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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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巡り会うハルヴァンベント 第一話④ 下界の理の外で

 形ばかりの「駅」が、星空のただなかに浮いていた。ホームも一つしかない、田舎の無人駅よりも更に侘しい小さな小さな駅。総司とリシアは列車を降りて、正面に浮かぶ「浮島」と、そこへ続くとぎれとぎれの階段を見上げた。


 列車は発車する気配もなく、静かに総司たちの帰りを待つつもりのようだ。ゼルレインも扉までは来たが、降りる気はないようだった。


「あぁ、そうだ」


 思い出したように、ゼルレインが言う。


「時間はどれだけかかっても構わんぞ。お前たちを置いて走り出したりはせんよ。腰を据えてやってこい」

「やってこいって、そもそも何が待ち受けてるって――――」


 ガーっと扉が閉まって、ゼルレインが軽く手を挙げた。さっさと行け、の合図。総司は仕方なさそうにリシアの方を向いた。


「行くか?」

「……それしかなさそうだな。とにかく、あの階段を登ってみよう」


 二人は駅を出て、見たことのない黒い金属で出来た階段に足を踏み入れた。黒の金属に深い蒼のラインが走る、機械的にも見えるその階段に何気なく足を掛けて――――


 ズドン、と肩にのしかかるような重圧と共に、悟る。


 そう言えばこの色合いも見覚えがあるように思っていたのだ。しかしすぐには思い出せなかった。記憶の中に間違いなくある凄まじい力の気配に気圧されてようやく、二人は「何が待ち構えているのか」を悟る。


「……そういうことかよ……!」


 階段の上から強すぎる力に押されている。油断すれば転がり落ちてしまいそうなほど。総司とリシアは力強く階段を登っていく。


「しかし、何故“彼女”が……? 確かに考えてみればここは、『下界の理の外』と言える場所だろうが……」

「さぁて、アイツがどういうつもりかなんてのは考えてもわからねえが……すぐに教えてもらえるんじゃねえかな。もう“すぐそこ”だ」


 階段を登った先には、階段と同じ材質とデザインで出来た、だだっ広い神殿の広間のような空間があった。


 満天の星空に包まれた円形の台座を、複数の柱が囲っている。そしてその中央に彼女はいた。


『神獣王の討伐、お見事。私と一緒に戦ったアレより強かったでしょうけど、うまく切り抜けたみたいで安心したわ』


 ネフィアゾーラ――――崩壊したシルーセンの村で総司と共に巨悪と戦ってくれた“精霊”。哀の君マティアによれば、“伝承魔法”の力の源泉たる精霊の中でも「戦いにおいて特に強い」と目されている、別格の存在。


 シルーセンで出会った時と同じ格好だが、あの時とは少しだけ見た目が違った。


 “精霊”は本来、リスティリアの下界に好き勝手に顕現したりはできない存在だ。下界の生命が行使する「魔法の結果」として姿かたちが出現するか、特殊な手順を踏んで疑似的に顕現を果たすか、いずれにしてもリスティリア下界の魔法的な何らかの行為がなければならない。


 ネフィアゾーラはその法則を歪ませて、今代の“ラヴォージアス”継承者であるセーレを助けるため、“怨嗟の熱を喰らう獣”レナトゥーラに近い「悪性変異」という手段を選び、体がひび割れるぐらいの無茶を押し通して下界に無理やり現れた。総司と共に戦った時はそのダメージが体に残っていたが、今はそれが随分と薄くなっている。時間が経って回復してきているということだろう。


「……いろいろと助けてくれてありがとな、ネフィアゾーラ」

『あなたの習熟度では、大した戦力にはならなかったようだけど』


 ネフィアゾーラの声色には、わずかな呆れが込められていた。


『予想通りではあったけどあなた、魔法に関してはとんでもなく不器用ね。繊細さの欠片もない』

「うるせえな、良いだろ、勝ったんだから」

『ま、それはそう』


 ネフィアゾーラがくすっと笑った。


『どうあれ結果が全て。その通りよ。あなたはあらゆる試練に打ち勝って、ついにここまで来た。ようこそ我らの場所へ。歓迎するわ』

「……俺達を待ち構えていた理由は?」

『察しはついているでしょう』


 ネフィアゾーラの圧が強まる。


 下界の理の根幹そのものとも言える「重力と斥力」を操る“ラヴォージアス”、その源泉。


 確かに能力そのもので言えば、“ラヴォージアス”という魔法はエルフの“古代魔法”まで含めても別格と言っていいぐらいに強力無比である。総司が魔法に関して不器用でなければ、もっと楽に神獣王を倒せたぐらいには、魔法そのものの性質が強すぎる。


