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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩き希望のローグタリア 第十一話② 以前よりも多少は

「よかった……」


 『歯車の檻』の中に退避していたセーレは、ヘレネと共に戦場を見守っていた。


 ヴィクターが襲われ窮地に追い込まれた時は、もう見ていられずに思わず目を閉じていたが、颯爽と現れたアレインが敵を瞬く間に蹂躙していく様を見て、ひとまずは安心していた。


「本当に――――良い旅をしてきたのだろうね、あの二人は」


 ヘレネがふっと笑って、セーレに静かに言った。


「いい機会だ、よぉく見ておくことだね。彼女はお前が目指すべき“到達点”、“伝承魔法”継承者の頂だ。そんな魔法使いの『全力』なんて、滅多に見れるもんじゃないよ」


 セーレはごくりと息をのんだ。


 アレインのことを知っていたわけではない。田舎で暮らしていたセーレの耳には、アレインの噂話が入ってくることはなかった。


 だが一目見るだけで格の違いは十分わかる。彼女の強さは遠く離れていても伝わってくる。


 アレインの表情が見えるほど近いわけではないが、小さく見えるその姿を視界に捉えただけで、彼女がほんのわずかも臆していないのがわかった。


 神獣王があと少し進めば、アレインは海上要塞ごと踏みつぶされる――――そんな場所に立っていながら、臆することなくその顔面に魔法をぶち込んだ。


 戦闘力や胆力の強さだけではない。アレインが参戦したことで戦場の雰囲気そのものが変わった。ローグタリア軍の兵士たちすら巻き込んで、まるで勝ち戦に挑むかの如き異様な士気の盛り上がりを見せている。


 圧倒的なカリスマ性――――絶大な影響力。一個人として強いというだけでなく、彼女には周囲を巻き込んで己の力とする才能すらある。


 英雄にも魔王にもなり得る。彼女が行く道を阻める者はおらず、彼女がどちらを選ぶかだけでそれが決まる。女神にことさらに愛されたヒト。


「……ソウシにもう一度“ラヴォージアス”を渡せればと思ってたけど……多分、もういらないんでしょうね」

「まぁ、あれば便利だっただろうがねぇ。遅きに失したと言ったところかな。なに、あの子が乗っているのは神獣ビオステリオスだ。心配はいらんよ」

「少しは役に立ったかしら」

「“ラヴォージアス”がなければ、前半戦はそもそも戦いにすらなっておらんかったよ」


 ヘレネがにこやかに言い切った。


「お前の力が、アレイン王女到着まで戦線をもたせたと言っても過言ではない。誇っていいことさ」

「……でも、悔しいわ」

「うん?」

「もう少し早く生まれて――――私も“伝承魔法”の覚醒者になれていたら、一緒に戦えた」


 ヘレネがポンポンと、セーレの頭を優しく撫でた。


「その気持ちだけであの子らにとっては十分だろうとも。焦ることはない。きっと明日も明後日も来るさ」

「ええ、きっと勝てる。願わくは――――みんな無事でいてほしい」

 








「――――外したか……」


 アレインが顔をしかめ、神獣王の頭上を睨む。カトレアに対して狙いすました一撃を放ったが、ギリギリのところで避けられた。今のが決まっていれば、ひとまず目的の一つであるカトレアの処断は達成できたところだったが、そううまくはいかないようだ。


「けどまあなるほど。多少はわかった。思ったよりやれそうね」


 アレインが事も無げに言った。


「私とソウシの魔法なら、神獣王の魔力に『全部阻まれる』ってことはなさそう。多少の減衰はあったけど、あとは物理的な防御力、硬さ……ま、これも別に、やろうと思えば脆くは出来る」

『なんかすげえ自信満々じゃねえか……ホントか?』

「オイだから誰に向かって何の心配してんだっての」

『いやでも……』

「ブライディルガと戦った時のこと、覚えてない?」

『もちろんよく覚えてる』

「私の“ドラグノア”を食らった後のブライディルガは体が脆くなってたでしょ。それまで弾かれていたあなたの剣が通って仕留められた。雷の魔法にはそういう性質がある――――物理的結合も魔力的結合も崩す性質がね。要は私が、神獣王の体丸ごと黒焦げにするぐらいの一撃をぶち込んでやればいい。ただ、あなたの言う通り周りの羽虫が邪魔ね」


