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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩き希望のローグタリア 第十一話① 二度目の共闘、二度目の「ソウシ」

「我が騎士の不甲斐なさにはあきれるばかりで、お詫びの言葉もありません。もう少しマシになっているものとばかり……」


 アレインがため息交じりに言う。呆けたまま書簡を受け取ったアンジュが、そのままアレインの手にまで自分の手を添えて、ぎゅっと力強く握りしめ、頭を垂れた。


「ありがとうございます……ありがとうございますっ……!」


 それしか言えなかった。アレインは表情を険しくして、傷ついたヴィクターと涙を流すアンジュを見た。


 アレインの瞳には怒りの炎が宿っている。民衆が見たら泣いて逃げ出しそうなほど、恐ろしい眼差しだった。


「陛下はご無事ですか……?」

「おぉ……アレイン殿下よ……なに、どうやらギリギリ致命傷ではなさそうだ……!」

「申し訳ありませんが、治癒の魔法は止血程度しか心得がありません」


 アレインがヴィクターに手をかざし、魔法を使う。背中の傷から血が流れるのを止める程度の魔法。それなりに深い傷を治すまでには至らない。


「恩に着る……もちろん、戦線に加わることを許可しよう……むしろ頭を下げねばならないが、すまんな、この有様だ」

「お気になさらず。後はお任せください」


 ゼルムの群れが再びヴィクターを狙って襲い掛かってきた。


 だが、既にアレインは臨戦態勢である。


 アンジュの手を優しく退けて、アレインはトン、と一歩前に出た。


 稲妻が迸り、槍の形を成して、まずは十体ほどのゼルムの体を貫き、切り裂く。そのままアレインが鋭く腕を振るうと、その動きに合わせて雷の槍がゼルムの方向へ飛び、同時に半円形を成した雷の刃が拡散して、近づこうとしていたゼルムの群れに襲い掛かった。瞬く間に軽く三十を超える数のゼルムを、容易く屠った。


 群れから抜け出して上空から飛来し、アレインの背後を取って接近戦に持ち込んだ個体がいたが、この王女は接近すればどうにかなる、という次元にはいない女である。


 繊細な魔力制御で身体を強化したアレインは、襲い掛かってきたゼルムの刃のような腕を掴み取り、そのままズン、と地に叩き伏せ、雷を纏った拳でその頭蓋を殴りつけ、粉砕する。アレインは下らなさそうにゼルムの死骸を持ち上げ、バチバチと雷を流して、そのまま残ったゼルムへと投げつけた。


 投げつけた上から“ジゼリア・クロノクス”を叩き込み、ゼルムを一掃する。神獣王が“怨嗟の蒼炎”と共に海上要塞へ撃ち込んできたゼルム達は、ひとまず全滅した。


 ただヒトの身一つで、飛行艇並みの殲滅力。アンジュはぽかんと間の抜けた顔でアレインの戦闘を見守っていた。


 ヴィクターは総司とリシアの戦闘を間近で見たこともある。あの二人が傑出した存在であり、特に総司はリスティリア下界において最強のヒトであるはずだと知っている。


 そのヴィクターをして、疑問符がついた。


 本当に総司が最強か。この女を、評価対象から除外してはいないか。


 一つ一つの身のこなしが、魔法の発動から使い方に至るまでのセンスと熟練度が、明らかに別格。軽い戦闘を見るだけで、彼女の強さがまさに「人外」の領域にあることがわかる。