『ここまで辿り着いたとは言え、はたしてあなたに世界が救えるのかどうか。試してあげる。かかってきなさい』

「本気か……!」

『でなければわざわざ来ない』


 総司がリバース・オーダーを振りかざした。リシアが慌てて割って入った。


「待ってくれ! ネフィアゾーラ、申し訳ないが私には無意味にしか思えない戦いだ!」


 ネフィアゾーラが目を細めてリシアを見た。


「もしソウシが、あなたが満足するだけの『成果』を見せられなかったとして、どうするというんだ? ここから下界へ叩き帰すとでも言うのか? “精霊”として世界を心配するのはもっともだが、もはやそのような段階では――――」

『……そうねぇ』


 ネフィアゾーラの笑みに、どこか嗜虐的な色が見えた。


『私が満足しなかったその時は、あなた達二人ともここで死ぬだけよ。私を納得させられないならどうせこの先で死ぬのだし、遅いか早いかだけでしょう』

「そんな無茶苦茶な――――!」


 先制したのはネフィアゾーラだった。リシアとの議論に意味を感じなかったのか、もう何も言うつもりはないのか。鋭く振るった腕の動きに合わせてリシアの体が吹き飛ばされた。


 強烈な力が加わったが、ダメージはない。リシアはざあっと広間を滑り、端にまで追いやられた。


 リシアが態勢を立て直して視線を戻した時には、総司の剣がネフィアゾーラの眼前にまで迫っていた。


 凄まじい轟音と衝撃が広がる。蒼銀の魔力と漆黒の魔力がぶつかり合い、拮抗する。稲妻のように迸る魔力の中心で、総司とネフィアゾーラが剣を隔てて睨み合う。総司の剣はネフィアゾーラには届かないが、しかし弾かれもしない。力と力が正面からぶつかり合って、状況はリシアには介入しようのない戦いへ昇華されようとしている。


「どうして、この期に及んでそんな……!」


 リシアは顔をしかめて絞り出すように言ったが――――彼女の心配は、そもそも杞憂だった。


『ん。十分』


 ゴウッ、と魔力が霧散する。ふわっと総司の体が優しく弾かれて、総司は軽やかに着地する。


『いいんじゃない。いいとこ互角、ひいき目ナシじゃあそれ以下って感じではあるけど、芽はありそうだし。叩き帰さなきゃいけないほどじゃないわ』


 リシアへの返答は演技だったようだ。総司の実力を確かめたかったという想いもないわけではなかっただろうが――――彼女の目的は、この先にあった。


『勝率が少しでも上がるように話をしに来たの。無用な警戒をさせてごめんなさいね』

「良いさ、あの時よりマシになってたか?」

『一緒に戦った時からまだ数日でしょう。力は大して変わっていないけれど――――』


 ネフィアゾーラが楽しげに笑った。


『振るう刃に迷いはなさそう。あなたの度が過ぎる甘さを思えば、それだけでも及第点ね』

「そうかい。で、話ってのは?」

『彼は私の力も持ってる』


 総司の目が驚愕に見開かれた。リシアも、想定外の情報に言葉を失っていた。


『シルーセンの村の成り立ちを知るあなた達なら、“何故”の解はすぐに得られるでしょう。特に相棒さん、あなたならなおのこと、すぐにね』


 ネフィアゾーラがヒントを交えつつ、リシアへと会話の矛先を向けた。ネフィアゾーラの期待通り、リシアはほんの数秒で答えを得た。


「“ラヴォージアス”を受け継ぐ家系は、元を辿ればカイオディウムに属していたということか……! カイオディウム事変の時には既に『家』の中で分裂が起きていたんだな……エルテミナに絆され戦線に出た者と、そうでない者とに分かれていたと……そしてエルテミナに対する抵抗勢力は、シルーセンへと渡った……」