 ゼルムの群れが再び、アレインの元にやってきた。アレインはすうっと両手を掲げ、顔の前で指を組み、唱えた。


「“ランズ・クロノクス”」


 アレインの前方の地面から、三角形の門をいくつも作るようにして雷の槍が次々に突き出して、ゼルムを串刺しにしていく。


「おぉ~……」


 最早驚きを通り越して呆れたような、間の抜けた声がヴィクターの口から漏れた。アンジュの応急処置を受け、薬――――というよりは麻薬をがぶ飲みして痛みをやわらげ、何とか立てるようになったらしい。


「あら、下がっていてくださいな、皇帝陛下。危険ですよ」

「殿下の傍にいた方が、むしろ安全かと思ってな」

「まあ、この羽虫程度なら問題になりませんが」


 アレインがブン、と腕を振るう。


 降り注ぐ雷撃がゼルムをまた撃滅し、焦げた跡だけを残した。


「神獣王の攻撃が来たら私も余裕ではいられません。出来れば城まで戻っていただきたいのですが」

「道理よな。殿下にとっては邪魔かもしれん。しかしそうもいかん。オレの魔力はまだ尽きておらんし、砲塔もまだまだ数多く健在だ」


 腕輪に魔力を流し、ヴィクターは笑う。


「なに、オレ達のことは捨て置いてくれ。死んだら死んだで、それまでで良い。殿下は随分と部下を叱責してくれていたが、この戦い、我らの生死は重要ではないぞ」

「……我が騎士が、陛下のことを“ヴィクター”と呼んでおりました」


 ヴィクターの笑顔を見据え、アレインがぽつりと呟く。


「陛下の愛称かと存じますが、無礼をお詫びせねばなりませんか?」

「まさか。オレがそう呼ぶようヤツに言ったのだ。友である故、堅苦しいのはナシにした」

「……そうですか」


 アレインの表情がふっと和らいだ。ヴィクターも思わず見とれるほど美しい表情だった。


「我が騎士は良い縁に恵まれました。その縁、ここで終わらせるわけにはいきません」

「ハッハー! 同感である! 寝ている場合ではない!」

「共通認識として持っておきたいのですが、この戦いの『勝ちの芽』は、陛下が頑張っておられた時から少し変わったと思います」

「ほう、その心は?」

「ビオステリオスです」


 アレインが、“女神の騎士”を乗せ空を舞うビオステリオスを見て言った。


「神獣同士の対決も潮目が変わるはずです。アニムソルステリオスは恐らく二体とも相手取ろうとするでしょうが、力は同格。いつまでも均衡を保ってはいられないはず」

「なるほど! つまりは神獣二体の力を神獣王へ向けさせることが勝利に繋がるということだな!」

「ええ。神獣王をどうにかできるわけではないでしょうが、少なくとも羽虫の群れは何とでもなる」


 リシアからざっと現状を聞き、現状を把握し切ったアレインが、神獣の対決の行く末にも思考を巡らせる。アレインは耳につけた通信機に手をやり、総司に指示を飛ばした。


「聞いたなソウシ。まずはアニムソルステリオスを排除しなさい。二体の神獣の力を神獣王に向けられれば、ゼルム? の群れの防御なんて簡単にこじ開けられる。そうはさせないよう動くでしょうが、神獣二体に加えてあなたもいるとなれば、負けようのない戦いのはずよ」

『了解!』


 アレインの通信を聞いて、総司がそっとビオステリオスの頭に触れる。


「礼を言ってなかったな……来てくれて本当にありがとう、ビオス」


 しみじみと、総司が言う。


 一方的に押し付けただけの「約束」を、ビオステリオスは守ってくれた。この世界に来たばかりで何もわかっていない頃の、何の覚悟もない総司の「誓い」を信じ受け入れて、祝福の音色を聞かせてくれた。


