眩きレブレーベント・第六話④ 裏切りの夜
「いやー、洒落になんないわねー。見てこれ。まだアッツアツじゃないの」
「溶けてんなー。アイツまだ全力じゃなかったのかね」
「こんな何の変哲もない平原で出会うような相手じゃないわよ。ダンジョンのボスでしょあんなもん。騎士たちが大げさに言ってるだけだと思ったんだけどねー」
「アレイン様、御下がりください! 危ないですから!」
爆心地となった、魔獣が爆散した跡地の端で呑気に語らうアレインに向かって、リシアが慌てて声を掛ける。
一度はアレインを呼ぶため撤退した騎士たちも戻ってきて、周囲の調査に当たっているところだった。魔獣の戦いぶりは非常に派手だったため、思わぬところに流れ弾が飛んでいる可能性もある。被害状況を確認するために、大勢の騎士が動員されていた。
「これはまた……派手にやりあったな、お前達」
馬に乗って現れたのは、第三騎士団の数人を護衛につけたエイレーン女王だった。
「陛下!」
「ちょっとちょっと、一国の王が不用心な」
「一国の王女が最前線で戦ったのだ、これぐらいせねばな」
アレインが怪訝そうな目で見つめるのも気にせず、女王は馬から軽やかに降りて、現場を眺めた。
「話は聞いた。活性化しておったのは間違いなかろうが……恐らく、ブライディルガだな」
「あの魔獣の名前ですか?」
総司が聞くと、女王は頷いて、
「シルヴェリア神殿周辺に生息していた魔獣だ。生態系の頂点故、自分から殺戮に出かけるような魔獣ではなかったが……活性化したとなれば、話は別ということか」
「凶暴そのものでした。明確な敵意も……ソウシも勿論ですが、アレイン様も来てくださらなければ、今頃どうなっていたことか」
リシアは戦いにおいて、ピンポイントで良い働きをしたものの、実力的には二人に及んでいなかった。
しかし彼女の判断は正しかった。活性化したブライディルガと向き合った時、すぐにアレインへ救援を求めたのは、考え得る限り最良の決断だ。アレインが最短で応じてくれたのは、リシアとしても予想外だったが――――
「……それで?」
総司とリシアが、騎士団の務めを果たすべくカルザスと合流し、周辺の調査に出かけながら報告するのを見届けて、女王が聞いた。
「お前の目にはどう映った?」
「……勘ぐり過ぎよ。私は呼ばれたから来ただけ。要らない世話だったかもしれないけどね」
アレインが苦笑しながら答える。
「確かにお前は、ソウシがいなければきっと、迎撃に出てくれたことだろうな」
女王は馬にまたがりながら言う。
「しかし、今回の目的は別にあった。違うか?」
「言ったでしょ、母上。勘ぐり過ぎよ。それより帰り支度は出来たの?」
「ん? ああ」
「なら行きましょ。あとは騎士団に任せれば良い」
「……うむ、そうしよう。護衛を頼むぞ」
「ハイハイ」
あまりにも強力な魔獣の襲来と、迎撃した王女アレインの話は、王都でもすぐに知れ渡ることとなった。新聞の号外が出て、王都ではそこかしこで宴会が開かれた。行商人が爆発の跡を見てきたと言えば、人々が群がって話を聞きたがり、男たちがジョッキを当てる集まりでは、アレインを讃える乾杯の音頭が鳴りやむことはなかった。
「乾杯だー! はっはっは!」
「何回目よコレ。出来上がっちゃってんじゃないのよ」
「まあまあ、良いから良いから!」
「ちょっと零れてるんだけど!? 加減ってもんを考えなさいよ!」
「お、おい、ソウシ、王族に対してあまり無礼な――――」
「ん~? それとも何だアレイン、もう限界か? なら無理にとは言わねえけどな!」
「上ォ等じゃないのよ! あるだけ持ってきなさい!」
「アレイン様!?」
「――――あぁしてみると、普通の娘なんだがなぁ」
勝利の宴を楽しむ騎士団の面々と、総司に無理矢理引っ張って来られたアレインが酒を飲みかわす光景を遠巻きに眺めて、女王は何とも言えない面持ちで呟いた。
「アレイン様ですか? ふむ……私にもそう見えますが」
ビスティーク宰相は、当初は騒ぎ過ぎを注意しに大食堂を訪れたのだが、未曽有の危機を脱した騎士たちの勢いには流石の宰相閣下も勝てず、巻き込まれて酒を飲んでいたところだった。
「傑出した魔女には違いない……そして、通常ヒトが畏れる領域にも躊躇いなく手を伸ばす豪胆さもある……」
「そこだ」
ビスティークの静かな呟きに、女王がピッと指を立てて頷いた。
「あれには間違いなく、他にはない才能があるんだが、如何せん秘密主義が過ぎるのだ。あれが素直に教えてくれれば、我らももう少し“いろんなこと”がわかると思うんだが。まあ、あれにとっては、我らと知識を共有するだけ無駄と考えているのかもしれん」
「しかし、アレイン様が話そうとしないからには、無理には聞き出せますまい。力で捻じ伏せるのも憚られるし、何よりそれはもう不可能だ」
「難儀なことよ……ソウシにも肝心なことは伝えておらんのだろうし……何を考えているのやら……」
「――――ずあっ! 飲めん! 参った!」
「あっはっは! 相手見て喧嘩売りなさいな!」
「アレイン様! 今声を掛けておられるのは、既にのびてしまったカルザス殿です!」
