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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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絶望に暮れるローグタリア 第十話③ 明日に備えて/男の馬鹿話

「――――ほう」


 一歩一歩、踏みしめるように、神獣王はゆっくりと――――歩いているというよりは、海の中で足を滑らせるようにして、ローグタリア本土へ向けて進んでいる。


 進むごとに波が荒れるが、まだその波が海上要塞に届くほど近くはない。


 神獣王の頭上で目を閉じていたカトレアが、すうっと薄目を開けて、随分と無感情になった彼女には珍しく、わずかに感嘆の声を上げた。


「お、どした?」

「全滅させられました。それに……この力は“見覚え”がない」

「見覚え?」


 少し離れたところで適当に、神獣王の外殻の出っ張りに座って水を飲んでいたリゼットが、カトレアを見つめて疑問の声を上げた。


「……まさか『視覚を共有できる』のかい? そいつはとんでもない能力だ。“オリジン”を額に突き刺すなんていう気の狂った所業のおかげかね」


 ゼルムの一部の視覚を共有し、自分が放った牽制攻撃の成果を見る。カトレアはその中で、総司がカトレアにとっては見慣れない力――――“ラヴォージアス”という強力無比な力を操る様を見たのだ。


「分体どもの移動時間を考慮しても、全滅まで一時間ちょっと。やるねぇお相手さんも」

「防衛拠点の火力は予想を超えていましたね」


 腕を組み、カトレアは静かに言う。特に焦りの色もなく、どこか楽しんでいるようにも見えた。


「牽制にしちゃあ随分な数の分体を使うものだから、やり過ぎなんじゃないかと内心思ってたんだよ。決して無限じゃないんだろうし」


 リゼットが笑いながら言う。


「でも、分体を通じて状況が見れるって言うなら納得だ……成果もあったらしいね」

「ええ。あの力を事前に知れたのは大きい」


 冷静にそう言いながら、カトレアはリゼットをじっと見つめた。


「……そろそろ船へ移ってください。明日の朝方にはあちらの拠点が見える位置に着きます。ということはそれよりも先に、敵の先遣隊が来る可能性がある。あなたが攻撃されかねません」

「神獣王の力をかいくぐってここまで迫れるヤツなんて、あの子たち以外にいないんじゃないかなぁ」


 リゼットが気楽な調子で言う。


「心配しなくてもキミの邪魔はしないよ。好きにやりな。残されたわずかな時間を存分に使い倒すと良い」

「ええ。言われなくても」









「先遣隊が神獣王の姿を観測した!」


 午前中の激戦はローグタリア陣営の快勝だった。


 総司とリシアの戦闘能力は、現ローグタリアにおいて最大の戦力であるが、とんでもない数の敵を相手取るのに大きな役割を果たしたとは言い難かった。主役は海上要塞の砲塔群であり、近づいてくるゼルムの群れを総司たちがいなす間に砲塔群が立て続けに砲撃をかまし、ゼルムの群れを粉砕していった。


 リシアは午前中の襲撃を、カトレアによる「最後の確認」であると結論付けた。すぐそこに迫る決戦に備えて、大軍をぶつけ最終的なローグタリア陣営の戦力を推し量る。


 だとすればどこかで「見ている」必要があり、リシアはカトレアの協力者であるディオウが潜伏している可能性に思い当たったが、部隊を割いて海上要塞周辺を捜索しても、彼が潜伏しているという情報は入らなかった。結局、最終確認であると結論付けたところでそれも推測でしかなく、それ以上踏み入った思考は出来そうになかった。


 そして夕方から夜へと切り替わる頃、遂に一報が入る。総司としては待ちわびたと言ってもいい、空間の連続性が不可思議にねじ曲がった『果てのない海』における「神獣王捕捉」の報告である。


「先遣隊への攻撃の気配はないようだ。進行速度から計算し導き出される『到着時間』は、明日の朝陽が昇る頃! 日の出と共に水平線に現れる! フン、まるで狙いすましたかのような登場となるらしいな!」

「部隊の皆は大丈夫なのか?」


 神獣王顕現の際には、その凄まじい魔力の余波を受けて兵士の一部が戦闘不能に陥った。また、先遣隊の兵士たちの身の安全はもちろんのこと、彼らは神獣王の実物を目にするのは初めてのはずだ。話には聞いていただろうが、巨大な威容を前にして戦意を失ってはいないか――――ヴィクターの表情を見るに、総司の心配は杞憂に終わるようだ。


