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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩き希望のローグタリア 第十二話② 退場していく出演者たち

『……残念。“見たかった”ものが一つ、盤上から弾かれちゃったね』


 アニムソルスが苦笑する。形式上は「主人」である権能の持ち主、リゼットの戦線離脱を、アニムソルスも感じ取っていた。


 理不尽に晒され、当然の流れとして憤激し、狂気に身を委ねた異界のヒト。その行く末はこの戦場において、アニムソルスが最も注目していた事項の一つでもあった。彼女の感情の暴走は、これまで見たこともないぐらい激しいものになるだろうと期待した。


 だが、彼女とのわずかな繋がりがアニムソルスに、その「成就」があり得なくなったことを伝えている。見た目にはわからないほど静かに、しかし確かに燃え上がっていたリゼット・フィッセルの狂気の炎が、穏やかに沈み込んでいることを感じ取った。


『名前すら与えられないような、物語の傍観者だろうと侮っていた……やってくれるじゃないか、カトレア。良いね、君を見守るのもなかなか――――』


 風切り音が聞こえる。空気のうねりが鋭さを増して、高速で近づいてくる強力な魔力。


『おっと』


 淡い水色の魔力がふわりと拡散して、空気中で弾けた。アニムソルスに突っ込んできたリシアが急激に方向を変えて、アニムソルスの上を取った。


『次の相手は君か、リシア』


 ピン、と“レヴァンディオール”を指で弾いて弄びながら、アニムソルスは楽しそうに笑う。


 リシアの動きに合わせて、ウェルステリオスもアニムソルスへと迫っていた。神獣王と総司の戦場から少し離れた位置で、神獣たちが再び睨み合う展開となる。


 先ほどまでと違い、ウェルステリオスとタッグを組むのはビオステリオスではなくリシアだ。当然、アニムソルスにとっては「圧」が減った形になる。ヒトの身としては類まれな力を持つリシアだが、ビオステリオスの脅威度と比べるべくもないだろう。


 総司が最初にリシアに対して使った“ティタニエラ・リスティリオス”の効果も切れて久しい。だが――――


『……今代の“ゼファルス”継承者は優秀だね。その翼、よく似合ってるよ』


 リシアもまた発展途上。伝承魔法の覚醒者としてはあまりにも年若い、まだまだ成長を続ける未完の器だ。


 主君であるアレインの救援とその叱責が、リシアの心境に変化をもたらしたのか。アニムソルスがびりびりとその身に受ける圧力は、以前海上要塞の上空でかち合った時とは比較にならない。


『やるかい?』

「無論」


 レヴァンクロスを構えて、リシアが厳しい声で言う。


「“オリジン”を返してもらうぞ」

『おや、随分と的外れなことを言うものだね』


 アニムソルスが笑みを深めて、リシアの言葉に皮肉っぽく返した。


『私を殺すつもりで掛かってこないのかい? 腑抜けた仕合に興味はないよ。やるなら殺す気で来い。滅多にないよ、神獣と戦える機会なんて』


 “意思を愛でる獣”の本懐。どのような言葉選びがリシアの感情の高まりを促し、その能力を高めさせるのかをよく理解している。


 この期に及んでまるで「戦いを楽しもうとする」かのような軽口。生真面目なリシアにしてみれば「そんな状況ではない」と怒鳴りたくなる振る舞いだ。


「……良いだろう」


 挑発であることは明らかだ。リシアは敢えてそれに乗った。


 アニムソルスは策略があってリシアを挑発しているわけではないのだ。かの神獣にとっては、全身全霊のリシアとやり合う方が面白くなりそうだから――――或いは、全身全霊で必死になるリシアを見る方が面白そうだから、それを引き出せるよう挑発している。


 罠ではなく、欲求を満たすための挑発なのだ。


「女神さまの御使いを害するのは忍びないが――――状況が状況だ。これ以上好き勝手動いてもらっても困るのでな。その首もらうぞ、アニムソルステリオス」

『イイね』


 アニムソルスの魔力が高まる。ウェルステリオスが警告するように吼えた。


『おいでリシア。“ジラルディウス”に認められたその力、私に見せつけてみろ』


 リシアの姿が閃光と化した。


 光機の天翼を纏うリシアの速さは驚異的だ。膂力が上がるのももちろん重要だが、何より特筆すべきは空中における自在性の高さ。最高速だけでなく、停止状態から最高速に至るまでのタイムラグのなさも驚異的である。


