眩き希望のローグタリア 第十一話④ 最終局面へ
「カトレアァァ!」
「ッ――――ここで来ますか、アリンティアス団長……!」
独特の形状の武器を構えて、カトレアがリシアの剣を受け止める。
自分のものではない「外部」の力を存分に取り込んだカトレアは、そのせめぎ合いだけで、リシアの剣が持つ効力を体感することとなった。
リシアがそれを狙って斬り込んだというわけではないのだが、魔力を奪う性質のあるレヴァンクロスが、武器同士が触れているだけで、その延長線上にあるカトレアの魔力すら削ぎ落とそうとしている。普通の剣士同士の斬り合いではなく、「外部」の力を取り込んで、なおかつそれが「元々自分が持っていた力」を上回っているカトレア相手だからこそ、レヴァンクロスは今まで以上の力を発揮していた。
この力はまずい。カトレアはすぐに理解した。
額に埋め込んだ“レヴァングレイス”による防御も、長く斬り合えばいずれは貫通される。今のカトレアの強さを支える「二つの外的要因」に対して、レヴァンクロスはまさに天敵と言っても良い。カトレアの魔力量はリシアを上回っているが、剣術の技巧はリシアの方が上。それに“ジラルディウス”を背負うリシアの膂力は、今のカトレアであっても簡単に受け止めきれるものではない。
「逃がさん!」
「くっ……!」
実際に向き合ってみると、リシアはカトレアの想定以上の強さで、想定以上に押されていた。ローグタリア陣営とゼルムの群れの激突、その最中を駆けまわっていたリシアの「速さ」は十分見てきたつもりだった。だが、見ただけの情報とその身で体感した情報とはしばしば乖離するものだ。
「強い」。それがカトレアの素直な感想だった。“ジラルディウス”による圧倒的な身体能力の上昇はもとより、剣術も総司と違って大雑把なところがなく、凄まじい膂力を持っていながら決して力任せではない。「力」を手にする以前のカトレアであれば、既に首が飛んでいるだろう。そのうえで、リシアの武器はカトレアの生命線である「力」をすら削るのだ。
更に――――カトレアは気づいていなかった。
リシアが強いのは事実。だが、「自分の想定以上に押されている」理由は、ただリシアがものすごく強い、というだけではないということに、気づいていなかった。
総司の目が、神獣王の頭上で斬り合うリシアとカトレアを捉えた。
「今行くぞリシア!」
『待て!』
アレインの号令を受け、ビオステリオスの背から跳ぼうとしていた総司が動きを止める。
ビオステリオスが大きく旋回した。
総司をついさっき押し潰そうとした外殻の鞭が、総司とビオステリオスを狙っていた。
「っぶね……!」
“ラヴォージアス”で飛んでいた時の総司では避けきれなかったかもしれない。それぐらいギリギリだった。
カトレアの制御下にある神獣王だが、一つ一つの行動を全て細かくカトレアが指示しているわけではないらしい。
現状、リシアの相手で手いっぱいのカトレアが、そうなる前に出していた命令――――“女神の騎士”を迎撃せよという命令が遂行されている。意思がない故に単調で、ビオステリオスであれば容易く避けられるレベルのものだったが、数を減らしていたゼルムも戻りつつある。総司はリシアのところへ突っ込むタイミングを逃してしまった。
リシアもやがて、カトレアの元を離れざるを得なくなった。戻り始めたゼルムの群れが、カトレアを護るようにして神獣王の頭上に集まり始めたからだ。包囲網が完成すればリシアでは抜け出せなくなってしまう。
リシアは急いでその場を脱出し、総司の近くへと飛んだ。
「済まない、仕留めきれなかった……!」
「いや、良い奇襲だった。惜しい」
総司が心からそう言った。
「……けど意外だな」
「うん?」
「“もうちょい強い”と思ってたが――――」
神獣王との戦いが始まってから、総司はあまり「冷静」であるとは言えなかった。気合は十分だったし勝つつもりでいたものの、どこか気が急いたところもあって、リシアになだめられたりもしていた。要は背負い過ぎていたのだ。
だが今、アレインの参戦によって若干思考をクールにすることが出来て――――気づいたことがあった。
“隔絶の聖域”で相対した時に比べて、カトレア自身の能力があまり脅威に感じられないのだ。
リシアは確かに強いが、しかし“聖域”で出会った時のカトレアであれば、一気に詰め寄られただけであれほど追い込まれるのは不自然に見えた。リシアを圧倒できるとまでは言わないが、もう少し余裕があっても良さそうなもの――――
「なんか知らんが弱ってんな、さては……」
リゼットの見立て通り、カトレアは今、命を削って戦っている。
数日前の彼女を知る総司が、その「弱り」に気づいた。
力そのものは強くなったが、それはこの先もずっと十全に発揮される類のものではない。生来の“器”に見合わない力が、カトレアを蝕んでいる。
そしてカトレアは、自分の命の先が長くないことはわかっていても、「今」既に自分が弱っていることにまだ気づいていないのである。
「アレイン、カトレアは多分そう長くは持たない。多分もう限界が来てるんだ。無理に無理を重ねて戦ってる」
『そんなことだろうと思った』
かつてカトレアと同じ力を取り込んで、カトレアとは違い完璧に自分のものとして制御してみせたアレインである。
カトレアが自分と同じ力に手を出し、蝕まれてしまっていることを見抜いていた。
『手を下すまでもないようね。あの女はそう遠くないうちに力尽きる――――けれど、神獣王が消えるわけではない。あなたは神獣王に集中しなさい』