「ハッハー! 全く心配いらん! カトレアの姿も見えておったらしくてな、攻撃の許可まで求めてきたわ。無論、却下しているがな」

「“オリジン”の準備も万端だ」


 リシアが言葉を挟む。アンジュの作戦通り、海には既に三つの“オリジン”を配置して、ディネイザの魔法を仕掛けられるように準備している。


「迎撃態勢は整っている。これ以上ないぐらいにな。あとはまさに明日次第――――つまるところ、出来ることはと言えば」


 ヴィクターはばっと総司に手を向けて、朗らかに言った。


「ゆっくり寝ろ! そして日の出前にここに集合だ!」

「本気か?」


 総司が目を丸くして間抜けな声を上げた。


「本気も本気よ。既に神獣王の姿は捕捉し、我が兵により追尾も出来ているのだ。何か不測の事態が起きたならばすぐに報告が入り、その時は貴様を叩き起こすことになる。そして不測の事態さえ起らなければ、幸いにも仮眠と言わず、熟睡できるだけの時間がある……何度も言うように、貴様には万全を期してもらわねばわずかな勝機をすら逃すのだ」


 ヴィクターは不敵な笑みを浮かべて、総司の肩をバシバシと叩いた。


「貴様は今日まで実によく働いた――――褒美を取らせよう。ついて来い! アンジュよ、しばしここを任せる!」

「かしこまりました」


 意気揚々とヴィクターが歩き出すので、自然と総司だけでなくリシアも従おうとしたのだが、アンジュがにこりと微笑んで呼び止めた。


「リシアさんはお待ちを。後でセーレさんとディネイザさんも一緒に案内いたしますので」

「え? あぁ……わかりました……案内?」

「私も?」


 リシアとセーレが首をかしげると、アンジュの微笑が深まった。


「陛下の道楽であります。すぐにわかりますよ」


 男二人は連れ立って『歯車の檻』に戻り、総司が通ったことのない通路をてくてくと歩いて、やがて左右に伸びる防壁よりも高く、皇帝の執務室よりも更に高い場所へと辿り着く。


 ヴィクターが誇らしげな顔で案内したその場所にひょっこりと顔を出した総司は、思わず目を見張った。


「おぉ……!」


 星空の天蓋に包まれたような空間。そこにあったのは「大浴場」だった。


 総司の元いた世界にあったような銭湯とは違い、男女で浴場が分かれていることもなければ、整えられた更衣室があるわけではない。簡単に衣服を置いておくスペースだけが設けられ、あとはだだっ広い大きな風呂が広がっているだけだ。


 しかし、星空と『果てのない海』を望む最高の眺望を前にしては、設備が簡素であることなど問題外。贅沢という言葉の具現化と言っていい。


「ハッハー! 遠慮はいらんぞ! 飛び込むがいい!」


 言うが早いか、ヴィクターがぽぽーんと服を脱ぎ捨てて湯の中へ飛び込んでいく。不特定多数が利用する銭湯や温泉のマナーで言えば、体の汚れを洗い落としてから入るべきなのだろうが、ここは皇帝のためだけに存在するプライベートバス。気にする者は誰もいない。


 総司も服を脱いで――――特に上着はレブレーベント女王陛下より賜った国宝であるので脱ぎ捨てるわけにもいかず、きれいに畳んでから――――日本人の癖というか、とりあえず手近にあった桶でかけ湯だけして、ヴィクターから少し離れた位置で湯につかった。


「おぉ~……あ~……」


 間抜けな声が漏れる。ヴィクターがくっくっとからかうように笑った。


「貴様もここ数日働きづめだ。流石に疲れたか」

「ヴィクターほどじゃねえな、多分」

「フン、無用の謙遜よ」


 ヴィクターは楽しそうに言う。


「リシアと二人でレブレーベントからここまで来たのだろう」

「何だ今更……? そうだよ」

「浮いた話の一つもないのか?」

「浮いた話ィ?」


 思わず眠気が襲ってきそうなほどの心地よさの中で、総司は相変わらず間抜けな声で答えた。


「ないなぁ……あぁ、でも」

「おっ?」

「全部終わったら、夫婦にでもなるかって言われたな」

「……貴様らのそういう会話に色気がないさまが目に浮かぶわ。どうせ、貴様に帰る場所がないならそうしておいた方が都合が良いとか、そういう理由であろう」

「らしい」

「つまらん。オレは反対だな。そんな在り様に落ち着くのは老いてからで良い。貴様がこちらに留まるというなら良い女を見繕ってやる。年頃らしい恋愛をしておけ。我がディクレトリアには、他の街に噂が広まるほどの美女もいる。貴様の気に入る女も必ずいるだろう」

「……それは、なんだ」


 ヴィクターの言葉の裏に潜む彼の心境を読んで、総司が言う。


「帰ってきたらローグタリアに住めと。そう言ってくれてるのか」

「貴様は存外に察しが良いな」


 ヴィクターは気楽な調子で続ける。


「オレの見立てでは、貴様は元の世界には帰れんし、どうやら貴様自身も望んでおらん」


 “隔絶の聖域”での出来事は、当然ヴィクターにも報告している。ディネイザの体を借りたウェルステリオスと、今回の敵の一人でもあるリゼットが語った、“聖域”の最奥に潜む機能のこともだ。


