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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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巡り会うハルヴァンベント 第二話② 救世主の”敵”

 一番前の車両まで足を運んでいた総司は、列車が速度を落とし始めると同時に目的地が見えたこともあって、急いでリシアの元へと戻った。


 到着と同時に、景色は様変わりする。満天の星空はどこまでも突き抜けるような昼の青空へと変貌し、列車が行き着いた駅のホームは何と海の浅瀬の只中に存在する格好となった。線路も浅い海の砂浜に敷設された形になっていて、総司の知る現実世界の列車であれば当然走ることなど出来ない状態だ。


 総司の目には、その場所が一瞬だけフォルタ島の砂浜に見えた。どこまでも続く真っ白な海岸線が直近の記憶と重なったが、すぐに違うと理解した。


 記憶の中にもう一つある。美しい空、蒼い海、どこまでも続く幻想的な海岸線。そして――――


「ッ……そうか、お前は――――」


 槍を携えた海風の魔女の姿を象る「水」。つまりは――――


「レヴィアトール、か……」


駅のホームを降りたその場所が浅瀬であり、『彼女』はすぐそこにいるものだから、ゼルレインも列車の扉のところから顔を覗かせていた。かつての彼女そのものではないが、ゼルレイン・シルヴェリアにとっても懐かしい姿だ。腕を組んで、ふっと笑みを零す。リシアがぴくっと反応して振り向いた。


「いかがなさいました?」

「いいや……こうして改めて見ても、うら若き乙女らしく華奢なものだと驚いてな」


 感慨深そうに、そして少し悲しそうに、かつてを思い出しながら呟く。


「そうだった……“あの時”も、同じことで驚いた。すっかり忘れていたよ。あまり思い出したくもなかったが」


 察しの良いリシアはそれだけで、ゼルレインが「いつ」のことを口にしているのかを悟り、視線を外して泳がせた。


 ゼルレインの悲しげな表情と声色から、ロアダークに敗れ倒れ伏したサリアに駆け寄り、その安否を確かめた時のことを言っているのだと類推できてしまった。


「今思えばあの時、お前は……もういないはずの、再現された使い手の呼びかけにすら、応えてやってくれたんだな」


 因縁深きレナトゥーラ、共闘までしたネフィアゾーラとは違って、レヴィアトールと総司の間に「縁」と呼べるものはほとんどない。その使い手であるサリアと戦い、“伝承魔法アウラティス”によって魔法として発現したレヴィアトールを総司が打ち破った。そしてその先にいるサリアを斬った――――ただそれだけの関係性。


 それでもかの存在は来てくれた。その理由が、総司にはわからない。


「会えて嬉しいよ。けど、ネフィアゾーラみたくとはいかないんだろうが、せめてお前が何を伝えたいのかわかるようにはできないのか? せっかくこうして会えたんだ。どうにか……話せるもんなら話してみたいんだがな……」


 レヴィアトールの反応はなく、総司は残念そうに目を伏せる。


「――――そうだな」


 聞こえるか聞こえないか、本当に小さな呟きだった。リシアの耳がか細い音を確かに捉えていた。


「そろそろ“束の間の安息”も終える時が来たようだ――――教えてくれ、お前の判断を」


 感傷に浸るあまり、総司が見落とした可能性。


 レヴィアトールにヒトとの意思疎通の手段がないのではなく、意思疎通を図る相手が総司やリシアではなかったのだとしたら。


 総司とリシアが感知できない何かが今この瞬間、レヴィアトールとゼルレインの間で交わされていたら――――


「大したものだ」


 総司が違和感に気づくよりも早く、リシアの体は、二人よりも少し前に出てレヴィアトールに歩み寄っていた総司の元へと動いていた。


 ゼルレインは間違いなく総司にとっての敵だったのに、勝手に「ひとまずは安全だ」と断じていたのは総司とリシアのミスだ。ゼルレインの謎めいた呟きですぐにその可能性に思い当たっていながら、リシアはゼルレインの方へ気を逸らすことなく総司へ跳んだ。騙された可能性に憤る時間すら惜しいとばかりに。


 しかし間に合わない。


 浅瀬と思えない強い波と、渦巻く水の流れに行く手を阻まれ、リシアは硬直してしまった。魔力制御による身体能力の強化も意味を為さず、“ジラルディウス”の展開も出来なかった。


