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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なる/眩き希望のローグタリア 終話② その命を私に寄越せ

「多くの犠牲があった」


 『歯車の檻』で最も大きい大広間には、ローグタリア軍兵士の生き残りが全員揃っていた。


 皇帝ヴィクトリウスは壇上に立ち、厳かな雰囲気で静かに語り始めた。


「まずは……散っていった勇敢なる戦士たちに」


 ヴィクターが目を閉じ、少しだけうつむく。兵士たちも全員それに倣った。


 一分ほどが経った後、ヴィクターは声色を少し変えて話を続けた。


「勇敢に戦い、多くの者が散った。命を落とした彼らと親しかった者もいよう。今日の勝利は、彼らの犠牲の上にある――――彼らを思えばこそ、我らは悲しみにうつむくことなく、前を向かねばならん」


 ヴィクターが声を張り上げた。


「明日も明後日も我らには仕事が山積みだ! 首都の民を呼び戻し、一日も早く、日常を取り戻さねばならない! 仲間の死を悼むのも、勝利に酔うのも、今宵限りしか許されん! 故に!」


 兵士たちがジョッキを掲げた。ヴィクターも腕を高く突き上げた。


「天に召された我らの英雄たちに届かせるぐらい、大いに騒ぎ勝利を謳え! それが唯一の手向けである! さあ者ども、乾杯だ!!」


 兵士たちの声が響き渡り、勝利の宴が始まった。


 沈痛な雰囲気もあった会場だったが、ヴィクターの号令でそれもいくらか吹き飛んだ。総司とリシア、それにディネイザは宴の中心に呼び込まれて、騒ぎのど真ん中で巻き込まれていた。


「湿っぽいのはナシだ今夜は! 乾杯だ乾杯! リシア、ディネイザ、お疲れさん!」

「あぁ、お疲れ――――おっと、そんな一気に飲んで大丈夫かい?」

「おい、あまり最初から飛ばすなよ。大して強くないんだから」


 功労者の一人でもあるセーレは、アンジュとヘレネの手で前面ステージの傍のテーブルに避難させられており、兵士たちの喝采に巻き込まれることなく食事にありつくことが出来た。


 とは言えそこも安全ではなく、ヴィクターに絡まれることにはなってしまうが。


「そうら存分に食えセーレ! おぉい足りんぞ! 肉を持て肉をォ!」

「ちょっとヴィクター、そんなに持って来られても……!」

「はいはいはいはい!」

「あの、おばあちゃん、私の顔より大きいお肉を持って来ないで……」


 食事を取り仕切るばあやにしてみれば、息子のような兵士たちはもちろんのこと、孫娘に等しい年齢のセーレも殊更に可愛く、余計に気合が入っているらしい。ヘレネは特に助け舟を出すことなく、ワインを嗜みながらクスクス笑ってその様子を見守っていた。


 そして最大の功労者であるアレインはと言うと、ヴィクターの演説を聞いた後でちゃっかりわずかな食事とエールを確保して、会場の外へ避難していた。


「……素晴らしい働きだったわ、ビオス」


 宴会会場を出た先の回廊で、手すりに皿と木造りのジョッキを置いて、アレインが優しく声を掛ける。ビオステリオスが回廊の外で静かに翼をはためかせて浮かんでいた。


 ウェルステリオスと違い、ビオステリオスはアレインを連れてきたという責任があるからか、彼女をレブレーベントに連れ帰るまでを自分の使命として認識しているようだ。


「私のことはもう構わなくていい」


 アレインが気楽な調子で言った。


「母上からも休暇を取っていいと言われたことだし。金も少しは持ってきているからね。正規の道で軽く世界を見て回りながら帰るとするわ。あなたも疲れたでしょう。ゆっくり休んで、先に帰ってちょうだい。ああ、出来るなら母上には先に戦勝の報告を入れておいてほしいけど……」


