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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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別れ惜しむハルヴァンベント 第五話① 最期の時を待つあいだに

 目が覚めた時、リシアは見知らぬ施設の中にいた。ハッと体を起こして、周囲を見回し、観察する。


 広々とした空間だった。ガルミッシュ=パルテンキリヒェンの街で見た「駅」のホームに近い場所だというのがわかったが、しかし規模が違った。


 大量のホーム、何本もの線路が集約された巨大な駅だ。ホームには40番を越える数字が刻まれていて、リシアが見たことのある駅とはけた違いの大きさであることがわかる。


 そんな巨大な駅の中にあって、電車は一つだけ停まっていた。誰かが中に乗っているようだが、それが誰なのか遠目にはわからない――――


「München-Hauptbahnhof」


 聞き慣れない言語が聞き慣れた声で、リシアの耳に届けられた。


 スヴェンが駅構内の階段からゆっくりと降りてきて、リシアに笑いかけていた。


 黒い亀裂も肌もすっかりなくなって、在りし日の「ヒト」であった彼の姿そのものだ。


「ミュンヘン中央駅。大量の列車の始発駅であり終着駅、地下鉄まで含めたドイツ南部の鉄道の要。バイエルン最大のターミナルステーションだ――――って、言ってもわかんねえか」

「当たり前だ、国が違う俺にとっても新鮮なんだから。リシアがわかるわけがないだろ。しかし線路の数が多いな。ドイツの駅ってのはこういうのがスタンダードなのか?」


 また一つ、聞き慣れた声。


 その声を聞いた瞬間、リシアの思考が一瞬凍り付いた。


「いや、ココは特にデカい。同じかこれ以上の規模となると、三つ四つぐらいしかないはずだ。乗客の数で言うとハンブルク、フランクフルト、ミュンヘン、ベルリン。この辺だな、デカいのは」

「おー、聞いたことある名前だ。ハンブルクはあんまり知らねえけど」

「ええ? いやいや馬鹿言うな、人口で言えばベルリンに次ぐドイツ第二の都市だろうが」

「え、そうなの? ミュンヘンとかフランクフルトの方が聞き覚えがあるけど」

「EU圏内でも首都を除けば一番デカい都市のはずだぞ。“今”は知らねえが……お前さてはあんまりちゃんと勉強してなかったな?」

「成績は普通だったと思うんだけどな……」


 死んだはずの男の声。


 全てを相棒に託し、役目を終えた“救世主”。


 リシアが持って行ったため上着を失った一ノ瀬総司が、気楽な調子でスヴェンと会話していた。リシアのすぐ横で、驚くほど元気そうに。


「スヴェンの記憶ってのはそもそもいつのものなんだよ」

「ミュンヘン中央駅の記憶は多分1998年とかじゃねえかな……ガルミッシュの記憶はもっと前だ。懐かしいねぇ、それこそここからガルミッシュに戻る途中だったんだよ。列車乗ったらスティーリアに飛ばされてたんだよな」

「やっぱ俺と全然違うな」

「お前はどんなだっけ?」

「幼馴染の部屋入ったら飛ばされた」

「なんじゃそら。あのダ女神も雑だな」


 何気ない会話をポンポン続ける二人だったが、その話がリシアの頭に入ってくることはなかった。


「っつか、オイ、声かけてやれよ。固まってるじゃねえか」


 ここでようやくスヴェンが話を振って、総司がリシアを見た。


「……そうだな」


 どうやら総司にもそれなりの覚悟が必要だったようで、少しだけ間を置いて総司が言った。


「お前なら勝つって信じてたよ、リシア。ありがとう。お疲れ様」


 情けない笑顔で、総司が言う。リシアは総司の顔をじっと見つめ――――


 次の瞬間には総司に詰め寄り、その頬を思いきりビンタしていた。総司の体は軽々と吹き飛ばされ、後ろへどさっと無様に倒れた。とんでもない威力だった。


「いたぁぁい!」

「ダハハハハハ!」


 全ての元凶でもあるスヴェンが、予想通りの展開を目の当たりにして弾けるように爆笑した。


 リシアは倒れ込んだ総司の上に馬乗りになると、その襟元をがっと掴んで引っ張り上げた。


「お前……お前っ……!!」

「いや悪い、本当に悪かった、申し訳ないと思ってるんだ、でももうああするしかなかったんだよ、いや“しかなかった”っていうかもうアレしか俺には考えられなかったんだ、じゃないと――――」


