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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩きレブレーベント・第六話② 強すぎる獣

 神速に達する両者の「剣戟」は、初手と同じく互角だった。ぶつかり合う鋼の音が聞こえる。だが、聞こえるだけで、リシアの目には追い切れない。


 蒼い閃光と化した総司と、漆黒の風と化した魔獣が、何度も刃をぶつけながら、大地を削り、空気を引き裂く。魔獣は巨体に見合わない速度と、巨体に相応しいパワーを持っている。一瞬でも気を抜けば、総司の体はすぐさま切り刻まれることだろう。


「おおおおおお!!」


 それでも、退かない。


 魔獣の能力は圧巻。特別な力があるわけでもなく、ただひたすらに速く、強く、そして肉弾戦に特化した体躯を持つ。それだけで街の一つや二つ、容易く食い漁れるだけの脅威を内包している。


 そんな相手にわずかも尻込みせず、むしろ仕留めようと向かっていく総司の姿は、彼にとって護る側の存在であるリシアにすら、わずかな恐怖を与えた。


 総司はリシアに誓った。決してリシアには嘘をつかないと。


 彼の言葉を信じると決めたが、果たして、彼が語った「平和な世界の普通の少年」だという総司の過去は本当なのだろうかと疑ってしまう。


 女神が与えた英雄への試練は、こんな化け物と相対して気後れ一つしないほど苛酷なものだったとでもいうのか。


 見惚れかけていた時、ようやく目が慣れ、何とか戦闘を追いかけることが出来たリシアの視界に、わずかな隙が生まれたように見えた。魔獣の腕の刃を総司が弾き、両者ともにバランスが崩れた瞬間、魔獣の首元が無防備になったように見えたのだ。リシアが剣を握る手に力を込め、距離を詰める。リシアも流石の決断力と身体能力だが、及ばない。


「リシア、伏せろ!!」


 どこにそんな余裕があるのか、総司が叫んだ。リシアが咄嗟に伏せるや否や、頭上を刃だらけの尾が駆け抜ける。


 傍観者だったリシアがほんの少しでも、魔獣に対して殺気を漏らした瞬間、この魔獣は反応した。


 総司と並ぶほどの、気配を察知する能力の鋭敏さ。全身凶器の利点を最大限に生かして、全方位に対し反撃できる。これではまるで――――


「兵器そのものではないか……!」


 今度は総司が仕掛けた。リシアへ向けられた一瞬の注意が、総司にとってのチャンスになった。剣をぐっと後ろに引き、恐ろしい速さで振り抜く。蒼銀の魔力が斬撃と化して魔獣へ突き進んだ。


 だが、魔獣は極めて冷静でもあった。


 恐らくは鋼鉄を上回る強度の、頭部に装着されたような半月の刃をわずかに総司の方へ向け、魔力の斬撃を受け止める。金属がぶつかり合うような甲高い音と共に、魔力の斬撃を防ぎきる。


 剣を振り抜く動作を合図に、蒼銀の魔力をぶつける総司の技は、リシアも見たことがあった。シルヴェリア神殿の周辺でタッグを組んだ戦闘でも、総司は様々な形で、魔法を行使するというよりは魔力そのものを物理的な攻撃手段として使っていた。地面から湧き出る衝撃波のようにして魔獣を一掃したりもしていたが、共通しているのはとんでもない威力だと言うこと。


 並の魔獣であれば、容易く防げる次元のものではなかったはずだ。


 この魔獣の力はそれこそ格が違う。リシアは当然の疑問を抱いていた。


 騎士団総出で挑んで、ようやく討伐できるかどうか――――いや、その目論見すらも自惚れが入る。多大な犠牲を払ってようやく撃退できるかどうか、そんな魔獣だ。


 これほどの脅威がレブレーベントの国内に、王都にほど近い場所に潜んでいて、しかも今まさに敵意をむき出しにして襲い掛かってきているというのに、何故これまで脅威として認識されておらず、この魔獣も何の活動もしていなかったのか。


 激し過ぎる敵意も含めれば、その脅威はビオステリオスを上回るかもしれない。


 魔獣が咆哮し、総司に向かって突撃を仕掛けた。総司も真正面から応戦する。体格の違いは大きいが、総司の膂力は、この魔獣の力をも上回る。巨体を押し留め、押し返す。だが、正面切っての斬り合いでは総司も決定打を叩き込むことが出来なかった。


