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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なる/眩き希望のローグタリア 終話④ また会うための

『やあ、来たね』


 決戦の翌日、総司とリシアは“レヴァンフォーゼル”の力を取り戻すため、“隔絶の聖域”を訪れた。


 二人よりも魔法の扱いに熟達したアレインを伴って、聖域の最奥を目指した。そしてそこには先客がいた。


 刃のような手足と異形の体躯を持つ『神獣』――――総司たちが昨日取り逃したアニムソルステリオスである。


 女神の魔力に満ちた聖域の中にあって、アニムソルスの存在は直前まで察知できなかった。その姿を捉えるや否やアレインは臨戦態勢に入り、リシアもすぐさま剣を構えた。


 充満する女神の魔力を押しのける勢いで、アレインの魔力が増大する。鋭い視線が神獣の一挙手一投足を見逃すまいとアニムソルスに固定されていた。


「……よォ。よくも姿を見せられたもんだな」

『なに、困っているだろうと思ってね』


 さっとアレインの前に手を挙げてその動きを制し、静かに声を掛ける総司へ、アニムソルスは実に気楽な調子で答えた。鋭い銀の腕をすっと総司へ差し出して、告げる。


『せめてものお詫びってやつさ。“レヴァンフォーゼル”を貸しなよ。力を戻してあげる』

「耳を貸すな」


 リシアが小さな声で鋭く警告した。


「アニムソルスの目的は最後まではっきりしなかった。信頼に値しない」

「リシア、アレイン」


 アニムソルスを睨んだまま、総司が言った。


「俺に任せてほしい」


 リシアへと手を差し出す。リシアは少しだけ迷ったようだが、総司の手に“レヴァンフォーゼル”を渡した。


「……せめて剣を握っておきなさい。いくらあなたでも、アレが味方でないことに異論はないでしょう」

「わかってる」


 アレインの忠告に従い、リバース・オーダーをヒュン、と振りながら、総司がゆっくりとアニムソルスに近づいていく。


「詫びと言ったか、今」

『聞こえなかったかい?』

「シルーセンで小細工して、あの化け物を創り上げたのはお前だよな」

『ご明察だ。ただその責任を問うのはお門違いだと思うけどね。私が手を出さなかったところで、結果は似たようなものだった』

「住人はほぼ全滅し、罪のない女の子がとんでもない苦痛と恐怖を味わった」


 総司がアニムソルスに近づくたび、アレインの気配が鋭さを増した。リシアは“ジラルディウス”まで展開して、いつでも飛び込めるように構えていた。


「昨日の戦いも、お前がいなけりゃどんなに楽だったかしれねえ。決着がつくのが倍は早まっただろうな」

『どうかな? 私の予想を大きく上回るぐらいカトレアが頑張っていたからね。それも結果は似たようなものに落ち着いたんじゃないかな』

「何人死んだか知ってるか」

『さて、ざっと二・三百ってところじゃない? 相手がアゼムベルムであったことを考えれば、信じられないほど“軽微な損害”と言えるね』

「リズを“こっち”に呼びつけて、あのヒトの人生を台無しにした」

『随分な暴論だ。リゼットから聞いていないのかい? 私はあくまでも、“君に協力してほしい”がために、特殊な異能を持つことになる“異世界の民”を呼んだんだよ。全てはレヴァンチェスカのため、リスティリアのためだ』

「それら全ての行いを」


 アニムソルスの目の前に立ち、その首筋に剣を押し当てる。


「“オリジン”一つ直すぐらいで清算できるとでも思ってんのか」


 両者の想いも会話も、最後の最後までかみ合わない。アニムソルスはわざとらしく――――本来の姿では表情というものがないから、総司にわかりやすく――――ため息らしき音を発して、ヒトに似た所作で肩をすくめて見せた。


『嫌われたもんだ』


 アニムソルスの胸元にガン、と“レヴァンフォーゼル”を押し付けて、総司が怒りの眼差しを向け、強い口調で言った。


「直せ。このまま」

『はいはい』


 アニムソルスは“レヴァンフォーゼル”を受け取って、しばらく刃のような腕で弄んだ。


 やがて、“レヴァンフォーゼル”は太陽のような紅蓮の輝きを放ち、ゆっくりと光を落ち着ける。総司からすれば見るだけでも、力が戻っているのがわかった。総司には出来るかどうかもわからなかった行いをものの数秒でやってのけてしまうところは、流石は神獣である。


『どーぞ』


 差し出された“レヴァンフォーゼル”を受け取り、総司がゆっくりと剣を引いた。


『リゼットには使わなかったんだね』


 ギン、と総司の目がぎらついた。リシアがハッと目を見張って、一瞬だけ隣にいるアレインに視線を走らせた。アレインはどこか物憂げな表情で総司とアニムソルスの会話の様子を眺めていた。