「わかった」
『リシアもあの女はもう良い。仕留め切れれば上々だったけど、こだわる必要もないわ』
「ハッ」
アレインに返事をしながら、リシアは自分の判断を悔いていた。
仕留め切れなかった――――というだけではない。
総司が推察した通りカトレアが弱っていることを、斬り合いの中でリシアも感じていたのだ。
つまり、狙うべき相手は別にいたのだ。
リシアが斬りかかって仕留めるべきはリゼット・フィッセルだったのだ。放っておいても自滅するであろうカトレアを、貴重な隙を衝いてまで攻撃するメリットは薄かった。斬り合うまでカトレアの「弱り」はわからなかったが、それでもリシアの判断ミスだ。カトレアには抵抗能力があるが、リゼットには間違いなくないのである。リゼット本人には、リシアを一秒たりとも止められない。
リゼットの権能一つで神獣王を制御できるわけではないだろうが、リゼットはカトレアのブレインであり、カトレアの冷静さをすんでのところで保つ役割も担っている。それに――――たとえリゼットが既に何ら役割を持っていなかったとしても、カトレアの目の前で斬るだけでも、彼女の動揺を誘えたことは間違いない。戦略的には相当のアドバンテージを得られたはずだ。
わかってはいた。わかってはいたのだ。リシアはぎゅっと拳を握り固める。リシアの聡明さを以てすれば、その程度の解が導けないわけがない。
無意識下でその「正答」から目を背けた。戦う力を持たず、「戦士」として戦場に出向いてきているわけではない、などと――――世界に牙をむく大罪人の一人だというのに、ただ武器の一つも持っていないというだけで甘さを見せてしまった。それも致命的なタイミングで。
『リシア』
「ッ……はい! 失礼しました、少し――――」
『“斬らなかった”のは“正しい”』
全てを見透かしたように、アレインが告げる。リシアは目を見張って、言葉を失った。
アレインの位置から、リシアの表情まで見えるはずもない。しかしわずかな返事の間とリシアの硬直だけで、どうやら全てを察したようだ。リシアと同じかそれ以上に頭が回るアレインだからこそ、リシアが気落ちした原因に思い至った。
『無意味な理想論よね。世界の命運を賭けた戦いで騎士の矜持を優先するなんて、見ようによっては愚の骨頂かもしれない。けれど――――あなたが今考えている“それ”は、我ら“レブレーベントの本意”ではない』
騎士リシアの失態を、「国」の矜持に沿ったものであると――――ひいてはその責を負うと、アレインは淡々と告げたのだった。
『相手の強大さを鑑みれば搦め手は必須よ。けれど小悪党じみた駆け引きは不要として良いわ。己の誇りに胸を張れ。ここからが本番なのだから、気合を入れなおしなさい』
斬るべき相手を斬る選択を。
斬ってはならない相手を、“斬らない”選択を。
一度も間違えてはならない。総司だけでなく、リシアも。
「……申し訳ありませんでした。我々は何をしましょうか?」
『神獣と連携しゼルムの数を減らすこと、そして時間を稼ぐこと』
「時間を、ですか」
莫大な魔力を感じた。
快晴だったはずの空に、じわじわと暗雲が立ち込めている。まだ青空を覆い尽くすほどではないが、急激な天候の変化がえもいわれぬ迫力と緊張感を齎していた。
『言わない方が“無駄な心配”をしそうだからあらかじめ言っておく。よく聞きなさい。特にソウシ』
「なんだ」
『準備が整ったら、今の私が持つ最大火力を神獣王にぶつける。その後、私は満足に動けなくなるわ。意識は飛ばさないように努力はするけど、多分立ってはいられない』
アレインの声が厳しさを帯びる。
『こちらを一切気遣うな。そのせいで機を逃そうものなら、神獣王がやる前に私があなたを殺す。心に刻んで忘れるな。倒れた私が羽虫どもに襲われていようと、振り向いてはならない。必ずや神獣王の首を獲れ』
「待て」
総司がアレインの言葉を遮る。
「そこまでわかってんなら護衛の兵士か、リシアか――――傍に控えさせるべきだ」
『ダメよ。ギリギリまで羽虫の群れと戦ってもらって、少しでも数を減らした状態で維持してもらう必要がある。私の攻撃を邪魔されないために。言っておいてよかったわ……今覚悟を決めて』
「ッ……」
『心配には及ばん』
総司とアレインの言い合いに、ヴィクターが元気よく割って入った。
「ヴィクター、大丈夫なのか」
『ハッハー! 露ほども心配は要らん、人生で一番調子が良いわ!』
大きな傷を負ったヴィクターだが、痛み止めの効果もあってそれを感じさせない快活さである。
『要塞の防御機能はまだ残っておる。アンジュも近場にいることだしな。殿下は我らが何としてでも護り抜く。貴様らは神獣王に全身全霊を向けるのだ』
ヴィクターがビシッと強く言い切った。
『改めて思い出せ。我らは神話の英雄が如き偉業の達成に挑んでいるのだ。挑戦者が安全策に留まってどうする。不可能を可能にしようと足掻くからには、我らは命を賭して挑まねばならん』
この戦場で命を賭けているのは、ここにいる全員だ。
総司とリシアだけが命を賭けたところで足りない。アレインとヴィクターを足してもまだ足りない――――ここに集った全ての命が、己の命も含めてまさに全身全霊を賭しているからこそ、本来であれば無造作に蹴散らされるだけ、というぐらいに強大な相手と、何とか渡り合えている。
今一度覚悟を決めなければならない――――ここにいる全員の屍を踏み越えてでも、神獣王を討伐する。それが総司の役目なのだと。
「……わかった」
総司が決然と言った。
「やり遂げてみせる」