 アレインの言葉を聞き終える前に、ビオステリオスはすいーっとアレインの傍を離れていった。


「……つれないことね」

「お前もな」


 総司がふらりと会場の外に出てきて、アレインに声を掛けた。


「あら。主役が出てきて良いの?」

「どう考えてもお前の方が主役だっつの。ヴィクターが探してたぞ」

「……ちょっと勘弁してほしいかもね」

「一杯ぐらい付き合ってやってくれよ」


 ジョッキとエールの瓶を片手に現れた総司をしばらく眺め、アレインは自分のジョッキを手に取った。


「ん」

「ん?」

「今日の勝利に」


 アレインが素っ気なく、にこりともせず言う。総司は少しだけ笑って、コツンとジョッキを合わせた。


「アレイン殿下の御活躍に」

「やめろ気持ち悪い」


 二人してぐいーっとエールを飲み干して、総司が持ってきた瓶から注ぎながら、しばらく無言の時間を過ごす。


 その後、口火を切ったのはアレインだった。


「いよいよね」

「……あぁ、次で最後だ」

「……私が間違っていたわ」

「は?」

「あなたは辿り着いて見せた」


 かつてアレインは総司を「出来損ないの救世主」と呼んだ。


 リスティリアの命運を預けるにはとても足りない、不完全で無責任な偽りの救世主。総司では勝てないと断じて、アレインは総司に挑んだ。きっとどこかで救世主の旅路が頓挫するだろうと、総司の可能性を「ないもの」として切り捨てようとした。


 しかし今、総司は最後の国を制し、遂に救世主としての最後の試練に挑もうとしている。目に見える結果が、アレインの見立てが誤っていたことを証明している。


「見事よ。よくやった」

「……全て終わったわけじゃないから気を抜くなよ、みたいな話をされた気がするが」

「誰も気を抜いていいなんて言ってないわ」


 アレインは涼しい顔で言う。


「これまでの結果を称賛しているだけ――――けれどあなたの言う通り。最後に転んだなら台無しよ。これまであなたが積み上げてきた全てが台無し。わかってるでしょうけど」

「もちろんだ」


 総司が気楽な調子で答えた。


「嫌というほど思い知らされてきたよ。どうせ“最後”も一筋縄じゃいかねえのさ。俺のやることは変わらない。全力で挑むだけだ」

「……興味があるんだけど」


 アレインが回廊の手すりに肘を預けながら、総司に向き直って問いかけた。


「何に?」

「もうわかっているのよね。世界を脅かす“最後の敵”の正体。挑む相手が何なのかわかっていない口ぶりとは思えないし。聞かせてよ」

「……全部話すと長くなるから、かいつまんで言うとだ――――」


 総司はざっくりと、かつてリシアの手紙を通じてアレインとエイレーン女王にも報告したルディラントでの冒険譚の概要を話した上で、その最中で出会った男が“最後の敵”であることをアレインに説明した。


 スヴェン・ディージングという男を狂わせた悲劇と、彼が総司と同じ世界の出身であることも。


 アレインは――――彼女らしくあまり表情には出さなかったが、それでも興味深そうに聞いていた。


「……率直な感想としては」


 総司の大雑把な説明を聞き終えたアレインが、軽く頷きながら口を開く。


「“最後の敵”がルディラント王でなくてよかったわね」

「おっ……おぉ、確かに、そういう見方も出来る、か……?」

「“女神の領域”にリスティリア下界の法則が通用しないから、そのスヴェンという男は千年越しに世界を脅かしているのでしょう? だとすればあり得ない話ではなかったはずよ。ルディラントの滅亡を嘆くランセム王の悲哀が憎悪となって女神へ向けられていたら、もしかしたら。そうなっていたらあなた、斬れないでしょ」

