では?」


 リシアがゼルレインに話を振った。ゼルレインが「そんなことも言ったかな」と、彼女らしくない気の抜けた顔をした。


「誤魔化すつもりだったんだろ」


 総司がビシッと言うと、ゼルレインがそっぽを向いた。


「今更私の話などつまらんぞ。レヴァンチェスカの話の後ではちっぽけなものだ。事実だけ認識してくれていればいい。私は私の望みのため――――“スヴェン・ディージングを終わらせる”ためだけにリシアを手にかけ、ソウシが命を落とす原因となった女だ。それだけでいい」

「……そのためにレヴィアトールまで口説いて、ですか」


 リシアの声が怒気を帯びた。


「レヴィアトールがあなたに加担した理由は、より確実な勝利のために――――そして、スヴェンのために。千年前のことを思えば、かの“精霊”の動きは理解できなくもないが……ソウシが挑み、勝利する可能性をわずかも信じないとは」

「その判断はレヴィアトールに任せていた」


 ゼルレインがリシアとしっかり向き合い、怒りを受け止めながら誠実さを滲ませて答えた。


「結果、ヤツの裁定は知っての通りだ。ソウシ単独では及ばず、“女神の騎士”ではなかったお前が“ハルヴァンベント”に乗り込めない以上は、『二人で戦う』選択肢もない。認めよう。まだしもお前たち二人でならば可能性を信じただろうが……レヴィアトールと同じように、ソウシ一人では勝てないと私も感じていた」

「別にゼルレインの行いを肯定するわけじゃないが。いやまあ俺が言えたもんでもないんだけどな?」


 スヴェンが口を挟んだ。


「どっちにしろそれしかなかったと思うぜ。だってコイツに“リシアを置いていく”選択肢があるわけないからな」


 総司を指さし、スヴェンがハッキリと言う。


「万が一ではあるが下手すりゃコイツがリシアを殺して、無理やり“譲渡”してた可能性だってあるわけで。そりゃあリシアはゼルレインに殺された身だからな、恨みたいだけ恨んでいい立場だとは思うが、そもそも悪いのは俺だ。全ての元凶。お前ら二人とも、俺にもうちょい厳しくても良い気はするね」

「ッ……よくもそんな――――いや」


 怒りに任せて怒鳴ろうとして、リシアがすんでのところで思いとどまった。


「……善悪など論じたところで意味はないと、私が言った。わかっているさ、わかっているとも……! 誰もが己の望みを叶えるため行動した。理屈や倫理観で論じたところで意味はない、そんなことはわかっている、だが!」


 リシアの目にはうっすらと涙が溜まっている。総司が目を細め、レヴァンチェスカがきゅっと目を閉じた。


「“残される”のは私だけだ! 望む通りの結果でなくとも、“終わって割り切っている”お前たちとは違う……! 今更何を言ったって無意味なことだってわかっているんだ! けれどどうすればいいんだ私は! 私だって納得したいんだ! でなければ唯一残される私は……この憤りを、このやるせなさを、一体どうすれば……!」

「それでも生きてくれ、リシア」


 総司がリシアを抱きしめて、懇願するように言う。


「俺の代わりに全力で……思うままに生きてほしい。ここに来た最初に言った通りだ。お前が生きて、俺の代わりにこれからのリスティリアを見ていてくれるなら、それ以上何も望まない」

「……もう、どうしようもないのか」

「ああ、終わったことだ。そうだろ、レヴァンチェスカ」


 リシアの背中をポンポンと叩きながら、総司が言う。レヴァンチェスカは微妙な表情で目を伏せた。


「ええ。終わったこと――――そうね、一つの終わりを迎えたことは、覆らない」


 不思議な言い回しだった。彼女の言葉に気づいたスヴェンが、ぴくっと反応して人知れずレヴァンチェスカを見た。


 目を伏せていたレヴァンチェスカの視線がスヴェンに向けられた。二人の目が合い、そして――――


「……さぁて、そろそろ時間だな」


 何事かを悟ったように、スヴェンがすくっと立ち上がった。


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