 リシアがもう一度総司の頬を叩いた。先ほどよりは弱かった。


「いたい……」

「じゃないと、なんだ。私がそのまま死んでしまうからか。だからお前を犠牲に、私を? なぁ、いつになったら私の言葉をちゃんと聞いてくれるんだ?」

「そりゃあ、怒るのも無理ないんだけど……」


 総司が相変わらず情けない顔と声のまま言った。


「受け入れられるわけないだろ。お前が死んで、俺が先に進むなんて、そんな結末を」

「同じだ。私にだって受け入れられるわけがない。お前が死んで、私が先に進む結末なんて」

「でもお前は進んでくれた。俺にはあれ以上進むのは無理だったけど、お前は進んでくれたんだ。そして勝った。それが全てだ」

「私にできるならお前にだってできたはずだ!」


 襟元を締め上げて、リシアが叫ぶ。総司はじっとリシアの目を見つめた。


 リシアはもう理解している。


 ここにいる総司はきっと、「確かに死んだあと」の存在だ。


 マーシャリアで哀の君マティアの選定を受けるまでのわずかな期間、“女神の領域”の法則を無視した何らかの作用と、その仮初の支配者であるスヴェンの小細工とを受けて成立しているだけの、朧げな存在。


 夢のような、ほんの一時だけの奇跡。既に消えゆく魂の残滓なのだと、直感的に理解している。だからここでどれだけ総司に怒ったところで、無意味であることもわかっている。


 それでも言わずにはいられない。


「どうしてなんだ、どうして……! “ここに至るまで”誰より頑張ってきたのはお前だ! リスティリアの救世主はお前なんだ! 私じゃない! みんなのためにあれだけ頑張って、お前が何も得られないなんて……これではっ……これではお前が、あまりに……!」

「……報酬なら、ある」


 リシアの手にそっと自分の手を重ね、総司が優しく言った。


「これからもリスティリアは続く。お前が生きて、その行く末をこれからも見てくれる。最高の報酬だ。俺はそれ以上、何も望まない」

「間違ってる! 望むべきなんだよ、もっと――――!」


 涙を流しながら激情を訴えるリシアの頬に、総司が手を触れた。


「自惚れでなくて安心したよ。お前なら俺のために泣いてくれると思ってた」

「ッ……茶化すな、こんな時に……!」


 総司に全てを託されたリシアは、死力を尽くして戦った。一時は憎悪に塗れたが、それもこれも全ては総司のため。


 誰かのためにしか刃を振るえない総司と同じ――――ように見えて、少しだけ違った。“女神の騎士リシア・アリンティアス”は、「総司のためにしか刃を振るうことができない」存在だと言っても過言ではないほど――――ただ彼のためにのみ命を賭けた。


 リシアが先に進めたのは――――待ち受けていた結末に絶望しながらも歩みを止めなかったのは、総司に報いるにはそれ以外の選択肢がなかったから。


 総司よりも強かったからではない。総司を思えばこそ、足を止めるわけにいかなかっただけ。本音を言えば、総司の亡骸を見つけたあの瞬間、自分も一緒に隣で眠ってしまいたいぐらい憔悴していたのだ。そうしてしまうとあまりにも総司が報われないからという一念が、リシアを突き動かした。


「まあまあ、お二人さん。お前らの間にも、積もる話はそりゃああるだろうが」


 スヴェンが手を叩いて割って入った。


「多少はゆっくりしたくてこの時間を設けたわけだが。無限でもないもんでな。俺に言いたいことだってあるだろ?」


 リシアがすっと立ち上がった。もちろんのこと、まだ納得していない、激情を吐き出し切ってもいない仏頂面である。が、それはそれとして、リシアは総司に手を差し伸べ、彼をぐいっと引き起こした。


「……殴ったのは、悪かった」

「謝るなよそんなこと。殴られて当然だってのはわかってる」

「そうか。ではあと三発ほど良いか?」

「良いわけねえ! いや何でか知らないけどちゃんと痛いんだよ! っていうか何で痛いんだ!? 思念体みたいなもんのはずなんだけど!」

「もちろん俺だ!」

「テメェの仕業かァ!」


 スヴェンはケラケラと笑って、


「“ココ”は俺が整えた俺のための場所だ。この場に限ればほとんど全能なもんでな。もちろん、今更リシアをどうにかできたりはしないから安心しろ。死ぬ間際の淡い夢にお前らを巻き込んだだけだ。……まあ、多分“俺だけじゃない”とは思うが」