「た、大変お強いとは噂に聞いておりましたが……!」

「ハッ……これほどとはなぁ……末恐ろしいものよ、この若さで……」


 アレインがさっと表情を変え、声色を変えた。


「……何を遊んでいたの?」


 ザン、とアレインのすぐそばに舞い降りてきたのは、リシアだった。光機の天翼をふっと消し、片膝をついて頭を下げる。


 アレインはリシアに背を向けたまま怒りの滲む声で言った。


「あなたとアイツがいながら、この体たらくは何?」


 底冷えするような、体の芯から震え上がりそうな、裂帛の込められた声。リシアはビシッと石のように固まっていた。


「この国で一番倒れてはならないヒトが倒れている。倒れてはならないヒトが、身を挺さねばならない状況に追い込まれた――――あなた達が不甲斐ないから」


 そこまで言わなくても、というアンジュの言葉は飲み込まれてしまう。アレインから発せられる怒りの気配は、周囲の人間の言葉を容易く奪う。


「世界を“遊び歩いてきた”だけなのか? 我が騎士リシア……まさかこんな無様を見せつけられるとは思っていなかった」

「……返す言葉も、ございません」

「これは失態よ。あなた達と、上官である私の大失態」


 強く、厳しい言葉だった。


「ヴィクターは無事か!?」

「ええ、何とか! ご心配なく!」


 ビオステリオスに乗せられて、総司も海上要塞まで戻ってきた。アンジュの返答にほっとした表情を浮かべながら、総司が飛び降りてくる。アレインの目の前にざっと背を向け、屈んだ態勢で着地した彼にアレインが歩み寄り、背中に軽く手を当てる。


「久しぶりね。何よ、あなたも随分と元気そうじゃない」


 たった一言聞いただけで、アレインがとんでもなく怒っていることがすぐにわかって、総司は一瞬だけ間を置いた。


「……来てくれたんだな、ありが――――」

「この紋章は飾りか、我が騎士よ」


 ドン、とジャケットの背中に刻まれたレブレーベントの紋章を殴りつけ、怒りの滲む声を轟かせる。総司は振り向けなかった。


「……俺が甘かった」

「でしょうね。事情は大体“聞いた”から知ってるけど。さっき上空からも、見覚えのある女が見えたわ――――王都シルヴェンスで出会ったあの女ね」

「ああ」

「では聞く。あなたは他の全ての国を超えてきたわけだけど、その過程で、あの女を殺せる機会は一度もなかったのか」

「……いいや」

「取り逃がしたの? 見逃したの?」

「見逃そうと思っていたわけじゃないが……殺せる時に、殺さなかった。多分、選択を間違えた」

「その結果、世界は滅亡の危機に瀕していると。救世主が聞いてあきれるわ」


 リシアがたまらず口を挟んだ。


「アレイン様、いくらなんでも――――!」

「黙ってなさい」


 アレインが首だけ少し振り向いて、火の出るような目でリシアを睨んだ。リシアはぐっと言葉に詰まって、再び頭を下げた。


 アレインはふーっと短く息を吐いて、続ける。


「何よりも、あの時私が殺しておけば、こんなことにはならなかった」

「それは違う。こんなことになるなんてわかるはずがねえよ」

「女王襲撃なんていう大罪を見逃して、大して追いかけもしなかった。取るに足らない存在だと侮った。自分の愚かさに嫌気が差すわ。これはあなたの罪である以上に私の咎。つまり――――私はローグタリアに“助力”するのではない。当然の責務として、この戦いを背負わなければならない。本来、ローグタリアに背負わせる戦いではなかった」


 リシアがハッとして顔を上げた。アレインが静かに、力強く言う。


「神獣王を討伐し、この汚名を返上する。それで全てが帳消しになるわけではないけれど、今からできることはそれしかない……手を貸しなさい、二人とも。今度こそあの女は許さない――――二度にわたってこの私を敵に回す愚かさ、存分に後悔させてやる」


 総司の目に再び強い戦意が宿る。


 総司からしてみれば、「アレインがカトレアを取り逃がしたせい」などとは微塵も思えない。王都シルヴェンスで女王エイレーンがカトレアに襲撃された時、アレインはカトレアを侮って追いかけなかったわけではない――――レブレーベント最高戦力として、“女王の安全確保を最優先とした”のだ。ブライディルガとの戦闘後、自ら護衛として付いて、女王を城まで送り届けたように。結果論で言えばアレインは選択を間違えたとも言えるかもしれないが、彼女が自戒したほど愚かな行為ではなかった。


