表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
342/359

巡り会うハルヴァンベント 第二話・閑話 ささやかな褒美を

「事前連絡もなしに申し訳ありません。ティナ王女殿下の寛大な御心に感謝いたします」

「どうかそのように畏まらないでください、アレイン様。心から……心から、お会いしたく思っておりました。まさかこんなにも早く、その願いが叶うとは」


 総司とリシアが「入口」の向こう側へ渡り、リスティリアの空模様が一変してから二日後の夜。


 アレインはローグタリアからエメリフィムへと渡り、王都フィルスタルの王城に入っていた。


 突然の来訪ではあったが、まず王城に詰めていたトバリがアレインに気づき、続いて側近であるジグライドが対応し、アレインを『紅蓮の間』へと招き入れた。


「明日の朝を待とうかとも思ったのですが、一目王城を見ておこうと近くまでやってきたところ、見つかってしまいまして」


 アレインが微笑を浮かべながら視線を流した先には、タユナ族のトバリの姿があった。


 総司と結託し、共にレナトゥーラと戦ったタユナ族随一の強者にして戦闘狂。今宵王城を訪れていたのはリズーリの計らいによるものだった。レナトゥーラを打破したのちの王家とタユナ族は、エメリフィム内の数ある種族の中でも特に友好的に繋がっており、「戦力」としては優秀なトバリは度々、タユナの里と王城を行き来させられていた。


 己の欲求に素直なトバリが大人しく従っているのは、その方が面白いからと思っていたからだが、彼女の勘は今回もあたりを引いたようで、レブレーベント王女の来訪と言うビッグイベントに居合わせることになった。


「実に優秀な兵を抱えていらっしゃる。未だ国内は波乱含みと伺っていましたが、杞憂のようですね」


 円卓に腰かけ、アレインは優雅な所作で差し出された紅茶に顔色一つ変えず口をつける。実は紅茶が苦手なアレインだが、せっかくのもてなしに手を付けないのも無礼というものだ。友好的であることを示す意味もある。


「気づくなという方が難しかったですが」

「それにしたって大したものよ。何より早かった。タユナ族と言うのはそういう能力に優れるの?」

「機密事項ということで」

「あら、残念」


 トバリがくすくすと笑う。王城の前にふらりと、隠し切れない覇者の気配を纏って現れたアレインに反応して出迎えた際に、既に自己紹介は済ませた間柄である。


 ティナはどこか緊張した面持ちでこほん、と咳払いして、話を切り出した。


「殿下の騎士たちのおかげで、我が国は窮地を乗り越えました。感謝の言葉もありません」

「あの二人は救世の使命を全うするうえで必要なことと、この国で命を賭けたまで。レブレーベントへの借りなどと思われませんよう。感謝と言うならばこちらの方こそ。対価もなく“オリジン”の譲渡を願った無礼をお許しください」

「当然の措置です。空の変貌を鑑みるに……彼らは『あちら』へ渡ったのですね」

「ええ。先日までローグタリアにおりましたので、ちょうど見送ってきたところです」


 ティナが目を見開いた。


「ローグタリアに……?」

「数日前、異常に強力な魔力がローグタリアの方角から我が国まで届いておりました」


 ジグライドが口を挟んだ。


「“神獣王アゼムベルム”の顕現と推察しておりましたが、もしやアレイン殿下は共に戦っておられたのですか」

「へえ」


 アレインが一瞬だけ、ピリッと気配をとがらせた。柔和な表情のまま、ジグライドへ視線を向ける。


「神獣王の名を知っている」

「畏れながら、わずかばかりではありますが、イチノセにアゼムベルムの情報を伝えたのは私ですので」

「素晴らしい」


 アレインが感心したように頷いた。


「どれほど恵まれた旅路だったのか、アイツがどこまで自覚しているのやら。説教する時間が足りなかった」

「ソウシとリシアの援護に向かわれたのですね……」


 ティナがぎゅっと、膝の上で拳を握った。


 アゼムベルム顕現の瞬間、異様な力を感じ取っていたのはエメリフィムにいたティナやジグライドも同じだ。しかし、アレインと違ってティナには力がなく、今のエメリフィムに増援を送るような余力もなかった。軍を編成して向かわせたのでは、時間的にも間に合わなかっただろう。