「……先ほどまでも、半ば全能に手が掛かっていたようなものだと思っていたが……」


 リシアがスヴェンを見据えた。“女神の領域”丸ごとの様相すら意のままに変容させていた事実を思えば、リシアの感想も当然である。


「それにしては、随分とあっさり勝ちを譲ってくれたな?」

「誰が譲ったってんだバカヤロォ、ガチでやって普通に負けたわ。嫌味か」

「いや、そんなつもりではなく……」

「ま、その辺の話はこっちでな」


 ちょいちょいと手招きしながら、スヴェンが笑った。


 スヴェンについていくと、駅構内の「出店」に辿り着いた。


 ガラス張りの仕切りの向こうで、顔のないマネキンのようなヒト型の何かが、じゅうじゅうと音を立てて焼き上がった長いソーセージをトングで掴み、器用に片手でピッタリ半分、鉄板の上でぱきっと折って、パンに挟んで差し出してくる。


 隣のスペースではマネキンがビールを細長いガラスのコップに注いで準備していた。


 スヴェンがひょいひょいと二人にパンを配って、自分も手にしたまま二人を再び手招きする。


 先ほどの駅ホームに戻って、線路側に足を投げ出す形で、三人並んで座り込んだ。


「ドイツのソーセージってデカいんだな。そのまま挟むんじゃなくて半分に折って二重でパンに挟むってのが良いね。本場っぽい」

「モノによる。我が祖国はビールとソーセージに対するこだわりが異常でな。っつかこのビール、ケルシュじゃねえか。てっきりアウグスティナーかと……そうか、俺が最後に飲んだのがコレだったか」

「ケルシュ?」

「ケルンって街のビールでな。癖がない」

「ケルン! ケルン大聖堂は知ってるぞ、世界史の資料か何かで見た。そうか、あそこのビールなのか」


 総司とリシアが同時にビールを一口飲んだ。


「おぉ……ホントだ。日本じゃ酒飲んだことなかったから比べようもないけど……リスティリアで飲んだエールより飲みやすい」

「日本はお前の年でも違法か」

「酒は二十歳からだな。ドイツは違うのか?」

「酒の種類で変わるんだ。アルコール度数でな。強いのは18からだが、ビールは16から飲めるぜ。親が同席してて、良いって言えば14からでも飲めるんじゃなかったかな」

「え、中学生から飲んで良いのか。そりゃすげえな」

「うむ、この酒は悪くないが……少し、物足りないな?」

「リシアはなぁ……そうかもなぁ……」

「お前すげー強いもんな……味の好みも酒豪かよ……」

「何だ二人してその顔は……」


 ビールとホットドッグを楽しみながら、総司がおもむろに話を切り出した。


「スヴェンがやろうとしてたことは、リシアの予想通りだったのか」


 ローグタリアで神獣王との死力を尽くした戦闘を終え、二人で湯船につかったあの夜。


 総司は、リシアが辿り着いた「解答」を聞かされた。


 “簒奪の権能”で女神の力を奪い取り、時間を巻き戻し、スティーリアをやり直す。ルディラントの滅びをなかったことにして、失われたサリアの命を取り戻す――――荒唐無稽な野望だが、女神の力を本当に奪えたなら実現可能だったであろう「願い」。


「ああ、聞いた限りではな」


 リシアが言うと、スヴェンは葉巻を取り出して火をつけながら答えた。


「今更嘘なんかつかねえよ。合ってる。俺はレヴァンチェスカの力で時間を巻き戻そうとした。ルディラントが滅ぶ前の世界からやり直すつもりでな」

「……いくら“奪う”力を持ってるからって、普通は考え付きもしなけりゃ、考え付いたところで実行しようなんて思わないことだ」

「あぁ、全く。我ながら大それたもんだ。お前らももう知っての通り、“どうかしてた”のさ。人類史上最高峰にどうかしてた」


 スヴェンが楽しそうに笑う。リシアが呆れたような眼差しをスヴェンに向けた。


「ことここに至ってまで女々しいな、お前は」

「お、なんだ、喧嘩か」

「それだけサリアを愛していたからだろう。何故それが言えないんだ。ルディラントでもそうだったが、私には理解できん」


 リシアが辛辣に言うと、スヴェンは至極ばつの悪そうな顔でふいっと目を背けた。


「“真実の聖域”でなら会おうと思えば会えたはずだ。たとえあの時のサリアが、過去の幻影でしかなかったとしても……きっと、会っていればお前は――――」


 リシアが真剣な口調で言って、総司が割って入った。


「会ってサリアの言葉を聞いてしまえば、今のスヴェンなら止まってただろうな。自覚があったから会わないようにしたんだろ。“最終段階”まで来て、止まってしまうことのないように」