 要するに、アレインは総司に気合を入れなおしつつ、気を遣ってもいるのである。他人に厳しいところもあるが、彼女はそれ以上に自分に厳しい。


 何よりもついさっき、総司は最悪の隙を晒し、機会を逃し、柱であるヴィクターまでも失いかけた。カトレアを見逃したことだけではない、総司の失態はこの数分だけで随分と積み重なった。


 そして、だからこそ戦わなければならない。


 繋ぎ続けた希望の糸を、ここで手放さないために。


「ああ、やるぞ俺は……!」

「何なりとご命令ください、アレイン様」

「現況を教えろ。何に苦戦してる?」

「さっきの魔獣みたいなやつ――――ゼルムのせいで満足に近づけない。神獣王自体は、俺達の協力者の力で一時的に足止めと弱体化を食らわせてるけど、いつまでもつかはわからない」

「あなたの力はそもそも、あの化け物に届くの?」

「まだわかってない」

「ではまずそれを確かめる。ビオステリオスと共に上がりなさい。リシアはコイツに近づきすぎず、散開して空へ上がって」

「けどここにいたらゼルムが襲ってくるぞ。要塞の護りも機能してないし、ビオスはアレインの近くに残ってもらった方が――――」

「……ハァ……?」


 ぴりっと。


 カトレアを取り逃がし続けたことが総司たちだけでなく、誰より自分の失態でもあるのだと告げて、にわかに和らぎかけたアレインの雰囲気が、再び危険な気配を帯びた。総司がびくっと身を竦ませた。リシアはさっと顔を背けた。


「誰に向かって何の心配をしてる……? 少し見ない間に偉くなったものね……!」

「ごめんなさい!」

「よろしい。行け!!」


 アレインの号令で、総司がビオステリオスと共に、リシアは再び“ジラルディウス”を展開して、一気に空へ上がる。


 アンジュがアレインの手に、ローグタリア軍で使用している通信機を渡した。レブレーベントにはない、リスティリアにおいては最新鋭の技術を駆使したものだが、アレインはすぐに受け入れ、順応した。むしろ便利な道具であると感心した様子だ。


 アレインはさっそくその通信機を使って、リシアに命令を飛ばした。


「リシアはこれまでの経緯を私に説明して。概略は“聞いた”けど改めてあなたから聞きたい。特に戦力の部分で、『現時点』での状況をね。戦いながらとぎれとぎれで構わないわ。あなたが必要と思う情報を私に寄越しなさい」

『ハッ!』

「もう片方はまあ、その辺を死なないように浮いてなさい。私が次の指示を出すまで余計なことはするな。あぁ、近づいてくる虫は切り捨てて良いから」

『なんか雑じゃねえ!? っつか名前で呼んでくれよわかりにくいな!』

「ん」


 アレインはぴくっと一瞬だけ身を固くした。


 アレインが総司の名前を呼んだのはたった一度だけだった。手紙にすら総司の名前を書くことはなかった。


「……あなた名前なんて言ったっけ?」

『オイマジで言ってんのか!?』

「冗談よ。まずは私がやるから、下手に敵の目を集め過ぎないよう大人しくしていなさい。その後に指示を出す。わかったわね、”ソウシ”」

『……了解。でも早めに頼む。いつ動き出すかわかったもんじゃねえんだ』

「はいはい」


 アレインはリシアが手短に話すこれまでの経緯をざっと聞きながら――――ヒュン、と鋭く腕を振るった。


「“ランズ・ヴィネ・クロノクス”」


 その軽やかな所作に見合わないほど巨大で強烈な雷の矢が、一直線に神獣王の頭に向けて放たれた。







「ッ――――くぉっ……!」


 カトレアがリゼットを突き飛ばし、そして自分も身を翻して、すんでのところで「雷の矢」を回避する。


 ズドン! と轟音を立てて神獣王の頭に命中したそれは、バチバチと強烈な余波を拡散しながら弾け飛んだ。


 ゼルムの群れの隙間を的確に通り抜け、神獣王の濃密な魔力を軽々と突き破って、外壁に突き刺さり、爆裂し、ほとんど無意味ではあろうがわずかにキズすらつけている。


 カトレアは外殻のトゲにさっと身を隠し、はっはっと荒い呼吸を整えようと目を閉じた。


「何という……!」


 圧倒的な力を手中に収め、依然として優位。


 神獣王の力は弱体化しているが、それも永遠に続くわけではない。それに弱体化していたところで、ローグタリア陣営に出来ることなど何もない。それぐらいに神獣王は強大なのだと確信していた。


