眩きレブレーベント・第七話① 信じたいがために
騎士団に配属されてまだ日の浅い新人であるところの総司は、この日初めて仕事をサボった。サボったと言うよりは、拒否した。
アレインの私室に調査の手を入れるという仕事に加わるよう、第三騎士団団長であるリシアから指示を受けたものの、その指示を頑として受けなかった。
代わりに、命令無視の罰を受けることもかねて、他の雑務として厩舎の掃除を買って出た。騎士がやる仕事ではないが、総司はとにかく、騎士団が行っている「アレインの捜索と罪の立証」に加わりたくなかった。
アレインはただいなくなっただけではない。
総司がシルヴェリア神殿から持ち帰った、女神救済のためのキーアイテム。
秘宝オリジン、“レヴァンクロス”を持ち去っていたのだ。彼女が持ち去ったと言う確たる証拠は今、探しているところだが、状況から見てアレイン以外にはあり得ない。
城の魔法使い達がこぞって技術を競うように施した魔法の護りを全て力技で突破し、誰にも悟られることなく城から消え失せるなど、アレイン以外に出来る所業とは思えないからだ。
「――――アレイン様の私室から、この結晶が見つかった」
日も暮れかけた頃、一日中うだうだと、掃除と馬の世話を続けていた総司の元に、リシアが訪れた。彼女が差し出すものを見なくても、それが何であるかはすぐにわかった。
「活性化したブライディルガが爆発と共に滅びた時、体内から出てきたものと同じだ」
魔獣を活性化させる原因となった、漆黒の結晶。アレインの私室からそんなものが発見されれば、城が彼女の「罪」をどのように定めるか、考えるまでもない。
「アレイン様は魔獣の活性化について、その秘密を知っている……いや、女王陛下は、アレイン様こそが原因そのものであると、結論付けておられる」
「それは違う」
「私もそう思う」
総司が反射的に言ったとき、リシアもすぐさま同調した。この時、総司は初めて、ハッと意外そうに目を丸くしてリシアを見た。
リシアは決して和らいだ表情はしていなかったが、それでも彼女の真剣なまなざしを見れば、彼女の「同意」は、総司を慰めるための社交辞令ではないとわかった。
「済まないな。昨日のお前とアレイン様の会話を聞いていたんだ」
「……また、気付けなかったな」
総司が自嘲気味に笑う。
「あの御方の言葉に、嘘はなかった。私やカルザス殿、それに陛下に対して、あの御方はとにかく心を開いてはくださらなかった。無論それは、私達があの御方を警戒していたからだ」
リシアもまた自嘲気味だ。
こうなる前に、もっとアレインと話すことが出来ていればと、彼女は悔やんでいた。
昨夜、ブライディルガとの戦いで見せたアレインの勇ましさと、その後の宴会で見ることが出来た、年相応にも見える、ちょっと粗暴だが賑やかでノリの良い姿――――
年頃も近く、もしかしたら身分の垣根も超えて、多くのことを話し合えた相手だったのかもしれないのに。
過去のことに囚われて、彼女をただ警戒することしか出来なかった。
「だが、お前に対しては別だ。気を許していたというほどでもないかもしれんが……あの御方は、お前との約束を違えはしないだろうと、勝手に思っている」
「俺もそう信じてる」
「ならばやることは一つだ」
リシアが総司に向かって、ぽいっと黒い結晶を放り投げた。
総司はそれを受け取ると同時に、力を込めて握りつぶした。ばりっと割れた結晶が無残な破片となって、厩舎の床に散らばった。
「お前を説得し、アレイン様捕縛の任に就けろと、陛下は仰った」
「願い下げだ」
「無論、私もだ。だからこそ私達は行かなければならない」
「……リシア」
「あの御方の真意を問うために。私も聞きたいんだ……アレイン様は何のために戦い、何を為そうとしていらっしゃるのか……少なくとも」
ブライディルガとの戦いを思い出す。
一秒先で死んでいたはずの命を、乱入したアレインに救われた。何も出来ずただ茫然と戦いを見ているだけだった時、アレインはリシアに笑いながら助言した。
その時の笑顔を、昨夜の笑顔を、信じたかった。
「こんなにも情けない私を救ってくださったあの御方に、報いたい」
「……情けねえのは俺だよ。子どもみたいにウダウダと」
掃除道具を片付け、総司はガシガシと頭をかいた。
「シルヴェリア神殿だ」
「あの神殿が以前と様相が違ったのは、アレイン様が密かに手を入れていたから。同意見だ。女神さまがお前に、『アレイン様に聞け』と仰ったのも恐らく、女神さまは気付いておられたからだろうな」
相変わらず、一番大事なことを伝えないことに定評のある女神である。いや、もしかしたら、女神は総司とリシアに、自分で辿り着いてほしかったのかもしれない。
アレインのことまで含めて、辿る道のりは間違っていないのだと証明してくれていた――――そう信じたかった。
「夜に抜け出そう。他の連中に邪魔をされたくない」
「そうだな。今からでも少し寝ておけ。日付が変わる頃、声を掛ける」
「ああ。……もしかしたら、アレインと戦うことになるかもしれない」
「あの御方が本当に敵だったとしたら、な」
「その時は、俺にやらせてくれ」
「……わかった。そうならないことを、心から祈っている」
総司とリシアが連れ立って厩舎を出ていった。
その様子を、厩舎の外の壁に背を預け、女王はじっと見守っていた。
「……よろしいので? 今から騎士たちを神殿へ派遣すれば、あの二人の先を取れますが」
「馬鹿なことを言うな、ビスティーク。ソウシ抜きでアレインを捕えるつもりか?」
「……ふっ。確かに、それは不可能だ」
ビスティークは穏やかな顔で笑い、続けた。
「若人の邪魔をすべきではないと、私が申し上げたのでしたな」
「そうとも。そして正しいよ、お前は。老人はただ、大人しく見守るのみよ」
女王は深く、深く息をついて、空を見上げ、呟いた。
その呟きは、誰に聞かれることもないほど小さいもの。
「娘を頼むぞ、救世主よ……」