 圧倒的な膂力を持つ総司も同じだ。急激に様相を変えた海から抜け出そうとしても、どうにも動けなくなっていた。


「うおっ……!」

「ソウシ!」

「さすが、救世主の相棒らしい動きだ」


 リシアが総司へと手を伸ばしたが、届く距離ではなかった。伸ばされた腕をパシッと掴んだのは、総司ではなくゼルレインだった。


「だが済まないな。お前はこっちだ」

「ゼルレイン様、あなたは――――!」

「なに、お前の危惧しているようなことにはならんよ」


 ゼルレインは微笑んでいた。全く悪意も敵意も感じさせない、優しい笑みだった。


「ソウシに危害が及ぶことはない」

「ソウシ!」


 ゼルレインの眉がぴくりと動いた。


 総司が渦巻く水に足を取られ、もう半身を飲み込まれながら、剣を大きく振りかぶっていた。蒼銀の魔力がゴウッとうねりを上げる。


「躊躇うな、“私ごと”だ!」

「つくづく恐れ入るよ」


 総司が剣を振り抜く。ほぼ同時に総司が海へ飲み込まれていく。


 そして総司の渾身の一撃も届かず、リシアとゼルレインもまた、渦の中へと消えていった。









「及ばぬとわかっていて私に剣を向けるか。勇敢だな」


 海の中に引きずり込まれたはずだったが、リシアもゼルレインも濡れた様子はなく、息苦しさを感じることもなかった。


 放り出された先は、夕暮れの湖畔の中央にある島に佇む巨大な城――――の、跡地。随所に黒く煤けた跡が見られることから、どうやら焼け落ちて廃墟と化してしまった城のようだ。


 例えば現在のシルヴェンス城のような煌びやかさはなく、どちらかと言えば高さがさほどない「屋敷」と「城塞」の機能が一体化したような造りだった。それなりに巨大な城だったようだが、今や見るも無残で、天井が残っている箇所の方が少なかった。


 この空間がただの「城の跡地」でないことは、リシアにもすぐわかった。


 物悲しく夕暮れの湖畔に佇む古城――――城の大部分にはその形容が当てはまるが、一部には当てはまらない。


 火種も何もないだろうに、リシアとゼルレインが向かい合って立つ現在地の反対側が、未だ煌々と燃え盛っているのだ。不自然に暗がりに沈み込み、暗闇の中は城の輪郭程度しか見えないのだが、燃え盛る炎だけはハッキリと視認できる。


 そして不可思議なその一部分だけは、湖の上ではなく、どこまでも落ちていきそうな星空をその足元に広げているのである。


 リシアであれば当然、すぐに解に辿り着く――――あの場所こそ、総司がかつてリシアに語った「初めて敗北した場所」だ。総司とゼルレインの邂逅があった神秘の領域。


 リシアはレヴィアトールによって、「鍵」となり得るその場所へ全ての過程をすっ飛ばして放り出されてしまったのだ。


「無論、本意ではありません」


 レヴァンクロスを構え、既に“ジラルディウス・ゼファルス”を展開した状態で、リシアが極めて冷静に、しかし厳しい声で言う。


「だろうな」

「どうかご説明いただきたい。それが叶わぬと仰るのであれば……刺し違えてでも、今ここであなたを討つ」


 アレインを相手取ってすら、片目片腕で事足りると豪語したゼルレインと戦って、リシアに勝ち目があるはずもない。総司と離れ離れになってしまった今、リシアから明確に敵対の意思を示すのは愚策かもしれない。それでも剣は引けない。ゼルレインが今この時、ついに敵対的な行動を取るのであれば、たとえ一縷の望みすらなかろうと、リシアには戦って散る選択肢しかないのだ。


 最悪の展開は、ここでリシアが人質に取られてしまうことだ。ゼルレインが未だスヴェンへの想いを募らせたまま、彼の悲願に対しリシアの想定以上に協力的で――――これまでの態度は全て嘘で、総司を封殺するために動いていたのだとしたら。そしていかにゼルレインとて、女神救済の旅路を経て成長した“女神の騎士”を正面から相手取るのが厳しいと判断したなら、最も効果的な手段はリシアを人質に総司を脅すことだ。そうなるぐらいならいっそ戦って散る。その覚悟は決めているが――――


 リシアはきっと目を細めた。己の思考の矛盾を既に悟っているからだ。


 そもそもこの場所に至るまでに、「正面から相手取る」ことなく総司を殺す機会などいくらでもあったのだ。コンパートメントで菓子をつまんでいる時にでも、容易く首を刎ねられたはずだ。だから読めないのだ。ゼルレインが今この瞬間、敵対的なのかどうかが。


「もちろん」


 ゼルレインは柔和に微笑んで、意外なほどあっさりと頷いた。


 そしてその敵意のなさとは裏腹に――――手元にバチバチと紫電を纏わせ、轟く雷鳴と迸る雷光の中から両刃の大剣を取り出しつつ――――しかし相変わらず微笑んだまま、語る。


「聡明なお前には相応しくないほど丁寧に、事情を説明するとしよう。しかしその剣を下ろす必要はない――――刃を交えることになる未来は、恐らく揺るがないだろうからな」


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