 そしてカトレアの見立ては正しく、まだまだカトレアが絶対的優位にいることは疑いようもない。


 だというのに、「敗北」のイメージが消えない。


 たった一人。


 アレイン・レブレーベントが来ただけで。


 アレインが来たとて、まだ状況が大きく変わったわけではない。未だ神獣王は健在も健在、脅かされる気配すらない。それなのに、どうしてこんなにも圧倒されているのか。


「はっはっは! いやー、コイツは……ビビったね……」


 リゼットがひっくり返りながら笑う。


「誰だい、あの子……? あたしの知る『魔法使い』ってのは、こんなデカブツ相手に真っ向勝負挑むような勇敢な連中じゃあないはずなんだが……? 正気かよ、真正面からズドンだぜ……」

「……アレイン・レブレーベント。レブレーベントの王女にして、恐らくは当代最強格の魔女です。そうですね……今の私が十人がかりでも、彼女には及ばないでしょう」

「ええ? オイオイ、そんな化け物がいるのか……! ソウシくん級じゃないか」

「まさしく。彼女は単独で“女神の騎士”と互角に戦えるだけの力を持っている……正直誤算でした。まさかビオステリオスを使うことで”間に合わせる”とは……!」


 しかもまだ、アレインは「未完成」だ。


 「千年前」を知るカトレアには確信がある。


 あと十年――――否、もしかしたらもっと早く。


 アレイン・レブレーベントは、史上最強の魔女ゼルレインをも超える。自己研鑽だけでも十分に届き得る、その才能が間違いなく在る。


 魔法の才覚だけではない、戦闘の才、カリスマ性、全てを兼ね備えた“時代の傑物”。見れば見るほどゼルレイン・シルヴェリアを彷彿とさせる、別格の器だ。


 悪い予感の正体を、カトレアは悟る。有り余る才能が、ただ研鑽を積み重ねるだけでも彼女をゼルレインの領域にまで届かせると言うなら――――


 神獣王アゼムベルムという「最強の敵」と交戦することによって、もしかしたら彼女は「この場で」覚醒してしまうのではないか。


 恐らくは数年分の自己研鑽に勝り得る「強敵」との激突は、既に人類の突然変異と言って差し支えないほどに強大な彼女を、「変異」を超えて完全に「進化」させてしまうのではないか。


 もしかしたら、カトレアが最も警戒すべきは“女神の騎士”ではないのかもしれない。最大の脅威は――――アレインの完全覚醒。ただでさえ強すぎる彼女が進化してしまったら、この戦いの天秤は確実にローグタリア陣営に傾く。


「リゼット……逃がそうとしていた手前申し訳ないのですが、無理を承知でお願いがあります」

「うん?」

「アレイン王女を止める術を考えてほしい……! 彼女を無力化しなければ、我々は負ける……!」

「大げさだね……けど、同意見だ。そして手段は単純でもあるね。っていうか、これしかない」


 リゼットが表情を引き締めた。


 総司を崩すのは、リゼットからすれば容易いことだった。しかしアレイン・レブレーベントが参戦し、状況が変わった。


 彼女が来てから明らかに空気が変わった。いや、「空気」や「流れ」などというオカルトじみた部分を差し引いても、総司を崩すための布石として大きな意味を持っていたヴィクターの前にアレインが立ちはだかっている。今や総司の弱点を衝くことすら困難になった。


 となれば、やることは一つ。


「神獣王の力をアレイン王女にぶつけるとしよう。弱体化の魔法が解けていない以上、余力は出来る限りソウシくんの迎撃に取っておきたいけど……そうも言っていられないらしい」


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