 だがアレインは行ったのだ。そして総司と肩を並べて、共に強敵と戦った。同じ王女であり、総司と縁のある立場なのに、自分にはそうできないという現実が、ティナには少し悔しかった。


「お気になさいませんよう。あの二人が増援を願ったわけではありませんよ。勝手に行っただけです」


 アレインがきっぱりと言った。


「何より私が間に合ったのは神獣の助力あればこそ。レブレーベントに住まう神獣ビオステリオスが行くというので、ついでに乗せてもらっただけですから。私の参戦がどれほど戦局に影響したのかも定かではありませんし」


 過ぎた謙遜ではあるが、アレインの心遣いを思い、ティナは笑みを見せた。


「二人はどうでしたか。元気なまま、最後の試練に向かいましたか?」

「ええ、万全な状態で向かっています。これでダメなら我々も諦めるしかありません」


 アレインが軽い調子で言うので、ティナの緊張もようやくほぐれた。


 エメリフィム城の『紅蓮の間』で、側近も傍にいる状態での会談なのだから、ティナにとっては完全に「ホーム」ではあるのだが、いかんせん、アレイン・レブレーベントと言えば繋がりの希薄なリスティリアにあっても、各国の間で名を馳せる希代の天才である。無意識に身構えていたのは否めない。


「世界の滅びとやらがどのようにして訪れるのかわかりません。下手をすれば一秒後には全部消えてなくなるかもしれない」

「怖いことをおっしゃいますね」

「ですのでそうなる前に、あの二人がお世話になった方々の話を聞いておきたいと思いまして。間に合うかはわかりませんが」


 アレインが苦笑しながら言う。


「エメリフィムでのソウシとリシアと――――そしてティナ様の、皆さんの冒険譚を、是非お聞かせ願えますか?」

「喜んで! そろそろ食事の用意も整う頃合いです。こちらへ運ばせますので、食事と――――お酒は嗜まれますか?」

「お許しいただけるのであれば、そちらも是非」




 最初こそ緊張感があったものの、ティナがいつもの調子を取り戻したのもあって、非公式な宴席は和やかに進んだ。もう一人の側近であるシドナも加わり、エメリフィムの面々はレナトゥーラを中心とした一連の事件の顛末をアレインに話して聞かせた。この場にいないリズーリがあとで聞いたら「何故トバリが同席してわらわがいないのじゃ!」と文句を言いそうなものである。トバリは嬉々として報告するだろうが。


 総司がアルマの罠にかかって、エメリフィム滞在期間の大部分を「力を封じられた状態」で過ごしたというくだりでは、アレインから明らかに怒気――――というよりほとんど殺気みたいな不穏なオーラが発散され、ティナが「しまった!」と冷や汗を流し、ジグライドが何とも言えない顔で天井を見上げたが、喋ってしまったものは仕方がないので二人とも気にしないことにした。


 非公式とは言え王女同士の会合らしく、上品で丁寧な振る舞いを続けていたアレインから、「どこまで間が抜けてんだあの馬鹿は……」という冷たい声が聞こえた時、ティナは真っ青になったのだが、数秒で殺気が収まったのでほっと胸をなでおろす思いであった。総司が全てをやり遂げた後、こちらへ帰ってきたとしたら、アレインから追加のお説教があるかもしれない。


 エメリフィムでの大事件の話を聞き終えたアレインの感想はというと。


「――――あの二人が見事強敵を討ち滅ぼしたというのは喜ばしいですが……二人の脇の甘さがなければ、皆さんがそこまで苦労することもなかったのでは……?」

「そんなことは! ソウシもリシアも我らの英雄です、二人がいなければこの国は滅んでおりました!」

「我が主の言う通り、二人は身命を賭して巨悪に立ち向かってくれたのです。どうか、アレイン殿下からも労いのお言葉を……」

「……まあ、結果だけ見て非難するというのも酷かもしれませんね」


 アレインが仕方なさそうに苦笑する。


 アレインの率直な感想として、総司にもリシアにも「落ち度」があるように思える話の内容だったのだ。


 賢者アルマが「黒」だと確定したのは、リシアが決死の突撃をかまして暴いたから、と言うのが、同席しているトバリの証言だ。アレインからすればその時、初手できっちり首を刎ねていればと思うのである。レナトゥーラの復活は免れなかったようだが、総司の弱体化は防げたはずだ。賢者アルマは防御に優れた魔女だったとのことだが、リシアであれば不可能とも言い切れないように思えた。その時ちゃんと「全身全霊」だったのなら。