「へ? あらホント。おいカルザス何寝てんの。次はあなたよ、付き合いなさい」
「鬼ですか!?」
「起きない。じゃあ要らない」
「あぁちょっと、ぽいっとするのはあまりにも可哀想な……!」
「……リシア、あなた元気そうね」
「……あれ?」
「はいかんぱーい!」
「誰か止めてっ、へ、陛下、陛下ァ!」
「ありゃ止めた方が良いのか」
「若人の邪魔をすべきではありませんなぁ」
おろおろしながらアレインから逃げ回るリシアに助け舟も出さず、女王はただため息をつくのみだ。
「カイオディウムの件はどうだ。バルドは」
「さて、王家との謁見は叶った、とのことでしたが。そこから先は音沙汰ありません。カイオディウムもどこまで協力的か……あの国にもまた、秘密がある」
「カイオディウム事変か……」
「ティタニエラの大老あたりに話が聞ければいいのですが、あの国は固く閉ざされたまま……何とも歯痒いものだ」
「だが、リシアの話では、神殿でソウシとの仮初の再会を果たした女神が、レブレーベントの名の変遷……ひいては、ゼルレインに言及したという。必ず関係があるはずだ。せめて、ソウシが次の国を目指す前に、もう少し情報を与えてやりたいものだが」
「“レヴァンクロス”を目指したことが間違いではなかったのなら、神域へ至る方法……レブレーベント王家の伝承も、真実味を帯びてきました。それだけでも十分では?」
「事はそう簡単ではないように思うのだ。リスティリアの国々はまとまってはいない。形骸化しているとはいえ唯一の同盟国であるローグタリアあたりなら、ソウシを悪いようには扱わんと思うが……他は、どうだろうな」
「うぅむ……」
「――――あ、ヤバい。吐く」
「わー! アレイン様、こちらの桶を!」
「あー、良い、良い。ちょっと出てくる」
「お、お供します!」
「いや」
トン、とリシアの肩を叩いたのは総司だった。
「俺が行く」
「お、お前、大丈夫なのか?」
「ちょっと休んだらマシになった。任せろ」
城のテラスに出て、アレインははーっと大きくため息をつき、夜風を全身で浴びた。吐く寸前で何とか持ちこたえ、持ち直したようだ。
酔いすぎに効くと言うカルザス特製の飲み薬を流し込んで、アレインは笑った。
「久々に飲み過ぎた。でもまあ、たまにはいいものね、こういうのも」
「引き分けってことで」
「参ったって言ったじゃないのよ」
「チッ、覚えてたか」
「……で? 何の話?」
テラスの塀に背を預け、アレインが気楽に聞いた。
「酔ってるなら、口も軽くなってるかと思ってな」
「……そうね」
庭の木々のざわめきと、中からまだ聞こえる喧騒と、街で時々打ち上がる魔法の花火。それらをしばらく楽しむように目を閉じた後で、アレインが呟いた。
「良いわ。今、私は機嫌が良い」
真剣な顔で自分を見つめる総司を、悪戯っぽく見つめ返すアレインの口元には、意外なほど邪気のない笑みが浮かんでいた。
「一つだけ。あなたがこれからする質問の最初の一つにだけ、一切の嘘偽りなく、隠すこともなく、答えてあげる。よく考えて聞きなさい」
総司はすぐに頷いた。
聞くべきことは数あれど、今、嘘偽りなく答えると言うのなら、問うべきものは決まっている。
「レブレーベントを護るために行動してるって、信じていいか?」
紫電の眼光のこと、アレインが知る敵のこと、アレインが今、何をしようとしているのかということ。
問いただしたいことは、それこそ片手の指ではとても足りないぐらいにたくさんあった。
しかしたった一つと言うのなら、総司がどうしても確かめたいのは、アレインが自分にとってではなく、彼女の家族や、臣下や、臣民にとって敵なのかどうかという一点だ。
もしも彼女が、レブレーベントの民に背くというのなら、もうすでに総司にとっても敵というだけの話。
「……何それ。下らない」
「あ、おい。約束が違――――」
「当たり前じゃないの」
素っ気なく、アレインが答えた。アレインはもう、総司を見てはいなかった。総司に背を向け、夜空を見上げている。
「私が誰だか忘れたの? レブレーベントの王女よ、私は。下らない事に貴重な権利を使ったわね」
「……いや、そんなことはない」
総司は笑って、
「十分だ」
と本心から答えた。アレインは仏頂面で総司を振り返り、不満げに言った。
「気に入らない顔」
「生まれつきだ」
「あっそ。けどはき違えないことね」
アレインは鬱陶しそうに髪をかき上げ、強く、総司に告げる。
「あなたの言う『護る』とは、意味とやり方が違うかもしれない」
「……ああ。わかってる。でも、それならアレインも覚えておいてくれ」
「……何を?」
「違った意味とやり方が……アレインが間違っていたら、俺が止める」
「……頼りになることね」
アレインの口調からも、表情からも、真意は読めない。だが、総司は彼女の言葉を信じた。
彼女は国の安寧のため、謎めいた知識を持ち、行動している。彼女がその信念を曲げない限り、敵になることはないと――――
この翌日。
アレイン・レブレーベントが王宮から姿を消し、王都シルヴェンスに激震が走ることとなる。