表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
334/359

巡り会うハルヴァンベント 序章① 誰もが信じる二人

 リスティリア全土の空を、どこからともなく発生した紫がかった暗雲が覆い尽くし、世界を不吉な色に染め上げたその日、彼らと縁を繋いだ全てのヒトが悟った。


 終わりではなく始まり――――救世の旅路を歩んでいた彼らの「最後の挑戦」が遂に始まったのだと。




「私の名前で民に触れを出しておくれ。『しばらくの間この空模様は続くが案ずることはない、またすぐにいつもの日常が戻ってくる』と。それと一番高い塔に椅子を二つ用意しておいてくれ。アレインの帰還が間に合ったら二人で“この空が晴れ渡る瞬間”を眺めてみたいからな」


 レブレーベントの女王は、腹心である宰相へ笑顔でそう指示を出した。




「見事辿り着いたということだ。慌てることはない――――あの二人なら大丈夫だ。ミスティルは? ……そうか、神獣のところへ行ったか。ではこの空が晴れるまで戻らんな」


 ティタニエラの大老は、不安げな顔で空を見上げる戦士たちを尻目に薄く微笑んでいた。




「騒ぐなと言うのも酷でしょうが、民が次第に落ち着くようあなたがうまく誘導してください、オーランド。ベルにも動いてもらいましょうか、あの子は人気者ですからね。あの二人のことです、辿り着いたなら数日のうちに決着をつけるでしょう」


 カイオディウムの枢機卿は、自分が抱える不安を隠し切れてはいなかったが、毅然とした表情で言い切った。




「彼らがローグタリアに渡ったのはつい先日だと言うのに……相変わらず立ち止まることのない二人ですね。ここでやきもきしたところで、わずかも彼らの力にはなれないのですから……我らはできることをしましょう。頼りにしていますよ、ジグライド、シドナ」


 エメリフィムの王女は、心配で押し潰されそうになりながらも、二人の側近に力強くそう言った。




「ハッハー! ド派手な『始まり』もあったものだな! 神獣王もなかなかのものだったが、やはり“最後”ともなると規模が違う! アンジュよ、この空はリスティリアを覆う絶望と終焉の象徴だ! それをあの二人がきれいさっぱり吹き飛ばしに行く! 存分に踊れよ二人とも! 貴様らの物語の結末は、貴様らの友ヴィクターがしかと見届けてやろう!」


 ローグタリアの皇帝は不吉そのものとも言える空を、もろ手を広げて仰ぎ見て、まるで晴れ渡る青空を前にしているかのように、清々しく宣言した。



「来たか。前回の肩透かしから随分と待たされたが……まあ、生きて辿り着いただけ及第点としておこう」


 焼け落ちた城に佇む紫電の女騎士が、口調の辛辣さとは裏腹に柔和な笑みを浮かべて、一人静かに呟いた。






 空を絶望と終焉の象徴が覆い尽くす少し前。総司とリシアの二人はフォルタ島に辿り着き、ローグタリアの飛空艇を見送って歩みを進めていた。兵士たちは『二人が戻るまで待つ』と言ってくれたが、それについては丁重に断った。もしも戻って来れたとしたら、総司とリシアならそれなりに労力はかかるものの海を渡れるから、どれだけ時間がかかるかわからない「最後」のためにいつまでも兵士たちを待たせるわけにはいかなかった。


 総司は一度、“隔絶の聖域”からウェルステリオスによってここへ飛ばされ、そして見た。空に浮かぶ赤と黒の不吉な闇――――女神の領域ハルヴァンベントへ続く、本来「不可侵」であるはずの入口を。


 総司と共にそれを見上げるリシアの表情には迷いも憂いもなかった。決然とした表情で空を睨み、“オリジン”の入った袋を取り出す。


 フォルタ島に辿り着いたその瞬間から、リシアが武器として使っていたレヴァンクロスも含め全ての“オリジン”の魔力が強まっており、『扉』を目の前にして輝きも放ち始めていた。『使い方』など教わるまでもない――――二人が望めば、扉は開く。


「一応、最後の確認だ」


 総司が言った。


「二人でちゃんと『向こう』へ行けたなら……俺達は一蓮托生、何としてでも『帰り』の道を二人で見つけ出す。その覚悟は決めた」

「お前の仮説通り、お前だけは例外であったとしてもか」

「当たり前だ。万一、リシアだけが戻れないなんてことになったとしたら、その時は俺も『向こう』で死ぬ。お前に『一緒に死んでくれ』と頼んだのは俺なんだから」

「そうか。わかった」

「けどカトレアの話じゃ、渡り切る前に『弾かれる』可能性だってあるらしい。時代さえも超えたところへな。その覚悟はあるか?」

「……恐らくそうはならないと思ってはいるが」


 リシアがふっと笑った。


 カトレアの「物語」の詳細を二人は知らないが、それでもカトレアとリシアでは明確に事情が違うと言うのは間違いない。救世主と共に女神を救うためここまで来た相棒を「弾く」ようなことは恐らくないだろうと言うのは、至極当然の予想である。


「覚悟のあるなしは問題外だ。今更引き返せるはずもない。無用の心配だ」


 気楽な調子で肩を竦めるリシアを見て、総司も思わず笑った。


「確かに。悪い、つまらねえ問答だったな」


 総司が表情を引き締めて、言った。


「やってくれ。行こうぜ」

「了解だ」


 二人が意を決し、リシアが“オリジン”の入った袋を開いた。


 待ってましたとでも言わんばかりに、“オリジン”は飛び出して色とりどりの光を放つ。


 レヴァンクロスもリシアの元を離れ、空へ浮かび上がっていく。


 空に開いた不吉な赤と黒の『入口』を“オリジン”が囲って、空がビキリとひび割れた。


 ズン、と島が揺れて、総司の右手がリバース・オーダーの柄へ飛んだ。


 二人へ向けて赤い光が飛んだ。総司が蒼銀の魔力を全開にしたが意味はなかった。攻撃ではなく、これは「導き」。リシアがハッと目を見張って総司のすぐそばに体を寄せ、腰にがっと手を回してがっちり掴んだ。同時に、二人の体がすうっと静かに浮かび上がり始めた。


 “女神の騎士”の全力の抵抗をものともせず、容易く体の自由を奪う逃れようのない「力」。抗おうとせずすぐさま総司を捕まえたリシアの判断の方が正しかった。


「何が起きるかわからんが――――意識を手放さないよう、努力だけはするとしようか?」

「空間転移ってやつかァ……苦手なんだよな、俺……」


 浮遊の勢いが増して、二人の体がヒュン、と不吉な穴へ吸い込まれていく。


 二人が吸い込まれると同時に空のひび割れが大きくなり、紫がかった暗雲が広がった。


 女神救済の旅路最後の挑戦は、こうして静かに始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
六章はヴィクターの常にテンションは前を向いてるような感じがとてもとても好きでした そしてついに最後の冒険…!王ランセムも、きっと見張ってくれているはず
六章完結お疲れさまでした。 終わってみると、個人的には総司と同じくリゼットが印象変わって章内では一番好きになっていたかもしれません。 いよいよ旅路の果てになりましたね 最後まで楽しく読ませていただき…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