「……どうだかな」


 スヴェンが下らなさそうに首を振る。


「しかし不思議な縁もあったもんだ。結局お前に討たれたわけじゃなかったが、俺の暴挙を止める役目が同郷の人間に託されるとは……そんで、何の因果かこうして並んで、最期の時を待ってる」


 異世界で怨嗟に沈んだ男と、彼を討つため同じ世界から呼ばれた少年。二人はそもそも、単なる「不倶戴天の敵」として激突するだけに留まるはずだった。


 スヴェンの言う通り何の因果か、総司は救世の旅路の最序盤で彼と出会い、縁を繋ぎ、再び滅びゆくルディラントの中で彼の悲哀を痛感にして――――その後、彼の真実を知った。


 リスティリアにおいて存在し得ないはずの「同郷」。ルディラントの冒険の時にそれを知っていれば、総司はもっと彼と話したいと願ったことだろう。それが今、ようやく実現している。


「昔話になる。聞きたいか?」


 総司とリシアがすぐに頷く。スヴェンは「何から話したもんかね」と苦笑しながら、結局最初から全て話すことにしたようだ。


「俺は1972年にドイツのガルミッシュって街で生まれた。一応冷戦の最中ではあったが、まあほぼ末期ってところだ。子どもなりに世界情勢を勉強し始める頃には終結の兆しがあって、10代の末にはベルリンの壁が壊れた。スティーリアに渡る前にはソ連も崩壊してたな。んでさっき言った通り、1998年の9月にスティーリアに呼ばれたんだ」

「やっぱ年代近かったな……俺は2022年から来たんだよ」

「マジかよ、30年も違わねえのか」


 スヴェンが目を丸くした。


「放り出された先で1000年離れてるとはなぁ」

「向こうじゃ何してたんだ?」

「軍人だ」

「えっ」


 今度は総司が目を丸くした。


 今のところ話についていけないリシアは、二人の会話をただ黙って聞いていた。


「2022年にどうなってるかは知らんが、俺の時代のドイツには徴兵制があったんだ。ドイツはお前のところと同じ、二次大戦の敗者側であり戦犯。当然、皆が戦争も軍も嫌う風潮になった。世界大戦後のドイツ軍は、そうでもしないと人が集まらなくて維持できなかったってわけだ」

「なるほど、な……」

「で、俺は徴兵されたついでに軍に残った。ド素人が魔法使えるようになっただけで戦争の前線に立てるもんかよ――――なんて、偉そうに言えたもんでもねえか。俺も実践経験はなかったし。ヤバいタイミングはいくつかあったけど」

「……なんでまた、軍に残ったんだ」

「10代で親が死んじまった。父親は事故、母親はガン。こう見えて学はそれなりだったんだがやる気がなくなっちまってな。早めに自立すんのに軍属ってのはうってつけだった」

「……すごい人生だ」

「珍しくもねえ。お前の周りが平和だっただけさ」


 スヴェンがくすくすと笑った。


「長らく実家をほったらかしにしてたが、多少大人になって生活も落ち着いてな。ガルミッシュに根を下ろすつもりもなかったから、せめて後始末しとかねえと、と思って一度戻ろうとしたところを、ゼルレインの魔法に捕まった」


 スティーリアに来ることになったスヴェンの前日譚はそのようなものだった。


「当時のシルヴェリアに召喚された俺は、ゼルレインの直属の部下としてカイオディウムと戦う羽目になり、三か月後ぐらいにルディラントへの常駐を命じられた」

「召喚された時点でスヴェンも強かったのか? 俺は“女神の騎士”としての力があったけど、いくら元軍人とは言えスヴェンは――――」

「んなわけねえだろ!?」


 スヴェンがとんでもない、とばかりにがーっと唸った。


「三か月、馬鹿ほど追い込まれてたんだよ! いやまあ、魔力は結構なもんで、素質はある方らしかったけど、それだけで戦えるわけもない。“他者の力を奪う”能力もゼルレインにすぐバレて、国内の反乱分子の討伐とか、国の内側に入り込んだカイオディウムのスパイの掃討任務なんてのに放り込まれ続けた。全員捕らえて終わらせられる状況ばかりでもなし、命の奪い合いで何人か殺した頃には、いくつかの魔法を獲得してたって感じだ。お前らに見せた“ジノヴィオス”もその時手に入れた魔法だな」


