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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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巡り会うハルヴァンベント 真章開演 別れ惜しむハルヴァンベント

 下界から「こちら」へ渡ってから、もう何度目かの空間転移を乗り越えて、総司は遂にその場所に降り立った。


 その空間に辿り着いた途端、凍てつくような覚えのある魔力を感じ、総司は反射的にリバース・オーダーの柄を引っ掴んでいた。


 ゼルレインの魔力だ。だが、今まさに戦闘中、というびりびりと叩きつけるような強烈さはなかった。魔力に敏感な総司だからこそ咄嗟に身構えるぐらいハッキリ感じられたのだが、形容するとすればそこにあったのは「魔力の気配の残滓」だ。


 無残に崩れ落ち、壁も屋根もほとんど吹き飛んだ広大な城の跡地。夕暮れの湖畔に佇むその姿は物悲しく、そして雰囲気に似合わない異様な場所――――恐らくは目的地と思しき、何故か燃え盛る一区画だけが不釣り合いに過ぎた。


 総司は周囲を油断なく見回し、気配を探る。


 ゼルレインの魔力に混じって、もう一つ覚えのある魔力――――リシアの“ゼファルス”の気配も確かに感じられたが、それはゼルレインのものよりもずっとかすかだ。


「戦ったのか……!?」


 思わず言葉が漏れた。レヴィアトールによってリシアと引き離されてから、体感としてもそれなりの時間が経ってしまっている。しかもこの空間で、総司もいろんな場所を転々とした身だ。体感がどれほどあてになるかわかったものではなく、現実時間に置き換えれば数日が経過しているという可能性すらある。


 その間に起こり得る最悪の事態が――――リシアとゼルレインの戦闘が起きてしまったとは、総司としても考えたくはなかった。リシアは間違いなく強くなったし、下界でもずば抜けた実力を持つ戦士となったが、史上最強の魔女を相手取るとなれば流石に分が悪すぎる。


 だが不自然だった。既に魔力の気配は霧散しかけているし、剣戟の音も聞こえない。リシアが本気で戦うなら“ジラルディウス”による派手な戦闘にもなるはずだが、全く以て静かなまま。


 総司は剣を手に携えたまま、静かに、既に崩れ落ちて門の体を成していない城の入口から、かつてエントランスとして煌びやかに飾られていたであろう場所へ足を踏み入れた。


 中央付近に血痕がある。滴が落ちた程度のものではない、夥しい量の血が流れ――――渇いた跡。それなりに時間が経ったのだとわかる。


 相棒の姿を見つけた。


 廃墟と化し、ほとんど残っていない城の壁のわずかに残った一部分にもたれかかり、リシアが座り込んでいた。


「リシア!」


 慌てて駆け寄る。そして、気づく。


 口元からも腹部からも血を流した跡がある相棒の体が、わずかも生気を伴っていないことに。


「リシア……? なぁ……え……?」


 目の前の現実をうまく理解できなかった。半ば茫然としながら、そっと相棒の体に触れる。暖かみの欠片もない、物言わぬ冷たい肉体。最早言葉も出なくなりながら、震える手をその首筋に伸ばした。


 反応もなく、そして、脈もなかった。


「……はっ……」


 鼓動が早まり過ぎて、胸部が痛むくらいだった。


 指先から体中が冷え込むような気色の悪い悪寒を感じるのに、顔だけがかーっと熱くなっている。その熱は目元に集まって、頭が理解する前に本能が涙を流させた。


 相棒の肩を抱き、自分の胸元に抱き寄せ、目を見開いたまま硬直した総司は。


 数秒の後、爆発するかのように、慟哭の叫びをあげた。リシア・アリンティアスの冷たくなった体を潰れるほど抱きしめて、腹の底から怒号にも似た叫びを吐き出した。静まり返った夕暮れの湖畔に、総司の慟哭が響き渡った。


 数分も泣き続け、叫び続けただろうか。枯れた声を更に絞り出して、総司が叫ぶ。


「ゼルレイン!!」


 声の衝撃で廃墟がまた崩れそうなほど、強い声だった。


「どっかにいるんだろうが!! 出て来い!! 殺してやるぞテメェ、絶対に……なんで……なんで、俺じゃ、なくて……!!」


 呼びかけに応える者はいなかった。ゼルレインはもとより、いつだって総司の言葉に答えてくれた相棒も、彼の言葉に答えることはもうできない。


 最後に交わした言葉はなんだっただろうか。自分ごと斬れと勇敢にも言った、雄々しいリシアの姿が最後だ。


 いつからだ。今度は自分への怒りが沸き上がり、総司の心はどんどんぐちゃぐちゃになっていく。


 いつから油断した。ハルヴァンベントへの道に入り、よくわからない鉄道の旅などに興じて、これまでの旅路の足跡を辿るように懐かしい顔に出会って――――いったいいつから、油断した。


 敵地の最奥に踏み込もうと言うのに愚かしいほど無警戒に、敵か味方かなんて判断のつけようもない“精霊”相手に無防備を晒して。


 気を張っていればレヴィアトールによる分断は防げた。総司が油断した。リシアは油断していなかった。最速で反応して総司を護ろうと動いた。総司に少しでも気構えがあれば、不用意にリシアの傍を離れず、緊急事態が起きてもリシアの呼びかけに応じて彼女の手を取り、共に危機に立ち向かえた。


 悲愴と憤怒に支配されそうになる心に、思い出の中の言葉が一つ、差し込んだ。


――――短絡的な解決方法を選ばないようにね。きっと総司がこれから向き合うものは、ただ単に悪であるばかりのものではないから。大丈夫、総司になら出来るよ――――


 最も信頼する相棒の体を、丁寧に、大事に、そっと石造りの床の上に横たえ、その傍に跪いて、総司は涙を流し続けた。思考を巡らせるつもりなどなかったのだが、勝手に考えが浮かんできた。