『ご明察。自分で言うのもなんだけどね、私の力は――――あなた達の言う“伝承魔法”の中でも最強の一角よ。そうねぇ、戦闘に限って言えば……“ラヴォージアス”と“ネガゼノス”は抜きんでていると思ってくれていいわ』

「……俺達が得た情報通り、ロアダークにとどめを刺したのがスヴェンなんだとしたら」

『特に強い二つが、どちらも彼の手の中にある』

「……そのうえで『よくて五分』か。評価が高くて嬉しいよ」

『アゼムベルムと戦う前、少しだけ話したけれど。覚えてる?』


 総司がすぐ頷いた。


「“ラヴォージアス”の使い方のコツを教えてくれたよな」

『今一度思い出しておきなさい。“均衡”こそ我が力の根幹。これは“ラヴォージアス”を使う時だけでなく、相手取る時も重要になる』

「わかった、肝に銘じておく」

『……さて、このぐらいかしらね』


 ネフィアゾーラがため息をついた。


『レヴァンチェスカは“この状況”を想定していたのかいなかったのか、わからないけれど……あなたの例の魔法は私と使ってもダメみたいね。あなたにも“ラヴォージアス”を渡せれば話は早かったのだけど』

「気持ちだけ受け取っておくさ。……世話になりっぱなしだな、ネフィアゾーラ。ありがとう」

『私はセーレと再び会う未来をとても楽しみにしているの』


 ネフィアゾーラは少しだけ微笑んだ。


『あなたに負けられては困る理由、それだけでは足りないと思うかしら』

「いいや。ネフィアゾーラが思い描く未来を――――楽しみにしている未来を、守って見せる」

『勝利を祈っているわ。時間を取らせてごめんなさいね。さあ、次へ進みなさい。多分あの乗り物に戻ればいいと思う』

「事のついでに聞きたいんだけどさ。次が何かは知ってるのか?」

『さあ、詳しくは知らないけど』


 ネフィアゾーラが肩を竦めた。


『あなたに会いたがっている“こちら側の存在”が私だけではないのは確かね』










「おや、早かったな」

「全身全霊でくつろいでやがる!」

「……葉巻を嗜まれるとは驚きました……」


 満天の星空に浮かぶ「駅」に戻ってきた総司とリシアを、ゼルレインはコンパートメントの窓から葉巻をくわえて出迎えた。総司は目ざとく気付いた。


「……アイツのと同じじゃねえか」

「聞いて驚け、吸ったのは生涯初だ」


 ゼルレインが煙を吐き出して笑った。


 スヴェンが愛用していた「葉巻」は、総司も日本で見たことのあるシガレットタイプのポピュラーなタバコと違って、肺まで深く吸い込むものではない。通常のタバコと同じように吸い込んでしまうと、愛煙家でもむせこんでしまう強烈さがあるはずだ。が、ゼルレインは深く深く吸い込んだ上で、初めて喫煙したとは思えないほど馴染んでしまっているらしい。


 二人がコンパートメントに戻ると、ゼルレインは煙を窓から外へ吐き出しながら言った。


「お前たちを待つ間、至極暇でな。そう言えばヤツから貰ったものがあったと千年ぶりに思い出した。あの頃はこいつを嗜もうなどと、頭の片隅にも思い浮かんだことはなかったが……なかなかどうして、悪くない。己が視野の狭さ、千年越しに思い知るとはな」

「つっても、愛煙家は口を揃えて言うもんだ。吸わなくて済むならそれに越したことはないって」


 総司が苦笑して言うと、ゼルレインは火を消しながら意味深な流し目を送った。


「然り。“その立場になってみなければ”わからぬこともある。私の落ち度はそこにあるのだろう。最も大事な瞬間に、“その立場”の視点になれなかったことにな」

「……悪い、わからない」

「わからぬよう言った。聞き流せ。さあ、次だ」


 ゼルレインが言うと同時に、列車が再び動き始めた。


「首尾よく事が進んでいるようで何よりだ。しかし次はそううまくいくかな。お手並み拝見といこう――――まあ拝見も何も、私は次もこうして、ここで葉巻をふかすだけだがな」


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