眩きレブレーベント・第七話② 激突
『素直じゃないのね、あなた。可愛いと思うけどさ』
「……幻覚がうるさいわね」
『いやいや、ちゃんとあなた目掛けて話しかけてるんだけど。もしもーし』
「なら無駄な力を使わず黙ってて。すぐ力を使い尽くすことになるわ。そうなれば、もう会話もできなくなる。私が成し遂げる前に、そうなってもらっては困るのよ」
『……あなたの規格外の力。私としては、是非ともあの子のために使ってあげてほしいのよね。さだめはもう彼を選んでいるし、きっとあなたの力は彼の助けになるわ』
「お断りよ。私は彼を認めない。あの程度では足りないわ」
『今はまだ、というだけよ。全く、彼女もあなたも、やっぱり血筋なのかしらね。他人に厳しく自分にもっと厳しく。疲れるでしょ、そんなんじゃ』
「……そうね、疲れるわね」
『あら……?』
「でも」
決然とした声、凛とした気迫。王族の気品と、並外れた魔法使いとしての裂帛の気配が、周囲を覆うように広がった。
「そうあることが当然だから、別に良いのよ」
『……はーっ。カッコいいなぁ』
片膝を立てて座っていた彼女が、ゆっくりと立ち上がる。
「時間よ。どうせあなた、手を出すことは出来ないんでしょう。黙ってそこで見ていなさい。この物語の顛末を」
『そうするしかない、その通りよ。出来ればハッピーエンドが良いなぁ、私は』
ふわりと気配が消える。そして――――
レヴァンクロスが安置されていたシルヴェリア神殿最奥の、一歩手前。
総司が女神と仮初の再会を果たした、広々とした円形の部屋で。
短い別れを終え、アレインもまた再会することとなった。
「待ちくたびれたわ、救世主どの。一日ぶりね」
女神に選ばれた騎士、一ノ瀬総司と、今度は味方ではなく――――彼にとっての、敵として。
「……質問に答えてほしい」
「お断りよ。あなたの質問に答えるのは一度だけ。もう使ったでしょう、その権利は」
「お願いします、どうか話し合う機会を!」
アレインが殺気を放った瞬間、リシアが前に進み出て、必死で説得しようと言葉を紡ぐ。
リシアを前にしても――――怜悧な目に宿る紫電の光を、アレインはもう隠そうともしていない。
その光が、アレインの目に宿ってはならないはずのものだと知っているのは総司だけだが、リシアもただならぬ気迫を感じ取っていた。
恐らく無駄と、心のどこかで諦めていても。
リシアは言わずにはいられない。
「アレイン様が持っておられる情報は、ソウシのみならずリスティリアの全ての民にとって、非常に重要なもの――――我々は一丸となって、世界の危機に立ち向かえるはずです!」
総司がリバース・オーダーの柄に手をかけた。アレインの気迫が、渦巻く魔力が増大している。桁違いの殺気が、総司とリシアに打ち付けられている。
「昨日のブライディルガもそう、シエルダの一件も……この世界は今、本当に危険に晒されているのです! この危機のさなかにあって、あなたほどの魔女の助力があれば、どんなに心強いことか……!」
「助力。それは、そこの出来損ないを助けて、女神救済を託せってこと?」
リバース・オーダーを抜く。アレインの殺気はリシアにも当てられているものと思っていたが、違った。
彼女が排除したいと考えているのは、女神の騎士である総司だけ。
「あなたも、母上も、甘くて危ういのよ、考えが」
アレインの目に宿る紫電の光が、より強く、危うく輝きを増している。総司の脳裏に思い起こされるのは、リスティリアで初めての戦闘の相手となり、総司に敗北を味わわせた紫電の騎士。
本気のアレインと相対してみれば、やはりわかる。この気迫と危うい気配は、あの紫電の騎士とそっくりだ。
「私達の世界、私達の国、私達の女神。その危機を救う大任を、どこまで使いものになるかもわからない異界の住人に任せて、本当に良いの? 私はそんな危ない賭けに出るほど愚かではない」