 総司であれば、空中での移動には必ず予備動作を必要とするし、速さはあるが直線的にしか動けない。ミスティルやベルのように飛行の魔法を使える者もいるが、通常の飛行魔法は「移動用」であって、空中戦闘を主目的としたものではない。リシアの翼は空を舞い戦うための能力であり、空は彼女の領域だ。


 同じヒトの身であれば、空での戦いでリシアに勝てる者などそういないだろうが、彼女の相手は神獣である。アニムソルスはすぐさま反応し、リシアを魔力の波動で弾いて軌道を変えさせた。


 ウェルステリオスの咆哮が響く。赤と黒の閃光が炸裂し、アニムソルスの魔力と激突する。


 格の違う生命のぶつかり合い。巻き込まれれば容易く命を落としそうな苛烈な戦場で、リシアの目がアニムソルスの持つ“レヴァンディオール”を追っていた。


 二体の神獣には体格差がある。同格の魔力を持つ以上、魔法的な衝突では特に有利不利に影響しない差だが、物理攻撃ではウェルステリオスに分があった。


 長い体躯を駆使して豪快な攻撃を仕掛ければ、アニムソルスは基本的に回避するしかない。すばしっこく動き回ってウェルスの攻撃から逃れるアニムソルスの動きを見切って、リシアが突っ込んだ。


 アニムソルスの腕がリシアの剣を容易く防いだ。


『んっ?』


 防いだ剣の持ち主が視界から消えた。剣だけをアニムソルスの腕に当てたまま残して、アクロバティックな動きの中で引っ掛からないよう翼まで消して、空中を転がるようにして、リシアの体がアニムソルスの上を一瞬だけ取った。


『おおっ!?』


 ピッ、とアニムソルスの手から“レヴァンディオール”が弾かれた。アニムソルスが目を見張る。腕輪の形状をした“レヴァンディオール”をまるで腕に通すかのようにして、細く伸ばされたリシアの“ランズ・ゼファルス”が掠め取ったのだ。


 完全に虚を衝かれたアニムソルスがリシアの眼前に手をかざした時には、リシアは“ジラルディウス”を再展開していた。


 一瞬で最高速に達したリシアが下へ、海の方へと逃れる。アニムソルスが気付いた時には、“レヴァンクロス”も光の槍が突き飛ばしていて、落下しながらリシアの手に収まった。


 至極単純な攻防だった。挑発に乗ったふりをして互いの目的意識をずらし、「首を獲りに来た」リシアを防ごうとしたアニムソルスと、「“オリジン”を奪おうとした」リシアの間で認識の齟齬を作る。


 そして――――


『そう簡単に――――!』


 リシアを追いかけようとしたアニムソルスの体を、ウェルステリオスの長い体躯を駆使した「鞭」が直撃した。


 とんでもない速さで、アニムソルスの体が海へと叩き落される。全てを狙い通りに進めたリシアは、にこりともしていなかった。


 仕掛けとしては複雑ではないが、リシアの速度と魔法の精度、使い方のアイデアが完璧だった。超高速戦闘の最中、「完全に読んでいなければ防げない」と踏んで迷いなく実行したのだ。


 リシアが主君アレインに与えられた命令は「アニムソルスを止めること」。“レヴァンディオール”を取り戻すことではない。リシアは“レヴァンディオール”を取り戻すという行動をアニムソルス撃退の手段として使った。


 正面から激突したのでは膠着状態に入る。ウェルステリオスとリシアが組んだところで、リシアの力が二体の神獣の対決にどれほどの影響を齎すかは定かではなかった。


 しかしアニムソルスには他の神獣にはない「隙」があった。感情豊かで意思ある生命とのやり取りを楽しむ性質。感情の読めない他の神獣に比べて、リシアが「策」を打ちやすい相手だった。


 意識を逸らし、主目的を誤認させ、普通は晒さないような隙を作り出して――――最終的には「予定通り」に、ウェルステリオスによって撃墜する。リシアにとって一挙両得の手を予期し得なかったアニムソルスの落ち度だ。


 ウェルステリオスが続けざまに、アニムソルスが落ちた場所へ魔力の砲弾を撃ち込んだ。これでもかというほど撃ち込まれた赤と黒の砲弾が爆裂した後――――アニムソルスがずずずっと海の中から浮かび上がってきた。