 総司にしたって、最後の最後、ティナとジグライドが窮地に陥っていた時、カトレアと戦っていたのはそもそも「何故」だ。カトレア相手だと冷静さを失うきらいもあったようだし、安い挑発に乗って離れていたとしか思えない。元々は王城付近にあると予想される総司の弱体化の礎を捜索する、という目的で出撃していたはずなのにだ。


 カトレアを追った先に“ルディラント・リスティリオス”の覚醒があったのだから無意味ではなかったのだが、緊急時に勝手な動きをしていたのも事実である。


 無論これは結果論であるし、二人にことさら厳しいアレインだからこその感想だが。


「“怨嗟の熱を喰らう獣”……リシアの手紙に書いてありましたが、“伝承魔法”の真髄の果てにそういう結果があるというのは、継承者としても興味深い話です」


 ワインの香りを楽しみ一口飲み下しながら、アレインが静かに言う。ジグライドがぐっと身を乗り出した。


「やはり“特殊”と思われますか」

「ええ。我が“クロノクス”の真髄も確かに――――“獣”にも見える姿の存在を、疑似的に召喚する……しかしお話にあった“レナトゥーラ”とは全く違う。“伝承魔法”の力の源泉たる“精霊”という上位存在について考えさせられる性質です。“イラファスケス”の継承者と私とでは、“伝承魔法”に対する考え方や理解の仕方が全く異なるのでしょうね」

「“イラファスケス”だけを見ると、継承者と言うよりは、レナトゥーラが下界に顕現するための器、或いは装置というようにしか思えませんからな」

「もしかしたら全ての“伝承魔法”に通ずるのかもしれません」


 ティナが目を見張る。アレインはワインをグラスの中で揺らしながら言った。


「私の“クロノクス”もまた、その先にいる“ゾルゾディア”の意思によって行使されているのかもしれない……上位存在であるあれらが何を考えているのやら、我々には推し量ることすらできませんが」

「私は、王家が継ぐ“エネロハイム”を使えないので、何ともわかりませんが……アレイン様は、その……ゾルゾディア? と言葉を交わしたりすることはあるんですか?」

「ありませんね。確実なことは言えませんが、恐らくこの先もそれはない」


 ティナの興味本位の質問に、アレインはハッキリと答えた。


「しかしそれもまた画一的ではないようです。一部の“伝承魔法”継承者が、例えば夢の中で“精霊”と意思疎通をした、というような昔話も聞いたことがあります。それが単なる『夢』でしかないのか、本当に“精霊”が継承者と意思疎通を図ったのか、定かではない」

「先代のアルフレッド王からも、そのような話は聞いたことがありませんね」


 ジグライドが微笑を浮かべ懐かしむように言う。


「だが、もしかしたら殊更に気さくな“精霊”がいるやもしれぬというのは、大変興味深い」

「レナトゥーラは意思疎通どころか、継承者の心を“蝕む”勢いで影響を与えていたのでしょう? “精霊”側が本気になれば、下界であってもそれほどの『強度』で干渉ができると。私も今一度気を引き締めねばなりませんね」


 話もそこそこに、アレイン歓迎のささやかな宴が終わりを迎えようとした頃、アレインがすっと羊皮紙を取り出して、最後の話を切り出した。


「最後に一つ、お願いしたいことがございます」


 ティナがすっと居住まいを正し、ジグライドの顔つきが優れた文官のそれに変わった。ティナに代わってジグライドが書類を取り上げ、内容を改める。


「……面白いことをお考えになる」

「ソウシ・イチノセがもし、無事に“こちら”に帰還した場合の話ですが」


 アレインが静かに言う。


「彼が救世の旅路を歩んでいると各国の為政者が既に把握し、“オリジン”を託すことでその支援をしている以上、世界救済になんの褒賞もないのでは格好がつきません。とは言えあの男は、金銭に大きな価値を見出す感性を持っていない……ということで考えてみたのです。あの男が喜ぶ褒美をね。既にローグタリア皇帝の調印はいただいておりますが、このことについてはやはり、『全ての国の許し』がなければ」