 リバース・オーダーの強度は素晴らしく、魔獣の堅い鱗や刃とかち合っても刃こぼれ一つ起こさないが、魔獣を切り刻むには至らない。


 硬度が高いだけではない――――魔獣から溢れ出る凶悪な魔力も、防御に一役買っている。総司が与えられた女神の騎士としての魔力ですら、簡単には押し切れないほど、魔獣が内包する魔力そのものも強烈だった。


「いつまでも蚊帳の外ではいられん……が……」


 手を出すには危険過ぎる。リシア本人もそうだが、リシアが余計なことをするせいで、総司にまで危険が及びかねない。


 本来であれば、レブレーベントの戦力を惜しみなく投入しなければならない難敵だ。それをここで押し留められているのは、紛れもなく総司という絶大な戦力があるから。


 派手な魔法や技の応酬ではない。それでもこの二つの存在がぶつかり合う様は、両者ともに生物として別格であることを見せつけている。この均衡を自分の悪手で潰すわけにはいかないという緊張感が、リシアの行動力を奪っている。


「……あれ?」


 魔獣と睨み合っている総司が、何かに気づいた。


 魔獣の鱗、体躯の表面――――その向こうの景色が、揺らいでいる。あれは――――


「確か……陽炎……?」


 戦闘中は気付かなかった。いや、もしかしたら、戦闘の最中で、徐々に。

 魔獣の鱗が、熱を帯びていた。


「おい……」


 この魔獣の力は確かに凄まじいものがあるが、それでも総司はまだ余裕だった。女神の試練を乗り越えた総司にとっても、この魔獣は驚異的な強さだが、総司を上回るほどではなかった――――と、思っていた。


 その総司の余裕が、わずかに崩れる。魔獣の体の異変に気付いた途端、魔獣の鱗の隙間が、根元が、急激に赤熱し始めた。


「待て待て待て……!」


 魔獣が尾を振り上げたのと、総司が回避行動を取ったのはほぼ同時。


 すんでのところで総司の回避が間に合った。魔獣が鞭のように尾をしならせて振り抜くと、赤熱した鱗が弾丸と化して射出される。総司の周囲を駆け抜けた弾丸は高速で、平原の果てにあった森の木々に激突し――――


 大音響とともに爆裂した。砲弾よりも威力の高い爆発、総司でなければ回避すらままならない弾速。この生物は本当に紛れもなく、“兵器”に近い。


「そんなんアリかよ!」


 しかし、それは大きな隙でもあった。真の姿を見せたからには、それだけ魔獣が本気になったということ。総司への全身全霊の敵意が、リシアと言う存在を忘れ去らせていた。


 その一瞬を見逃さない。付いていくことすら出来ない戦闘の最中でも、騎士であるリシアは微塵も諦めておらず、気を抜くこともなかったのだ。


 魔獣の背後から、その首筋へ飛びかかる。リシアの魔法ではこの体躯に傷一つ付けられないことはわかっていた。


 だが、頭部、首の回り。鱗の切れ目もないが、もしも魔獣に弱点があるとすればここだと確信していた。総司との戦いを見れば、魔獣が最低限の防御を行う部位が、「首筋」と「尻尾の付け根」だったからだ。絶大な力を持つ正体不明の魔獣であっても生物には違いない。頭を切り落としてしまえば、命を絶てる――――!


「止せ!!」


 総司が全力で地を蹴ったが、遅かった。


 魔獣は気を緩めてなどいない。全身凶器であり、「生存を賭けた戦い」に特化した存在だと、認識していたはずだったが――――目の前に訪れたように見えたチャンスに、飛びついてしまった。


 魔獣がぐるん、と首を回した。剣を上段に構えて振りかぶるリシアを、殺意に満ちた目が捉えた。


 死んだ、と思った。リシアは一瞬で、自らの死を確信した。尋常ならざる猛烈な殺意が、リシアに対して明確に向けられて、自分の体が無残に引き裂かれる幻覚すら見えた。蒼い光となって救出に向かう総司も、もう間に合わない――――!


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