 既にかの神獣はレスディールの外見を捨て――――黒々としたヒト型の異様な外観となっていた。滑らかな金属のような凹凸のないほっそりとした体躯と、刃のような手足。顔と思われる部位には目も鼻も口もなく、不気味な赤い円が刻まれているだけだ。


『参ったよ。降参、降参だ』


 鋭い刃の手を挙げて、アニムソルスが言う。言葉を発する器官をもっていないようにも見えるが、テレパシーではなく音声として、リシアにも確かに聞こえる声だった。


『しばらく満足に動けそうもない。命だけは見逃してくれないかな』

「ッ……都合の良いことだな……!」


 アニムソルスの金属のような体躯には、赤と黒の魔力が迸っている。ウェルステリオスの攻撃をこれでもかと叩き込まれた影響で、相当弱っているのは事実だろう。だが、「動けない」という言葉まで信じるわけにはいかない。


 剣を握りなおしたリシアの手に、力がこもる。そして瞳には決然とした殺意も宿った。


 見逃せない。弱っている今の状態でもアニムソルスはリシアより強い。つまり、ここで「命は取らない」という選択をすると、どうしても見張りにウェルステリオスを割く必要が生じてしまう。


 アニムソルスをここで殺し切ることが出来れば、ウェルステリオスを対神獣王の戦場へ送り込めるのだ。


 「神獣殺し」を望んでいるわけではないが、勝利のために、アニムソルスは野放しにすべきではない。


「ウェルステリオス」


 リシアの決断を待つように旋回するウェルステリオスへ、リシアが声を掛けた。


「彼奴が抵抗するようなら最後の一撃を頼む」


 せめて己の手を汚そうと、リシアが構える。ウェルステリオスはその意思を汲んで、魔力を迸らせながらリシアの動きを待った。


 しかし、神獣アニムソルステリオスの処刑は頓挫することになる。


 リシア達の戦場に、横合いから凄まじい勢いで絶大な魔力の砲撃が突っ込んできたからだ。


「ぐっ……!」


 掠めた神獣王の魔法攻撃と、迫りくる“イラファスケス”の蒼炎に巻き込まれて、一瞬身動きが取れなくなった。


 ウェルステリオスがすぐさまリシアを救出し、神獣王の攻撃の範囲外へと連れていく。


「チィ――――!」


 アニムソルスは動いていなかったが、海面で佇むかの神獣を討つタイミングを逃した。それよりもリシアの身の安全が危ぶまれた。


 離脱したウェルステリオスとリシアの下方を、ビオステリオスが駆け抜けていく。その背には総司が乗っている。リシアにも見覚えのある、白の強い虹の光が見えた。


 “イラファスケス”を左目の力で無効化しながら、総司たちが一気に神獣王へ突っ込んでいく。


 神獣王の顔と体は海上要塞の方角から背けられていて、総司へと向けられている。


「……これは……」


 総司へ向けられている神獣王の力は圧倒的だった。外殻から放たれた無数の砲弾、“イラファスケス”の蒼炎、口から放つ破滅のブレス。


 その火力の全てを海上要塞と首都ディクレトリアへ向ければ、三度滅ぼして余りあるぐらいだ。発散される魔力だけでも通常の生命には毒に等しく、騎兵隊たちは海上要塞まで戦線を引いていた。


 巨大で強大な絶望そのもの。世界を破滅させる化け物として覚醒した神獣王を相手に、総司だけが一歩も引いていなかった。


 リシアの目がアニムソルスへと再び向けられたが、アニムソルスはゆっくりと海へ沈んでいくところだった。


 この先もアニムソルスが手を出してくるかもしれない、という可能性について、リシアはもうほとんど「ない」と捨てていた。


 自分の役目をひとまず完遂し、冷静になって神獣王の現状を見たためだ。アニムソルスには恐らく、「もう手の出しようがない」。この戦場をまた乱そうとするなら、せいぜいアレインを排除するぐらいしかやれることはないだろう。しかし相当ダメージを受けたアニムソルスでは流石に、海上要塞の防御がある中でアレインの相手はできない。


 となれば、リシアのやるべきことは――――


「ソウシの援護を!」


 ウェルステリオスへ叫んで、リシアは一直線に「最後の飛行艇」へ向かった。


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