 レブレーベントで聞いたビオステリオスの評価は、気高くも厳しい神獣である、というものだったが――――それ以上に、優しく頼れる神獣なのだ。


「もう少し力を貸してくれ……お前とウェルスの力がどうしても必要なんだ。頼む」


 ビオスが短く吼えた。どこか優しい音に聞こえた。


「よし――――行こう! まずはアニムソルスを倒す!」


 ビオステリオスがギュン、と大きく旋回し、未だ戦い続けているウェルステリオスとアニムソルスの戦場へ一気に近づいていく。


 当然、アニムソルスも気づいている。神獣二体をゼルムの群れへと向かわせるわけにはいかないから、自分に向かってくるのなら迎え撃つしかない。それはアニムソルスにとっては随分と辛い展開だった。


「アニムソルス!!」

『きっついことしてくれるよね……! ジャンジットがいないだけマシと思わなきゃやってられないよ!』

「ハッ、きついってんならさっさと退けよ! いい加減余計な茶々入れんじゃねえ!」


 ビオステリオスが魔力を纏う風の波動をごうっとアニムソルスへ放ち、アニムソルスが防御している間に一気に接近する。総司が剣を振りかざし、その背後ではウェルステリオスが虎視眈々と隙を狙っていた。


 淡い青の光を纏い、魔力を拡散させて粘ろうとするアニムソルスだが、その表情に今までの余裕はない。


 四体の神獣の力は、あくまでもそれぞれが「同格」。多少の得手不得手はあっても、力と力のぶつかり合いになってしまえば、アニムソルスが二体の神獣を相手に互角の戦いができるはずもない。


 総司とビオステリオスがアニムソルスとの戦闘に入ったのを、アレインも地上から見ていた。


「へえ」


 少しだけ感心したように、アレインが呟く。


「多少は魔力の扱いがうまくなった。『幼子』から『少年』ぐらいには成長したわね」

「殿下はヤツに厳しいな」

「陛下は優しすぎますよ。アイツにもリシアにも。あの二人であればできて当然のことができていなかったのです。陛下から叱ってくださっても良かったのに」


 厳しい言葉は、期待と信頼の表れ。特にリシアに対しての評価は、レブレーベントの一件以来非常に高い。総司に対しても、「女神の傀儡」でしかないのだと断じていたあの頃と比べればきちんと評価している。彼らが世界を渡り歩いて、苦しみながらも苦難を乗り越え、実績を積み重ねてきたことを知っているし、認めている。


 だが、総司の甘さのせいでピンチに陥っていたことを、アレインはとうに見抜いていた。


 ヴィクターが傷ついていた――――犠牲になっていたかもしれない状況を鑑み、護り切れずそれをやむなしとするからには「それに見合う痛手を相手に与えていなければならない」と正しい分析をしているからこそ、それが「できるはずだっただろうに」できなかった総司に厳しいのだ。


 少なくともカトレアの首ぐらいは獲れていたはずだ、“今の”総司なら、と。それができないのならヴィクターを死に物狂いで護るべきだった。総司はその甘さ故にどちらも中途半端になってしまったのだ。


 アレインの他者に対する評価の下し方はフロルとよく似ているが、総司のことを「我が騎士」と呼んだ彼女は、より身近に想っているからこそフロル以上に総司に対する評価の基準が厳しいのである。


「ハッハー、歳の割によく頑張るものだというのが先に来てしまうのが、年長者の甘いところよ。そろそろ大人の仲間入りする年頃と言ってもな、まだまだ『全てを背負う』立場になるには早すぎるというのに、重すぎるものを背負ってくれておる」


 ヴィクターが笑って、


「殿下は自身が当然のようにそうできるから、あの二人にも同じ水準を求めておられる。殿下のみならずあの二人もまた『例外中の例外』だが、殿下ほど心が完成されてはおらん。厳しいばかりでは泣かれてしまうぞ――――なんてな。説教臭くなってしまったわ、許してくれ」

「……まあ、“心”という点に関して言えば――――」


 ヴィクターに見られないように、アレインがほんの少しだけ微笑んだ。


「随分と成長しましたね。以前とは別人です。まあ――――ええ、多少は……イイ男になりましたかね」

「……それを言ってやれば良いのに」

「……いずれまた、その内」


 神獣同士の激突に限定すれば、天秤が傾くのにそう時間は掛からない――――神獣王と言う要素を抜きにすれば。


「陛下、せめてもう少し下がってください」


 アレインの気迫と魔力が増大する。ヴィクターが半歩後ずさりした。味方とわかっていても気圧されるほど、迫力が凄まじい。


「どうやら来るようです。相手をするとしましょう」


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