「……話だけ聞けば、そういう感想にもなるよな」


 総司が小さく笑った。


「でも実際に会った身としては、あのヒトに限ってそれはない、って感じだな」

「みたいね。母上が悲しむわ。他国の為政者に惚れ込んじゃって」

「馬鹿言え、もういないヒトだ」

「だからこそよ」


 アレインの目がわずかな憂いを秘めた。


「美化されるものでしょう、故人の輝かしい思い出は。時を経るごとにあなたの中で神格化されていく。あなたの憧れを否定するつもりはないけど、気を付けておくことね」


 腕を組んだまま、いつもの彼女らしく、総司に厳しく――――決して総司を否定することなく、しかし厳しく。


 すんでのところで総司に甘いリシアには言えない言葉を、アレインはきちんと総司に叩きつける。


「“憧れ”は時にヒトを盲目にする。時にヒトを苛烈に縛る。忘れるな、あなたは“ソウシ・イチノセ”でしかない。他の誰にもなれはしないのよ。他の誰もあなたになれないように」

「……本人に釘を刺されたよ。大丈夫だ」


 王ランセムの期待に応えることが総司のやりたいことだとすれば、それは「下らない」と、マーシャリアで本人にハッキリと言われた。


「……スヴェンとやらのことは、斬れるのね?」

「ああ」


 総司がすぐに頷いた。アレインは追及しなかった。


「そう。ならいい」

「女王陛下と言えば、あれからお変わりないか?」

「元気そのものよ。おかげさまでこき使われてる。こっちは一応“元反逆者”だし、頼まれたらむげにもできないからね。さっさとリシアを返してもらわないと困るんだけど」

「……なら、今返そうか」


 総司が静かに、しかし真剣な口調で言った。


 アレインの表情がさっと変わった。眉根を寄せた険しい顔つきになった。


「……一応理由を聞いてやる」

「確証はない、恐らく、の話だが。“女神の領域”へ渡ったら、リスティリア下界には戻れない可能性がある。でも……俺はその法則の例外かもしれない」


 カイオディウムとエメリフィムを経て辿り着いた仮説。修道女エルテミナが語ったハルヴァンベントの法則の中で、異界の民である総司は例外かもしれないという、総司にとっては受け入れがたい仮説だ。


「もしも俺の予想通りだったとしたら、『俺は帰れるのにリシアは帰れない』事態になってしまう……かもしれない。わかるだろ。それは――――それだけは、絶対にダメだ」


 ジョッキを置いて、拳を握り固めて、総司が震える声で言う。


「だから……叶うなら、連れ帰ってほしい。俺が言ったって聞きやしねえ、でもアレインが言ってくれればアイツは――――」

「そこまで」


 アレインの手が総司の眼前に伸びた。総司が口をつぐんだ。


「聞いてやると言ったのは私だけど。これ以上聞いたら手が出そうだから」

「……やっぱダメか」

「当然。わかっているなら聞くな」


 アレインの声は厳しかった。


「あの子への侮辱も甚だしいわ。あなたと共に救世の旅路を歩むと決めた時にはもう、あらゆる覚悟を決めているはず。あなたと共にこれまでずっと命を賭けてきたはずよ、そうでしょう」


 腕を組み、憤然と語るアレインの語気がどんどん強くなった。


「だと言うのに今更あなたが日和って、ようやく辿り着いた“最後”を目前に『帰れ』だなんて。しかもそれを私に言わせようっての? ムカついてきた、やっぱり殴らせろ」


 アレインの雰囲気が危険な気配を帯びてきて、総司が知れず、居住まいを正した。


「っていうかその『仮説』をそのまま受け入れてるのも気に入らないわ。根性だけはそれなりにあると思ってたけど勘違いだったのかしら。“女神の領域”の法則なんて下界の誰も解明できていない。ほとんど何もわかってない未知のものと言っていい。どこで何を聞いたか知らないけど、その情報の信憑性だってどれだけあるんだか。つまらない予防策張ろうとしてんじゃないわ。全部きっちり終わらせて、死に物狂いで二人一緒に帰って来い」