 怒りに任せて敵陣へ突き進むことが、女神レヴァンチェスカの言う「最後の選択」なのか。目の前に何故か未だ炎の燃え盛る、見覚えのある異空間がある。あの場所から、スヴェン・ディージングが待つであろう“女神の領域”まで渡れるのだとして、それで良いのか。


 ゼルレインが親しみを込めた仮面を被って、最後の最後で残虐性を見せたのだと、感情の赴くまま結論付けようとしてもあまりに不自然だ。いや、まるっきり総司にもリシアにもヒトを見る目がなかったのだと言ってしまえばそれまでなのかもしれない。だがそれこそ「短絡的」だ。どんな理由があれ殺しが肯定されるはずもないが、この非道な殺人にもしも、ゼルレインなりの意味と理由があったのなら。


 ハッキリ言葉にはしなくても、言外に「どうかスヴェンに負けてほしい」と願っていた彼女の真意が、この殺人の先にあるなら。


 イルドクリスはあの総司の故郷を模した空間から脱出し、力を取り戻した時にこのことを察知し、悟ったのだろう。だから最後に謝った。だとすれば、イルドクリスが願った「希望を胸に選び取る」とは――――


――――そうなることで初めてお前さんの“剣”は、最後の敵の心臓に届くだろう――――


「あぁ……考えてみりゃ……それが一番……」


 全てを察して、全てを悟って。


 軽く夕暮れの空を見上げた総司の顔は、晴れやかで穏やかで、とても優しかった。


 “どうしてもそうしたい”と思って初めて。


「そうか――――」












 わずかに雲があるだけの、晴れ渡った青空の最中に、その「都市」は存在する。


 完璧な六角形の形をした荘厳なる“女神の領域”、ハルヴァンベント。ただ青空が広がるだけで、海も陸地もない不可思議な場所。ヒトはおろか生命のただ一つすら存在し得ないのに、何故かその場所には間違いなく、小さな教会のような白と銀の住居が立ち並び、まるで下界の「街」を象っているようだ。


 中央には広々と、メインストリートとでも言うべき道――――どこを目指しているのかもわからない、空へ中途半端に伸びるだけの巨大な階段へと続く「最後の巡礼の道」がある。


 “女神の騎士”は、やっとの思いで辿り着いたその道を、静かに、ゆっくりと歩き、進んだ。


 都市の周囲は巨大な石柱が等間隔に並びながら囲んでいる。柱の切れ目の高さはそれぞれまちまちで、神殿と言うには不格好な不揃いっぷりを晒している。それが破壊の跡なのか、それとも元からこうだったのかは、女神レヴァンチェスカを除けば――――


 巨大な階段の上にある踊り場のような平地に佇む彼しか、知り得ないことだ。


 踊り場のような平たい場所には、最後の地を訪れた旅人が一息つけるように、とでも言わんばかりに、小さな石造りの東屋があった。造りは違うが、どこかルディラントの“真実の聖域”にあったような、あの塔の頂上にあった茶会の場所を思わせる雰囲気が漂っている。


 階段の向こうに広がる空は、平時であれば青く澄み渡っていたことだろう。しかし今は、ちょうどフォルタ島からハルヴァンベントへ至る道に続く空のように、禍々しく濃い紫色に変色していた。さながら空が腐食し、侵蝕されているかのようだった。


 風が吹くような物理現象が存在するのか、果たして不明ではあるが。


 この時ばかりはしかし、確かに風が吹いた。緑色のよれた外套がふわりとわずかに翻って、特徴的な天然パーマの髪も揺れた。


 覚えのある蒼銀の魔力を背後から感じ、彼はゆっくりと振り返って――――


 そして、驚愕に目を見開き、その驚きを隠そうともしないまま硬直する。くわえた葉巻を思わずぽとりと落としてしまったところからも、彼の動揺が見て取れる。


「……“こっち”に来てからのお前らのことは、見てなかったんだよ。下界しか見えねえもんでな」


 声も、外見も、“あの時”と同じ。


 幻想のルディラント、否、“真実の聖域”で出会った頃と同じそのままの姿で、スヴェン・ディージングは“女神の騎士”を出迎えた。例えば悪性変異を遂げたネフィアゾーラのように、不穏なひび割れが体や顔に入っているようなこともなければ、異形の化け物に変貌してしまっているということもないし、現状では精神性すら変わっていない。あの頃のままのスヴェン・ディージングがそこにいた。


 全てを察したのだろう。驚愕の表情が哀しげに陰って、少しばかりの優しさと同情を帯びた。


「まさか“そう”なるとは、思ってなかった。ひっでぇ面だぜ、感動の再会だってのに」


  懐かしい呼び方で、告げる。



「久しぶりだな、“お嬢さん”」



「その呼び方はやめろと言ったはずだ。……会えて嬉しいよ、スヴェン」



 階段のふもとでは、“彼”と同じ蒼銀の魔力を煌めかせ、涙の跡も泣きはらした目元も、隠そうともしないまま。


 レブレーベントとルディラントの紋章を掲げる白のジャケットを羽織り、彼女が身に着けるには少々長い袖をまくり上げて、大振りの剣を引きずるように携えて。


 “女神の騎士”リシア・アリンティアスが、哀しく虚ろな眼差しで、わずかに乾いた笑みを浮かべて、“最後の敵”スヴェン・ディージングを見上げていた。


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最終決戦直前でしんどすぎる……
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