『もちろん当たり前の話さ。君の戦いは終わっていないんだからね。ただちょっと心配もしてたんだよ。君なら“やりかねない”ってさ』

「……お前」


 蒼銀の魔力が発散され、リシアが「止せ!」と叫んだ。


「死にたいならそう言え。殺してやる」

『なるほど、“できることなら使いたかったぜ”って意味かな?』


 総司の剣が凄まじい勢いで振り抜かれた。アニムソルスは軽やかにかわして、ぽーんと跳ねて後方に着地する。


 同時に、リシアが総司の前に瞬時に現れて、自分の腕と背中を使って総司をがっと抑えた。


『カトレアは良い意味で想定外だった。君は悪い意味で想定外だ』


 “意思を愛でる獣”が、至極残念そうに語る。


 かの神獣の目のない視界に写り込んだ救世主の器が――――かつて空であったそれが、今“何で満ちているか”を見透かして。


『そのまま“彼”と向き合うつもりかい? やれるのかよ、その体たらくでさ』

「退け」

「ダメだ。冷静になれ」


 総司が押しのけようとするのを何とか押し留めて、リシアが言う。


「戦いが必要だと思ったら止めていない」

「……わかった」

『わかりきったことを私が言うのもなんだけど、“負けられない”んだよ、君は』


 総司の状況を気にせず、アニムソルスが淡々と言った。


『わずかばかりとは言えまだ、道中時間もあるだろう。そこんとこ、よく考えて進んでくれよな。リスティリアのために、さ』


 魔力が拡散し、淡い水色の光と共にアニムソルスが消えた。総司は大きく息を吐いて、リシアに“レヴァンフォーゼル”を渡した。


「気に入らねえ」

「そうだな。私も彼奴のことは好きではないよ」


 リシアが苦笑しながら総司の背中をポン、と優しく叩く。てくてくと戻ってくる二人を、アレインが微笑を浮かべて出迎えた。


「てっきりやるのかと思ってたけど」


 腕を組んだままわずかに稲妻を迸らせて、アレインがいたずらっぽく言った。総司がじっとアレインを見た。


「……聞かねえのか」

「聞いてほしいの?」

「……いいや」


 アレインがパンパン、と手を叩いた。


「ま、結果だけ見れば都合の良い誤算だったってことで。何日かかるか想像もつかないような作業が一瞬で終わった。陛下に報告して――――別れの御挨拶といきましょう」







 

 仮初の数年間を生きたシルヴィア・ネイサーの遺品はなく、彼女が昨日まで確かに存在していた証は、救世主の手へ返された“レヴァングレイスB”のみである。総司の手から取り上げるわけにもいかない以上、姉であるアンジュに遺されたものはない。


 魔法を使って両親の墓に新たに刻んだシルヴィアの名をそっとなぞって、アンジュが目を閉じる。“魅了”の力から逃れられなかったシルヴィアは荒れた日々を生き、姉妹として大した思い出を作る機会もなかった。シルヴィアとの思い出は、彼女が「死」を迎えるより少し前――――アンジュもシルヴィアも幼かった日々の記憶しかないようなものだ。


 だからと言って、昨日まで確かにそこにいた肉親が消え去ってしまったことに、何も感じないわけはない。シルヴィアの最期の言葉がアンジュに向けられていた事実は、アンジュにからすれば胸を刺される想いである。姉らしいことをしてやれなかったという後悔だけが、アンジュの胸に残っている。


「改めて考えるとだ。事実を知ってなおオレを慕うとは、貴様もなかなか狂った感性の持ち主よな」

「それとこれとは別ですよ。愛は時として、他のあらゆる感情から切り離されるものです。同様に、他のあらゆる感情と結びついて縛り付けてしまうこともありますが」

「詩人ではないか」

「そういう陛下は不審者ですね。感心しない趣味ですよ、覗きは。そちらの方が幻滅してしまいそう」

「この忙しい時に我が右腕がいないものでな。サボりを叱りに来ただけだ」


 墓地の木の陰に隠れていたヴィクターが、ふっと笑ってアンジュに言う。


「ソウシの用事が思いのほか早く終わったようだ。アレイン殿下と共に謁見を求められておる。いくら忙しかろうがむげにはできまい」

「別れというものは矢継ぎ早に訪れるものですね」

「しかし、シルヴィアとの別れとは違うだろうよ」


 ヴィクターが力強く言った。


「こちらの別れは、また会うためのものだからな」

「……陛下も詩人でいらっしゃる」

「ハッハー、誰かさんにあてられてしまったようだ! さあ、戻るぞ!」

「はい、すぐに」


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