 ようやく自分も会話に入れそうな話題になって、リシアが口を挟んだ。


「昔のシルヴェリアは荒れていたのか? ゼルレイン様がいて反乱分子が発生するとはにわかに信じがたいが……」

「荒らされてた、だな。エルテミナの“毒”が及んだのはカイオディウム国内に限った話じゃなかった。ぶっちゃけカイオディウムとの武力衝突はそんなに長くはなかったよ。始まっちまえばあとは終わるだけ――――どっちかがぶっ潰れるまでやり合うだけだった。小賢しい小競り合いの方が長かったのさ。で、そういう戦いはエルテミナの方が得意だった」

「なるほど……そそのかされていたわけか……」

「そうだな、シルヴェリアだけじゃない、いろんな国にちょっかいかけてたはずだ。エルフすら手玉にとってティタニエラにも手を伸ばしてた。ロアダークの目的を思えば、“聖域”の在処を正確に把握する狙いもあったんだろうな」


 スヴェンはホットドッグを平らげて、一息ついて話を続けた。


「今更改めて語るまでもないかもな。大筋はお前らも知ってる通りさ。ロアダークの侵攻でルディラントは滅び、そこからは世界大戦だ。ほとんどシルヴェリア対カイオディウムだったが」

「そうなのか……? ローグタリアが信用ならなかったってのは聞いたけど……」

「エメリフィムは要のレナトリアが狂っちまったからな。アイツを殺すのは本意じゃなかったよ。当時の国王ギルファウスは、レナトリアを失ったことで思考が守りに寄りがちでな。ティタニエラは支援はしてくれてたが前線に立とうとはしなかった。とは言え、最後の戦いでは各国の戦士たちがそれなりに揃った。意味があったかは疑問だがな、体裁も大事だ」


 ロアダークの圧倒的な力に対抗できたのは、その時点ではもうゼルレインとスヴェンだけだったのだろう。それでもシルヴェリアはカイオディウムを追い詰めた。勝利の色が濃い方に付いて、戦争終結後の立場を有利なものにしておこうとする動きは国として当然のものだ。


 実質、カイオディウム事変の最終決戦はゼルレイン・スヴェン対ロアダークの構図で、スヴェンが最終的にはロアダークにとどめを刺した。“ネガゼノス”を獲得し、“イラファスケス”の情念と共に抱え込んだ彼は、サリアを失った悲哀を女神に対する憎悪へと変貌させ、“ハルヴァンベント”に乗り込んだ――――総司とリシアが下界で想定したものと、ほぼ同じ経緯だった。


「結果はご覧の通りだ。千年かけてダ女神の命に手が届くところまで辿り着いて、見事に負けて頓挫した。まあ自分でもわかってたがな」


 スヴェンは笑いながら言った。


「体も精神も限界だった……俺は思ってたより弱かったし、薄情な人間だった。薄れていく憎しみとダ女神への殺意を、“イラファスケス”と“ネガゼノス”が無理やり保たせていたようなもんだ。ガタがきた体じゃ、リシアの力を受け止めきれなかった」

「根本から悪になれなかったんだ、お前は」


 リシアが鋭く言った。


「憎悪の炎を燃やし続けるには……お前には情があり過ぎたんだ。最初はごまかしがきいていたが、千年と言う月日が長すぎた」

「どうだか。案外、どうせ無意味だと内心諦めてただけかもな。そこんとこどうなんだ?」




「あなたが私の力を奪うことは不可能ではなかったでしょうけれど、その時“スヴェン・ディージングという個人”の意思が残ることはなかったと思うわ」




 背後から声が掛けられた。リシアの目がかっと見開かれ、線路側に投げ出していた足をダン、とホームに乗せて動こうとした。


 スヴェンが、反転しかけたリシアの体を、肩を掴んで押し留める。総司も、リシアが羽織るかつての自分の上着の裾を掴んで止めていた。


 この不可思議な空間に来てから一度は爆発した感情――――総司の死を嘆く感情を、ここにいる彼にはもう命がないという事実への嘆きを、リシアは無理やり抑え込んでいた。総司が聞きたいであろう「スヴェンの話」を邪魔しないため、やはりこれも総司のために、リシアは自分を律していたのだ。


 その凄まじいまでの自制が、彼女の声を聞いた途端に吹き飛んだ。


「……わかっていたけれど、悲しいものね。我が騎士リシアにそんな目で見られるなんて」


 女神レヴァンチェスカが、情けない笑みを浮かべて、リシアの火の出るような視線を受け止めていた。


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