 総司の胸のあたりを拳でドン、と強めに叩いて、アレインが憤然と言い切った。総司はしばらく黙っていたが、やがて笑った。


 ハルヴァンベントに行ったら、下界には戻れない。これは修道女エルテミナとカトレアが総司にもたらした情報だ。カトレアの話では、「戻れなくなる境目」が厳然とあり、そこを超えるには「資格」とやらがいるらしいが――――アレインの言う通り、彼女たちの言葉は「絶対」ではない。


 そして何より、帰る方法の有無を問わず、リシアがここまで来て退くはずもない。


「悪かった……忘れてくれ」

「ええ、聞かなかったことにしてあげる」


 アレインが仕方なさそうに頷いた。それから少しだけ無言の時間を挟んで、アレインが話題を少し変えた。


「そう言えばあなた、帰って来いとは言ったものの、よ。こっちに帰ってくるの?」

「さあな、選べるかどうかそもそもわからねえ」


 総司はさらりと嘘をついた。女神レヴァンチェスカは、「力が戻ればリゼット・フィッセルを元いた世界に帰すことは可能」だと言った。


 であれば、総司を元いた世界に帰せない道理はない。だが、総司は――――


「それ以前に“興味がなさそう”ね」


 アレインが鋭く言った。総司は一瞬目を見開きかけたが、何とか堪えた。そんな稚拙なごまかしが通用する相手ではないが。


 当然、アレインは総司の表情の変化にしっかりと気づいていた。そして何を悟ったか、はきはきとした声で言った。


「よし、わかった」

「なんだなんだ」

「どっちでもいいなら“こっち”にしなさい。リシアと一緒に改めて正式に、レブレーベントの騎士として私の下につけ。“最後”を超えた先の自分の人生に興味がないなら、その命を私に寄越せ」


 ドクン、と心臓がはねた。


 驚くほど似たセリフだった。今となっては遠い記憶だが、総司の脳裏に女神レヴァンチェスカの言葉がふわりと蘇った。


――――その命、要らないのなら私にちょうだい?――――


 かつて同じようなセリフを女神に言われて、その結果、総司はここにいる。


 命に執着できなかった総司がそれでも今日まで生きながらえた事実の、根幹となる言葉だ。


「自分の人生に興味が沸いた時の処遇は、その時になったら考えてあげる。それだけでも破格の待遇でしょう」

「……そりゃあ、最高だな」

「決まりね」


 アレインは薄く微笑んでいたが、ふとその笑みを引っ込めて、小さな声で言った。


「だから何としてでも帰ってきなさい」

「……ありがとな。随分と気を遣わせた」

「馬鹿言うな」


 アレインは鬱陶しそうに手を振った。


「誰があなたに気を遣うかっての。酒が切れたわ。取ってきてよ」

「はいはい、わかりましたよ。エールで良いな?」

「持てるだけいろんなの持ってきて」

「あとで口に合わねえとか文句言うなよ」


 宴会の会場に入ろうと総司が動いたところで、扉がバァン! ととんでもない勢いで開いた。


 ヴィクターがひょっこり顔を出して、総司と、そしてアレインを発見する。「こんなところにいたのか」と、ぎらりと目が輝いた。アレインがびくっと身を竦ませた。滅多に見れない姿だった。


 皇帝陛下に抵抗できるはずもなく、アレインはズルズルと会場へ連れ込まれ、宴の中心に放り込まれた。


「我らが救世主アレイン殿下に! 乾杯だー!!」


 ヴィクターがアレインの肩に腕を回して叫び、兵士たちが呼応して叫び、アレインが途方に暮れた顔をする。会場に戻ってリシアの傍に寄った総司は笑いをこらえて肩を震わせ、リシアは助け出すべきかどうかわからずおろおろしていた。


 アレイン王女の参戦により、勝利の宴の盛り上がりは留まるところを知らず加速していく。皆疲れ切っているだろうに、しばらく収まる様子はなかった。


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