 もとよりレブレーベント女王からの書状により、ある程度は総司のことを把握しているヴィクターである。実に気楽に、総司の「元いた世界」のことについて話題に出した。


「望んでいないというよりは、いずれの世界に帰属するかという命題に興味がないのだ。貴様にとってはどちらでもいい――――であればこちらに留まり、オレの元に来い。家も妻となり得る女も、今後の生活も、一切心配することはない。望むならソネイラに家を建てても良いぞ。セーレと……ついでにローゼンクロイツも、それはそれは喜ぶだろうよ」

「……随分と買ってくれてるな」


 総司が苦笑した。


「俺は“女神の騎士”としての力がなければ、世間知らずのただのガキだ。働いて金を稼いだことすらない子どもだよ。役目を終えた後の俺なんてなんの役にも立たねえぞ」

「それを無用の謙遜と言うのだ。世界を救うという偉業を成し遂げたなら、ひ孫の代まで遊んで暮らす褒美があったとて足りぬぐらいだというのに」


 ヴィクターはバシャバシャと顔を洗って、ふーっと息をつく。


「考えとくよ」

「フン、まあ、それで良しとしよう」

「ヴィクターこそどうなんだ」

「ん?」

「アンジュさんだよ。付き合い長いんだろ」

「ハッ!」


 思わず、と言った様子で笑い出すヴィクターに、総司が少し鋭い視線を向けた。


「ヴィクターの言う通り俺は意外に鋭いんだ。ヴィクターもわかってんだろ、あのヒトは――――」

「皆まで言うな」

「俺らしかいねえよ」

「馬鹿者、揚げ足を取るでないわ」


 短い笑いを重ねて、ふとヴィクターの表情が引き締まった。


「オレがアンジュにした所業を、貴様も知っているだろうが」

「……シルヴィアの件な。だから、応えられないって?」

「そうだ」

「だったら俺の問いを曲解してる」

「なに?」

「俺は『ヴィクターはどうなんだ』って聞いてんだ。アンジュさんの想いに応える応えないってのは置いといてさ」

「鋭いのではなかったのか?」

「答え合わせはしておきたくてな」

「生意気なヤツめ」


 一息ついて、ヴィクターは言った。


「貴様の思う通りだとも」

「……そっか」

「何か言いたげだな」

「いいや――――俺が言えたもんじゃない」


 想いを伝えるのが遅すぎたが故に、総司の初めての恋愛は虚しく終わった。幸せな時間をわずかも作ってやることすら出来ずに。


 だから「後悔のないように」と言おうとしたのだが、それはお節介が過ぎるというものだ。


「フン。まあいい」


 ヴィクターは薄く笑みを浮かべて、風呂場の縁に腰かけた。


「神獣王の役割とは、『現生人類を滅ぼすこと』であったと、女神に聞いたのだったな」

「ああ。それが何か?」

「つまり我らが先陣を切る此度の戦いは、神獣王と他の意思ある生命の生存競争ではなく……言うなれば自然淘汰に抗うものである、ということだ」

「……んん?」


 急に小難しい話をし始めるので、総司は少しついていけずに首を傾げた。


「アゼムベルムにとっちゃ、この先の『生き残り』を賭けた戦いってわけじゃねえよな。そもそも、今は本来の役割もなくて、カトレアの意思で動かされてるんだが……」

「小娘一人の意思などどうでもよい。重要なのは、『生物同士の争い』という枠には収まらんということだ」

「……それが? 収まらないなら、どうだってんだ?」

「敵の仕掛けも、そしてこちらの突破口となり得る事象も、既存の常識に――――これまで貴様が培ってきた経験則の枠に収めてはならん」


 ヴィクターはじっくりと、出来るだけ総司にわかりやすい言葉を選んで、彼の思う助言を述べる。


「セーレからも聞いたのだ。ネフィアゾーラが、『アレを生物と思ってはならない』と助言していたとな。貴様が生かせるよう、オレなりに解釈した結果だ。心に留めておけ」


 既存の常識の枠に当てはめてはいけない――――似たような助言を受けた覚えもある。


 力は在る。後は使い方、方向性の問題。総司にはまだ、“力”そのものを高めるのではないベクトルで「上」があるはずだ。五つ目の国に至ってようやく、自在にとはいかないまでも、空を駆ける術を体得したのと同じように。


 明日、戦いの中でそれを見出せれば、或いは――――


「さぁて、そろそろ女子どもと代わってやらねばな! 汚れを清めて出るぞ。その後は食事を摂り、貴様は就寝! 明日は早いからな!」

「了解」


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