「レブレーベント女王陛下の調印がないのはなぜです?」

「実はこれを思いついたのが、ローグタリアでの戦いの後、アイツと話してからだったもので」


 アレインが苦笑した。ティナがひょいとジグライドから書類を奪って、シドナやトバリと一緒に目を通し、目を輝かせた。


「我らが女王陛下が反対する可能性は限りなくゼロに等しいとしか、この場では申し上げられません」

「素敵な……とても素敵なことを、思いつかれるのですね。ソウシとリシアの思い出話、私たちも聞き及んでいます」

「さて、いかがなさいますかな、ティナ様」


 結論はわかり切っているが、ジグライドは念のために聞いた。


「是非もないことです! すぐにでも王印を持って来ないと――――」

「アレイン殿下のご提案は、古来より様々な争いの火種となってきた事案にまつわるもの――――我々意思ある生命がこの世界で生きる上で、常について回るとても重要な問題です。感情だけで決断を下すのはよくありませんな」


 ティナがむっとしてジグライドを睨んだ。


「では、反対だと?」

「いいえ、まさか」

「もうっ! あなたはいつもそうやって……! 少し待っていてくださいね、アレイン様。すぐ戻りますから!」


 ティナががたがたと慌ただしく立ち上がり、『紅蓮の間』を足早に出て行く。アレインはくすくすと笑って、


「優秀な補佐役ですこと」

「走り出すと止まらない御方ですので。茶々を入れていったん止めるのが私の仕事です」

「これから全ての国で同じことをなさるおつもりですか?」


 トバリが酒を飲みながらいたずらっぽく聞くと、アレインが頷いた。


「ええ、まあ。ティタニエラが問題ね。リシアの手紙によればカイオディウムでひと悶着あって、ティタニエラとも縁を繋ぐことになった、みたいなことが書いてあったから、そちらで聞いてみるつもりだけど……」

「王女殿下がわざわざそこまで骨を折るということは、信じて疑っていないということですね。彼の帰還を」


 アレインが一瞬、言葉を切った。


「少しでも無駄骨に終わると思うなら、こんなことはしない……各国の為政者を巻き込むような真似を、決して」

「……確かに、一国の王女としては、軽率な行動でしょうね」

「でもすごく素敵なことです。ティナの言う通り。ちょっと、そんな余計なこと言って何になるの」


 シドナが慌てた様子でトバリを諫めた。アレインは特に気にしていない様子だった。


「ただ、そこはアイツのこれまでの頑張りに甘えようと思って。それで責められるような安っぽい縁ではない――――なんて、これも王女失格かしら」

「いいえ。咎めるつもりはありませんよ。私が冗談めかして言ったことが真実だったようだと思いまして」

「冗談?」

「あちらの大陸で王女様を口説いて回ってきたんですか、とソウシに聞いたことがあったのですよ」


 トバリが色っぽく言うと、アレインは肩を竦めて首を振った。


「アイツの口からそんな色っぽい話、一度も聞いたことがないわ。むしろ聞いてみたいものね、どんな顔で愛を囁くのか興味がある」


 トバリは意味深な瞳でアレインを見つめた。アレインは涼しい顔のままだった。


「どうあれ、殿下の御心遣いが花開く未来を願うばかりです」


 ジグライドが微笑を浮かべる。


「何も出来ないことを歯がゆく思ってもおりましたが……己の浅慮を思い知りました。確かに、無責任にも全てを託したからには……彼らが戻ってきた時に何が出来るかを考えることこそ、我らに出来る唯一の行動だ」

「そこまで大袈裟なものでもないけれど」


 近づいてくるティナの足音を聞きつけ、アレインが居住まいを正した。


「下らぬ見栄と笑ってください。あぁもちろん、いずれあの二人が帰ってくる時にも、ここでの会話は内密に願います」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