「……それは、どういう……」
「あなたもその男を信じ切ることが出来なかったから、私を呼んだんでしょう、リシア」
アレインの言葉はまさしく図星で、リシアに鋭く深く突き刺さった。
ブライディルガを前にして、その力と互角に戦う総司を見て。
リシアは確かに、そう判断した。アレインの言う通り、未知数の総司の力を信じ切るのではなく、実力を知るアレインを呼ぶことで、勝利を盤石のものとしようと。
その判断は決して間違ってはいない。むしろ最良の判断に違いない。
だがそれは同時に、総司を心から信じていないという証明でもある――――
アレインに論破されたと思った瞬間、リシアは彼女の気迫に呑まれた。リシアに直接向けられてはいない殺気を前に、言葉が続けられなくなった。
「気にするな」
そんなリシアの肩に、ポンと総司が手を置く。
先ほどまで、指先の感覚がなくなるほどアレインに呑まれていたリシアだったが、総司が触れて声を掛けてくれるだけで、一気に正常な世界を取り戻した。
「リシアの判断は正しかった。それにアレインも正しい」
「……へえ?」
アレインの口元に笑みが浮かぶ。嗜虐的で冷酷な笑み。昨夜垣間見せた屈託のない笑顔が、まるで嘘のようだ。
「俺はたまたま選ばれただけだ。いや、選ばれたなんてのもおこがましいな。異世界の人間って事実が必要だっただけで――――俺じゃなくても良かったんだ」
何も特別な存在ではなかった。
アレインの言う通り、総司の力は総司本人ですら未知数だし、世界を救うなどという大任を負えるほどの器があるのかどうか、自信はない。いや、なかった。
大事なことを何一つ教えてくれない女神だったが、総司にとってはとても重要な助言をくれたのだ。
一人で背負い切る必要はない。リスティリアに住まう民を存分に頼り、彼らの助けを存分に受けて、その分結果で報いろと。
まさしく、目の前にいるアレインは、総司にとって、頼りたい相手、助けてほしい「優秀な」魔女であり、同時に。
女神レヴァンチェスカにとって、「心から愛する我が世界の住人」だ。
「それでも俺はもう誓った。レヴァンチェスカに、ビオステリオスに、女王陛下に、リシアに。俺が何とかして見せると、誓ったんだ」
リシアの前にぐいと進み出て、アレインと向き合う。
「無責任の極みね。敵が何なのか、自分が何をすべきなのか、何一つわかっていないくせに、言うことだけは一人前。そりゃあ、母上もリシアも絆されたくなるでしょう。リスティリアの民は皆、漠然とした不安を抱えているのだから……そんな風に、明るい未来を語られてしまったら、縋りたくなってしまうでしょう」
雷が、部屋のそこかしこで危険な音を立てた。バチバチと、金色の稲妻が走り、戦闘の予兆を告げる。
「俺は無知で、お前からすれば愚かなんだろうな。だが、無責任で終わるつもりはない」
総司が言う。アレインの目がぎらりと見開かれ、怒りの形相で腕を上げる。
「ここまで辿った道のりは間違いではなかったし、ここから先も。いろんな人の助けを借りて、いろんな人に頭を下げてでも。自分の選択を正しいものにしてみせる」
リシアは今すぐにでも「やめてくれ」と叫びたかった。だが、言えない。もうアレインも、そして総司も、言葉で止められる段階にいないのだ。
アレインが何故これほどまでに総司を敵視し、頑なに認めないのか――――
それが、彼女の言う「責任」、レブレーベントを背負う王女として国を守るために何をすべきか、理解しているからであると、わかっているからこそ。
アレインを止めることが出来ない。
「“レヴァンクロス”は返してもらうぞ。そしてここでお前にも誓う。俺が、何とかするってな!」
「カッコつけてんじゃないわよ、出来損ないが!」
戦いの火ぶたが、切って落とされた。
「“レヴァジーア・クロノクス”!!」